コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 魔法のパン【3】 ( No.34 )
- 日時: 2014/09/13 01:40
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: ZRcsPrYH)
——放課後、私はお母さんに頼まれた夕飯の買い出しにきていた。
この稲穂町では一番、と言っても、都市部のような大きいショッピングモールではなく、商店街だけど。それでも大抵の物はここで揃う。ただ、自分が買う服なんかはお父さんの車でここより設備が揃っている町まで行っている。
「えーっと、今日はシチューか。これと、あれと」
私はお母さんから送られてきたメールに書いてある材料を順に買っていく。
ちなみに、お母さんはパンを作る腕はプロ並みだが料理の腕は普通である。お母さん曰く、料理は凝らずに、簡単、早い、安いが一番らしい。まるでどこかで聞いたようなキャッチフレーズだけど、毎日の事だし、なんだかんだ言って栄養バランスなんかは考えているあたり、さすがだなと感心してしまう。
そんな事を考えている間に買い物は終了。あとは、バスに乗って帰るだけ。一直線に並ぶ商店街の端まで来てしまったため、踵を返して来た道を戻る。すると、見慣れない露天商が目に留まった。
「……こんな所でお店出してるんだ」
なんとなく興味が湧いた私は商品を見てみる事にした。
店構えは地面にこげ茶色のシート一枚を敷いてあり、その上に深さはない浅めの籠がいくつも並んでいて、その中に透明の小袋に入った小麦粉が売られていた。
何の小麦粉だろう。小袋に張り付けられたラベルは見た事のないものだ。
「お嬢さん、良かったら恋に効く魔法の小麦粉はいらんか? 今なら安くしておくよ」
そう言って、私に話しかけてきたお店の人はお爺さんと言ったほうがしっくりくるだろうか。白髪に白ひげ、甚平に草履と少し変わった格好で、杖でも持っていたらその見た目はまるで仙人のようだ。
「……えっと、この小麦粉は?」
怪しげな雰囲気のお店ではあるが、見た事のない小麦粉に興味があった私はそう尋ねてみる。すると、お爺さんは口元を少し上げて静かに微笑んだ。
「これは、春よ恋という名前の小麦粉でな。この小麦粉を使って作ったパンを食べさせると、あら不思議、食べた相手が恋に落ちるという代物だ」
「…………」
うわー、なんか凄い嘘くさいなぁ。これって、ただの小麦粉にそういう不思議な力があるとか言って、お金を騙し取るインチキ商法じゃないのかな。
私の疑うような視線に気付いたのか、お爺さんは慌てたように言葉を続けた。
「いやいや、本当だよ。これまで何人もの恋を成就させてきた実績だってあるんだよ。値段もそれなりにするが、効果は抜群!」
「……やっぱり、やめておきます」
聞けば聞くほど怪しい。私はそそくさとその場を立ち去ろうとしたが、お爺さんは食い下がるように私の前に回り込んできた。
「頼むよぅ。最近は全然売れなくて困ってるんだよぅ。お年寄りを大事にしなさいって教わったろぅ」
「ちょっ、泣かないでくださいよ。どっちにしたって、そんな高価な小麦粉は私には買えませんし」
お爺さんはボロボロと泣きながら、懇願するように私に訴える。
……涙と一緒に、鼻水出てるよ。これ周りから見たら私が意地悪してるみたいだよね。でも、1キログラムで5千円じゃ絶対無理だしなぁ。
「おぉ! なら、試しに少し持ってってくれ。効果がわかれば、お嬢さんだって絶対欲しくなるはず!」
そう言って、なかば強引に私に小麦粉を押し付けると、お爺さんは何事もなかったかのようにお店に戻っていった。えぇ、これ、どうすればいいの。
一瞬返そうか迷ったが、ここでお爺さんとさっきのやり取りをもう一度やってこれ以上遅くなるとお母さんに心配されてしまうので、気になりながらも私はそのまま家路へと急ぐ事にした。
(続く)