コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

私と猫の入れ替わり【1】 ( No.18 )
日時: 2014/08/29 19:48
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: /uGlMfie)

 雲一つない夜空に浮かぶ綺麗な満月が、とても美しい。その月光が窓から射し込み、研究室の机を静かに照らしていた。今宵も私は発明をくり返す。自らの夢を叶えるために。


 ***


 まったく、頭の堅い連中だ。私が世紀の大発明をしたというのに、耳を傾ける者はおろか、あまつさえ『病院に行った方がいい』とまで言う輩までいる始末。
 某所での発表会場にて、精神の入れ替え装置を発表した私は、会場での失笑を浴びて帰路についていた。
 自分で言うのもなんだが、私はそれなりに名の通った発明家のはずだ。世間は私を色物扱いをして認めないが、私は私の発明がいつか世間が認める事になると信じている。

「まったく、忌々しい奴らめ」

 問題は実験だ。マウスでの実験結果などでは奴らは認めない。もっと大きな、そう、人間での入れ替わりを成功させれば、奴らも認めざる得ないだろう。鬱屈した気分を晴らすかのように、思い切りアスファルトを蹴ってみるが返ってきたのは鈍い痛みだけだった。


 ***


 郊外にある、どこにでもありそうな普通の一軒家。白地に赤い屋根、庭の手入れをサボっていたせいか、壁全体にツタが絡まって少々不気味な雰囲気が漂う。しかし問題ない。なぜなら誰にも迷惑はかけていないし、私自身も気にしていないからだ。鉄製の扉を開けて、家の中へと足を踏み入れる。
 外から見ると普通だが、中は違う。様々な部品が所狭しと置いてあり、分厚い資料が、テーブルの上に数十冊も積み重なって巨大なブックタワーが出来ている。まるで映画などに出てくる未来世界のような感じだ。この空間に生活感など皆無だな。

「……さて、さっそくだが実験の素体を探さなくてはならんな」

 私は物心ついた時からひとりだった。両親ともに科学者で、家に帰ってくるのは一年に一度あるかないか程度。思春期のほとんどの時間帯をひとりで過ごした。身のまわりの世話は、お手伝いさんがやってくれていたが、その人達とも私はほとんど会話をした記憶がない。
 本が友達で、現実の友達など居ない。大学を卒業してから両親に頼み、郊外にあるこの家を都合してもらった。それからは、ひとりでこの家に住み、私の作った発明品を売りながら細々と生活して現在に至る。
 私の夢は、世間に私の発明を認めさせる事。そして、そのための物が今ここにある。

「ふむ、意外にないものだな。とは言え、頼める知り合いも居ない。どうしたものか……」

 虫や魚と入れ替わる訳にはいかない。
 せめて、手が付いている生物でなくては元に戻る時に操作する端末機を使えないからだ。そう考えながら、自分の白衣の内ポケットからスマホサイズの端末を取り出す。
 鈍く光る銀色の端末を手に、私は考える。人間は色々な意味で無理だ。
 ならば、私自身と別の生物(動物が良いだろう)が入れ替わりの実験をするのが良さそうだ。

「むっ、あれは……近所の野良猫か」

 ふと窓の外に視線をやると、白色の長い毛並みを走る風で揺らしながら獲物を追いかける光景が目に入る。
 この辺りは野ネズミがいるせいか、度々あの猫を見かける気がする。
 狩りの本能が働くのか、それとも腹が空いているのか。どちらにしても、私には関係な——待てよ。
 あの猫なら、入れ替わりの素体にぴったりではないか。端末を操作できる手もある。(正確には前足だが)

「……よし」

 私はゆっくりと猫に近づく事にした。

 (続く)

私と猫の入れ替わり【2】 ( No.19 )
日時: 2014/08/29 19:50
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: /uGlMfie)

 私の名前は、深山 葵(みやま あおい)私の夢は、私の発明で世間を認めさせる事。そのために今大事なミッションに取りかかっている。
 距離2メートルぐらいの間で、白猫と私の視線がぶつかり合う。私はコンビニで買ってきた鰹節をちらつかせながら、猫の様子を窺いジリジリと距離を詰めていた。
 やつらはもともと警戒心の高い動物である。さらに飼い慣らされた猫とは違い、野良猫だから尚更だ。警戒心を解き、まず触れる事が第一目標。

「ほーれ、ほれ。貴様はこれが食べたいのだろう? 私の所まで来れば、たらふく食わせてやる」

「シャー!」

 鰹節を袋から取り出し、それを手に持ち振って距離を詰めると白猫は口を大きく開けて、今にも飛びかからんとばかりに私を威嚇してきた。
 つまりはこういう事だ。『餌は欲しいが、お前には近付きたくはない』と。
 なんて腹の立つ猫なのだろう。これだから会話が通じない相手は嫌なんだ。理屈もなにもあったもんじゃない。

「おい、白猫。世の中はギブアンドテイクだ。餌が欲しければ、私の言うことを聞け」

「シャー!」

 私の呼びかけも虚しく白猫は再び口を大きく開けて、威嚇を続けてくる。
 仕方ない。ここは私が譲歩して、白猫に鰹節を食べさせてから交渉(捕獲)するとしよう。ゆっくりと私と猫の中間地点に鰹節を置き、そのまま後ずさりするように距離を取っていく。
 これで、あの白猫が近付いたところを狙う。

「ふふん、さぁ来い! 甘美な罠にかかるがいい!」

 予想通り私が離れると、白猫は警戒しながらも近付き鰹節を食べ始めた。
 ──よし、今がチャンスだ。

「バカめ! 白猫、確保!」

「シギャァ!」

 ダイビングキャッチの要領で、前に突っ込みながらジャンプして目標を確保。鰹節に気を取られていた白猫は不意をつかれてか、あっさり捕まった。


 ***


「よし、それでは私の発明が本物であると証明してやろう」

 さっき捕まえた白猫、いや、この名前は呼びにくいな。野良猫だから『ノーラ』とでも名付けてやろうか。少々安直だが、覚えやすい名前がいいだろう。
 入れ替わり端末から伸びている細いケーブルをノーラに向ける。ケーブルの先端部分がバンドのように伸縮して調整できるリング状のような形になっている。この部分をノーラの前足に繋ぎ、二股になっているもう片方を私自身の手首に繋ぐ。
 ちなみに、ノーラは私が買ってきた秘密兵器『またたび』の効果で、すっかり借りてきた猫状態だ。

「では、スイッチを──」

 そう呟きながらスイッチを入れると、その瞬間全身に電流が走ったような衝撃が私に走り、そのショックのせいで暗闇へと意識を落としていってしまった。

 (続く)