コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

魔法のパン【9】 ( No.50 )
日時: 2014/09/30 00:31
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: /..WfHud)

 放課後、夕暮れに染まる中、人に恋をさせる効果があるという疑惑がかかっている『春よ恋』を買った露店へと私と五十嵐くんは足を運んでいた。ここに至るまでの経緯を五十嵐くんに話したところ、疑うどころか「そういう事なら、放課後は急いでそのお店に行こう」と、親身になって話を聞いてくれた。
どういう家庭環境で育ったらこんな性格が良い人になれるんだろう。天は二物を与えないっていうけど、五十嵐くんに関しては三物も四物も与えられてる感じだなぁ。逆に色んなもの持ちすぎてるっていうのも悩みがあったりして……うっ、それってちょっと嫌味かも。でも、五十嵐くんはそれを鼻にかけたりする人じゃないんだよね。

「青葉さん。道はこっちで合ってる?」

「へっ? う、うん。この商店街をまっすぐ行った一番端にあるんだけど……」

 思考が横道に逸れて余計な事を考えてたせいか、突然五十嵐くんに話しかけられて間抜けな返事をしてしまった。……うぅ、いけない、いけない。せっかく五十嵐くんが貴重な時間を私の為に割いて来てくれてるんだから、もっとしっかりしなきゃ。私は頬を軽く叩くようにして自分自身にそう言い聞かせた。

「あっ、ここらへんだね」

 私はそう言って足を止め、以前来た時にあった露店を探す。
 幸いにも探すまでもなく見つかった。というのも、あんな目立つ格好をしていれば見つけるのも楽な訳で。私は視線の先に居た、白髪で白ひげを蓄え甚平を着た前回とまったく同じ格好の店主のお爺さんに詰め寄る。

「あの、すいません」

「いらっしゃい——おぉっ! いつぞやのお嬢さんか! どうだい? 効果は抜群だったろう? 気に入ったのなら買っていってくれよ」

 そう言って、お爺さんはとても嬉しそうに私に話しかけてくる。よっぽどお客さんが来なかったのか、それともまた来てくれた事が嬉しかったのかはわからないけど……。

「あ、あの、効果はわかったんですけど……間違って食べさせてしまった相手を元に戻す方法はないんですか?」

 私がそう問いかけると、お爺さんは眉根を寄せながら顔をしかめる。

「ふーむ、あったような、なかったような。……思い出せんなぁ。ここの小麦粉を全部買ってくれたら、思い出せるかもしれないんだがなぁ。それは、無理な話だろうしなぁ」

「…………」

 お爺さんは妙に芝居がかった言い方をしながら、途中チラチラと私を見て様子を窺っていた。多分、知ってるけど小麦粉を買ってくれなきゃ教えてあげないって意味なんだろう。さすがに全部買ってくれというのは冗談だと信じたい。
 それでも、1キロ5千円の小麦粉をおいそれと買うほど私は裕福ではない訳で……困ったなぁ。

「すいません、お爺さん。なんとかなりませんか? ここに居る俺の友達が困っているんです。お願いします!」

 後ろで見ていたはずの五十嵐くんがいつの間にか私の隣りに来て、真剣な表情をしながら深々と腰を折りお爺さんに頭を下げた。——い、五十嵐くん、どうして私なんかのためにそこまでするの。
五十嵐くんの行動はお爺さんにとっては計算外だったのか、やや大げさなリアクションで後ずさる。

「……むむむっ、これじゃこっちが悪者みたいじゃないか。わかった、わかった。教えるから、そのかわり宣伝しておいてくれよ」

 そう言って、しぶしぶといった感じでお爺さんは頷いてくれた。
 私はお爺さんの言葉に頷いてはみたものの正直、宣伝はしたくないかも……あんな効果のある小麦粉が流通したら大変なことになるよ。ちなみに五十嵐くんは私の隣りで困ったような笑みを浮かべていた。

「その効果を消すものなんだが……これだ。この、薬草を使えば効果はなくなる。料理に混ぜてもいいし、煎じて飲ますのでも構わない」

 お爺さんが店の奥にある木箱から出した『薬草』と呼ばれるものは枯れ草のような所々に穴が開いた形で色もこげ茶色、前回同様、怪しい雰囲気を漂わせる。
 でも、他に方法がある訳でもないし、今は信じるしかないよね。

「ありがとうございます」

「なになに。それより、宣伝の件、くれぐれも忘れんでくれよ?」

 私はもう一度深々と頭を下げてお礼を言う。もとはといえば事の発端はこのお爺さんなんだけど、私も好奇心で小麦粉を使ってしまったのは事実だから何も言えない。お爺さんの言葉を笑顔でかわし、私と五十嵐くんはお店を後にした。


