コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

無題〜あの日の想い〜【1】 ( No.127 )
日時: 2015/05/27 23:58
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: y68rktPl)

「森川! ピボット使って、もっと周りをよく見ろ!」

 あっさりとディフェンスに囲まれた俺に、監督の激が飛ぶ。
 パスを出そうにも、3人に囲まれて視界が悪く、闇雲に出せばカットされるのがオチだろう。————くそっ、どうする?

「こっちだ! 優斗!」

 どうしようかと迷う俺に、コートの反対側から味方が走ってきて、大きな声を上げた。
 俺の親友であり、チームメイトの海野 真守(うんの まもる)だ。それを見ながら、ゴール前に居る、もう1人の味方に視線だけ動かして『パスを出すぞ!』というフェイクをマークする相手に何度か入れる。
 相手に隙が出たところで、俺はディフェンスの股を抜く低いパスを真守に出した。

「よっしゃ! 後は任せろ!」

 ボールは勢いのある直線の軌道を描きながら、真守の所へ。
 低いパスはカットされにくいが、味方も取りづらい。けれど真守は「待ってました!」とばかりに難なくボールをキャッチした。パスは成功。
 そのまま真守はドリブルしながら敵陣に切り込んで、見事なレイアップシュートを決めた。

「見たかっ! 俺の華麗なシュートを!」

「馬鹿者! すぐ戻らんか、海野! カウンターきてるぞ!」

 ベンチから再び監督の激が飛ぶ。
 シュート決めて有頂天になった隙に、速攻を仕掛けてきた相手チームのカウンターをくらって、すぐに同点にされてしまう。真守がディフェンスに戻るのが、ワンテンポ遅れたため、こっちは1人少ない状態で対応、そこに付け込まれた感じだ。
 真守はバスケのセンスもあり、チームの中でもエース格だが、すぐ調子に乗ってしまうところが玉に瑕だ。真守は「しまった」と言いながら、相手チームを見る。その様子を見ていた監督は、頭を抱えながら深い溜め息を吐いたのだった。


 ***


「ったく、いくら何でも俺だけ説教はなくね? 負けたのはチーム全体の問題だ! とか言ってたくせによ」

 試合後、ロッカールームで着替えをしながら真守は、ぼやく様にそう言う。
 夏の予選を控えた今日、俺達はチームの強化を目的とした、練習試合をしに、隣町にある他校まで来ていた。
 結果は惨敗。最初こそ優勢だった試合展開も、一度バランスが崩れた俺達のチームは、ずるずると点差をつけられてしまった。
 監督はチーム全体の問題としながらも、真守のミスについて懇々と説教をしていった。まぁ、それもそのはず、真守が今日みたいなミスをするのは初めてじゃない。何度か注意はされているが、大事な場面で気を抜く癖があり、その度にチームのピンチを招くからだ。

「まぁ、あれは真守が悪い。大事な場面でいつも調子に乗っちゃうからな」

「なっ、優斗だってドリブル下手くそだから、すぐ敵に囲まれてたじゃねーか」

「あれは、ガードとして相手の注意を引きつけようと——」

「はん、その前にパスで回せってんだ! あの時のパスも、俺じゃなかったら確実に取れなかったぞ」

「絶妙なナイスパスだった。ここしかないって場所に」

「まぁまぁ、森川先輩も、海野先輩も落ち着いて下さい」

 ヒートアップする俺と真守を見かねて、1年生で唯一レギュラーの雨宮 薫(あまみや かおる)が間に入ってきた。
 雨宮は、男とは思えないほど可愛い顔立ちで声も高く、女子と間違ってしまう事がよくある。それは男子更衣室に入った時の「えっ、何で女子が入ってくるの?」といった視線だったり、他の男子から好奇の目で見られる事も少なくない。その中性的な容姿から、そっち方面の方々にも何度かアプローチされているらしい。本人はノーマルだと言っているので、さぞかし迷惑な話なのだろう。

「……優斗の奴が自分の下手さを認めないもんだから、つい熱くなっただけだ」

「うるさい。真守は毎回監督に説教されてるんだから、少しは学習しろ」

「なんだと!」

「やるのか?」

 真守は俺に睨みつけながら近距離まで近付いてくる。
 それにしても、真守は相変わらず厳つい顔してるな。カミソリで切ったかのような細い目に、褐色の肌、身長はデカいし、極めつけは坊主という、もう子供なら見ただけで泣き出すレベルだ。

「はいはい、先輩達、早く着替えないと置いて行かれちゃいますよ?」

 雨宮の言葉通り、ロッカールームにはもはや俺達しか居なかった。
 しかも雨宮は既にジャージに着替えており、ユニフォーム姿なのは俺と真守だけ。

「……ちっ、しゃーねぇ。この続きは後でだな」

 真守は低い声音で、吐き捨てるようにそう言うが、俺としてはこんな不毛な争いを続けるつもりはない。今するべき事は、俺達が争う事ではなく、どうしたら次の試合で勝てるか、だ。
 そのためには、キーマンであるこの2人ともう少し話す必要がある。俺は手早くユニフォームを脱ぎながら、そんな事を考えるのだった。

