コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 無題〜あの日の想い〜【4】 ( No.132 )
- 日時: 2015/09/26 18:23
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: KG6j5ysh)
「あぁーっ、今日もきつかったな。優斗、コンビニ寄ろうぜ」
「あぁ、そうだな」
夕闇の中、今日も今日とて真守と並んで帰る。この真守の練習後の気怠そうな雰囲気は毎度の事だが、昔からの知り合いが同じ部に居る事は心強かったりする。
真守とは、小さい頃から家が隣同士で学校もずっと同じ、いわゆる幼なじみというやつだ。しかし残念な事に、映画や小説に出てくる、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるような可愛い幼なじみなんかじゃない。
ガッシリとした体躯に、切れ長の目、厳つい顔、極めつけは坊主という、もう子供なら泣き出すレベルだ。もう一度言おう。本当に残念だ。だが、バスケの腕は確かだし、友人としても頼りになるやつである。
入部してから2ヵ月、レギュラー争いが激化する今は一番大事な時かもしれない。忙殺されて考える余裕がなかったが……あの屋上の時以来、水原さんとは会ってないな。今、彼女は何をしているのだろう。
「おっ、何だ、修羅場か?」
真守が校門前で急に足を止め、そんな事を言う。
俺は真守の視線の先を辿る様に、自分の視線を動かす。そうして見えたのは一組のカップル。どうも雰囲気的に穏やかな話ではなく、喧嘩のようだが。というか、彼氏(?)の方が、一方的に怒ってるような感じだな。彼女(?)の方は、俯いたまま立ちすくんでいる。校門前という事で、かなり目立つ場所なのだが、皆遠巻きに見ていくだけで、特に過剰な反応はしてない。これが、噂に聞くスルースキルというやつなのだろうか? ……それにしてもあの女子、どこかで会ったような。凄く見覚えがある気がするんだが——
「けっ、まーた、氷堂の野郎か」
「氷堂?」
俺が真守に問い掛けると、真守は顔をしかめながら頷く。
「あぁ、ちょっと顔が良くて、サッカー部のエースとか言われてるもんだから、調子に乗ってる奴だよ。二股とか三股とか平気でやる最低野郎だ」
そう言って真守は眉根を寄せて、その表情に嫌悪感を滲ませる。
真守の奴、えらく感情がこもっているな。しかも何気に詳しいし。あの氷堂とかいう奴と何かあったんだろうか? 因縁があるとか。
それはさておき、今どきそんな奴が居るんだな。興味本位でその様子を眺めていると、ある事に気付き、徐々に胸が騒ぎだす。先程の疑問の正体が分かってしまったかもしれない。
それは少し前に屋上で話した女の子、水原紗雪とそっくりだったからだ。そして水原さんは、あの日から俺が気になっていた女子でもある。
「あの子……」
「何だ? あの女子の方は優斗の知り合いかよ?」
そんな真守の問い掛けも右から左へと流れていく。
でも、もしかしたら見間違いかもしれない。あの日から、もう2ヵ月は経っている。確かに、あの時の光景は俺の脳裏に鮮明に焼き付いてはいるが、念のためしっかりと確認できるように、今いる場所から彼女の方へと少し距離を縮める。けれど、そこに居たのはやはり間違いなくあの時の女の子、水原紗雪だった。
「…………」
なんだ、水原さんは彼氏が居たのか……そりゃそうか。あんなに可愛い子、彼氏が居ない訳ない。うん? 何で俺ちょっと残念に思ったんだ? 一体、何を期待していたんだ。
理解できない感情に戸惑い、やや気落ちしながらも視線だけは外さない。彼女が水原さんなら、この喧嘩の原因が余計気になってしまう。まぁ、水原さんからしたら余計なお世話なんだろうけど。そんな俺をよそに、2人のケンカは続く。
「何度も言わせんな。そういうの、うざいからやめろ」
「で、でも——」
「知るか、俺の勝手だろ」
「……す、すいません」
……どういう状況かは分からないが、氷堂とかいう奴が、面倒そうに水原さんに言う。水原さんは水原さんで、何か言いたそうにしながらも言えずに謝っている。これから考えるに——
「おい、優斗。盗み聞きとか趣味悪いぞ」
そんな俺の思考を遮るように、背後から真守の低い声が耳に響いた。
俺は思考を一旦止めて、身体は動かさず顔だけを真守に向けて返事をする。
「これは、大事な事なんだよ」
野良犬を追い払うようなジェスチャーで真守に「あっちに行っててくれ」という合図をしてみるが、真守は真剣な表情をしながら俺の背後を指差す。
一体何だと思いながらも、視線を戻すと、そこに居たのは——
「…………」
綺麗な小豆色の瞳に、うっすらと目尻に涙を浮かべた水原さんだった。視線だけでこちらを見ながら、とても悲しそうに顔をしかませている。
——待て、俺が何かしたのか? そりゃ確かに、盗み聞きのような真似はしてしまったけど。まさか泣くほどの事だったのか? しかもよく見れば、ついさっきまで水原さんと一緒に立っていたはずの、あの氷堂とかいう奴の姿はなかった。
と、とにかく、何で水原さんが泣いているのか分からないけど、今は謝らなくては。
「あ、あの、悪い。泣くとは思わなくて、その……つい、気になったから」
「…………あはは、恥ずかしいところ、見られちゃいましたね」
そう言って、無理に浮かべた水原さんのその笑顔がとても悲しげに見えて、俺の胸の奥にチクリと小さな痛みが走った。
(続く)
- 無題〜あの日の想い〜【5】 ( No.133 )
- 日時: 2015/06/14 16:34
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: kXLxxwrM)
「あぁー、俺、用事思い出したから帰るわ」
「えっ、ちょ、待て!」
真守がこの微妙な空気を察してか、そんな事を言い出す。
今、俺と水原さんの2人きりにされるのは非常に気まずい。俺は咄嗟に真守の腕を掴み、その進行を阻止した。
「何だよ? さっき邪魔みたいな雰囲気出してたろ?」
「バカ! お前、この状況で放置して行く気かっ! どう考えても無理だろ」
「ピンチを切り抜ける方法を考えて、最善の策を尽くす。それはガードというポジションのお前としては重要な事だと思うぞ?」
「……くっ」
真守の奴、ドヤ顔で偉そうな事言いやがって……。
大体、今バスケの話は関係ないだろ。この状況を何とかしたところで、バスケが上手くなる訳でもない。けど、泣いている水原さんを放っておけないのも事実であって……あぁ、もう! どうすりゃいいんだ!
