コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

無題〜あの日の想い〜【14】 ( No.146 )
日時: 2015/08/31 00:57
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: rBo/LDwv)

 水原さんの後を追いかけて、辿り着いた先は土手。
 前に真守に水原さんの話をした時に来た場所だ。さっきのガード下に比べれば明るい方だとは思うが、それでも結構暗い。夜に理由もなく女の子ひとりで来るような場所じゃない事は確かだ。

「……散歩って訳じゃないよな」

 俺は水原さんに気付かれないような距離で後ろから見守る。
 夜になると人通りが減るこの場所は、他に人の気配や音がしない。聞こえてくるのは川が流れる音だけ。ますます不思議だ。俺が頭を悩ませていると、水原さんは土手を降りて川へと向かう。そしてそのまま——

「……って、おい!」

 ——バシャンと水音を立てて川に入っていった。

「なっ、川に入った!?」

その光景を見て、慌てて俺は土手を駆け下り川に入った水原さんの腕を掴む。

「何やってるんだよ!」

「……も、森川くん……! は、離して下さい!」

 バシャバシャと激しい水音を立てながら、陸地に戻そうとする俺と、川の中心に入って行こうとする水原さん。幸いまだここは膝下くらいの浅瀬だから良いが、このまま深い場所まで行ってしまったら最悪な展開も考えられる。水原さんに何があってこんな事になったのか分からないけど、この状態で離せと言われて離せる訳がない。少し荒っぽいが仕方ないか。

「悪いけど、少し我慢してくれ」

「へっ? ひゃあ!」

 俺はやや強引に水原さんを腕を引っ張り、抱き寄せるような形にしてから陸地に向かって方向転換。そしてその体勢のまま川を出る事に成功した。


 ***


「それで、何してたんだ?」

「…………」

 土手まで上がったのは良いが、水原さんはさっきから俯いてずっと黙ったままだ。全身ずぶ濡れだし、服だって……って、俺は水原さんに向けた視線を咄嗟に逸らす。
 濡れた服が水原さんの肌に張り付き、夜の月に照らされ絹のような肌がうっすら見えてしまっていた。視界に入った瞬間、胸の中に罪悪感の波が押し寄せる。

「……あぁー、その、何だ。とりあえず濡れたままじゃ風邪引くし、帰ろう。水原さんは家近いのか?」

 俺は取り繕うように話題を変えた。
 この状態はマズイ……。下手に指摘する事も出来ないし。かと言って、このままでは水原さんが恥を掻いてしまう。頭の中はかなりテンパっているのだが、必死で平静を装う。最善策としては、人の目に触れない内に家に帰ってもらうのが一番だろう。

「……電車で2駅先です」

 そんな俺の願いも虚しく、水原さんの口から出た答えは人の目を避けようがないものだった。とはいえ、ずぶ濡れのまま電車で帰らせる訳にはいかない。何か方法……せめて服が乾くまでの間だけでも人の目に触れない場所は。
 思考を巡らせていると、一つの解決策が思い当たる。——が、とても水原さんには言いづらい。

「……もし良かったらなんだけど」

 俺はそう前置きをしてから、深呼吸をして心を落ち着かせる。
 ずっと逸らしていた視線を水原さんに向けると、水原さんは小首を傾げて不思議そうに俺を見ていた。まるでそのまま見入ってしまいそうなくらい整った顔を見ながら、意を決して俺は口を開く。

「——俺の家に来ないか?」


 ***


「……お、お邪魔しまーす」

「ど、どうぞ」

 緊張した様子の水原さんを自分の部屋へと招き入れると、心臓が早鐘打つようにうるさく鳴り、その振動が身体全体に響く。そのまま思考回路が焼き切れそうになり、頭が真っ白になっていく。
 どうしてこうなった? いや、どうしてこうなったのかは分かっているんだけどさ。俺が誘うと、水原さんは長い逡巡の後ゆっくりと頷いた。俺から言い出したのにもかかわらず、誘った本人が一番動揺しているというお粗末な展開。幸いというかなんというか、今日はまだ誰も帰ってきてない

「森川くん、お部屋綺麗にしているんですね」

「へ? あぁ、まぁ」

 あ、あぶねー、まったくの偶然だったけど、この前部屋を掃除しておいて良かった。
 好きな人を家に連れてくるっていうのに、何とかしなくちゃって気持ちが先行し過ぎて細かい所に気を配ってなかったよな。色々とトラップがありそうな予感がしてきた。
 部屋の匂いとか大丈夫だろうな? 自分の匂いは自分で分からないからな……って、俺意識し過ぎだろ! 水原さんは服を乾かしに来ただけ、だから一番近い家に来ただけであって、それ以上でもそれ以下でもない! よし。

「えーっと、服乾かしちゃおうか?」

 自らの気持ちを落ち着かせるように言ってみたが、若干声が上擦っているのは隠せない。くっ、情けないな俺。

「……は、はい。その」

 そう言って、水原さんは何か言いたそうにしながらも言えずにこちらを見ている。
 な、何だ? 何かを俺は見落として————はっ! よく考えれば、服を乾かすって事は今着ている服を脱ぐって事な訳で。それを俺の部屋で、しかも俺が居る前でそれをすすめるとか、デリカシー無さ過ぎだろ! 俺!

