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- Re: 世界の果てで、ダンスを踊る ( No.1 )
- 日時: 2014/05/13 13:08
- 名前: Frill ◆2t0t7TXjQI (ID: fxK7Oycv)
—1 舞い降りる死神
玲瓏と夜を照らしゆく満月。
煌々と注ぐ月光に撫でられ、一機の武装ヘリが空を翔ける。
『こちら、デザートフォックス。作戦目標地点に到達。ポイントは、二一○○、これよりキツネ狩りのため、『狼』を投入する。投下地点の各戦闘員は直ちに戦闘を中断し撤退せよ。繰り返す、『狼』を投入する・・・』
叩き付けるように、勢いよくスライドされたヘリのドア。
壮麗の銀髪を長く流れるようにたなびかせ、中近東の荒廃した街並みを見下ろす少女。
裸身。
身に付けるものは何も無い。
細く、軽やかで華奢。肉付きは薄く痩身、凹凸は僅か。それでいて、女特有の艶めかさを匂わせ、色素の薄い蒼白の美肉を月夜の燐光が鮮明に暴き出す。
「!? 待てっ! まだ投下地点に戦っている者がいる! 撤退が完了してから・・・」
操縦者の兵士が驚き慌て、少女に呼びかける。
「・・・わたしが受けた命令はただひとつ・・・『殲滅』・・・」
少女は眼下の、今だ銃撃戦の雨が止まない戦場を見下ろしながら、呟いた。
そして、冷たく吹き抜ける風に導かれるように少女は、
————飛び降りた。
落ちる。
突風に煽られ、なびく白楼の銀糸。
折れてしまいそうな手足、括れた腰。
これより向かうは死の舞台。
踊るは、哀れな人形たち。
少女の裸体が重力に逆らい、しなる。
白磁の指が軋み、鉤爪へと変わり、痩躯の細身は太く盛り上がり、強靱な四肢を形成する。
たなびく銀頭の髪は瞬時に硬質化すると瞬く間に全身を覆い、整った人形めいた顔はたちどころに獣の鼻先が突出し、可憐な唇は鋭利な口角を形作る。
『それ』は燃えるような真紅の双眼を滾らせ、これから訪れる己の狩場を見定めた。
「こちらα1! 戦闘が長引いている! 応援はまだか!! 負傷者多数!! これ以上はもたない!! こちらα1応答せよ・・・!!」
瓦礫に身を寄せた兵士が機銃を乱射する仲間の横で通信を試みるが、故障したのか先程から通じない。
戦況は予想以上に芳しくない。
すでに死傷者が半数を超えた。
相手はただのテロリストではなく、ゲリラ戦の猛者。あきらかに此方の分が悪い。
所詮自分たちは雇われ傭兵、使い捨てが関の山だが、おいそれと死んでなるものか。
役に立たない通信機を放置し、すぐさまライフルを構え、援護に移る。
その時、弾幕が飛び交う月の明りが注ぐ戦場に陰る影。
激震。
粉塵を巻き上げて、落下してきた巨大な物体。
敵も味方も皆一様に驚き攻撃の手を止め、陣地のど真ん中に降突された『それ』を凝視する。
瓦解した土塊を踏みしめ、巨躯を震わせる異形。
御山の様な全身を覆う鋭い銀毛。
まるで刃の鎧を纏ったかのように雄々しく輝きを魅せ放つ。
極太の後肢が大地を抉り、穿ち立ち、伸び上がる長大な尾を大きくしならせ、振るう。
丸太を思わせる、堅牢な前肢に生えそろう剛爪が、今か今かと地表を掻き毟る。
巨獣の顔面、その顎から覗かせる凶悪無比な歯牙の羅列が荒い息遣いで幾度となく噛み合わさる。
狼。
巨大な、あまりにも巨大な白銀の狼。
魔狼。
此の世ものならぬ、幽玄の淵より現れし狩人。
爛々と残光を描く真紅の双眸を篝火のごとく燈らせて、月影に怜悧と晒される死神。
虚ろの凶獣が、その麗躯を高々と反らして、月満ちる夜闇に轟々と響き渡らせ、知らしめる。
————咆哮。
さあ、狩りの時間だ。