コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 無題〜あの日の想い〜【完】 ( No.154 )
- 日時: 2015/09/26 22:12
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: GlabL33E)
「……ふぅ、さすがに疲れたな。俺の話はここまでだ」
「終わりかよっ!」
「今、一番良いシーンだったじゃないですか!」
俺が長い話を終えてそう言うと、真守と雨宮から同時にツッコミが入る。
満席で待っていた俺達は既に空いた席に通されていて、窓際の4人掛けのボックス席へ座っていた。さらには注文した物も食べ終えて、ドリンクバーも何杯目なのかすら分からない。気が付けば、俺はずっと自分の過去の話をしていた。
「告白の台詞まで言えるか! 後は想像で補完してくれ」
俺はそう言って、話を強引に終わりにする。
大体、もう何時間話したと思っているんだ。結構恥ずかしい話もしたし、満足してくれてもいいと思うんだが……というか、ここに来たのは個別のミーティングをするために来たのであって、俺の彼女と付き合う事になった馴れ初めを話しに来たんじゃない。
「でも、その氷堂さんの話もまだ詳しく聞いてませんし、海野先輩を慕っていた子の話もどうなったのか知りたいですよ」
雨宮はそう言って、頬を膨らませて可愛く抗議してくる。
こうして見ると本当に女子にしか見えない。女子なら、さぞモテただろうに……雨宮、お前は色々間違えたんだよ。色々な。
「……なんか、森川先輩が凄い遠い目で僕を見ている。って、教えて下さいよ!」
「氷堂の話はともかくとして。まぁほら、その話だったらそこに当事者が居るから。そっちの方が詳しいだろ?」
俺が顎でしゃくって真守に話を振る。これまでの話しの流れから、自らに話題が来るとは思っていなかった真守が話の矛先を向けられて目を逸らした。
「そう言えばそうですよ! 海野先輩、その女子とはどうなったんですか!?」
「あぁ、うっせぇよ雨宮。どうともなってねぇよ、優斗が連絡先なんて教えるから迷惑してるだけだ」
雨宮に詰め寄られた真守が面倒くさそうにそう答える。
真守はあんな事を言ってはいるけど、ちゃんと西沢のメールにも返信しているらしい。その報告という名の電話が、西沢から毎回俺に掛かってくるので間違いない。(内容の8割くらいがノロケだが)そんなところ見ていると、真守も西沢に対しては憎からず思っているようだ。
「えぇー、海野先輩そんな事言ってたら罰が当たりますよ?」
「うっせ、いいんだよ。俺は今バスケが大事なんだ。あいつに構ってる暇はねぇ」
まぁ、真守の名誉の為にそれは黙っておくか。
そんな事を思いながら店内の壁掛け時計に目をやると、時刻は既に22時を過ぎていた。結局、ミーティングは出来なかったけど、さすがにそろそろ帰らないとマズイな。
「そろそろ帰ろう。もうこんな時間だし、さすがに長居し過ぎた」
「マジだ、そろそろ帰らねぇと」
「あっ、もうこんな時間だったんですね」
俺がそう言うと、さっきまでじゃれるように言い合いをしていた真守と雨宮も熱が引いたように落ち着いた。
真守に関しては雨宮の追求を逃れるために同調した感があるが、多分明日も雨宮にこの話を聞かれるのは覚悟した方が良いと思うぞ、真守。
会計を済ませ、入店と同様にお姉さんの営業スマイルに見送られながら俺達は店を後にした。
***
真守達と別れてから夜道をひとり歩いていると、ポケットの中でマナーモードにしていたスマホが振動する。スマホを取り出しディスプレイに目をやると、そこに表示された名前は紗雪だった。
「どうした?」
『こんばんは、夜分遅くにすいません。優斗くん今大丈夫ですか?』
少し申し訳なさそうにそう問いかける紗雪。
「あぁ、大丈夫だよ」
『良かった。あの……今から少し会えませんか?』
「いいけど、何かあった?」
そんな紗雪の言葉に俺は少し心配になる。
紗雪は何でも我慢してしまう癖があり、本当に限界になった時に爆発してしまう。そう、1年前に氷堂にやり直したいと言って断られ、川に入った時のように。
『ふふっ、大丈夫です、何にもありません。ただ、少し昔の事を思いだして、無性に優斗くんに会いたくなっただけですから』
「お、おう。それならいいんだけど」