「あ、あの……私の事でしたら、気にしないで下さい。本当、大した事じゃないので」
「…………」
そう言いながら水原さんは目尻に涙を残したまま、繕ったような笑みを浮かべた。まただ、またあの悲しそうな顔。その顔を見ていると、胸の奥が苦しくなる。葛藤する俺の背中に、ドンと衝撃が走る。何事かと振り返れば、真守が俺の背中を押したようだ。
「よくわかんねぇけど、優斗があんたに話したい事があるらしいから、もし暇だったら聞いてやってくれよ」
「おま——何言ってんだよ!?」
困惑する俺を尻目に、真守は拳を前に突き出して、親指を立てる。
多分「幸運を祈る」とか「適当に頑張れ」とか、そんな意味なのだろうけど、さっきのドヤ顔が脳裏に焼き付いていて、煽ってるようにしか見えない。俺は恨めしげな視線を送るが、真守は気にせずスタスタと俺達を残して帰っていった。
そして残されたのは、俺と水原さんの2人きり。泣いている女の子を前に、茫然と立つ男。傍から見ればこの状況はどう見ても、俺が何かして泣かしたように見える。
「……あの」
水原さんは、不安げな瞳で俺を見つめている。
きっと、さっきに真守に言われたデマを信じて、本当に俺が何か話したい事があると思っているのだろう。でなければ、すぐにこの場を立ち去っている。というか、俺ならそうするだろう。
「……迷惑じゃなかったら、聞いてもらえるか?」
俺は少し逡巡してから、何とか口からそんな言葉を押し出した。
***
学校を出て、近くにあった公園のベンチへと俺と水原さんは並んで座る。
目の前に見える大きな池を囲むようにして作られたこの公園は、水の傍だからか少しだけ空気が涼しく感じる。
しかし、その場の勢いとは怖い。確かに泣いている水原さんを見て、何とかしたいと俺は思った。ただ、2人っきりになって話をするなんてのは全く想像していなかった訳で。「聞いてもらえるか?」などと言ったものの、さっきから沈黙の俺。
そして水原さんも水原さんで、気まずそうに視線を地面に落としたままだ。だが、ずっとこのままという訳にもいかないよな。そう思い、俺は意を決して口を開く。
「……それで話なんだけど」
「は、はいっ!」
俺が話しかけると、水原さんはびくっと驚いたような反応をしてから、居住まいを正す。
——き、気まずいっ! きっと水原さんは真剣な気持ちで聞いてくれようとしているんだろうけど、これから話す事って水原さんの事だしな。
というか、一回しか会った事のない奴の話を聞いてくれるだなんて、水原さんは相当のお人好しなんだろうか? ちょっと無防備過ぎて心配になってくる。
「あぁー、話ってのは、水原さんの事なんだ」
「……私の、ですか?」
俺が切り出すと、水原さんは目を丸くしてそう言う。
「あぁ。その、プライベートな事というか、さっき喧嘩してた相手って……彼氏?」
「…………」
俺がそう尋ねると、返事はせずに水原さんはゆっくりと頷いた。
……やっぱりそうか。そりゃそうだ。あんな目立つ場所で喧嘩して泣くくらいなんだし。それに、これだけ可愛い子だ。彼氏くらい居て不思議じゃないだろう。——あれ、俺ショック受けてる? あの氷堂とかいう奴と一緒に居た時も残念に思って、付き合っている事が事実だと分かった瞬間、今度はへこんでる。……意味が分からん。
「……そっか。余計なお世話だろうけど、何で喧嘩なんてしたんだ?」
モヤモヤとした気持ちを残しながらも、俺は平静を装いそう続ける。
「……彼、氷堂くんのお父さんと、私のお父さんは昔からの友人で仲が良くて、小さい時から氷堂くんの家に遊びに行ったり、私の家に遊びに来たりもしてました」
水原さんは昔を思い出すように、目の前にある池を見つめながら静かに話し出す。俺は隣で黙ってその話に耳を傾けた。
「ある日、お父さんから言われたんです。彼が私の将来の結婚する相手だって。私は何の疑いもなく、将来は彼と結婚するんだと考えてました——」
……待て、待て待て。今どきそんな事ってあるのか? 昔ならいざ知らず、どんな家庭なんだよ。それに疑問も感じずに納得しちゃうとか、水原さんってもしかして箱入りなのか? そんな俺の驚きをよそに、水原さんは話を続ける。
「最初はお付き合いも順調でした。でも、いつからか氷堂くんは私を避けるようになって……最近は、いつもあんな感じです」
水原さんはそう言うと、伏し目がちになりながら唇をきつく結ぶ。
なるほど……水原さんとしては、氷堂とかいう奴の態度が最近冷たいという事で悩んでいるのか。それって、完璧に痴話喧嘩じゃないか。俺の出る幕なんて無いように思える——けど、そんな事言える雰囲気じゃないよな。
「あっ、すいません! 私ってば自分の事ばかりべらべら話しちゃって。森川くん、ちゃんと聞いてくれるから、つい……」
そう言って、水原さんは頬を染めながら、わたわたと自分の胸の前で手を振った。
そんな一つ一つの仕草が可愛い。知り合って間もないし、話したのは今日で2回目。それでも、彼女が良い子だってのは俺でも分かる。
だったら、彼女が笑顔になれるように俺が手伝ってもいいんじゃないか? 例えそれが、俺の気持ちとは裏腹な行動だとしても——
「……なぁ、もし良かったら、俺に協力させてくれないか?」
先程からずっと胸に残るモヤモヤとした気持ちを抑えながら、俺はそう切り出したのだった。
(続く)
- 無題〜あの日の想い〜【6】 ( No.134 )
- 日時: 2015/06/17 23:53
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: wGslLelu)
「……うーん、あぁ言ったものの、どうしたらいいのやら」
水原さんと別れた後、自宅に戻ってきた俺は、自室にある机に向かい、椅子に深く腰を掛けながら独り呟く。
初めは俺の申し出に戸惑っていた水原さんだったが、何度も粘り強く説得した結果、了承してくれた。今考えると、何であんなに必死になって説得したのか分からない。確かに水原さんの事は気になって、何とかしてあげたいと思ったのは事実だが、氷堂とかいう縁もゆかりもない相手の為にそんな事をする義理などない。
それに、何かの誤解だったとしても、水原さんを泣かすような奴と仲直りさせようなんて……まったくどうかしてる。
「……俺だったら、絶対に泣かせたりしないのに」
口に出してから気付く。そうじゃないだろう、と。
ふぅと息を吐き、思考を切り替える。水原さんは、父親に言われたのがキッカケで、氷堂とかいう奴と付き合い始めたと言っていた。つまり、小さい時から決められた相手という事だ。自分の意志とは関係なく……と、それは少し違うか。嫌ではなく、ちゃんと好きなのだろう。そうでなければ、泣いたりしないはずだしな。
氷堂とかいう奴の方は、ちゃんと水原さんの事を想っているのだろか? もしかしたら嫌々という事もあるかもしれない。考えても詮のない事だけど、考えてしまう。しかもそれが——いや、やめよう。本当に無意味だ。今俺が考えなければいけない事は、水原さんと氷堂とかいう奴を仲直りさせる事だしな。
「問題はそこ、だよな……」
結局、この日は徹夜で解決策を模索してみたが、これといった妙案は浮かばないのだった。
***
「優斗っ! ボールいったぞ!」
「へっ?」
バンという、乾いた音と鈍い音が入り混じった音が鳴り響き、遅れて俺の頬に強い衝撃と痛みが走る。ノーガードでもろに入ったバスケットボールは凶器だと今日初めて知った。
だが、おかげで昨日の寝不足による睡魔は撃退できたのでよしとしよう。……けど、痛いものは痛い。すげー痛い。しかも恥ずかしい。
「つっ、いたたっ……」
「大丈夫かよ? ってか、お前今日はずっとボーっとしてるじゃねぇか」
頬に手を当てて、コートに座り込む俺に、駆け寄ってきた真守は呆れた表情でそう言う。
確かに眠気もあって集中力は落ちていたのだが、練習の最中だというのに、俺の思考は水原さんの事で一杯になっていたようだ。さすがにこのままじゃダメだな。早く解決策を考えなければ——っと、そうだ。
「なぁ、真守、ちょっと聞きたいんだが、お前は好きになった奴に冷たくされて、その相手と仲直りしたい時ってどうする?」
大した事はないと思うが一応治療のため、練習の邪魔にならないよう俺は一回コートの外に出る。その途中、渋々ながら俺に付き添ってくれている真守にさりげなく尋ねてみた。自分で考えてもいい考えが出なかったので、ここは真守に聞いていい案を——って、なんだか真守に怪訝な表情で見られているな。なぜだ?
