コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 無題〜あの日の想い〜【13】 ( No.143 )
- 日時: 2015/08/11 09:03
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: FpNTyiBw)
翌日からの俺はコートの隅で1人練習。部の仲間達がチーム練習に勤しむのを見つつ、体力強化のための基礎練から始め、ディフェンスが居るのを想定しながらパスの練習、カットイン、そこからのリングのない空中へのジャンプシュート。
……虚しい。個人競技ならいいが、チームでやるスポーツを1人でやり続けるというのは本当に虚しいものだな。1人での練習が始まってまだ数日だというのに、俺は少し挫けそうになっていた。
「よう」
「おう……って、真守か。何か用か?」
剣呑な表情で俺に近付いてきた真守は俺のボールを奪うと、その場で自分の指に乗せ、別の手で弾いてクルクルと高速で回す。これ自体特に意味はないが技術の1つであり、上手く出来る奴は意外に少なかったりする。それを難なく回す真守はボールコントロールが上手いのだろう。
「今日この後暇だろ? 練習付き合え」
「……いいけど」
***
この間はかなり怒っているようだったんだが、機嫌が少し良くなったのか。
そんな疑問を胸に抱きながら練習が終わった後にやってきたのは、薄暗いガード下にある小さな公園。その広さは、ハーフコートくらいの広さしかない。いつも行く公園とは違って、ここでは街灯の明度もほとんど役に立たない。落ち切った夜の帳の下ではリングはおろか、ボールすらギリギリで見えるくらいだ。こんな中で練習なんて正直キツイ。けれど、日本でリングのある公園は少ないのだ。近場にこんな場所があるだけでも幸運なのだろう。
「優斗、俺と勝負しろ」
「はっ? この暗さでか?」
突然の真守の言葉に、俺は思わず間抜けた声が出てしまう。
何を言っているんだ? こんな暗さじゃ勝負なんてできないだろう。そんな俺の訝しげな表情を見て、真守が小さく笑った。
「そうだ、俺と1on1だ。暗過ぎるとかは理由にならない。試合中、もし視界が悪くなったら同じ事を優斗は言うのか?」
「当たり前だろ。それに試合中でこんな暗さになる事なんてないだろ」
真守がどんなアクシデントを想像しているのか分からんが、もしそんな事があったとしても、この暗さで試合続行する事はないだろう。
ちなみに1on1とは、1対1の事。つまり、俺と真守だけの勝負だ。……まぁ、ここには俺と真守しか居ないから当然といえば当然なのだが。
「甘いんだよ優斗。だからお前は監督に退部宣告なんてさせられたんだ」
「なに、それは俺が——」
「お前がサボってる間にも、俺は練習してた。優斗はどうだ?」
「…………」
——そういえばしてない。水原さんの件で頭が一杯で、自主練はおろか帰ってからの練習すらしていない。
「やっぱりな」
肩をすくめながら真守は鼻で笑う。
たかが数日練習をやっていないくらいでそんなに差がつくとは思えない。真守のその態度が癇に障った俺は、その挑発に乗ってやる事にした。
「随分自信があるんだな。ならもし真守が俺に勝てなかったら、真守には罰ゲームって事でいいか?」
「あぁ、構わないぞ」
躊躇いもせず、自身満々といった表情の真守。
よし、こうなったら意地でも勝って真守に罰ゲームを受けてもらう。俺は意気揚々とコートに向かって歩き出す。そんな俺の後を追うように真守も付いてきた。
「どっちが先行だ?」
「優斗でいいぜ」
そう言って真守から無造作に放られたボールを受け取ると、俺はリングを見つめる。
真守のポジションはフォワード。攻撃的な性格で、ディフェンスはあまり得意ではない。対する俺はガード。ボール運びやパス回しは得意だ。けど、自ら切り込んでの攻撃は得意じゃない。それに真守とは若干身長差があるせいか、俺にとってこの勝負はやや不利ではある。
「いつでもいいぞ」
「じゃあ、遠慮なく」
カットイン——と見せかけて、その場ですぐさまシュート。
いきなり打ってくるとは思わなかったであろう真守は反応できない。俺の放ったシュートは、闇の中で緩やかな放物線を描きながらリングに吸い込まれていった。バスッというネットを切るような音が気持ち良い。
