コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 制服は脱ぎ捨てて、今夜、君と。 ( No.70 )
- 日時: 2014/08/10 13:24
- 名前: 朔良 ◆oqxZavNTdI (ID: 2IhC5/Vi)
第6章 夏祭りと女子高生
私たちが住む地区では、毎年8月に花火大会が行われる。今年は7千発の花火が夜空を彩る予定らしい。
「で、私たちは2人で行くから水帆は薫君と行きなよ!」
「え? ああ……」
葉波とその彼氏の富士野先輩が腕を組み、満面の笑みで私に言う。それにしても葉波のこの喜びようはいくら何でもおかしいのではないかと思ってしまった。
私の気持ちに勘付いたのか、富士野先輩が一旦私に近づき、葉波には聞こえないように耳打ちをした。
「ごめんね、水帆ちゃん。最近忙しくてデートするの1ヶ月ぶりなんだ」
「ああ、なるほど」
「……ちょっと直先輩。水帆に何言ってるの?」
「いや、可愛い葉波を捕ってごめんねって」
そう言うと、葉波はぱっと笑顔になり「やだー直先輩ったら!」と照れる。結局は富士野先輩のほうが1枚上手ということだろう。見てて微笑ましいカップルだ。
「それはいいけど私、祭りには行かないよ」
「え? 何で?!」
「だって恋人でもないのにどうして薫と行くの」
それを聞いた途端、葉波が脱力したように「可愛そうな薫君……」と呟く。
薫は行きたかったのだろうか。1人で部屋にいるのもつまらなそうだし、誘ってみるべきか……と悩む。
花火大会当日になり、私は急遽薫の家を訪れた。
「水帆? どうしたの?」
「これから予定ある? 薫と花火大会行こうかなって思って」
「え、お、俺と!? よ、予定ない! すぐ準備するから待ってて!」
言葉の通り、薫はわずか5分で準備を終えて私の隣に並んだ。もう打ち上げは始っており、屋台から香る焼きそばやたこ焼きの香りもしてきた。
「水帆、林檎飴売ってるよ。好きだったよね? 俺買ってくるよ」
「え、私も行くよ……」
言い終わらないうちに薫は行ってしまった。こんなにも尽くしてくれる薫が恋人だったらどうだろう。毎日満たされるのではないだろうか。
「……あれ、高槻?」
後ろから名前を呼ばれ、振り向くとそこには橋本先生がいた。
「お前1人で回ってんの?」
「いえ、幼馴染と一緒です。先生は?」
「俺は見回り」
そうは言いながらも、手には金魚が1匹入った袋があった。しっかり楽しんでいるではないか。
「なあ、この前“恋”について話したろ?」
「そうですね」
突然その話題を振られて、一瞬戸惑う。そんなに食いつかれる話題ではないと思っていたから。
「間宮から聞いたんだけど、幼馴染の宮澤のこと保留にしてるんだって?」
「……そうですけど」
問いには答えながらも葉波を恨む。どうしてあの子は人の情報を簡単に話してしまうのだ。今後は発言に気を付けようと思っていると、先生が言葉を続けた。
「告白は保留状態にするんじゃなく、すぐに答えを出した方がいいんじゃないか?」
「え?」
「それって相手に失礼なんじゃないかと思うんだよ。答えが良かろうと悪かろうと、な」
先生は金魚を見つめながら話す。そのせいで顔は見られないけれど、声のトーンは暗い。
失礼だったのだろうか。待っていてくれる、と薫は言ったけれど本当は1秒でも早く答えを聞きたいのだろうか。
そう考えたら薫に申し訳ない気持ちが次々に生まれてくる。
「そんなことない!」
急に隣から声が聞こえた。聞き慣れたこの声は間違いなく薫だ。
「俺は水帆が考えてくれるってことだけで嬉しかったです。先生は生徒の恋愛まで首を突っ込むんですか? それとも——」
薫はそこで一度言葉を切り、橋本先生の目をしっかり見つめて言った。
「私情でも挟んでます?」
そう言うと、先生は動揺したように少しだけ目を泳がせた。
動揺を見せた先生は、すぐに元の笑顔を取り戻すと薫に笑いかけた。
「——いや、宮澤が気にしてないならいいんだ。悪かったな」
先生は私に身体を向け、手に持っていた金魚の袋を渡してきた。思わず受け取ってしまった後でどうして私に渡したのかという疑問が湧く。
「あげるよ。下手で1匹しか捕れなかったけど」
「そんなの悪いです!」
「いいんだ」
先生はそれだけ言うと足早に去っていってしまった。
「水帆、橋本先生にあんまり近づかないで」
「……どうして?」
そう聞くと、薫は少し怒りも交えた表情で真っ直ぐに私を見つめて「どうしても」と言った。答えにはなっていなかったけれど、その先は聞いてはいけない気がして、追及はしなかった。
家に帰り、押入れの奥にしまっていた金魚鉢を取り出して水を汲む。先生がくれた1匹の金魚を放す。
「名前……“ミナミ”でいいか」
安易に橋本先生の下の名前を頂戴する。ミナミは真っ赤な身体を水に浮かせ、自由に泳いでいる。
先生は、どうして私に金魚をくれたのだろう。分からないまま金魚を見つめる。
ぷかぷか、ゆらゆら、くるくる、ふわふわ……金魚の動きはまるで恋愛みたいだなと思いながら。
第6章 完