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魔法のパン【7】 ( No.44 )
日時: 2014/09/23 23:10
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: en4NGxwI)

 結局、どうしてあの場所に居たのか事情を聞いただけで、家に着くまで五十嵐くんとは会話らしい会話はなかった。まぁ、しょうがないよね。今まで経験した事ないくらいドキドキして、それどころじゃなかったし。まだ五十嵐くんの香りが私の服に残ってるみたいで、思い出すと自然と自分の顔が熱くなってくるのがわかる。
 なんでも、校門で私が山田くんと歩いていくのを見かけたらしく気になってついてきたみたい。そのおかげで助かったんだから、五十嵐くんには本当に感謝だよ。
 五十嵐くんはあの神社の入り口に自転車を置いてきてしまったとかで、これからまた戻るって言ってたけど、私をおぶったまま結構な距離を歩かせちゃったから心配だな……。

「……それにしても」

 自分の部屋のベットに腰を掛けながら考える。
 どうして山田くんは急に告白なんてしてきたんだろう? 今までそんな素振りはなかったし、それにあの時の山田くんの目……真剣だったのは伝わってきたんだけど、それだけじゃないような気がした。こう、例えるなら何かに操られてるような。

「……うーん」

 唸りながら体勢を変えて、うつ伏せの状態で枕に顔をうずめる。
 なんか、なんか引っかかってるんだけどなぁ。とても重要な事を忘れてる気がする。喉の奥まで出かかってるけど出ない感じで気持ち悪い。

 ——トントン

「はーい」

 そんな私の思考を遮るように、扉をノックする音が聞こえてきた。

「香織、夕飯できたわよ」

「うんわかった、今行くよ」

 お母さんにそう返事をして、私はベットから起き上がり部屋を出た。スッキリしないけど夕飯を食べない訳にもいかないし、とりあえずまたあとで考える事にしよう。


 ***


 青葉家の夕飯は、簡単、早い、安いがモットーであり、お母さんはあまり手の込んだ料理は作らない。今日のメニューは、玄米ご飯に野菜炒め、ほうれん草のおひたし、シジミのお味噌汁、オクラの胡麻和え、おぼろ豆腐と、とってもヘルシーな夕飯だ。
 ご近所さんから野菜をもらう事が多く、食卓にも頂いた野菜を使った料理が並ぶ事も多い。ちなみに、お母さんはお肉があまり好きではないため、お肉メインの料理が我が家の食卓に並ぶ事は少ない。お父さんなんかは、たまに揚げ物が食べたい時もあるらしく、そんな時は外で食べてきてるみたい。

「青葉、キッチンで変わった小麦粉を見つけたんだけど」

 家族三人で席に着き、いただきますをした途端お母さんがそう切り出す。
 お母さんが言う変わった小麦粉って、あの怪しい露店で押し付けられるようなかたちで貰った『春よ恋』って名前の小麦粉の事だよね。見つからないようにキッチンの戸棚の一番奥の方に入れておいたはずなのに、お母さんって抜け目がないなぁ。

「う、うん。この前、買い物に行った時に商店街の変わったお店でもらったんだ」

 嘘はついてないし、やましい事もないはずなんだけど内心少し焦っている自分がいる。
 お母さんは訝しむような視線を私に向けながら「ふーん」とだけ呟いた。

「香織、知らない人から簡単に物を貰ってはいけないよ」

 お父さんは、ほうれん草のおひたしを食べながら諭すような口調でそう言う。
 普段から物静かで、口数も少ないお父さんがそんな事言うなんて珍しいなぁ。確かにあの小麦粉はどこの物かよくわからないし怪しいんだけど、食べても大丈夫だったし、味も最高だったんだけどなぁ……って! そうだよ! あのお爺さん、恋に効く小麦粉だって言ってた! あの時は嘘だと思ってたけど、思い返してみたらあの小麦粉を使って作ったパンを食べたのは、私とよっちゃんと山田くん。
 自分自身と恋はしないし、よっちゃんは同性、山田くんは異性で私が作ったパンを食べたから……そう考えると今回の出来事にも説明がつく。

「香織? 大丈夫かい?」

「う、うん。全然大丈夫」

私がずっと無言でいたせいか、お父さんが少し心配そうな声音で尋ねてきた。私は慌てて返事をする。……とにかく、明日もう一回お爺さんのお店に行ってみよう。

 (続く)