「優斗、お前どうした? ボールがぶつかったショックで頭がおかしくなったのか?」
「……俺は真剣に聞いているんだ」
真守の問い掛けに俺がそう返すと、真守は吹き出して笑い始める。
「ぷっ、ふはははっ、冗談はやめろよ。今日はやけに注意力散漫だと思ったら、まさかそんな事を考えてたなんてな……ぷっ、くくく」
今は練習中のため、自重しようとはしているみたいだが、堪え切れないといった感じで再び真守は笑い出す。俺は真面目に聞いているつもりなんだが……。
「……もういい、お前に聞いた俺がバカだった」
「あぁ、悪かった、そんなに怒るなって。いや、優斗は恋愛事とは無縁だって思ってたのに、相談してきたから。つい、な」
真守は謝りながらもカラカラと笑い、俺の背中をバンバンと叩く。
どうでもいいけど失礼な奴だな。あと、相談とは言ってないし、しかも正確には俺の事じゃないんだよな。……まぁ、いいか。
***
「なるほど、大体事情は分かった」
俺は練習終わりに真守に付き合ってもらい、学校からほど近くにある土手に座りながら事の顛末を話すと、最初に茶化していた雰囲気とは打って変わり、俺が話をしている間、真守は真剣な表情で聞いてくれた。
「まぁ、あまり氷堂に関わらない方がいいと思うぞ。絶対面倒な事になる」
「この前も思ったけど、氷堂って奴は知り合いなのか?」
俺がそう尋ねると、真守はバツが悪そうにしながら頭を掻く。
どうやら図星のようだけど、真守は氷堂とかいう奴と何があったんだろうか。
「……あぁー、まぁ、中学の時にちょっとあいつと揉めてな」
「うん? 俺は知らないぞ?」
「そりゃそうだ。あいつは別の中学だったしな」
そう言いながら真守は、近くにあった小石を拾って川に投げる。小石は綺麗な放物線を描きながら緩やかに落下、ポチャンという音を立て着水すると川に小さな波紋が広がった。
話しにくい事なんだろうか? まぁ、無理に聞こうとも思わないんだが、水原さんが絡んでいるせいか気になるのも事実だ。
目の前に見える大きな川は、夕日に照らされオレンジに染まっている。さっき投げた石の影響でゆらゆらと水面が揺れ、それはまるで炎の揺らめきにも見えた。
「まぁ、話したくないなら話さなくていい」
「……悪いな。ただ、相談するなら男の俺より女子の方がいいんじゃないか?」
「女子にこんな相談するほど仲の良い奴はいない」
それに、もともと相談なんてするつもりじゃなかったしな。
なりゆきで真守に相談する形になってしまったが、俺が欲しかったのは他の奴ならどういう思考になるのか知りたかっただけだし。
「ほら、やるよ」
そう言って差し出されたのは1枚の紙。制服のポケットにでも入れてたのか、その紙はとこどころ皺がよっている。メモ帳の紙を破ったようなもので、中には電話番号が書かれていた。
「何だこれは?」
「多分、俺よりアドバイスが上手い奴。女子だし、聞いてみればいいんじゃないか?」
「…………」
出どころ不明な連絡先、しかも名前すら書いてないという怪しさ。
ってか、勝手に人の連絡先渡しちゃダメだろ。ちゃんと許可取ってるんだろうか? あと、メモ帳に連絡先書くとか今どき古風だな、おい。それに、真守の知り合いって一体……。言いたい事は一杯あったが、他に方法がないのも事実なので、喉まで出かけた言葉を呑み込み黙ってメモ帳を受け取る。
「まっ、適当に頑張れ。それと、練習中は気を抜くな、以上」
真守は言いたい事を言い終えると、話は終わったとばかりに立ち上がり、そのまま振り向く事なく帰っていく。残された俺は、ぼんやりとそのメモ帳を見ながらこれからの事を考えていた。
(続く)
- 無題〜あの日の想い〜【7】 ( No.135 )
- 日時: 2015/06/25 22:55
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: y68rktPl)
「……誰かも分からない番号に掛けるのは緊張するな」
自宅に戻った俺はベットに腰を掛けながら、真守にもらったメモに書かれた電話番号を見ながら独り呟く。他に手がないのは事実なので、俺は意を決してスマホに書かれた番号を打ち込み、そのまま勢いで発信。何度かコール音が鳴ってから繋がった。
『はいはーい、やっと掛けてきてくれたんだね〜! 待ってたよ、いと——』
——その声の主が話し終える前に、俺は無意識の内に通話終了の画面をタップした。
「…………何だよ、アレは」
異様なテンションな高さと、途中までの情報を加味して考えるに、真守はこの子に連絡するよと言っておいて、ずっと連絡してなかった。そして、俺が掛けた事により真守から連絡がきたと勘違いして、テンションが高くなったという事だろうか?
