コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 制服は脱ぎ捨てて、今夜、君と。 ( No.8 )
日時: 2014/05/10 16:35
名前: 朔良 ◆oqxZavNTdI (ID: 2IhC5/Vi)

 第1章 先生と女子高生

 季節は春。だが、教室の窓を開けているとまだ肌寒い風が入ってくる。先週の席替えで窓際一番後ろの席に当たった。風が真っ直ぐ当たるこの席は襲ってくる睡魔を撃退してくれるようだ。

「問1を……高槻、答えて」
「……35」

 当てられて回答を口にするが、その間も私は上を見上げることはなく、ノートだけを視界に入れる。

「合ってるけど、お前は返事と黒板を見ることを習慣にしろ」
「はあ、すみません」
「いやいや、今喋ったばかりだろ! 黒板見ろっての」
 
 数学教師兼担任教師の橋本南先生が呆れたような口調で言った。周りも苦笑いしている。私はやっと、顔を上げて、橋本先生を見つめる。

「今後気を付けますので……どうぞ授業を続けて下さい」
「お前が妨害してるんですよ……高槻水帆さん?」

 もういいや、といった様子で私を見つめる。チョークを動かしながら「マイペースすぎる」という小さな声が聞こえる。まあ、性格なのだから仕方がない。




「さっきの南ちゃんすごかったねー。もう水帆に関しては諦めてるんじゃないの?」
「うん。その方が楽」

 昼休み、私は机の上にお弁当を広げながら友人の葉波と話していた。
 本来、自由で物事を面倒臭いと思っている私はどうやら先生の手を焼いてしまうらしい。

「まあ、水帆の良いところは何事にも動じない、ってところなのかな」
「どうだろ。それって悪くも取ることが可能だし」

 サンドイッチを持った手で葉波に指を差される。私も首を傾げながら応答した。

「そういえば、放課後一緒に帰れる?」
「あ、ごめん。今日は特売日だからスーパーに行かないと」
「あー金曜だもんね」

 両親が世界的ヴァイオリニストとピアニストということで、世界を飛び回っている。その間、私は一人で生活しないといけないわけで、自由な時間はあまりない。

 校門を出て、すぐさまスーパーに向かう。
 特売品や保存食を買う。目に入った「天使もとろけるプリン」も一瞬悩んで買い物カゴに入れる。最初は制服で来ることに抵抗もあったが、今ではそんなことは全く気にしなくなってしまった。

 かつては家族3人で暮らしていた一軒家の家に帰る。
 家の近くまで来ると、いつもは聞こえない少しだけ騒がしい声が聞こえる。

「だから、明日は職場に行かないといけないんだよ」
「そうなの……教師は大変だねえ。——あ、水帆ちゃん、お帰りなさい」

 名前を呼ばれ、顔を上げる。そこには、昔から世話を焼いてくれる隣人の百合さんがいた。そして、その隣には見知らぬ青年の後ろ姿。百合さんの息子か何かだろうか、と予想する。青年は振り向き、私を見つめる。釣られて、私も彼を見つめて、動揺する。

「た、高槻?」
「何で先生が……」

 話を聞くと、橋本先生は百合さんの息子なんだそうだ。地元の高校の教師になったことで、実家に一時的に帰ってきたらしい。
 それは分かった。それは。しかし、今の状況は理解できない。

「……私はなぜ、先生の家にお邪魔することになっているのでしょうか」
「仕方がないだろ。母さんが高槻のことを気に入ってるんだから。たまに来てたんだろ?」
「だからって、息子さんが戻って来たばかりなのに申し訳ないですよ」
「遠慮するなよ。父さんが亡くなってから母さんも消失気味だったのに、こんなに明るいのは高槻のおかげなんだから」

 丁度一年前、百合さんの旦那さんが病気で亡くなった。それ以来、百合さんの元へよく行くようになった。それはわざとらしくて、余計なお世話だったのかもしれない。でも、それで百合さんが明るくなったことがとても嬉しかったのだ。

