コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 魔法のパン【6】 ( No.41 )
- 日時: 2014/09/21 21:24
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: uY/SLz6f)
「い、五十嵐くん……!」
「何の用だ? 五十嵐」
私と山田くんの視線が五十嵐くんに向けられる。
山田くんは五十嵐くんの突然の乱入で眉間にしわが寄り、威嚇するような表情に変わっていた。それだけで、この場の空気が緊迫してくるのがわかる。それでも五十嵐くんは爽やかな笑顔を崩さないまま、静かにこちらに歩いてくる。そして、山田くんを通り抜けて私の目の前で止まった。
「青葉さん、今日俺と一緒に帰る約束してたのに居なくなっちゃうから捜したよ。さっ、帰ろう」
「……えっ、えっ?」
そう言って柔らかく微笑みながら、五十嵐くんの右手が私の左手に重なる。
そ、そんな約束してたっけ? 五十嵐くんは戸惑う私の手を引いて、その場から離れようとしていたが、当然山田くんがその様子を黙ってみている訳もなく、背後から山田くんの怒声が静かな境内に響き渡る。
「五十嵐! 邪魔すんじゃねぇ!」
「……ひっ!」
今までこんな大きな声で怒鳴られる事がなかった私は、山田くんの怒気をはらんだ大きな声に萎縮してしまう。思わず体がビクッと反応してしまった。
こ、怖いよ……。なんかもう……泣きそう。早く帰りたい。
「青葉さん、大丈夫。俺がついてるから安心して」
そう言って五十嵐くんは、恐怖で震える私の左手を自らの両手でギュッと握りしめてきた。こんな状況だというのに、五十嵐くんは焦った様子もなく冷静だ。もし私が同じ立場ならパニックを起こしてしまっていると思う。五十嵐くんのその言葉を聞いて安心したのか、私の中の恐怖感が少しやわらいだ。
「いちにのさんで、走るよ。いい?」
「……う、うん」
私は五十嵐くんの言葉に小さく頷いて、軽く深呼吸をしてから唇を噛んだ。
怖くない……大丈夫。目を閉じて呪文のように頭の中でそう繰り返す。
「こらぁっ! 聞いてんのか!? 五十嵐!」
「いち……にの……さん!」
五十嵐くんの合図で、まるで目いっぱい引き絞った弓が射られたかのように私達は勢いよく駆け出す。
さすが運動神経抜群の五十嵐くん。どんどん加速していき、正直なところ手を引かれていてもついていくのがやっとだ。そしてトップスピードのまま神社の脇道の獣道に入ってく。この時点で山田くんの声は既に聞こえなくなっていた。
「い、五十嵐くん! 道、こっちで、だ、大丈夫?」
私は走りながら途切れ途切れの言葉で問いかける。
「大丈夫、俺を信じて!」
足下は伸び放題伸びた雑草が生い茂っていて、周りは空を覆い隠す程に高い木々。この雑木林を抜けた先にいつもの見慣れた道があるとは思えないほどで、ひとりで来たら間違いなく迷う自信がある。私達はどんどん奥へと進む。
「うわっ!」
余計な事を考えていたからなのか、それとも私の運動神経の限界だったのかはわからないけど、足下を這うように出ていた木の根に足を引っかけてしまい派手に転んでしまった。
「青葉さん!」
うずくまる私に、心配そうな声音ですぐさま五十嵐くんがしゃがみ込んで傷口の確認をしてきた。自分自身でも確認してみるが、膝に浅い切り傷がついてたくらいでとくに問題はなさそうだ。
「……ご、ごめんね。どんくさくて」
「ううん、俺の方こそごめん。青葉さんを助けるつもりが、逆にケガさせちゃって」
そう言って、本当に申し訳なさそうに謝る五十嵐くん。
いや、むしろ悪いのは私だよね。山田くん事だって私がすぐに断っておけばこんな事にはならなかったと思うし。よっちゃんに今日の事言ったら怒られそうだなぁ。
「気にしないで。五十嵐くんが来てくれて、私は嬉しかったよ……」
「そっか、お節介じゃなくて良かった。あっ、立てる?」
「うん……あっ」
凄く今更だけど、五十嵐くんと手を繋いだままだった事に今気付いて急に恥ずかしくなってきた。さっきは必死でそんな事を考えている余裕なんてなかったけど、本当に今更ドキドキしてきてしまった。私が考えている事に気付いたのか、五十嵐くんも繋いだ手を見つめたまま照れくさそうに笑いながら頬をかく。
……うぅ、だからその照れた顔は反則だよ。
「うん、傷はたいした事ないみたいだけど、念のためにおぶっていくよ」
「……えっと」
五十嵐くんはしゃがんだままの体勢で、前を向くようにしている。
つまり、背中におぶされって事なんだろうけど……は、はうぅ。
「……お、お願いします」
「うん、任せて」
私がひとりで歩けるから大丈夫なんて言っても心配かけちゃうだろうし、素直に厚意に甘える事にした。五十嵐くんのその大きな背中に密着するように私の身体を預ける。
五十嵐くんの背中……温かい。私の鼓動と五十嵐くんの鼓動が重なりあって、五十嵐くんの背中に押し付けた私の耳に響く。私はそっと目を閉じて、家に着くまでその心地よさに浸っていた。
(続く)