その経緯までは知るよしもないが、とても面倒な予感がする。俺の勘がそう告げているので間違いない。そんな事を考えていると、デフォルトの着信音とともに、低い音を立てながらスマホが振動する。
「……さっきの奴か」
ディスプレイに表示される番号は、先ほど俺が掛けた番号。
ご丁寧に折り返し掛けてくるとは。掛ける時に、非通知設定にしておくべきだったと後悔する。だが、無視するのも何だか後味が悪いので、画面をタップして電話に出る事にした。
『もしもし、私、私。私だよ兄さん——』
「俺に妹は居ない」
一言だけそう言うと、俺は再び通話終了の画面をタップした。
まさか、新手の詐欺師だったとはな。これはもう着信拒否にするしかない。というかその前に、真守の奴に問いただした方が良さそうだ。しかし、俺が電話帳をタップするより早く再び着信音が鳴り響く。操作をしていたせいか、間違えてタップして電話に出てしまう。
『ひどいよー、ちょっとしたシャレなのにぃ』
今度は半べそを掻いているような声音で、電話の主は喋りだす。どうでもいいが、間延びした声が妙に耳障りだ。語尾を伸ばすなと言いたい。
「あぁー、何か勘違いしてると思うが、俺は真守じゃないぞ?」
これ以上しつこく掛けられても面倒なので、俺はハッキリと言う。しかし、電話の相手は特に驚いた様子もなくマイペースに話しを続けてきた。
『あれ? まもちゃんじゃないの?』
「…………」
——まもちゃんって、誰だよ。そんな可愛い名前の奴を俺は知らない。
『あっ、分かった! まもちゃんの彼氏さんだ〜!』
「ちげーよっ! どう考えたらそういう結論になるんだよっ!」
俺が真守の彼氏って、想像するだけでも勘弁なんだが。どうでもいいが、さっきから一向に会話が噛み合わない。しかも完全に向こうのペースに乗せられているじゃないか。
本当にこんな奴がアドバイスなんてくれるのか? どう考えても真守に騙されたとしか思えない。というか今更だが、男子側の心理が知りたいんだから女子に相談してどうするんだという話だよな。
『うーん、じゃあ何かな? オレオレ詐欺?』
「それはお前だ! ……そうじゃなくて、俺は真守と友達で、真守からお前の連絡先を聞いたんだ。お前、恋愛相談とかやってて、そういうの解決するの得意なんだろ?」
『へっ? ううん、全然やってないし、得意でもないよ?』
無意味っ! 俺の時間を返せ! はぁ、今までのやり取りは何だったんだ……これはもう、明日真守に昼飯を奢らせるしかないな。
「手間を取らせて悪かった。どうやら俺は真守に騙されたらしい」
これ以上会話を続けても無駄な事は分かったので、適当に通話を終わらせようとすると電話の主が「ちょっと待って」と言ってきた。
『オレオレ詐欺さんの役に立つか分からないけど、話くらいは聞くよ〜?』
「別に話を聞いてほしい訳じゃないから。それとオレオレ詐欺さんじゃねぇ」
『遠慮しないで良いよ〜、まもちゃんの友達は私の友達だから』
遠慮してんじゃなくて、ハッキリお断りしてんだよ。察しろよ。あと、何だよその理論。俺はお前を友達とは思っていないからな。
『まもちゃんの友達って事は同じ学校?』
「あぁ、けど本当にもうい——」
『よし、じゃあ明日私がそっちまで行くから、放課後校門前で待ち合わせね! ……あと、まもちゃんも連れてきてくれたら嬉しいかも。という訳で、また明日!』
「お、おい! ちょっと待て————切れた」
言いたい事だけ言って、電話は切れてしまった。何か知らん間に、話がどんどん進んでいたな。しかも明日かよ。……まぁ、今からもう一度連絡するのも面倒だし、明日直接断ればいいか。それも面倒だけど。
(続く)
- 無題〜あの日の想い〜【8】 ( No.136 )
- 日時: 2015/07/01 23:38
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: kXLxxwrM)
放課後、チーム練習が終わると同時に、俺は真守に昨夜の件について詰め寄っていた。
「おい、真守。あれは一体どういう事なんだよ?」
「あれって、何の事だ?」
俺がそう尋ねると、全く意味が分からないという表情をしながら真守は俺に問い返す。
その間に真守の額から玉のような汗が零れ落ちた。夏も近付いてきたせいか館内は熱気がこもっており、むしむしとした不快な暑さを演出している。俺は暑さには強い方だが、それでもこの温度と湿度はきつい。
「昨日もらった電話番号の相手の事だよ。何か妙にテンション高いし、まもちゃんとか呼んでたし、一体どういう関係なんだ?」
「あぁ、西沢の事か。っていうか、まもちゃんとか気持ち悪いな、お前」
「俺が呼んだじゃない。その西沢とかいう女子だよ。話の成り行きで今日会う事になった。それと、真守も呼んで来いと言われている」
俺がそう言うと、真守は眉を八の字にしてあからさまに怪訝な表情に変わる。
本当にどういう関係なんだろうか? だがこの態度を見るに、どうも真守にとって話したくない事みたいだな。
「わりぃ、今日は店番手伝わなきゃいけねぇんだ」
「いやいや、真守の家は店とかやってないだろ? すぐバレる嘘吐くなよ」
「じゃあ、あれだ。知り合いの店だ」
「…………」
じゃあってなんだよ。あきらかに嘘じゃないか。俺はこめかみを押さえながら、軽く溜め息をつく。
「あいつと会うと、色々と面倒なんだよ。俺は急用って事にしておいてくれ、な?」
「……はぁ、分かった」
色々と聞きたい事はあるのだが、真守がここまで言うのだから本当に会いたくないのだろう。というか紹介したのは真守なのだから、せめて説明くらいしてくれてもいいと思うのだが。その西沢という子は余程面倒な子なのかと、余計な勘繰りを入れてしまう。いやまぁ、昨日の件で絡むのは疲れそうだなとは思ったけど。
***
結局、真守がどうしても行きたくないと子供のように駄々をこねるので、俺がひとりで待ち合わせ場所に行く事に。とはいえ、真守はあの後に自主練もあるので、結局無理だったろう。紹介してきたのは真守なのにな。しかし、現状では解決策が見当たらないので頼るしかないの事実。
水原さんは今どうしているのだろう? またあの時見たような悲しい顔をしているのだろうか? だとしたら、そんな顔にさせている氷堂とかいう奴にガツンと言ってやりたい。けれど、それは水原さんの望むところではないのだろう。まったく、俺は一体何をしているのやら……。
「うん?」
そんな事を考えながら待ち合わせ場所へと歩いていると、校門の前でひとり所在なさげに佇む女子を見つけた。
