コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 魔法のパン【4】 ( No.37 )
- 日時: 2014/09/15 21:49
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: FX8aUA2f)
夕食も終わり家族が寝静まった頃、明かりが消えたリビングからは外で虫が奏でる自然の音楽だけが耳に入ってくる。草木も眠るなんとやらの時間にキッチンに立つ私は、今日商店街で変なお爺さんに押し付けられる形で持ってきてしまった小麦粉『春よ恋』を見ていた。
小麦粉はタンパク質の割合によって分類されている。簡単に説明すると、タンパク質の割合が多いものを強力粉と呼び、少ないものを薄力粉と呼ぶ訳で。パンを作るには一般的に、この『強力粉』と呼ばれるものを使う。ちなみに、お菓子などは薄力粉だ。
つまり、何が言いたいかというと——
「……これは、強力粉なのかな?」
ラベルに表記されてないため、強力粉なのか薄力粉なのかがわからない。
お母さんに聞けばわかるかもしれないけど、説明すると面倒な事になりそうだしなぁ。
色々と考えた結果、試しに作ってみる事にした。パンを作る工程として、まずは計量だ。基本的な事なんだけど、これがちゃんとできてないと美味しいパンにはならない。
ステンレス製のボウルに、小麦粉、砂糖、塩、溶いた卵、少量のバターを入れていく。そして忘れてはいけないのが、イースト。このイーストがなければ始まらない。
このイーストは酵母と呼ばれていて、パンを美味しく作るためにかかせないものでもある。私が使うのはインスタントドライイーストと呼ばれるもので、比較的扱いやすい酵母でもある。お母さんは天然酵母という少し凝った酵母を使うみたいだけど。私にはまだ早いのか、前に天然酵母を使って挑戦した時は見事に失敗してしまった。
まぁ、難しい事はさておき、このイーストをぬるま湯に溶かしていく。
「……よしっ」
茶色い顆粒状のイーストをぬるま湯で溶いていき、完全に混ざったらボウルの中に用意しておいた材料に混ぜ合わせる。これをこねて、たたき、もむ。この工程を経て、発酵(ホイロとも言う)をさせる。オーブンレンジの発酵機能を使い、約1時間。その後、ガス抜き(パンチとも言う)し、一塊の生地を分割させ成形させる。この成形の時にパンの形を決める。
「今日は、丸パンでいいか」
作業台の上で手のひらを使い、転がすようにして丸めていく。
今回は数を少なめに作ったから楽だ。手際よく成形していき、オーブンシートを敷いた天板の上に乗せていく。ここからまた最終発酵を約30分させてから、180℃のオーブンで焼き上げていく。そうして出来上がった頃には空が明るくなってきていた。
「……結局、今日も朝になっちゃった。でも、完成したよ」
ダイニングテーブルの上に置かれた、焼きたてのパンは見事なまでの綺麗なキツネ色に焼きあがっていて、特有の芳醇な香りが食欲をそそる。
「……味見、味見は大事」
こんな時間に(と言ってももう朝なんだけど)食べると体重が気になるよね。
だけど、謎が多い小麦粉を使っているし、それに私自身も味が気になる。少しの間逡巡したが、意を決して一口。
「お、美味しい……普通に美味しい」
いつもの小麦粉で作るよりもちもち感があり、それでいてふわふわ。一口食べただけで、広がる旨味。これまで私が作ってきたパンの中で一番と言っても過言ではないくらいだ。
それともう一つ気になっていたんだけど、体にも変調はなさそうだし。これなら、明日よっちゃんにも持ってってあげられるかも。
「……それにしても、ね、眠い」
瞼がくっつきそうになるのを必死に堪えて、私は後片づけを始めた。
(続く)
- 魔法のパン【5】 ( No.38 )
- 日時: 2014/09/27 00:44
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: kcj49vWg)
翌日のお昼休み、昨日(正確には今日だけど)作ったパンの試作を持ってきて、教室でその試作品をよっちゃんに食べてもらっていた。私的には今までの中で一番いい出来だとは思うんだけど。
「どうかな? 私的には、今までで一番の出来なんだけど……」