 そんな百合さんは今、夕飯を作っている。私にもご馳走してくれるらしい。

「あーそういえば、数学聞きたい問題があるって言ってなかったか?」
「え?」
「特別に教えてやるから、俺の部屋来いよ」

 半ば強引に先生は私の手を引き、2階の自分の部屋に連れて行かれる。
 先生の部屋に入り、先生は扉を閉めた。ターンテーブルの前を指差し、「座れ」と指示される。

 先生が口を開く前に私は口を開く。

「私、分からない問題なんてないのですが」
「嫌みな奴だな。まあ、それは咄嗟の嘘で……母さんがいるところでは、何だ、その……」
「ああ、私が一人暮らししている話ですか?」

 私がそう言うと、先生は少しだけ気まずそうな顔をして頷いた。
 またその話か、と思った。去年の担任にも言われた。「大丈夫か?」と。別に私は家に置いて行かれることを苦に思っていないし、置いて行く両親を恨んでもいない。なのに、教師は決まって一人で暮らす私に同情するのだ。「高校生なのに一人暮らしなんて」と。
 それがすごく面倒臭くて嫌いだった。

「別に、問題はないですよ。普通に生活しているし、困っていることなんて……」
「いや、高槻の性格的にそんなことは心配していない」

 じゃあ何だ、と思った。というか、心配は無用だが「そんなこと」で片付けられることなのか、私の一人暮らしは。

「一人暮らしって楽しいか?」
「……はあ?」
「いや、俺も大学の時は一人暮らししていたが、本当に暇だったんだよ。だから高槻も暇しているんじゃないかと思ってな……ゲームでも貸すか?」

 思わず、ふっと笑ってしまった。そんなことを担任に言われると思っていなかった。
 この人が生徒に「南ちゃん」と親しんだ呼ばれ方をする理由が分かったような気がする。先生、という感じがしない。どちらかというと同級生みたいだ。
 そんな先生を見ていると、少しだけ悪戯心が働いた。

「そんなことより、生徒を自分の部屋に連れ込んでいいんですか?」
「良くないに決まってるだろ! だから、内緒にしろよ」

 私はポケットからスマホを取りだし、先生と部屋の中を上手く映して写真を撮る。

「私が、部屋にいる先生の写真なんて持ってたら、先生終わりですね」

 思わず、口角が上がるのが自分でも分かった。焦った顔をする先生が面白かったからだろうか。

「お、お前……! 消せ!」

 焦りながら、私のスマホを取ろうとする先生。しかし、バランスをくずし、先生は私に覆いかぶさるような体制になる。
 目の前に整った先生の顔がある。苛立っているのか、少しだけ睨むような目線を私に送る。

「……何してるんですか、生徒に。というか女性に。もしかして、先生女慣れしてなさそうですし、こういうことをすると犯罪だって知らないんですか?」
「お前が悪いんだろ! 女慣れしてないってなあ……」

 そう言うと、先生は私の手からスマホを取り上げ、ターンテーブルに置いた。
 すると、先生は私の両手を掴み、身動き出来ない様にした。声を上げる暇もなく先生の顔が近づいてくる。先生の黒髪が私の顔に少しだけ触れる。それがくすぐったくて、反射的に目を瞑ってしまう。

「……なんだ。高槻の方こそ男慣れしてないじゃん。顔、赤いよ?」
「そ、そんなんじゃ……」
「じゃあ、何でそんな顔赤いの? 高槻に分からない問題なんてないんだろ? 教えろよ」

 そんなの、分からない。簡単には言えなかった。変なプライドを持っているんだな、と自分で思った。
 
 そっと、私の腕を掴んでいた手が離れる。先生は起き上がり、私から距離を取った。

「これに懲りたら、もう先生をからかわないことだな」

 先生は笑いながら言った。
 そして、扉を開く。

「そろそろ、夕飯食べに行くか」

 そう言いながら部屋を出る。だけど、私は少しだけ身動き出来なかった。
 
 いつもより少しだけ早く動く心臓の音が、どうしてこんなにも大きいのか分からなかったから。




                          第1章 完