真っ白なブラウスに、紺のスカート、ほどいたら肩くらいまであるであろう髪を後ろで纏めている。いわゆるポニーテールというやつだ。顔は整っており、綺麗というより可愛い系、全体的に華奢な身体、その容姿と他校の制服という事も相まって一際目立っていた。
うん、多分あれが真守の言っていた西沢とかいう子で間違いないだろう。
「あの、あんたが昨日の電話の人?」
「ひゃう!」
スマホで時計をチラチラと確認していた彼女に背後から声を掛けると、彼女は変な声を出しながら飛び跳ねるように俺から距離を取った。その反応はまるでお化けかなんかに遭遇した時のようで、地味に傷付く。
しかしこうして見ると、いたって普通じゃないか。昨日はどんな奴なのだろうと少し心配してたのだが。これなら心配はいらないかもしれない。
「……あ、もしかして、オレオレ詐欺さん?」
「ちげーよ!」
——前言撤回、やはりちょっと不安が残る出会いだった。
***
前に水原さんとも来た公園のベンチへと俺と西沢は並んで座る。ここに来る道中、真守はどうしたのか? と、しつこく聞かれたので言い訳が大変だった。座ると同時に西沢は俺の顔を覗き込むようにして見つめてくる。
「初めましてだね、私は西沢美咲。まもちゃんの恋人候補だよ」
「…………そうですか」
そう言って西沢は、漫画やアニメなら台詞の後に効果音でも付きそうなくらいの挨拶をした。正直なところ反応に困る。お前と真守の関係なんて知らないし、そこにつっこむと面倒くさそうな香りがプンプンする。これはさっさと用件済まして帰った方がよさそうだ。
「むぅ、オレオレ詐欺さんは冷たいんだね。もっとこう、私とまもちゃんの関係を聞いてきても良いと思うんだけど……」
俺の態度にご立腹だったのか、西沢は餌をため込んだハムスターのように頬を膨らませる。素でやっているのか、計算してやっているのか分からないが、正直あざとい感じがして素直に可愛いとは思えない。
「興味がないからな。それと、俺の名前は森川優斗だ。オレオレ詐欺さんじゃない」
「えーっ、優ちゃんのいけず」
「と、鳥肌がっ! いきなり変な呼び方するな——って、そんな事はどうでもいいんだよ。俺はさっさと用件を済ましたいんだ」
ただでさえ、最近は色々あって自主練をさぼりがちなんだ。
このままの状態を続けていては、俺はレギュラーに選ばれないだろう。本当はもっと真剣に練習に取り組まなければいけないのだろうが、それより水原さんが気になってしまう自分が居る。なら、バスケに集中するためにも今自分がしている事は重要な事だ。
「むぅ、優ちゃんはせっかちさんだね。まぁいいけどさ」
西沢は納得がいかなそうな表情をしながらも、渋々といった感じで俺に話を促す。というか、その名前で呼ぶなと言いたいが、話が長くなりそうなのでグッと堪える。俺は、ふぅっと軽く深呼吸をしてからこれまでの事を西沢に話し出した。
***
「——と、いう訳だ」
これまでの顛末を話し終えると、西沢はさっきとは表情が打って変わり、口元に手をやりながら真剣な表情で考え込んでいた。そして数分の間が空いてから西沢は口を開く。
「そっか、だからまもちゃんは私に……うん、分かった。氷堂くんが相手ならいい考えがあるよ」
「そうなのか?」
俺の問い掛けに、西沢は快活な笑顔を浮かべる。どうもこの口ぶりだと、西沢と氷堂も昔何かあったように感じる。だから真守は西沢に聞いてみろと言ったのかもしれないな。
頭の中でそんな勝手な推論をしてみるが、余計な詮索だと思い、すぐに思考を止める。結局、その日は「ちょっと用意があるから」と言う西沢と別日に会う約束をしてから別れたのだった。
(続く)
- 無題〜あの日の想い〜【9】 ( No.137 )
- 日時: 2015/07/06 19:44
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: G1aoRKsm)
「お疲れした、お先に失礼します」
「待て、森川」
今日の練習が終わり、この後西沢と会う約束していた俺は足早に帰ろうとしていた。しかし、監督の低い声音が俺の足を止めさせる。振り返れば眉間にしわを寄せ、腕を組んで仁王立ちをする監督が居た。
「お前、最近は自主練を怠っているようだな。チーム練習が終わると、すぐ帰っているようだし」
若干の怒気を孕んだ監督の声音、俺の額に嫌な汗がじわりと滲む。うちの部では全員でするチーム練習とは別に、個人でする自主練習の時間というものがある。その時間を利用して各自のレベルアップを促すという方針だ。この自主練に関しては、やるやらないは各自の判断に任せられており強制ではない。とはいえ、一般的な自主練とは違い、設備の整った場所でやれるのだから、自主練はした方が良いに決まっている。最近の俺はこの自主練をサボっている事が多いので、監督の目についたのだろう。
「はい、少し外せない用がありまして……すいません」
俺は申し訳なさを装いながら、少し伏し目がちに答える。正直に理由を言えば、俺はレギュラー争いから外れる事になるだろう。少し計算高いかもしれないが、本音だけ語れば良いというものでもない。嘘も方便だと思う。
それに、今抱えている問題もあと少しで終わるはずだ。そう、水原さんと氷堂を仲直りさせられれば終わるんだ。そしたら、なんの迷いもなくまたバスケに打ち込める。
「……森川、確かにうちは強豪じゃないが、やる気のない部員を置いておくほど甘くはない。それは覚えておけよ?」
「…………」
静かだが、厳しい口調でそう言った監督の言葉は俺がサボっている事を見抜いているようで何も言い返せない。俺はただ黙って口をきつく結ぶしかなかった。
***
「おーーい、優ちゃん! こっちこっち!」
夕闇の中、校門前で大きく手を振る西沢のポニーテールが激しく揺れる。
まったく、あいつは。というか、その名で呼ぶな恥ずかしい……。周囲に居る生徒達の好奇の視線も気にせず、西沢は周りに花でも咲かせそうな笑顔を浮かべていた。
「遅いよ、優ちゃん!」
西沢は、餌をため込んだハムスターのように頬を膨らませながら抗議する。どうやら、西沢にとって怒る時や拗ねる時はこの仕草がデフォルトらしい。
「部活だって言ったろ? それと、真守は自主練だから居ないぞ」
キョロキョロと俺の後ろを気にする西沢に釘を刺す。すると西沢はあからさまに肩を落とし、落胆の表情をする。それはまるで水が足りなくて萎れた花のようだ。
「はぁ、ガッカリだよ。何でまもちゃんを連れてきてくれないの?」
「俺に言っても仕方ないだろ。ってか、真守に直接連絡しろ」
俺に頼むよりその方が確実だし。まぁ、あの様子じゃ直接言っても頷いてくれるとは思わないが。——って、西沢がジト目で俺の事を睨んでいるんだが、なぜだ?
