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Re: 制服は脱ぎ捨てて、今夜、君と。【10/4更新】 ( No.146 )
日時: 2014/10/10 20:55
名前: 朔良 ◆oqxZavNTdI (ID: 2IhC5/Vi)

 番外編②「恋煩い」

「はあ……」
「……盛大な溜息ですね、橋本先生」
「え、ああすみません」
「何かあったんですか?」

 職員室である資料を作成していると、隣に座る十歳程年上の先輩教師の片桐先生から声をかけられる。がたいのいい身体に低い声。一部の女子生徒からは怖がられている教師である。
 無意識のうちに溜息をついていたらしい。最近、何もかもがどうでもよくなるような感覚があり、周りにも気を遣えなくなっているみたいだ。

「恋煩い——とかですか?」

 ——ええ、実は教え子に片想いをしていたのですが、その子に恋人ができたみたいで——

 なんて、言えるわけもなく。

「いえ、ただ疲れが出ただけです」

 笑顔でそう返す。教え子に恋をしていたなんて馬鹿らしくて鼻で笑われるかもしれない。いや、それ以前に教え子に恋をするなんて教師失格だろう。

「そういう片桐先生は恋でも?」
「いやーそれが……」

 そう言ってから、片桐先生は声を潜めて、まるで生徒たちが教師の陰口を言うように耳を寄せてきた。

「——保健室の有明先生、綺麗じゃないですか?」
「はあ」

 まさかこの場で恋の話をされるとは思っていなかったが、思い返せば、彼は自分のことを心配するように「恋煩いですか?」と聞いたが本当は自分のことを話したかったからかもしれない、と考えられないこともない。

「綺麗で優しくて——理想的な“保健室の先生”だと思うんですよ」

 保健室の有明実楓先生は確か自分と同い年で、いつも優しいというよりかは弱々しい笑みを南にかけてくる印象があった。彼女がこんな強気で前に前に出てくる片桐先生を選ぶとは思えなかったが、社交辞令として「片桐先生ならお似合いですよ」と言い残し、職員室を出た。

 休み時間、廊下を歩いていると通り過ぎる生徒たちが「南ちゃん、こんにちはー」と声をかけてきたりもする。「南ちゃん」という呼び方には若干の抵抗もあるが、生徒に親しまれることはやはり嬉しいことだ。

「……あ」

 最初に声を上げたのは彼女の方だった。
 高槻水帆。南が自分の立場を知りながらも淡い恋心を抱いた相手だった。

「お疲れ様です、橋本先生」
「はい」

 南はなるべく水帆を見ないようにして挨拶を素っ気なく返す。彼女に自分の恋心は知られていないだろうとは思いながらも、すれ違う度に緊張はする。
 バカみたいに恋をした。たとえそれが一方通行でも良かったのに、終わってしまった今は心に穴が開いたようだ。想う気持ちが無くなるだけで、こんなにも脱力してしまうのだろうか。

 次の授業の教室に向かって歩いていると、上履きの上に一枚のプリントが落ちてきた。それは“保健室便り”と書いており、保健室の扉の横にある掲示板から剥がれたようだ。
 そのプリントは上部はもう破れており、文字も半分に切れてしまっているところが所々にある。
 まだ授業までには時間があると思い、保健室の扉を開いた。

「すみません、そこの掲示板のポスターが破れていたので……」
「はい……は、橋本先生?!」
「? はい、橋本です」
「あ、す、すみません。わざわざありがとうございます」
 
 

 有明先生は何故か大きく動揺し、目を泳がした。
 プリントを渡す時に、大きく“保健室便り”と書かれた題名の隣に「発行者 保健室 有明実楓」とあった。南はプリントから目を上げないまま呟いた。

「みふ」
「え?」
「有明先生の“みふ”ってこういう字を書くんですね」
「は、はい」
「——綺麗な名前ですね」

 そう言ってから、恥ずかしいことを言ってしまっただろうか、と後悔しつつ顔を上げると、有明先生は顔を真っ赤にしながら南の目を見据えていた。——いや、見据えていたのではなく驚きで身体のすべてが硬直したようになっていた。

「あ、有明先生?」
「——す、すみません! ありがとうございます。橋本先生にそんなこと言ってもらえるなんて嬉しいです」

 真っ赤な顔のまま嬉しそうな笑みを浮かべ、そう言った。

「いえ。じゃあ、次の授業があるので行きますね」
「はい、お疲れ様です」

 軽く会釈をして保健室を出てから、有明先生の赤く染まった顔を思い出す。

「……有明先生、風邪か?」

 そう呟いてから、南は次の授業のクラスへとしっかりとした足取りで歩いて行った。
 強くあるように。たとえ今は強がりだったとしても、いつか隣を歩く人が居た時に後悔しないように。