コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: ラナンキュラスと少女 ( No.30 )
- 日時: 2014/05/25 18:43
- 名前: はにわ ◆wrfkg3Dbu. (ID: AwgGnLCM)
「……え?」
リリーを慰めていた彼女の口が、ふと止まる。
流暢に喋っていたのは——別人なのかと思うくらいの沈黙。
今度は俺がその空気を裂く様に、問う。
「このでかい人形に」
——あげるの?リリーちゃん。
隣に座るうさぎの人形——無機物、に食べ物を与えるなんて、俺の知っている常識ではありえなかったから。
リリーは、顔をいくらか陰らせる。
「ううん」
「わたしのたいせつなひとがおいていった、から」
「これを、わたしだとおもって、だって……」
どうやら横槍を入れられないようで、ぽかんとしている。
頼みの綱——フェリスが。それは俺も同じだったけど。
構わず、細々とした口調で、続ける。
「だからこれはわたしのたいせつなひとだって」
「おなじようにはなしかけて、おなじようにたべものもあげたけれど」
「やっぱりあのひとはあのひとで」
表情が曇る。
「こんなの、」
曇る。
「こんなのに、あのひとのかわりができるわけがなかった!」
——突然、声が大きくなり、見開かれた目に動揺する。
その心を読み取ったのか、
「……ご、ごめんなさい」
と今度は目を伏せて謝る。
ああ、失敗した——一番触れられたくない部分に、触れるだけでなく傷までつけた。そう、思った。
「リリー」
フェリスがようやく、といった感じで口を開く。
先ほどの声に驚いたのか、苦笑いをしつつ目を潤ませている。
「じゃあこのケーキはどうしようか」
「私は皆で食べたほうがその人も喜ぶと思うんだ?」
まだ引け目を感じているのだろうか、リリーは頷くだけだ。
俺はいつも、こうだ。
この子の気持ちも分からずに——ああさっきもだっけ、参っちゃうな……
——ごめんね、リリー。
「その大切な人の名前はもう思い出しているんじゃないの?」
「どうやらその人の言動も、覚えてるみたいだし?」
「本当は」
「思い出したくないだけじゃないの?」
「ねぇ」
フェリスが、そんな俺を先ほど部屋を震わせたリリーと同じような目をして見る。
顔、その顔に明らかに焦りが浮かんでる。
——リリーが、俺を目掛けて
フォークを突き刺す、と思った。
でも、違った。
——正確には俺の目の前のケーキ、苺を突き刺していた。
大して手をつけていなかった「それ」はぐしゃり、と形を崩した。
そして、頂上にあった苺を。
俺の口に向かってそれのささったフォークを向ける。
「クレド」
「きかないで、もう。本当にごめんなさい」
「おもいだしたら、つらくなっちゃうから、ごめんなさい」
リリーは、フォークを俄然俺に向けたまま、俯いて喋る。それは、意思の強さを感じさせ、悲しくなった。
ああ、はたから見れば滑稽な図であろう。
仕方なく、その苺を食べる。
その矢先、フェリスに鼻で笑われる。——さきほどまで情けない顔をしていたくせに!!
「なんであんなに豹変しちゃうんだい?」
——考古学者様。
耳元で、嫌味を囁かれる。
そうだ、相手は子供だったのに——なんでだろう。
調べ物となると、口が勝手に動いてしまうのだ。
「さ、ケーキ食べ終わったら——」
「町にでも行こうか、ね?」
またあいつが仕切り始める。リリーは先ほどよりは落ち着いたようで、
少し微笑んで頷いた。その表情を見ると、大人のようにも見える。
ああ、この笑顔を簡単に引き出せるのは
——あいつだけの特権だろう。