「意地悪。優ちゃんってさ、よくデリカシーがないとか言われるでしょ? まもちゃんの番号知らないし、それに、知ってたとしても……恥ずかしいし」
口を尖らせてそんな事を言ったかと思えば、今度は自信なさげに俯いてしまう。さっきまではあんなに笑ってたくせに、まるで百面相だな。
それはさておき、俺ってデリカシーないのだろうか? 西沢には至極当然の事しか言ってないと思うのだが……女子の気持ちはよく分からないな。というか、その呼び名を定着させようとしないでほしい。
「何だかよく分からないけど、真守には直接連絡した方がいい。連絡先なら俺が教えてやるから」
そう言いながら、スマホのアドレス帳を開き西沢に見せる。真守も勝手に西沢の連絡先を教えたのだからお互い様だろう。
「優ちゃん、すっごく良い人だね!」
泣いたカラスがもう笑ったとはよく言ったもので、西沢はそう言いながら溢れるような笑顔でスマホをスタンバイしていた。
「お前、さっきと言ってる事違うぞ」
言いながら情報を西沢に送信。——真守、グットラック。そう心の中でエールを送っておいた。こんなに好かれているんだ、これくらいしたって罰は当たらないはず。
さて、自主練サボって来ているんだ。さっさと用件を済ましてしまおう。西沢とここで話していて、監督に見つかったら目も当てられないからな。
***
「じゃじゃーん! このチケットが目に入らぬかぁ!」
いつもの公園のベンチに座るとすぐに、西沢が2枚のチケットらしきものを取り出して水戸のご老公よろしくそう言う。しかし西沢よ、じゃじゃーんって……お前のセンスは絶望的だな。今時そんな事を言う奴はいないぞ。
俺の冷めた視線に気付いたのか、西沢は若干頬を赤らめながらコホンとわざとらしい咳払いをした。一応、恥ずかしいという自覚はあったんだな。
「……で、それは何のチケットだ?」
「ふっふっふ、このチケットは何と、今大人気のサッカーチーム同士のエキシビジョン戦プレミアチケットなのです〜」
「……はぁ」
サッカーに詳しくない俺はそれがどんな貴重な物なのか分からないせいか、いまいち反応に困ってしまう。そんな俺の反応の薄さに、西沢は困惑した表情をしていた。
「優ちゃん反応薄い。これはファンなら喉から手が出るくらいのチケットなんだよ」
「そう言われても、俺は知らないから反応のしようがない。で、具体的にはそのチケットでどうするんだ?」
これ以上引っ張ってもサッカーに関するネタは皆無なので、先を促す。西沢は肩をすくめながら説明してくれた。先程西沢が言ったように、あのチケットはファンなら喉から手が出るくらいほしいプレミアチケットらしい。さらに人気の上に抽選らしく、ほしくても手に入らないのが現状だとか。西沢は父親のコネで手に入れたらしい。
つまり、サッカー部であり、サッカーが好きな氷堂ならばこれに食いつかないはずはないという事だ。このチケットを水原さんに渡し、氷堂を誘う事で仲直りさせてしまおうという作戦らしい。
「えへへ〜、どうさ?」
「あぁ、正直期待してなかったから凄いと思ってる」
「そこは、もう少し素直に褒めてよ! しかも期待してなかったって!」
少し茶化して言ってしまったが、本当にありがたいと思った。だって、ついこの間まで知らない仲だったのに、ここまでしてくれるなんて思ってもみなかったから。
「悪い、冗談だ。西沢、本当にありがとな」
そう言いながら、照れ隠しに西沢の頭をポンポンと優しく叩いてみる。面と向かってこんな事言うのは少し恥ずかしい。けれど、それ以上に感謝の気持ちの方が大きかった。
「あっ、うん……どう致しまして」
西沢は少し照れくさそうにそう言って、はにかんだ笑顔を浮かべる。ここに来た時はまだ少し明るかったのに、気付けば空は藍色に染まっており辺りはすっかり暗くなっていた。
——明日、水原さんにこのチケットを渡そう。それで、上手く仲直りできればいいんだが。余談だが、サッカーが好きな親父にチケットの話をしていて、このチケットがネットオークションで数万の値段が付いている事に気付いたのは後の話だった。
(続く)
- 無題〜あの日の想い〜【10】 ( No.138 )
- 日時: 2015/07/14 23:54
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: G1aoRKsm)
「これ、本当に頂いてもいいんでしょうか?」
水原さんはやや戸惑いながら俺にそう問いかける。放課後、誰も居ない屋上で昨日西沢からもらったチケットを渡して、水原さんに作戦を伝えた。
作戦内容はこうだ。まず偶然知り合いからもらったチケットがあるから一緒に行かないか? と水原さんが氷堂を誘う。そして、サッカー好きな奴ならテンションが上がるであろう試合、2人で試合を観戦する内に徐々にわだかまりも解けていって、仲直りするという作戦だ。
作戦としてはシンプル過ぎるし、不確定要素を多分に含んでいるため確実とは言えないが、現状では一番成功率が高い。それに何より他の案を思い付かなかった俺が文句を言えた義理ではない。
ちなみに水原さんに会うため今日も自主練をサボったせいか、監督からは厳しい目で睨まれてしまった。真守を含め、同期や先輩達の中でも自主練をやらずに先に上がった人が居ないので余計だろう。しかし、それも今日で終わりだ。
「あぁ、構わない。後は水原さん次第って事になっちゃうから、それは申し訳ないけど」
「い、いえっ、全然大丈夫です! むしろこんな事までしてもらっちゃって……本当にありがとうございます!」
そう言いながら、水原さんは地面に頭が付きそうなくらいの勢いで頭を下げる。正確に言うと、俺は仲介をしただけでチケットは西沢が用意してくれた訳だし、ほとんど何もしていない。だから、水原さんにお礼を言われるような事はしていないのだ。
「いや、チケット用意してくれたのは別の奴だし、俺はほとんど何もしてないから気にしなくていいよ」
「……それでも、森川くんが居なければ私はずっと悩んだままでした。このチケットは別の方が用意してくださったのかもですが、そのキッカケをくれたのは森川くんです」
「…………」
「だから——やっぱり森川くんにありがとう、ですよ」
沈む夕日に照らされて、そう言う水原さんはあの時俺が感じたように凄く綺麗だった。
そんな陳腐な言葉しか出てこない自分に少し嫌気が差すが、それは今の素直な感想。水原さんのその純粋な感情に触れて、自分の心臓が高鳴るのが分かる。どんなに無駄な努力だと知りながらも、どうしても俺は期待してしまう。きっともう自分の気持ちには気付いている。けれど、それを認めてしまう訳にはいかなかった。認めてしまえば、俺のせいで水原さんを悩ませる事になるのだから。……でも、せめてこの一瞬だけは俺だけに向けられた笑顔なのだと、自分に言い聞かせる。
これ以上この場に居たら、余計な言葉を言ってしまいそうだったので、俺は「どう致しまして」とだけ返してから、その場を後にした。
***
「森川、少し話がある」
用事を終えて、昇降口付近まで戻ってきた俺の背中に低い声が掛かる。何事かと振り向けば、そこに居たのは厳しい表情した監督だった。
「はぁ、何でしょうか?」
「単刀直入に言う。お前は明日から部活に来なくていい」