「うん! こりゃ、めちゃめちゃ美味いね!」
よっちゃんはパンを一口食べると、はじける様な笑顔でそう言ってくれた。
やっぱり人に美味しいって言ってもらえると嬉しいなぁ。よっちゃんの笑顔を見て、私も思わず頬が緩んでしまう。
「おっ、青葉の手作りパンかよ。俺にもひとつよこせよ」
「あっ、ちょっと!」
言うが早いか、突然背後からやってきてよっちゃんにあげたパンを奪っていったのは、同じクラスの山田 剛(やまだ つよし)くんだった。クラス内では別の意味で目立つ存在で、直情的な性格のせいか、女子はもちろん、一部男子にも敬遠されているところがある。
見た目は、丸刈りの頭に筋肉質な体、身長も高くて自己主張が強い。五十嵐くんとは正反対な感じだ。……まぁ、私もちょっと苦手だったりする訳で。
「ケチケチすんなよ、ひとつくらいで。減るもんじゃないだろ」
「減るよ! 香織の愛が減るよ! ゴリラが食べていいものじゃないんだよ!」
「なっ! 誰がゴリラだ!」
私の目の前で、よっちゃんと山田くんが激しく口論する。
どうしようかとひとりオロオロしていると、山田くんは大きなくちを開けて一口でパンを食べてしまった。まるでハムスターが頬袋に食糧を蓄えるように山田くんの頬が膨らむ。
あの大きさのパンを一口で食べるなんて、やっぱり男の子は違うなぁ。
「むっ、うめぇな。さすが青葉だぜ」
「このっ! 山田! 香織のパンを返せぇ!」
「はっはっは! 悪いな吉田。青葉のパンはもう俺の腹の中だ」
よっちゃんの言葉を気にした様子もなく、山田くんは満足そうな表情で高笑いしながら教室を出て行ってしまった。
「くっそー! あのゴリラめぇ!」
「まぁまぁ。また作ってくるから、ね」
悔しそうに地団駄を踏むよっちゃんをどうにか宥めてその場は収めたけれど、うーん、この争いはちょっと長引きそうだなぁ。
***
「青葉、ちょっと話があるんだけど。今いいか?」
「へっ? いい、けど……どうしたの?」
放課後、昨日(正確には今日)も朝までパンを作っていて寝不足だった私は今日こそは早く帰って寝ようと思っていたのだが、背後から声をかけられて足を止める。
声をかけてきたその人物は今日のお昼によっちゃんのパンを奪った山田くんだった。
「あぁ、青葉に大事な話があってな。ここじゃ話しづらいから、場所変えないか?」
「……う、うん」
山田くんは凄く真剣な表情をしていて、カミソリのように細く鋭い瞳は異様な威圧感がある。クラスメイトというだけで、山田くんとそこまで接点がない私に大事な話って一体なんだろう。疑問は次々と浮かんできたが、真剣な表情で大事な話があるっていうんだから断る訳にもいかないよね。
そのまま山田くんの後についていくように歩いていくと、学校からほど近い少し奥まった場所にある小さな神社に着いた。こんな所に神社なんてあったんだと、地元の私も驚くくらいわかりにくい場所だ。あまり手入れされてないのか、境内はすこし荒れてしまっている。
「……ここら辺でいいか」
そう言うと、山田くんは参道の真ん中あたりで足を止める。
そして私の方へと向き直り、その鋭い視線で私を射抜くように見つめてきた。
「……あ、あの、話ってなにかな?」
「端的に言う。青葉、俺と付き合え」
「……は、はい?」
前触れも何もなく、山田くんが発した言葉は驚愕と言っても過言でないくらい意外なもので、私にとって青天の霹靂だった。ど、どうしていきなり……そんな素振りなんてなにもなかったよね。頭が状況を理解するのが追い付かず戸惑っていると、それを迷っていると思ったのか、山田くんが距離を詰めてきた。
「青葉、心配するな。俺はお前の事を一生大事にする」
「……え、えぇっ? い、一生って」
告白されたと思ったら、今度はそんなプロポーズ的な事言われても……。もう何がなんだかわからないよ。夕闇の中、人の気配はなくこの神社には私と山田くんだけ。不意に吹き付ける風で木々がざわめく。私は混乱して一歩も動けないでいた。
次の瞬間、山田くんの大きな両手が私の両肩を掴んだ。
「青葉、好きだ」
そう言って、私の顔に近づいてくる山田くんの顔。
このままじゃ……私。
「青葉さーーーん!」
諦めかけたその時、大きな声が私の耳に入る。声が聞こえる方へと視線を向けると、静寂を切り裂いた声の主は五十嵐くんだった。
(続く)