コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 世界の果てで、ダンスを踊る ( No.23 )
- 日時: 2014/11/19 13:16
- 名前: Frill ◆2t0t7TXjQI (ID: Rl.Tjeyz)
—19 戦慄、其は現に在らず
大気中の空気の波が身震いし、余すことなく震動する。
天敵を怖れるように、悪夢に苛むように。
轟々と森羅万象さえ脅かす吠え猛る此の世ならざる異形の体現者。
それだけで悟るのだ、すべての生命が。
自身の限りある命の灯火が今、此処に潰えたことを。
それだけで確信するのだ、すべての生者が。
自身の安寧とした未来を闇に閉ざす暗黒の帳が降りたことを。
「な・・・んだ・・・。これ・・・は・・・」
片隅に朽ちたヘリの残骸から、その有り様を一部始終を垣間見た兵士の男は驚嘆に呟いた。
先程まで少女だった、人の形を成したものは、今は有に数メートルを超す程の巨大な『何か』に変貌していた。
それは余りにも凶悪で、強烈で、醜悪で、繊細で、美麗で、悍ましくも美しく、地球上のどんな生物よりも勝っていた。
既に思考は在り得ない事象にパンク寸前だが、自ずと理解が出来たのは生物としての本能が呼び掛けるのか。
絶対的な畏怖。
恐怖でもあり畏敬でもあり、遺伝子に刻み込まれた圧倒的力量差を思い知らされる。
唯、平れ伏してしまう。
そういう存在が此処に在る。
アルスラの頭の天辺から爪先まで怖気が直走る。
一気に身体中から血の気が、有機化合の疑似血液のピストンが滞るのを感じた。
此方をジッと凝視する真紅の獣眼。
その冷やかな氷の、しかし焼け付く炎の瞳に囚われ、己の躰がピクリとも動かない。
汗を掻く事はサイボーグであるため無いが、生身であれば冷や汗がグッショリと頬を伝うだろう。
微動だに出来ないアルスラを一瞥し、ねめつける虚獣は一瞬低くその雄々しい四肢を屈めたと思った瞬間。
————消えた。
「!!?」
瞬時に反応したアルスラ。
チャージしていた義眼のレーザーアイを全力で撃ち放つ。
目前に迫る白銀の影に定めて。
宙を薙ぐように直進する閃光は遥か真上に向かって解き放たれていた。
「えっ?」
視界が反転し、あらぬ方向を見ているアルスラ。
確かに自分は眼下に迫る何かに攻撃した筈。
中に浮いている自分。
自分の意志では無く、重力に逆らうように漂う。
飛び散る自身のパーツの細かい機械部品。
横目に捕えるは同じく中空に舞う巨大な銀狼。
その縦横に生え揃った牙を交錯させる顎には、いつの間にか分断された己の半身が咥えられていた。
「あ・・・れ・・・?」
残された上半身でチラリと自分の身体の有り様を確認する。
胴元から見事に引き裂かれていた。
それは時にして本のひと刹那の間。
呆気ない決着。
「は、ははっ。圧倒的じゃないか・・・なんなの、それは? 反則だろう? 流石『エグリゴリ』が誇るだけはあるね」
哂うしかない。
先刻攻撃の機会を見す見す見逃した事を今さながらに悔いた。
あの時繰り出していれば結果は違ったかもしれない。
いや、恐らく結果は変わらなかった可能性の方が高い。
どちらにせよ、こうして間近に知る事が出来たのだ。
「嗚呼、君は最高だよ・・・。最強にして最恐の兵器『ネフィリムの死神』・・・」
後悔よりも好奇が勝ったアルスラは満足そうにする。
最早エネルギーは尽きた。
無論もうこの躰では活動は不可能だ。
だが、このデータは無駄ではない。
自身の戦闘データ群は常にモニタリングされている。
この情報は直ぐにでも『彼女』たちの糧となるだろう。
噛り付いた半身を噛み砕いた銀狼は重力に任せて落ちるアルスラを誘うように大きく口角を開き、迎え入れる。
重なる牙と牙。
ひしゃげる金属の塊。
閉じられる冷徹なる霊櫃。
空中で狩るべき獲物を駆逐した陋劣なる魔獣は銀装の体躯を華麗かつ優雅に旋回させ地表に音も無く降り立つ。
そして勝ち鬨を上げるかのように勇ましく遠吠えを天に巡らせた。