「……は?」
——青天の霹靂だった。いや、違うな。予兆はあったのだ。監督は、この前それを俺に警告として言った。にもかかわらず、俺は水原さんの事を優先していた。それについては全面的に俺が悪い。自業自得、自分の責任だ。けど——
「待ってください。確かに俺は自主練を休みがちでした。けど、いくらなんでも退部というのは行き過ぎじゃないでしょうか?」
冷静に、落ち着いていけば大丈夫。監督は俺を練習に真面目に出させるためにわざと言っているだけだ。本気ではない。そう心の中で繰り返すも、俺は動揺していた。わざわざこんな事を冗談で言うような監督じゃない。そんな考えが同時に浮かんでは消える。握りしめた拳にじわりと汗が滲む。緊張で口の中がカラカラだ。
「聞こえなかったのか? 明日からお前は来なくていい。前にも言った通り、やる気のない奴を置いておくほどうちは甘くない。以上だ」
厳しい口調で再度突きつけられた現実は、ショックなどという言葉では言い表せない程の喪失感となって俺の心を支配する。
監督は言い終えると踵を返し、足早にこの場を離れていく。何か言わなくては、反論でも懇願でも何でもいいから。そう頭では思っているのに声が出ない。動こうにも足が石化でもしてしまったかのように動かない。
「…………」
茫然とする俺の耳に、部室棟から吹奏楽の音色がまるでBGMのように聴こえてくる。曲名は分からないが、良い曲なのだろう。けれど今の俺には何も感じないし、何も考える事ができなかった。
「……情けねぇ」
ポツリと自嘲気味に呟いた言葉が、自分の心に深く突き刺さる。監督が帰った後もしばらくの間、俺はその場に立ち尽くしていた。
(続く)
- 無題〜あの日の想い〜【11】 ( No.139 )
- 日時: 2015/07/23 23:28
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: wGslLelu)
翌日の昼休み、真守に人気のない校舎裏に呼び出された。
理由はもちろん俺の退部についてだ。昼間だというのに少し薄暗いこの場所は、陰湿なイメージを受ける。人はほとんど来る事はないので、ひとりになりたい時にはもってこいだろうが、少なくとも俺はここで昼を過ごそうとは思わないな。
「どういう事だよ!」
怒りのこもった声音とともに、真守に胸倉を乱暴に掴まれて壁際まで押される。勢いで背中が強く叩きつけられた。その瞬間、背中にジンジンとした痛みが走るが、それを気にしている場合ではない。
「どうもこうもない。そのままの意味だ」
なるべく冷静に返事をしたが、どうやらその対応が真守の気に障ったらしい。眉間にさらにしわが寄る。
「じゃあ、お前はこのままバスケやめても後悔しないって言うのかよ!」
「そんな訳ないだろ」
後悔がない訳がない。たとえ自分のこれまでの行動に原因があったとしても、今まで頑張ってきたものを明日からやめろと言われて、納得できるほど俺は大人じゃない。
先輩などに言われただけならまだ俺にも居場所はある。ただ、監督に、チームのトップに言われてしまったのではどうしようもない。ここで強行して反発すれば、俺個人の問題だけではなく、チーム全員に迷惑を掛けるかもしれないのだ。
「ちっ、お前のそういうところが気にくわん。そうじゃないって思ってんだったら、もっと足掻けよ」
「…………」
真守の言っている事は正論だ。反論の余地すらない。いくら水原さんためとはいえ、自主練を疎かにしていたら注意も受ける。けれど、その警告を無視して水原さんの事を優先したのは他でもない俺自身だ。そして誤魔化して、監督の言葉を軽視してたのも俺の責任。返す言葉がないとはまさにこの事だ。
「……何も言わないのかよ。もういい、お前のみたいなヘタレの相手はしてられるか」
真守は吐き捨てるようにそう言って、俺の胸倉を掴んでいた手を離すと、肩を怒らせながらひとり帰ってしまった。
「……くそっ、何やってんだ俺は」
胸の中に溜まった気持ちを吐き出してみるが、気分が晴れる事はなかった。
***
本日全ての授業が終わると、俺は鞄を持ってフラフラと昇降口へ向かって歩く。今まで放課後は部活で予定が詰まっていたのに、退部宣告された事で急に暇になってしまった。夏のこの時間はまだ日が高い。
「久々に寄り道でもするか」
高校に入ってからというもの、誰かと居る機会が多かったからひとりでぶらつく事も少なかった。たまにはこういう日も良いだろう。
そういや、西沢は真守に連絡してみたんだろうか? 今日の真守の態度を見てると、どうやらまだっぽいな。というか、今日はそれどころじゃなかった。
「……まぁ、人の心配より自分の心配してろって話だよな」
思わず自嘲気味に呟き歩を進める。
まだ空は少し青い。校門を出ると、硬いアスファルトを踏みしめながらゆっくりと歩いた。そうして向かった先は、街の中じゃ一番大きいショッピングモール。生活用品から映画館まで、ありとあらゆる物が揃っている。相変わらずここはいつ来ても活気に溢れているな。今の鬱屈した気分を晴らすにはちょうどいい。入口を抜けてエスカレーターで最上階まで行き、普段はあまり来る事のない映画のラインナップを見てみる事にした。
「特に面白そうなのはやってないな……」
今公開されているのは、純愛を描いたラブストーリー、動物の感動物語、子供向けのアニメの劇場版。どれもいまいち見たいという気になれない。
笑えるコメディか派手な爽快アクションなんてのを見たかったんだが……。諦めて別の場所に移ろうとした時、俺の視界に見覚えのある顔が入った。
「……あれは、氷堂」
以前見た事があるので氷堂に間違いない。だが、隣に居る相手が違う。水原さんじゃない。
……どういう事だ? まったく見た事もない女子で、かなり親しげに腕を絡めている。どう見ても友達の距離感じゃない。お節介かと思ったが、水原さんに協力した手前、見過ごす訳にもいかない。勘違いだったら俺が恥をかけばいいだけの話。そう決めた瞬間、俺は足早に氷堂に向かって歩き出す。
「あの、いきなりで悪いんだが、そちらは彼女さん?」
俺がジェスチャーを交えながら声を掛けると、氷堂とその隣に居る女子が訝しげな表情で俺を見てくる。そりゃ当然だ。なんの前置きもなくいきなり直球だからな。だが、いちいち全部話す気など俺にはない。全部話して、もし間違いだったら水原さんに迷惑が掛かる。
「あぁ? 何だお前」
「ねぇ、誰?」
氷堂は鋭い眼差しで俺を睨みつけ威嚇する。隣の女子は氷堂に顔を向けて尋ねる。まぁ、こんな反応だろうと予想はしていた。それでもめげる気はない。
「いや、そっちの彼女が俺の知り合いの彼女に似ていて。それでもしかしてと思ってさ。どうなんだ?」
根も葉もないデタラメを並べて氷堂に再び問いかける。実際、この女子は見た事もない。
ただ、ここで氷堂が「そうだ」と認めれば、浮気をしていた事になる。それは水原さん対する裏切りだ。俺は今までそういう経験はないが、水原さんの想いを考えれば分かる。それがどれだけ水原さんを傷付けるかという事くらいは。
「はぁ? 人違いだろ。こいつは俺の彼女だ」
「そうだよ。私は冷くんと付き合ってるの、変な事言わないで」
まるで今にも噛みつかんばかりに近付く2人に、俺は反射的に後ずさる。
