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Re: 世界の果てで、ダンスを踊る ( No.29 )
日時: 2015/09/19 08:13
名前: Frill (ID: jFPmKbnp)

 —24 二匹の獣、そしてもう一匹










 切り裂き、頬を薙ぐ豪風。

 通り過ぎ様に振り抜いた右手に携えた愛武器『グルジエフ』が甲高い金属音を鳴かせ、弾かれる。

 蒼いたてがみを靡かせる異形の虎を思わせる獣。

 視界の端、凶暴な歯牙から縫い止め勢いを殺し留められた刃を覗かせる。

 ギリッギリッ、と、絶対に離さないとばかりに刀身に噛り付く口角が獰猛に吊り上り金色の双眸が細まる。



 ————嗤った。



 そう感じた瞬間、もうひとつの人ならざる姿を模した紅い獣毛の怪物が眼前に鋭利な鉤爪を晒し目にも止まらぬはやさで迫り来る。

 流れる白銀糸の絹髪を翻す少女。

 左手に逆手で持つグルジエフと対の特殊合金ナイフ『ヴァンブレイブ』を構え、少女は襲い来る猛獣に瞬時に投擲した。

 紅い鬣の虎に似た猛獣は顔面に突き刺さそうと飛来する必殺の刃の切っ先を己が鋭い牙で咬み挟み防いだ。

 そのコンマ数秒にも満たない刹那の間。

 背後の蒼獣から繰り出される魔爪と眼前の紅獣から振るわれる凶爪。

 それらを身を捻る少女は二対の襲撃の僅かな隙間を縫うように紙一重で躱すと一際高く高く跳躍し後方へと逃れリノリウムの床に降りる。








 白い床面にポツポツと滴る赤い滴。

 純銀の髪を持つ少女のコンバットスーツの戦闘服の背中は大きく引き裂かれ、滑らかで艶やかな肌は無残に抉られており、猛獣の爪痕が痛々しく穿たれていた。
 
 背中だけでは無い、華奢すぎる細身の脇腹も攻撃を受けたのか足元を伝う鮮血が床一面を真っ赤に染めていた。 

 よく見れば少女は身体の至る所を切り裂かれており、既にボロボロの状態であった。







 満身創痍気味の獲物をさも楽しそうに見つめる二匹の雌獣。

 獲物を追い詰める狩人。

 どちらの獣も巨大な虎に酷似しており、見た目そっくりだが蒼い鬣と紅い鬣が彼女たちを元は可愛らしい姿だった少女と判別するにはあまりにも違和感がありすぎるだろう。

 猫科を彷彿とさせるグルグルと喉を鳴らしながらゆっくりと標的の周囲を獣となった四足で旋回する。






 




 此方を弄ぶつもりか、追撃を仕掛けようとしない魔獣共を一瞥するアンリ。
  
 「・・・ねえ、これは互いの戦闘能力を推し量る模擬戦だと事前に聞いていたのだけど・・・貴女たち、どうやら『本気』みたい」
 
 裂かれた頬から伝う血を軽く手の甲で拭うと気怠そうに首を廻すしながら問う。

 『グルル・・・サア、ドウダッタカ。ワタシハシラナイ。ゲン二ウエカラハチュウシノメイレイハデテイナイ』

 サメが回遊するかのごとくアンリの周囲を回る蒼い猛獣となったファエルが口をにやりと歪ませ開く。

 『グルル・・・ソウダ。オタガイ二エンリョハイラナイ、トイウコトダロウ?』

 同じく旋回する紅い猛獣へと変身したリエルが言う。

 「・・・そう。そうね、じゃあ私も本気を出しても構わないということになるわね・・・」

 そう言うとアンリは上をチラリと窺う。

 防護透過板の向こう側から見守る兄怜薙れいちと視線を交差させると彼は眼鏡を押し上げる。


 許可が出た。


 「・・・ダンスはこれからが本番。貴女たちの相手はこの『死神』が務めさせてあげる・・・」


 それは奈落の底から響くような、とても冷たい声色だった。