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- Re: 世界の果てで、ダンスを踊る ( No.7 )
- 日時: 2014/08/26 08:52
- 名前: Frill ◆2t0t7TXjQI (ID: sq.MYJuj)
—6 ケモノとヒトと
長く何処までも続く果てしない廊下。
人が歩くには些か高すぎる天井に無機質な照明が幾つも並び、何処か異様な冷たさと仄暗さがよりいっそう不気味さを感じさせる。
第一実験棟の地下最深部。
建屋の屹立する巨大な岩盤群の奥深くに穿たれた孔の最も深い場所。
まるで奈落の底が口を開けて待っているかの様だ。
元々の軍事研究施設を副次的な施設に当て、機密保持と安全性の理由から大半の施設が地下に集中しているがこの第一実験棟の区画が特に念入りに保護、そして隔絶されている。
最重要な実験区画と最高機密のライブラリーは核弾頭の直撃でも耐えうるよう設計され、防御されている。電力供給から給水の循環機系まで完全に独立したシステムを持ち、相当期間を自給自足出来るように設計されていた。
その最深部はさらに入念に隔離、防護された高度なバイオクリーンルームになっており精密な機材群とマイクロ手術設備などの最新の技術を搭載した大試験室が軒並み完備されている。
そして中央のコントロールルーム。
そこから映し出された複数のモニター画像。
そこには巨大な培養槽のカプセルポッドの内部になみなみと満たされた溶液に浮かぶ裸身の銀髪の少女の姿があった。
数人の白衣の研究員が忙しなくタッチメントパネルを操作する。
その様子を見守るひとりの黒髪の青年。
静かに、だが食い入るように培養液に浮かぶモニターの少女を覗く。
次々と表示される細かなデータ類は培養槽内の被験体に何の異常も無く、むしろ健康体であることを示している。
深く、安堵したように息を吐く怜薙。
「大丈夫、何処にも異常は無い。すこぶる良好だよ、アンリ」
モニター越しの拡声マイクで培養槽内の少女アンリに語りかける。
液体に浸かり揺蕩う少女はほんの少し微笑したように見えたが直ぐにまた眠りるように呼吸を繰り返す。
怜薙はいまだ培養槽内のアンリを横目で見詰めつつ、表示された肉体及び精神構成データの羅列にもう一度素早く眼を通した。
異常は無い。
何も問題は無い。
何も心配する事は無い。
いつも通りだ。
そう、そのはずなのに。
この心の焦燥感は何だ?
定期検査を終えるたびに感じる漠然とした虚無感。
それは言い知れぬ不安と共に日増しに大きくなっていく。
随分前から気が付いていたのだが、意識の片隅に置き極力考えないようにしていた・・・。
『何も異常が無いのが異常ではないのか』
怜薙は眼前に並べられたデータ群のパラメーターがかつてとは比べるべきもない程の異様な数値への変化を目の当たりにし戦慄を隠せなかった。
かつてこれほどまでに『適合』した者が存在したであろうか?
大戦中、新たなる発見と共に確立した技術。
『獣合化術』
往年ヒトゲノム解読は既に完了していたある研究機関は遺伝子構造を根本的に改竄、再構築し超人類を創造する神をも怖れぬ悪魔の所業を成し遂げた。
戦時に倫理など皆無、そう言わんばかり数多の実験と犠牲にそれは誕生した。
『キマイラ細胞』
怜薙は眼鏡の奥の瞳に過去の幻影を垣間見た気がした。
それら狂気の産物を研究、世に生み出したのが紛れも無い自分たちの両親であったのだから。
そしてその被験体として、実験体として選ばれたのが自分の最愛の、今こうして目の前で痛々しい器具類を装着し薬液に身を浸す妹。
『アンリ』なのだから。