「……そうか、俺の人違いみたいだ。悪かったな」
俺はそう言いながら軽く頭を下げた。本当なら氷堂をここで一発殴ってやりたいが、そんな事をすれば騒ぎになってしまう。拳を握りしめて怒りをグッと堪える。とにかくこれで確証は得た。
けれど、これは水原さんにそのまま伝えるべきなんだろうか……。段々と遠ざかる2人の背を見ながら俺はそんな事を考えていた。
(続く)
- 無題〜あの日の想い〜【12】 ( No.140 )
- 日時: 2015/07/30 00:01
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: Ft4.l7ID)
頭の中で状況を整理していると、近くでドサッという何か物が落ちる音が聞こえてきた。視線をその方向へやると、そこに居たのは見知った顔だった。
「…………水原、さん」
彼女の大きくて澄んだ小豆色の瞳が揺れていた。
もしかして、今の一部始終見られてたのか? だとしたらマズイ。だって水原さんは氷堂の彼女で、でも、さっき氷堂自身がそれを否定した。別の人を連れて。これが意味する事は——考えるまでもない。
「…………ぐ、偶然ですね。森川くんも映画ですか?」
水原さんは、慌てて取り繕ったような笑みを浮かべながら俺にそう問い掛けた。
悲しみを隠したその笑顔を見るのはこれが初めてじゃない。以前にも水原さんは無理に笑おうとしていた事があった。きっと全て見ていたのだろう。その姿を想像して、俺はいたたまれない気持ちになる。けど、ここで誤魔化して何事もなかったように振る舞う事は俺にはできそうもない。だから——
「さっきの見てたのか?」
俺がそう言って直球で問いかけると、水原さんは少し逡巡してから伏し目がちになって頷いた。
「……なんとなく気付いてはいたんです。でも、私それを信じたくなくて……森川くんに貰ったチケットも、無駄になっちゃいましたね」
水原さんの綺麗な顔に影を落とし、長い睫が揺れる。
こんな時どういう言葉を掛けたらいいのだろう。「頑張れ」とか「気にするな」なのか? いや、それは酷な言葉だろう。水原さんは何とか距離を縮めようとして、今までも頑張ってきたに違いない。それに、気にするなと言われて、気にしない人間が居たら苦労はない。
水原さんに対して、そんな言葉は追い討ちの材料にしかならないだろう。
「……実は俺もさ、嫌な事があって」
俺は少し思案した後に口を開く。
それは、今俺の置かれている現状。好きなバスケをできなくなった事、部を辞めなくてはいけなくなった事。もちろん、そのキッカケがどうとかは話さなかった。そんな事を話せば水原さんが責任を感じてしまうだろうから。全ては俺の責任であって、誰のせいでもない。
「そうだったんですか……森川くんも今辛いんですね」
水原さんはそう言うと俺に近付いてきて、慈しむような表情をしながら俺の手を両手で包み込むように握った。柔らかく、少しヒンヤリとした感覚が俺の鼓動を急速に早くした。
途端に緊張して手の平に汗が滲みだす。いや、いやいや、さすがにマズイだろう。水原さんに他意が無くても、俺には刺激が強すぎる。こんな事をされたら、もしかして俺に多少なりとも好意を持ってくれているかも……なんて淡い期待をしてしまう。そんな痛い勘違いを振り払うためにも、今はこの握られた手を離したかった。
「……ち、ちょっと、待った。俺の手、汗で汚いから」
そう言って手を離そうとすると、水原さんは離されないようにか、少し強く握ってきた。当然、俺の手はガッチリとロックされる訳で。手を繋いだままブンブンと上下に動かす少しシュールな光景が展開された。
「別に気になりません。……もう少しだけこのままで居させて下さい」
「…………」
最後の方の言葉はかなり小声だったが、ハッキリ聞こえた。
俺に対してというより、自分がそうしたいとでも言うように。俺は静かに頷く。軽く深呼吸をして、余計な事は考えないようにする。それで水原さんの心が少しでも楽になれるのなら、俺に言う事なんてないのだから。
手を繋いで映画館の前に佇む俺達はかなり浮いていた事だろう。周りから好奇な視線をひしひしと感じたが、その時だけは気にならなかった。
***
水原さんと最後に会ってから数日が経った
あの日以来、俺は水原さんと連絡も取っていない。だから、その後水原さんがどうなったのか俺の知る術はなかった。けど、水原さんとって少しでも良い方向に進むようにと俺は願っている。
それと、水原さんに手を握ってもらってから、俺は少し前向きになれた気がする。我ながら単純なのかもしれないと思いながらも、良い意味でふっ切れた自分が居て、あれだけ悩んでいた事も「やってみよう」という気持ちになっていた。そして今、部活は始まる時間帯を狙って、俺は監督に復帰させてくれるようにお願いをしに来ていた。
「お願いします!」
「ダメだと言っている。お前のように熱意がない奴はうちの部には必要ない。もっと気楽にやれる部にいったらいいだろう?」
腰を折り深々と頭を下げた俺の懇願を、監督は表情ひとつ変えずに一蹴した。
「俺は今までずっとバスケに打ち込んできたんです。他の部活をやるつもりはありません」
「それを自ら捨てたのは誰だ? 他でもないお前だろ。本当にやる気があるなら、俺に退部宣告された日に今の言葉を言いに来てたはずだろう。でも、お前は来なかった。つまり、お前のやる気はそんなもんだという事だ」
監督にそう言われ、悔しくて唇を強く噛む。
監督の言っている事は正しい。真守に言われたように、あの時すぐに行くべきだったのだ。それを俺はうだうだと頭の中で理由を付けて、行かなかった。その結果がこれだ。
反省すべきは自分の行動。けど、ここで諦める訳にはいかない。それでは前回と同じだ。
「お願いします! 雑用でも何でもやります!」
俺は再び深々と頭を下げる。すると、頭の上から穏やかな声が聞こえてきた。
「監督、僕からもお願いします。森川はセンスがあります。森川が居る事で、きっとうちの部のプラスになるはずです」
俺は頭を上げて声の主を見る。
そこに居たのは、3年でキャプテンの泉先輩だった。目立ったプレーをする人ではないけれど、ディフェンスがかなり上手い印象がある。柔和な顔立ち、人当りが良く穏やかな人で、いつも部内の緩衝材になる役回りが多い。
泉先輩の言葉を受けて、監督は少し渋い表情に変わった。
「……コートの隅で他の部員の迷惑のならないようにやるなら好きにしろ。ただし、チーム練習も自主練習も参加は許さん。復帰も認めない」
それだけ言うと、監督は腕を組みながらコートの中へと歩いて行った。
これは、譲歩してくれたと思っていいんだろうか? 俺はどう捉えるか悩んでいると、泉先輩が柔らかな笑みを浮かべ、俺の肩に手を置く。
「良かったな、森川。後少しだけ頑張れ」
「は、はい! ありがとうございます泉先輩!」
泉先輩、監督に譲歩を引き出させるなんて凄い人だ……。一体どういう人なのか謎が深まる。俺は心の中で感謝をしながらコートの隅へ走る。その途中、真守が俺を一瞥するが、すぐに練習へと戻っていった。
昨日の事があったからな。しばらくは態度で見せるしかないか。
——この日から俺の孤独な練習が始まった。
(続く)