「よしっ」
俺は思わずガッツポーズをする。自信はあったけど、かなり暗かったので距離感が分からなくて不安だった。けど決めた。それだけにこの1点は大きい。
「ちっ、けど今のはもう使えないぞ」
一瞬だけ悔しそうに顔をしかませた真守だったが、すぐに表情を引き締めた。
確かに2度は使えない。でも、外もあると思わせた方がオフェンスはしやすい。今度は真守のオフェンス。俺は深く腰を落として抜かれないように構える。
「久しぶりだな。優斗との1on1は」
そう言って、真守は嬉しそうに笑った。
1on1なんて中学の時は飽きるくらいやったもんだが、高校に入ってからなかなか機会がなかった。そのせいか、変な高揚感が胸の奥から押し寄せてきて、言葉は出さずに俺も同じように笑う。
「じゃ、いくぞ」
そう言うと、真守は腰の辺りでドリブルをしていたのを膝下くらいまでの低さに変える。それからは本当に一瞬だった。瞬きしている間に俺を置き去りにして、そのままシュートを決める。
「なっ……!」
「ディフェンスが甘いな」
驚く俺に、真守は得意気な顔でそんな事を言う。
いつの間に抜かれたんだ? あんなに速くなっていたのか。……いや、心のどこかで油断していたのかもしれない。よく見れば見えないなんて事は絶対にない。集中しろ、俺。
頬を両手で挟むように叩き気合を入れる。
「次は抜かせない……!」
「やっと集中してきたか。俺だって次は点はやらん」
闘争心をむき出しにして俺と真守は睨み合う。その後、暗闇の中で時間を忘れて俺達は1on1を続けた。
***
「はぁ、はぁ……このくらいで、もう良いだろう」
「……き、今日はこの辺で勘弁してやる」
それだけ言うと、俺達は服が汚れるのも構わず地面に寝転がる。
結果から言うと引き分け。一進一退の攻防はなかなか決着がつかず、点を取られては取り返し、取り返しては取られるという状況が1時間も続いた。さすがに疲れたな……。
後半はお互い意地になって続けていたけど、俺の身体は鈍ってはいないようで安心した。
「……なぁ、優斗」
「……何だよ?」
仰向けに寝転がったまま話しかけてきた真守に、俺もそのまま状態で答える。
空が見えれば良かったんだけど、ガード下にあるこの場所から目に映るのは灰色のコンクリートだけ。あれほど暑かった気温は、夜になって少しだけ和らいでいた。
「諦めないで復帰しろよ」
「…………ぷっ、くくく」
何を言い出すかと思えば……。出てきた言葉は真守には似合わない言葉だった。それが少しおかしくて俺は笑ってしまう。
「な、何がおかしい!」
「いや、悪い。別に深い意味はないんだ」
体を起こして抗議する真守に、俺は抑えきれない笑みを堪えながら謝る。
その反応が気に障ったのか、真守は眉間にしわを寄せたまま立ち上がった。
「……帰る」
そう言って帰ろうとした真守に俺は声を掛ける。
「真守! その……ありがとな」
きっと今を逃すと感謝の言葉は言えないかもしれない。なんだかんだ言いながらも、きっと真守は心配してこんな事を言い出したのだろう。表現の仕方は不器用かもしれないけど、俺は嬉しかったから。
「何の事だか分からん。……じゃあな」
そう言って、真守は一瞬だけしかませていた顔を緩ませた。そしてそのまま鞄とボールを持って夜の闇へと消えていく。その姿を見送った俺も自分の鞄を持って立ち上がった。
***
いつもとは少し違った帰り道からの帰宅途中、湿度を乗せた夜の風が吹いて肌にまとわりつく。思いっきり動いた後なので、シャツが汗でくっついて不快感が半端ないな。早く家に帰ってシャワーを浴びたい。
「あぁ、気持ち悪い……」
そんな事を考えていると、目の前を見知った顔が通り抜けた。
その顔を見た瞬間、ほんの数日会ってないだけなのに、もう何年も会ってないような感覚に陥る。
「みずは——」
そう途中まで出かけた言葉が喉の奥に詰まって消えた。
あまりに前回会った時と水原さんの雰囲気が変わり過ぎていて、声が出なくなった。まるで彼女の周りから光が消えてしまったかのように、水原さんは虚ろな瞳とおぼつかない足取りで歩いている。一体、何があったんだ? それに、こんな時間に何処へ行くんだろう? 気になった俺は水原さんの後を追いかける事にした。
(続く)