「わ、悪い! 洗面所あるからそこで着替えて!」

 勢いよくそう言うと、閉めていた自室の扉を開けた。俺の言い方が悪かったのか、水原さんの頬が徐々に紅潮していく。もう少しスマートに言えないものかと思うが、この状況でスマートに言える訳がない。そんな彼女を見ながら、俺も自分で分かるくらい顔が熱くなっていくのを感じていた。

 (続く)

無題〜あの日の想い〜【15】 ( No.147 )
日時: 2015/09/17 19:25
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: y68rktPl)

「……時間が長く感じる」

 水原さんに着替えを持たせて(ちゃんと洗濯済みのシャツとハーフパンツ)待つ間に部屋の掃除。一通りチェックはしたが多分大丈夫! ……のはず。
 女子を部屋に入れた事なんてないから、どうしたら正解なのか分からない。ましてや、自分の好きな人だから余計だ。そんな事を考えていると、控えめなノックの音とともに扉が開く。

「……あ、あの、着替えありがとうございました」

「いやいや! そんな事は気にしな——」

 扉の方へ振り返ると、そこに居たのは————天使だった。
 ……いや、一瞬そう見えてしまったんだけど、それも仕方ないと思う。水原さんは見慣れた服に身を包んで、やはりサイズが大きいからか、手が袖に隠れてしまっている。それが余計に不思議な違和感を生み出していて、けど嫌じゃない。むしろ良い。

「そ、そんなに見られると恥ずかしいです」

「あ、あぁ、悪い」

 水原さん言われて、俺は慌てて顔を背ける。
 ヤバい、思わず見入ってしまっていた……。気付くと同時に顔が熱くなってくるのが分かる。片手で自分の頬を押さえながら深呼吸をする。

「……体、冷えてないか?」

「……はい、大丈夫です」

 短い言葉を交わすと沈黙の時間が流れ出す。時計の時を刻む音だけが部屋に響く。会話が続かないな……どうしたものか? とりあえず、どうして川に入ろうとしていたのか聞くべきだよな。思考を纏めると、俺は意を決して口を開いた。

「なぁ、どうして川なんかに入っていったんだ?」

「………………です」

「えっ?」

 俺の問い掛けに、水原さんは蚊の鳴く様な細い声で答える。

「……フラれちゃったんです」

「…………」

 顔を俯かせて、小さく震える身体。
 フラれた? どうして? ……いや、何を言っているんだ。氷堂に会ったあの時、別の女子を連れていた時に水原さんとも鉢合わせをした。つまり、こうなるのは分かっていた事なんだ。水原さんだって、それが分かっていたからあの時——

「……私がもう一度やり直したいって、氷堂くんにお願いしたんです」

 俺の疑問を察してか、水原さんは先回りしてそう言った。

「そうなのか……何でまた?」

 諭すような口調で俺は水原さんに問い掛ける。
 氷堂がどういうつもりで水原さんの事をフったのかなんて分からないし、分かりたくもない。ただ、水原さんを悪戯に傷付けてたのなら許せない……いや、そうじゃないな。
 本当はもっと単純で、ただ彼女の悲しい顔を見ていたくないだけなんだ。その為に俺は何とかしてあげたいなんて思っているんだ。水原さんにとっては、ただのお節介で迷惑な話かもしれないけど。

「……好き……なんです」

「え?」

「彼の事がまだ好きなんです……! でも、私の想いは届かないんです! どんなに頑張っても……私の事なんて見てくれない……だから私は……私は」

 頬伝う一筋の涙。その言葉は、彼女の胸の中につもりにつもった慟哭だった。
 こんな風に水原さんが声を荒げる事を俺は見た事がない。こんな時だっていうのに、彼女の心を乱す氷堂に嫉妬してしまう。こんなにも好きだと言われて、俺が望んでも貰える事はない言葉を貰っているから。そして、自らの気持ちを隠して水原さんに接している俺。
 俺は怖いのか? 今の水原さんとの関係を壊すのが。俺の気持ちを知ったら水原さんは軽蔑するだろうか?
 ……いや、そうじゃないだろ。どんな結果になったとしても、俺の想いは変わらない。今も、これからも。だとしたら、今のこの関係はフェアじゃない気がする。

「水原さん」

「……はい?」

 俺は水原さんの目を見つめる。大粒の涙を溜めた小豆色の瞳。澄んだその瞳はそのまま見つめていれば、吸い込まれていきそうな気さえする。空気を読むなら、いい人を演じるなら、今じゃない。
 確かに間違っていない。冷静な状況判断だ。けど、それは打算なんだ。
 今だってまっすぐに気持ちを伝えてくれて、俺がもう一度バスケを真剣に取り組もうと思わせてくれた彼女に対して、俺が好意を隠しているのはあまりに失礼なんじゃないんだろうか?
 悩ませてしまうかもなんて思ってたけど、それは自分に言い聞かせていた逃げの言葉だったんじゃないだろうか? だとしたら俺は、俺が取るべき行動は——

「……水原さんにずっと言えなかったんだけど、俺は——」


 (続く)