 (続く)

無題〜あの日の想い〜【2】 ( No.128 )
日時: 2015/09/26 22:20
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: GlabL33E)

「なぁ、優斗。これから飯でも食いにいかね?」

 藍色に染まった空の下、硬いアスファルトを踏みしめながら、帰路につくため先頭を歩く真守は、気怠そうに話しかけてきた。

「いいぞ。ちょうど俺も真守達に話したい事があったんだ」

「達、というと、僕もですか?」

「あぁ、雨宮もだ」

 俺がそう言うと、真守は苦い表情に変わった。きっと、試合の事を蒸し返すのが嫌なのだろう。ミーティングで、今日はたっぷりと監督に絞られていたから。
 雨宮の方は、涼やかな笑みを浮かべて「良いですよ」と答え、了承してくれた。

「……良いけどよ、何か奢れ」

「アホ、誰が奢るか」


 ***


 そうしてやって来たのは、大手チェーンのファミレス。
 安くて美味いこの店は、俺達学生にとってありがたい店でもある。(とはいえ、チェーン店なのでどこで食べても一緒なのだが)今日は休日の夕食時という事もあり、席はそれなりに埋まっていた。食事をしながら談笑する家族連れや、カップルなんかも多く見える。入店した俺達に気付いたのか、店員のお姉さんが小走りで駆け寄ってきた。

「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」

「3人です」

「只今のお時間、混みあってまして、少々お待ち頂いてもよろしいですか?」

「はい、大丈夫です」

 店員のお姉さんの流れるような対応、さらには営業スマイル(プライスレス)のオマケ付き。
 俺への対応を終えると、素早い動きで踵を返し、仕事に戻っていった。

「やっぱり、年上の綺麗なお姉さんって憧れますよね」

 俺の隣に居た雨宮が、先ほどの店員のお姉さんの後ろ姿を見ながら、うっとりした表情でそう呟く。
 そう言えば、年上に憧れるなんて事をクラスの連中も騒ぎながら、議論していたな。まぁ、俺は興味なくて遠目で見てただけだったけど。それにしても、雨宮がこんな事を言うのは珍しい。……ふむ、少しからかってみるか。

「雨宮は、男が好きなんだろ?」

「げっ、マジか、お前!?」

 俺の冗談めかした問い掛けに、真守が反応して、雨宮から勢いよく距離を取る。

「ち、違いますっ! 僕はノーマルです!」

 手をわたわたと振り、慌てふためきながら反論をする雨宮だが、必死になれば必死になるほど、逆に信憑性が増してしまう。
 こういう時は、慌てず騒がず、冷静に否定しておけば問題ないのに……って、からかった張本人の俺が言うのもなんだけど。

「よせ、周りのお客さんに迷惑だろう?」

「森川先輩が言い出したんじゃないですかっ!」

 雨宮は顔を真っ赤にして俺に抗議をしてくる。
 きっと、雨宮は性別を間違えてしまったのだろう。長い睫、二重瞼に大きな瞳、少し癖があり、ウェーブがかかった髪も妙に似合っている。こんなにも可愛い顔して、こんなにも可愛い仕草をするのに、雨宮は男だ。
 女子だったらモテモテ間違いないだろう。けど、年上が好きみたいな発言したし、見た目的にも、年上から好かれそうではあると思う。

「つーかよ、優斗は良いよな。可愛い彼女居るし、毎日が幸せなんだろ?」

「えっ、森川先輩、彼女居るんですか?」

「……あぁ」

 あまり人に自分の恋愛事情など話したくなくて、2人から顔を背ける。
 それを見ていた真守が、面白い玩具を見つけたという、何とも言えないムカつく笑みを浮かべて絡んできた。

「せっかくだから、付き合った馴れ初めを雨宮に話してやれよ。今後の参考になるだろうし、俺ももう一回、聞きてぇしな」

「森川先輩、是非! 是非、教えて下さい!」

 含んだ笑みを浮かべる真守に、純粋な興味からキラキラした瞳で見つめてくる雨宮。
 何が悲しくて、ファミレスの入口でそんな話をしなきゃいけないんだよ……。けれど、さっきから騒いでいたせいか、地味に周りから注目を浴びてしまっている。拒否して、これ以上騒がしくするより、求められている話題を提供して、席に案内されるまで静かにしていた方が良いだろう。

「……はぁ、分かった。でも別に面白い話じゃないからな?」

 俺は溜め息混じりにそう言うと、彼女との出会いを思い出すように、記憶を掘り起こしていった。

 (続く)

無題〜あの日の想い〜【3】 ( No.129 )
日時: 2015/05/31 14:23
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: xV3zxjLd)

 ——風が吹いた。
 桜の花びらを、青い空へと高く高く舞い上げるような強い風。薄紅色の花弁は、風に乗って限界まで上がり切ると、ひらひらと舞い降り、空に花の雨を降らす。

「……桜、か」

 春、地元の高校に進学した俺は、中学でもやっていたバスケを高校でもやるため、早々に入部届けを出した。その帰り道、何となく立ち寄った屋上で散り始める桜を眺めながら、独り呟く。新しい環境というのは、想像していた以上に疲れる。それとも、昨日徹夜でゲームしていたのが響いているのだろうか?

