コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: _ほしふるまち 【短編集】 ( No.76 )
- 日時: 2015/07/19 17:52
- 名前: 村雨 ◆nRqo9c/.Kg (ID: NJc/rStM)
【 罵倒したい男子 】1/2
午後五時を回った街角の喫茶店。木製の机や椅子やカウンターや壁や床を、黄色掛かった暖かい照明がほのかに店内を照らしている。辺りを見渡すと、大学生が静かに自習をしていたり三十代と思しき男女が上品に談笑していたりして、高校生である私は少し肩身の狭い思いがした。放課後にカラオケで騒ぐことはあるけれど、こんな場所に来ることは滅多にない。
「ねえ、一体いつになったら現れるわけ」
私は半分ほど飲みかけたブラックコーヒーに角砂糖を二つ追加する。
「もうちょっと……もうちょっとだって」
と言いながら窓の外を凝視する男子の横顔を、私はぼんやりと眺めた。
私と同じ腕章のついた制服を着て向かいの席に座っている彼は、私のクラスメイトだ。鼻は高く眉はキリリと引き締まっており、外を見つめる真剣な表情はまるで切り取られた写真の一部であるかのように思えた。
「もう諦めなよー。田所おー」
もう一時間以上も此処で粘ってるんだよー? と私は文句を言ってみる。
「いやいや! 授業が終わって教室で友達と立ち話をしているだけかもしれないじゃないか」
彼は素早く正面に、つまり私の方に顔を向けて早口で言う。というか相変わらず目力強いな。下手したら吸い込まれてしまいそう。
「分かんないよ? ていうかそもそも『あの子』がこの道を通る保証なんてないわけだし」
「でも先週の火曜日は確かにこの道を通ったんだ」
「何でそんなこと知ってるの」
「ちゃんとこの目で見たから」
「きゃー、ストーカー!」
私が大げさにそう言うと、彼は少しだけ罰の悪そうな顔になった。キリリとした眉と目尻が下がる。
「他に方法がなかったんだよ」
悩ましげな表情。不意に胸が締め付けられるような気分になって、何と言葉を返していいか分からなくなる。もう、私の世界の中心がこいつじゃなければよかったのに。
田所は恋をしている。中学一年生の女の子に。
彼は今、高校二年生である。その子と彼が出会ったのは、三ヶ月前の日曜日。田所の所属するサッカー部は近所の中学校のサッカー部と親善試合をした。そのときの中学サッカー部のマネージャーとして試合を見に来ていたのがその女の子である。試合前に、田所の落としたタオルをたまたま彼女が拾ってくれた。そして田所はその子に一目惚れをした。彼の言葉を借りれば、今までに感じたことのない愛おしさを感じた、らしい。
親善試合が終わった後も田所は彼女のことが忘れられず、ついにこの喫茶店にやってきた。ここは彼女の通う中学校の通学路で、ひょっとしたら学校帰りの本人を見つけることが出来るかもしれない。
もし本当に見つけたとして、田所はそれからどうするのだろう。声を掛けるとか? いや、ないない。わざわざ待ち伏せしてたなんて相手に知られたら、完全にストーカー扱いされるだろう。かといって何も行動を起こさないのもいかがなものか。わざわざ場違いな喫茶店で長時間待った努力に見合わないような気がする。田所は実際のところ、本人が現れたときのことを何も考えていないのかもしれない。この奥手なサッカー部男子を突き動かしているものは、純粋に恋焦がれる想いだけなのだろう。
中学生に恋するなんて、私だったら考えられないな。中学生男子なんてまだまだ子供だし、恋愛対象に入ることなんてまずない。
- Re: _ほしふるまち 【短編集】 ( No.77 )
- 日時: 2015/07/19 18:28
- 名前: 村雨 ◆nRqo9c/.Kg (ID: NJc/rStM)
2/2
静かにジャズが流れる店内で、コーヒーを一口飲んだ。砂糖を追加したので、さっきより多少は飲みやすい。
「もうそろそろ帰ろうよ」
私の声が低くなったのを察したためか、田所は窓の外から目を離した。
「ごめん平岡、こんなところまで付き合ってもらって」
返事をする代わりに、私は口を拭こうとテーブルの端にある紙フキンに手を伸ばす。自分で紙フキンを掴む前に、別の手がそれをさっと掴んで私に優しく手渡した。
「……ありがと」
「いいえ」
目の前で微笑む田所。こいつって、時々こういう優しいところを見せるから厄介だ。
「平岡は本当良い友達だよ」
彼はしみじみと言った。友達、という言葉が私の胸にささる。
その瞬間、私の中の大切な何かが音を立てて崩れた。
ああ、どうしてこうなっちゃうんだろう。静かに流れる気取ったジャズも、一向に姿を見せないあの子も、フキンを代わりに取ってくれる優しい田所も、本当の気持ちを隠してこいつに付き合う私も、全部が気に入らない。
どうして今まで遠慮していたのだろう。本当の気持ちを隠している限り、あいつは私のことを永遠に見てくれないというのに。
私は残っていたコーヒーを一気飲みして、言った。
「ばっかじゃないの」
「え?」
笑顔を崩さずにそう訊く田所。
「普通の友達がこんなことに付き合うわけないでしょ! 私はあんたをただの友達だなんて思ったことは一度もないの。いい加減気付きなさいよ、この変態ロリコン野郎が」
体中のドロドロとした老廃物が一気に流れ出ていくような感覚だった。これは多分、私の積もり積もった二年間の田所に対する想いなんだろうな、きっと。
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お久しぶりの投稿です(^ω^;)
格好良いけれど鈍感で残念な男の子を書こうと思ったのがきっかけです。