コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

聖なる夜の偶然 ( No.1 )
日時: 2014/09/20 19:04
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: uY/SLz6f)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel1/index.cgi?mode=view&no=34896

 
 ——冬の空は好きだ。
 空気が澄んでいて、ピンと張った糸のような、そんな張り詰めたような寒さが身を引き締めさせてくれる。どこまでも高い空は、僕があの日置いてきた気持ちを呼び起こす。
 ——ねぇ、結衣。僕はあの日から少しは成長できたのかな? 答えが出ない自問自答を今日も繰り返した。


 *** 


「お兄ちゃん、また今年もクリスマスひとりなの?」

 リビングに白色のカーテンから薄日が射し込む。
 家族4人で座るダイニングテーブルには、色とりどりの朝食が並ぶ。トースト、マカロニサラダ、スクランブルエッグ、ベーコン。妹の香奈がそんな事を呟いたのを、僕はぼんやりと聞いていた。

「うん、とくに用事はないからね」

「まだ、気にしてるの? そろそろ忘れたら?」

「気にしてないよ。僕は今年も留守番してるから、香奈は父さん達と行ってきて」

 毎年恒例の家族でのクリスマス会、と言っても、家族で出掛けてウィンドウショッピングをしてから外食をするだけ。僕は一昨年からその家族行事に参加していない。理由は——

「はぁ……お兄ちゃんは優しすぎるよ。私だったら、約束すっぽかして突然いなくなった相手を何年も想い続けられないなぁ」

「香奈、よしなさい。隼人、気が向いたら連絡するといい。どうせ夜までは向こうに居るから」

「うん、わかったよ父さん」

 香奈の言葉を制して、父さんは肩をすくめながら、溜め息混じりにそう言うと席を立つ。そう、理由は、大好きだった彼女が突然いなくなってしまったから。
 この部分だけ聞くと、『なんだそれくらい』とか『女々しい奴だな』なんて思われるかもしれない。
 でも、僕にとっては彼女が一番だった。何者にも代え難い、唯一無二の存在だった。一昨年のクリスマスの前日、僕と彼女は当日の待ち合わせを決めて、電話を切った。
 しかし当日、彼女は待ち合わせ場所に現れる事はなかった。連絡も取れなくなっており、後日訪れた彼女の家は空き家になっていた。
 なぜだろう? 僕は知りたい。彼女がどうしてあの場所に来られなかったのかを。


 ***
 

 夜の帳が落ちきると、僕は外へと出ていた。きらびやかにライトアップされた街角のイルミネーションから、少し視線を逸らす。
 あの日以来、この浮かれた雰囲気が苦手だ。ふらふらと歩いて、たどり着いた場所は、なんの変哲もないどこにでもある雑居ビル。築何十年なんだろうと思うほど、ボロボロのビルは、心なしか少し傾いている気もする。
 2人だけの秘密の場所、当時よくここのビルの屋上へ来ては、他愛のない会話をしていた。そんな郷愁に導かれるように、僕はまたこの場所へと来ていた。

「ここは変わらないね」

 呟きながら、鉄製の重い屋上の扉を開けると、空には満天の星々。眠らない街からは、喧騒だけが耳に入ってくる。
 この場所だけが闇に包まれていて、まるで世界から断絶された空間に居るような、そんな気持ちになる。
 深呼吸をして、冬独特の冷たい空気を肺に流し込む。僕は冬が好きだ。いや、正確に言うと、好きだったのかもしれない。考えても栓のない事だけど、いつも考えてしまう。彼女はどうして来なかったんだろう、と。
 ひとり物思いにふけっていると、屋上の片隅に人が居る事に気づいた。人の事は言えないけれど、こんな日にこんな所へ来るなんて変わった人だ。
 とはいえ、話しかけるつもりはないし、少し離れた場所で備え付けの錆びたベンチに腰を降ろす。

「あの、あなたも星を見にきたんですか?」

 唐突に話しかけられて、少しだけど、体が飛び上がるように反応してしまう。僕が座っているベンチの1つ向こう側のベンチから呼びかけられた声は、澄んだ川のような綺麗な声だった。

