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- Re: 世界の果てで、ダンスを踊る ‐ ブレイジングダンスマカブル‐ ( No.35 )
- 日時: 2015/09/20 15:17
- 名前: Frill ◆2t0t7TXjQI (ID: GTJkb1BT)
—30 成し得ること、求めること
ドームの天井、床、壁、至る所に歪な樹の根のような————不気味な血管を思わせる、黒く禍々しさをはらんだ触肢を縦横に這わせ描く虚獣。
それひとつひとつ自体が何かしらの意志を持ち、得体の知れない異様さを醸し出している。
呪わしい虚獣が重々しい顎先を開く。
澱(おり)のように濁り淀んだ吐息が噴出し、並び揃う醜唾に濡れる歯列を撫で、暗がりの中で飢えた獣の眼が煌々と光った。
『『・・・モウ誰ニモ見下サセナイ・・・スベテヲ見返ス・・・認メサセル・・・自分タチガ最高ノ存在・・・最強ノ戦士・・・貴様ヲ超エル・・・“死神”・・・』』
ググッと唸りなのか、嗤ったのか虚獣が無造作に左手を出す。
瞬間、黒い波が一面を覆い、触手が群れなして狙い定め、アンリに襲い来る。
覆いかぶさる寸前、白銀の魔狼は前頭を屈め高く跳躍、銀の刃を旋回させ、群がる触手をことごとく斬り捌く。
刻まれた触手片が細かな粒子となり降り注ぐそれは、アンリの硬質化した体毛をも溶かし、内皮を焼き奥の肉まで届く。
辺りには建材物が焼け解ける異臭と血液と肉が焦げる嫌な匂いがドームに満ちる。
『・・・分子レベルデ結合阻害ヲ引キ起コス物質破壊細胞・・・。ヤレヤレ相当厄介ナ能力ヲ発露シタヨウネ』
自身の躰のいたる所が腐食し、ボロボロと崩れていく。
その都度自己再生で修復を試みるが、殆ど回復が追いつかず少しずつダメージが蓄積されていく。
アンリが首を巡らせ、虚獣を見た。
黒炎に揺らぐ巨体は炭化した屍のようであり、自身の肉体さえも絶え間なく破壊と修復が繰り返されて肉塊が蠢く。
その黒い獅子の眼にはありありと妄念が滲み、此方の一挙手一投足に投げ掛ける。
自らが滅んでも自身の敵を屠る————。
そんな気配をまざまざと感じさせた。
無限の暗闇を思わせる黒々とした怪物。
すべてを震わせる咆哮を放ち、その巨体を軋ませて黒い獅子は銀装の狼に躍り掛かる。
『『消エロッ! 偽物ハ、オマエダッ!! アタシタチガ本物二ナルッ!! オマエハ消エテ無クナレッ!!!』』
黒い巨体が変則的に形を変え、アンリの行動を制限するように広がりざわつき、逃がさんとばかりに啖(くら)いつく。
何処までも付け回す何本もの悍ましい肉腫の追っ手を返す装刃と四肢の剛爪で流れるように叩き斬るアンリ。
強力な硫酸などなら問題なく対処可能だが、それよりもたちの悪い細胞事態に働きかける肉の飛沫を極力避ける。
それでも降り掛かる毒の雨礫が容赦なく己の肉体を破壊していく。
今、この状態が継続するのは分が悪い。
アンリは切っても切っても後から増殖再生する触手をまた数本斬り伏せ事態の先行きに思考を巡らせる。
一方この予測だにしない異常事態に髪を振り乱しガブリエラは防護板の強化窓を強く何度も叩く。
「ファエル! リエル! 今すぐ獣合化術(ビーストアクト)を解除しなさい!! 既に細胞組織が瓦解し始めているのが判っているでしょう!? このままでは貴女たち元に戻れなくなるわよ!! いえ、このままだと死んでしまうわ!!」
「聞こえていない筈はないのですが・・・まずい状況ですね。この地下研究施設は核の攻撃など外郭の防御に重点を置いてますが、内部、それに能力者に対しては有る程度しか対処していません」
今も暴れる怪物によって施設全体が地震のように揺るがされている。
しかし怜薙はまったくこの状況に動じることなく事の成り行きを見守っている。
己が何よりも愛する妹が死の境地に今もなお立たされているというのに。
この落ち着きようは・・・。
「・・・最悪の場合は・・・アンリ、君に頼ることになりそうだ・・・」
怜薙が誰ともなく小さく呟いた。