以心伝心とでも言うのだろうか? 俺が真守達に話していた時に紗雪にそんな事を言われるなんて凄い偶然もあったものだ。俺は待ち合わせ場所を伝えると、少し早足で向かった。
***
「優斗くん、こっちです」
待ち合わせ場所の公園に着くと、紗雪が大袈裟なくらい手を振ってそう言う。
夜の公園は静まり返っていて、ぼんやりと光る街灯が辺りをうっすらと照らしていた。俺は駆け寄ると、紗雪が座っていたベンチに腰を下ろす。
「少し遅れたか?」
「いえ、時間ピッタリですよ。それに、私も今来たところですから」
そう言って微笑む紗雪を見ていると、胸の中にじわじわと温かい気持ちがこみ上げる。
短く交わす他愛のない会話。それだけの事なのにこんなにも嬉しい。
去年は色々な事があって、紗雪の事から退部騒動まで激動だった気がする。ほんの1年前の事なのに、今じゃ懐かしいとすら感じる。
「優斗くん、今日は遅かったんですね。居残りですか?」
「あぁ、練習試合終わった後に真守達と個別のミーティング……って言っても、飯食って終わったけど」
俺が頭を軽く掻きながらそう言うと、紗雪がふわりと笑う。
「お疲れ様です。試合はどうだったんですか?」
「負けたよ。でも、今年は良いチームだって感じた」
3年の先輩達に、真守に雨宮。今はまだ噛み合ってないし、問題もあるかもしれないけど、今年は凄く良いチームだって実感した。去年、泉先輩達が涙を呑んだその悔しさを、今年は晴らせるかもしれない。
「私は応援する事くらいしかできませんけど、優斗くん達が試合に勝てるように精一杯応援しますね」
「あぁ、ありがとう。たまには彼氏として紗雪にかっこいいとこ見せないとな」
「……そ、そんなの、優斗くんは、充分……ですから」
俺がそう言うと、紗雪は視線を逸らしながらボソボソと聞き取れないくらいの小さい声で何かを呟く。
「ごめん、聞き取れなかった。何て言ったんだ?」
俺が聞き返すと、紗雪は胸の前で焦ったようにわたわたと手を振る。
「い、いいんです! ひ、独り言ですから……」
そう言われると、余計に気になってしまうんだが……。まぁ、紗雪がそう言うなら気にしないでおくかな。会話が途切れると、夏特有の湿った風が頬を撫でていく。すごしやすい季節になるにはまだ遠い。
「……優斗くん」
「うん?」
「優斗くんがあの時に言ってくれた言葉を、今日ふと思い出したんです」
ポツリと、紗雪は懐かしむように夏の夜空を見上げて話し出す。
「あの時?」
俺は紗雪の言葉を反芻するようにそう言いながら、同じように視線を空へと移す。薄い雲がかかった夏の夜空は月を隠し、星の明かりさえ鈍く見せた。
「はい、私が自棄になっていた時、優斗くんは言ってくれました」
紗雪が言うあの時とは、きっと俺がした告白の事だろう。
——あの時、俺がしたのは告白なんて呼べる綺麗なものじゃなかった。想いの羅列。胸の内から溢れ出した想いを言葉にして無造作に並べていっただけ。計算したものじゃない、粗が沢山あって、ちっともスマートになんて言えやしなかった。
多分もう一度言ってと言われても、もう言えないだろう。でも、だからこそ、響くものがあったからこそ紗雪は頷いてくれたのかもしれない。もちろん、実際に付き合うまでに色々な事があった。それは真守にも話していない。雨宮に聞かれた氷堂の件だって、全てが全て順調に終わった訳ではない。でも——そんな事は本当に些細な事なんだ。
今更俺が真守や雨宮に話す事でもない。隣で紗雪が笑っていてくれるのなら、この先俺はどんな事にだって耐えられるし、頑張れる。その笑顔さえ見れれば、俺は満足なんだ。
「——俺は、紗雪に笑っていてほしかっただけだよ」
そっと紗雪の手に自分の手を重ねる。
紗雪の柔らかで華奢な手。お互いの手を重ねたまま空を見上げる。さっきまでかかっていた薄い雲は風で流れて、顔を覗かせた月明かりが俺達を優しく照らした。
「えへへ……そんな優しい優斗くんが大好きです。今も、これからも」
こんな未来が訪れるなんてあの時の俺は想像していただろうか? 明日の事さえ分からなくて、ただ何とかしたいって必死だった。でも、今思うのは自分の気持ちを正直に伝えられて良かったって事。だって——
「俺も大好きだ。今も、これからも」
——いつだって幸せな未来とその先にある希望は、一歩踏み出した先にあると思うから。
〜END〜