「違いますよ。僕はなんとなくです」

「そうなんだ。ここって、都会じゃあんまり見えない星も見えるんだよ」

「そうなんですか」

 距離があるせいか、相手の表情は窺えないが、口調からして人懐っこい人なのかもしれない。さておき、星に詳しくない僕としては、この会話は膨らみそうにない。それに、初対面の人と友好的に話しができるほど、僕のコミュニケーション能力も高くない。

「それじゃ、失礼します」

 席を立って、足早にこの場所から去ろうとするが、その途中で僕の背後から声がかかる。

「ねぇ? こんな日に、こんな所に来るなんて何かあったの?」

 一瞬、どうしようかと返答に窮したけど、僕は振り返って答える事にした。
 普段なら、そんな気は起きなかっただろう。でも、誰かに心情を吐露したいと考える自分も居て、無意識に言葉が口から出ていた。

「……昔の思い出に浸りにきたんです」


 ***


「ふーん、なるほどねぇ」

 聖なる夜に、ビルの屋上のベンチで、僕とさっき知り合ったばかりの変な女の人。
 オシャレというより、変装のような黒縁メガネをかけて、ニット帽からはみ出した、栗色ショートの髪が屋上に吹きつける風で揺れている。全体的に整った顔立ちの彼女は初対面のはずなのに、どこか親しみやすい雰囲気が漂う。
 僕は彼女に、これまでの過去の話しを思い出すように話した。
 彼女がクリスマス当日に待ち合わせ場所に来なかった事、その後、音信不通になり連絡も取れないまま、そのままになっている事。知り合ったばかりの彼女は、僕の話しを終始黙って聞いていた。

「なるほどね。君は今でもその彼女を想っていて、まだ忘れられないと」

「えぇ。嫌われてしまったのかもしれないんですが、僕は多分、理由が知りたいんです」

「あまり未練がましい男は嫌われるかもよ? それに、相手はもうとっくに新しい彼氏がいるかも」

 嘆息混じりの言葉とともに、黒縁メガネの奥から問いかけるような視線が僕の目を捉える。

「それでも……僕は知りたいと思います」

 僕が、素直な気持ちをぶつけると、彼女は慈しむような瞳で優しく微笑んだ。

「あいかわらず、隼人はまっすぐで不器用だね」

 先ほどまでの声音が変わり、それは、ひどく懐かしく、それでいて僕が一番聞きたい声だった。

「そんなに想っててくれたなら、彼女の顔くらい覚えておいてよ」

「そ、そんな、……ゆ、結衣なの?」

「そうだよ。あなたの彼女の結衣さんです」

 結衣は、少しおどけた口調でそう言うと、メガネと帽子を取る。
 長かった髪は、バッサリと切られていて、離れている間に雰囲気も少し変わっていたようだった。

「隼人……ごめんね。連絡もしないで、急に居なくなっちゃったりして」

「そんな……それより、結衣どうして今まで何も連絡もなかったの?」

 再会の喜びと、驚きと、疑問と、様々な気持ちが複雑に入り混じって第一声は、そんな言葉が出ていた。
 結衣は、少し俯きながらポツリポツリと話し始める。

「……実はね、あの日の夜、私がこっそり出かけようとしたら、お父さんに見つかっちゃって。私、嘘つけなくてさ……彼氏に会いに行くんだ〜って言ったの」

「うん」

「そしたら、うちのお父さん怒っちゃって……こんな夜遅くに出歩くなんてどういうつもりだ! てさ」

 結衣は、淡々と話してはいるが、言葉の端々に情感がこもっており、結衣にとっても本意ではなかったかのように思える。

「それから、全寮制の女子高に転校させられた。携帯なんかも全部取り上げられちゃって、家まで引っ越しする事になって……連絡、したくてもできなかったよ」

 結衣は、悲しそうに目を伏せて肩を震わせている。
 僕は結衣の肩をさすりながら、この想いが独りよがりでなかった事に安堵していた。

「……結衣、おかえり」

「…………ただいま、隼人」

 そのまま、自然とあるべき物が、元の場所に収まるように、僕達は抱き合う。離れていた空白の時間を埋めるように。僕も結衣も、瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。


 〜END〜