「……ふあぁぁぁ」

 青空から降り注ぐ、暖かな春の陽光は強烈な眠気を誘う。
 開放感溢れる場所に、柔らかな日差しを浴びながら思いっきり欠伸。どうやら本格的に眠気のピークを迎えているらしい。脳が俺に「早く寝ろっ!」と、催促している。

「…………」

 屋上には俺以外誰も居ない。まるで貸切にしているようで気分がいい。
 今なら、ここで少しくらい昼寝したっていいんじゃないだろうか? どうせ、今日やる事は全部終わった。部活も明日からだし。なら、ちょっとくらい…………。そう考えた瞬間、さらに強烈な眠気が俺を襲う。それは立っていられないほどに。今にも落ちそうな意識を必死で堪える。もう少し、もう少しだけ。
 右に左へふらつきながら、なんとか屋上に備え付けられた木製のベンチに寝転がると、すぐさま目を閉じて俺は意識を暗闇へと落としていった。


 ***


「……あ、あの、大丈夫ですか?」

「……う……ん?」

 微睡の中、耳元にかかる何か言いようのないくすぐったさに、意識が徐々に覚醒していく。重たい瞼を強引にこじ開けると、そこにあったのは顔。
 大きく澄んだ小豆色の瞳、肩くらいまである艶やかなストレートの黒髪、顔立ちは整っていて、まぁ、要約してしまえば一般的に言う美少女ってやつだろう……って、何で俺は、寝転がりながら冷静に観察しているんだよ。しかも、異様に顔近いし。

「何か用? ……というか、顔近いんだけど」

 俺がそう言うと、彼女は自分の距離感に気付き、慌てて距離を取った。
 なるべく平静を装いながら言ってみたが、彼女が離れてひそかに安堵する。さすがにあの距離は心臓に良くない。

「す、すいません! もしかして、息してないんじゃないかと思って!」

「…………」

 つまり、彼女にはここでくたばっている男に見えたとい事か。別にいいけど、地味に傷付くな。屋上で寝てただけなのに。……いや、よく考えれば屋上で寝てる奴の方が珍しいのか。

「本当にすいません!」

 そう言って、顔を真っ赤にしながら勢いよく何度も頭を下げる彼女。
 その様子が、どこか小動物に似ていて不覚にも少し可愛いと感じてしまった。

「もういいって。よく考えたら、こんな所で寝てる奴の方が珍しいだろうし……だから、気にしなくて大丈夫だ」

「……いえ、私の方こそ、失礼な事を言ってしまって」

 まだ申し訳なさそうにそう言いながらも、彼女はゆっくりと頭を上げる。
 いつの間にか傾いていた日差しに照らされて、彼女の綺麗な髪がきらきらと輝いて見えた。俺は少しの間、彼女に見入ってしまっていて、会話が途切れる。すると、彼女は気まずそうにしながらも「……すいません。失礼しますね」と言って、俺の横を通り抜け、屋上の扉へと向かって歩き出した。
 なぜか、それが名残惜しく感じてしまい——

「ちょっと待った! …………名前、教えてくれないか?」

 ——不意にそんな言葉が出た。
 自分自身、何でそんな事を尋ねたのか分からない。今日初めて会った女子に急に名前を尋ねるとか、どうかしてる。きっと彼女は新手のナンパかと思った事だろう。意識して言った言葉ではなく、無意識の内にそんな言葉が口から出ていた。
 俺は彼女に興味を抱いたのだろうか? だからもう少し話したいと、そう思ったのかもしれない。そんな考えがぐるぐると高速で脳内を駆け巡る。
 口に出してから後悔というのは、よくある事だ。今更「冗談でした」などと言える訳もなく、内心やってしまった感が半端なかった。
 俺の問い掛けに、彼女は足を止めてゆっくりとこちらへ振り向く。少し驚いた様子の彼女だったが、ふっと表現を和らげると、はにかんだ笑みを浮かべながら——

「……私の名前は、水原紗雪です」

 そう言って、まるで鈴の音のような綺麗な声音で答えた。
 その笑顔に俺の心臓がトクンと音を立てながら跳ねる。形容し難いその気持ち、そんな自分の心に若干戸惑いながらも、俺は精一杯の笑顔を浮かべ、ゆっくりと口を開く。

「森川……森川優斗だ」

 ——これが、俺と彼女、水原紗雪(みずはら さゆき)の出会いだった。

 (続く)