コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 年増化け猫と依無し少女 ( No.8 )
- 日時: 2014/05/27 18:55
- 名前: 一匹羊。 (ID: 5qCSmirc)
は、と我に返る。
まるで、この人の瞳に本当に吸い込まれてしまっていたかのように、思考に空白ができていた。
小さな唇が動く。今度ははっきりと。
「ユキじゃないのか」
私はほうほうの体で頷いた。
「わ、私の名前はすみれです。ユキじゃありません」
「けど、似ている」
小さく小さく、落とすようなため息とともに青年は呟いた。ユキ、と一言。
この人、その人が好きなのかな。
何せ開いてる窓から入ってくるくらいだし。
世の中似ている人が世の中に三人はいるって言うけど、もしかしたら、その中の一人が私の前にここに住んでたのかも……。
なんかちょっとロマンチック。
って、そうじゃないよ。この人は、その女の人に会いに来た。けど、ユキさん……は、ここに住んでない。じゃあ、どうなるんだろう?
ふと青年のほうを見ると、彼は途方に暮れている様だった。
どこか遠くのほうを見つめている。
遠く……どこか遠くを……
瞬間、彼の体が傾いた。
「え」
ぱたり。
完全に力の抜けた手が放り出される。
青年は床に横たわっていた。
「……っ!? 大丈夫ですか!? ど、どうしちゃったんです?」
話しかけるも返事はない。苦しげな浅い呼吸が響いた。
恐る恐る、青年の体に触れる。そこから伝わってくる温度は、人のものとは思えないほど冷たかった。
持病か? だとしたら……。
瞬間、底なしの暗い穴を覗き込むような感覚。
そこから伸びてきた冷気が、ふわり、私の頬を撫ぜた。
死んでしまう。
そう思った。
「とにかく、救急車を……ッ!!」
私は電話をとるべく、青年に背を向けた——
そのとき、いきなり足をつかまれた。
振り向くと、青年が私に手を伸ばしている。私は慌てて青年に覆いかぶさった。よく聞こえるよう至近距離から声をかける。
「意識があるんですか? 今、救急車呼びますから! 大丈夫ですよ!!」
すると、青年は、やはり苦しげに息を荒げながら……ゆるゆる、と首を振った。
呼ばないで、ということ……?
普通だったら、そんな言葉は無視して、すぐに救急車を呼ぶべきだろう。私は素人で、一人でできる事など一つも無い。
けれど、青年は脂汗をかきながら、それでもメッセージを発したのだ。余りにも真剣なその態度に、私は気圧されてしまった。
何か事情があるのだろう。
私は、青年の手をゆっくりはずすと、わかりました、と呟いた。
その声が届いたのか否か。
彼は眠るように気を失った。