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Re: ラナンキュラスと少女 【考古学者の独白】 ( No.41 )
日時: 2014/06/07 13:01
名前: はにわ ◆wrfkg3Dbu. (ID: AwgGnLCM)


私は今日おつかいを頼まれた。
ケーキを買ってくるようにと、母に。

「いってきます! 母さん!」


自宅を出て、町のケーキ屋に向かう。
石畳を、革靴で蹴って走った。



——いつもは母と来ている町が、なんだか違って見える。
  わくわく、する。

そのせいかわからないけれど、目的の場所についたころには息を切らしていた。

ドアを両手で開く、冷たい空気が体をつつんだ。
様々なケーキやお菓子が、並んでいて、私は喉を鳴らした。
 
朝だからか、人は私以外にいなかった。 


「あら、あなたアーノルトさんとこの子?」

ケーキ屋の店員——エプロンを着けて髪をハーフアップにした、女の人が話しかけてきた。


「は、はい」
「えらいねぇ、何買いに来たの?」

笑顔でカウンターに手を着いて、女の人が話し始める。
そうだ、唐突に言われて頭になかった——何のケーキ買えばいいのかな?


「ええと、… …」


「じゃあこのケーキなんてどう?」

首を傾げて迷っている私を気にかけてくれたのか、置いてあるケーキを指差した。

——それは、しろくて、てっぺんに赤いイチゴが乗っかっているケーキだった。

おいしそう。それください!


さきほどの迷いはどこへやら、私は目を輝かせ、声をあげた。
それに女の人は苦笑する。


「ショートケーキ……ね。何個?」
「2こお願いします!」

2こ——私と母の分。父は甘いものが好きじゃないから。



リボンのついた白い箱が差出される。私はそれを両手で、大事に抱える。
お金を渡して、お礼をいう。女の人はひらひらと笑顔で手を振っていた。


ドアから出ようとする、すると。


——男の子が立っていた。
目は真ん丸で、髪の毛がちょっと長い。女の子かなと一瞬思ったくらい。


「いいなあ、ケーキ」

その男の子が呟く、と咄嗟に口を押さえた。
自分で自分の言葉に、不意をつかれたのかもしれない。


「あなたは買わないの」
「ううん、見てるだけで十分!」

「俺の家はケーキなんて買えないし!」

おずおず尋ねると、男の子は笑顔をこちらに向けた。
その表情に、  ちら、と自分の抱えている箱——ケーキを見下ろす。

気づけばその子の手をひっぱり、店を飛び出していた。



「ね、あのさ……」
「何?どうしたの?」

また外の日照りにあてられる。石畳から熱が伝わる。


「これ、食べていいよ」

私はその子に白い箱を突き出した。いっこだけね、と人差し指で示して。


「え、いいの……?」

男の子はその朱色の目をぱちくりさせて、確認してきた。
その顔は喜びでも、驚きでもあったみたい。

私は頷く。


「じゃあ、……いただきます」


歯切れの悪さに、少し恥ずかしそうに俯きながらも、
付属のプラスチック製のフォークを持ち、ケーキを食べだした。
この子は知らない子なのに、なんで、だろう——

そして、また唐突に話し出す。

「俺の名前はね……」


クレド。


クレド・ベルツ。



「クレドでいいよ、君は?」

ケーキを食べながら、笑顔をまた向けられる。
その素朴な笑みに、私の頬に彼の目と同じような朱が滲んだ。



「フェリス・アーノルト」

フェリスで、いいよ。


「じ、じゃあちょっと日陰に移動しよっか、クレド? あついでしょ?」

その子は頷き、私たちは日陰でひっそりと話していた。




「いつもあのケーキ屋に来ているの?」

「いやーときどき来るくらいで……へへ」

「あなたのいえってどこ?」

「えーと、町にあるんだけど……どうも上手くいかないみたいで、おさまるといいんだけど、いづらくてねー」



「じゃあ、私の家に遊びに来ない?」

——あいている部屋くらい、あるし!









クレドは思い切り咳き込んだ。ごめんなさい。唐突にこんなこといっちゃって。
でも、なんか助けてあげたくなったの。

そう思いつつ、彼の背中をさする。ケーキは食べ終わったみたい。


「了解を得ないとだめじゃない?フェリスの親はなんていうかな」

しょんぼりとした顔で、難しい言葉を言う。

「ま、時々遊びにくるくらいならいいじゃない!」

それを打ち砕く。


「さぁそーと決まったら、いこっか、ね!」
「ちょっ、俺の家に許可もなんももらってない、よ……!!」


構わず私の家へと走りだす。
クレドの家には連絡を——いいえ、気にも留めないでしょう。まだ昼も過ぎていない。

夕方になる前に、私が一緒にいってやればいいんだ。
あの子の家庭事情はどーだか知らないけれど。


「心配しないで!」

満面の笑みを浮かべ、石畳を走り去る私を、しぶしぶ追いかけてきた。

ケーキの箱が揺れる——あ、母さんにこれはあげておこう。




——いいぞ、こっちに来てしまえばいい!
嫌な事から目をそらすことの、何が悪いって言うんだ!!