 ***


 ——帰り道、目の前に見える雄大な山々は傾いた茜色の日差しに照らされていて、全体がオレンジ色に染まっている。ふと足下に視線をやると、並んで歩く二つの影を伸ばして長い影法師を作っていた。

「明日、この薬草を混ぜたパンを作って山田くんに食べてもらえれば解決だね。……五十嵐くん、本当にありがとう。今回の事では五十嵐くんに迷惑ばっかりかけちゃって、お礼に私にできる事はないかな?」

「気にしないでいいよ、俺が好きでやってるだけだし。迷惑だなんて思ってないからさ。それに……俺が一番欲しいものは、もう貰ったから」

「えっ? 私、何かあげた?」

「うん、青葉さんの笑顔……かな」

 照れながらそんな事を言う五十嵐くんを見ていると、私の顔が急激に熱くなって、鼓動が早くなっていくのがわかる。それは苦しいくらいに早くて、今にも爆発しちゃうんじゃないかと思うくらいに。私はとっさに顔を背けて、一呼吸置く。停止してしまった思考回路を無理矢理動かして、五十嵐くんに向き直った。

「——そ、そんな事ばっかり言ってると、私、勘違いしちゃうよ? そういう事は本当に好きな人にしか言わないほうがいいと思う」

 五十嵐くんは無意識に言ってるのかもしれないけど、そんな事を毎回言われたら私の心臓がもちそうにない。それに、その度にいちいち勘違いして一喜一憂はしたくないもん。
 私がそう言うと、五十嵐くんは少し困ったような表情に変わった。そして——

「本当に好きな人だからだよ。俺、青葉さんをずっと見てた。ずっと……好きだったから」

 五十嵐くんの突然の告白を聞いて、総動員して無理矢理動かしていた私の思考が今度こそ完全に停止してしまった。

 (続く)

魔法のパン【完】 ( No.51 )
日時: 2014/10/02 05:24
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: oc2mnTQ1)

「……そ、そ、それ、本当……?」

 視線を少し逸らしながら、本当に頑張って絞り出した言葉。
ところどころつかえながら、そう問いかけるのが精いっぱいだった。自分にとって都合のいい夢でも見ているようで、まったくもって現実感がない。それでも、私の身体が、心が、頭が、夢じゃないと私に伝える。おかしくなりそうなくらい高鳴る鼓動を必死に抑えて、五十嵐くんに視線を戻す。

「冗談でこんな事は言わないよ。本当はもっと早く伝えたかったんだけど……青葉さんと話すきっかけが中々なくて。それに、もしかして相手にされないんじゃないかって思ったらさ」

 五十嵐くんはそう言って、少し照れくさそうに笑いながら頬をかく。そんな事思ってくれてたんだ……嬉しい。もう何度も見た仕草のはずなのに、何度見てもドキドキしてしまう。私も五十嵐くんの事——

「……わ、私も……! 私も、五十嵐くんの事、好き……」

 ——素直に、飾り気のない言葉で紡いだ私の告白は、風に乗って夕暮れの空へと消えていった。


 ***


「香織さぁ〜、今度は私のためにあのパン作ってよ〜。ほらほら、サッカー部のあの3年の先輩いるじゃん? なんかこう、ビビッときたんだよね」

「ズルはだめだよ。それに、あの小麦粉は作るのは本人じゃなきゃダメなの」

 晴れ渡った空は今日も広く、高い。朝の日差しを浴びながら、私はよっちゃんとそんな会話をしながら登校していた。——あの日から1週間が過ぎた。
 あの日から五十嵐くんとは正式にお付き合いする事になって、充実した日々が続いている。あの翌日にはお爺さんからもらった薬草を使って山田くんを正気に戻す事もできて、一件落着……だったのだけれど、よっちゃんがあの小麦粉を使ったパンを私に作ってほしいと、ほぼ毎日のようにお願いされて少し困っている。
 正直言うと、そんな方法で相手に好きになってもらっても嬉しくないと思うんだけどなぁ。それに、あのお爺さんの事だから自分から「ほしい」なんて言ったら、かなり高額の値段で買わされちゃうんじゃないかな。……うん、よっちゃんには釘を刺しておかなきゃ。

「とにかく、絶対ダメだからね? 私は許しません」

「ちぇっ、これだから彼氏持ちは……女の友情なんてそんなもんだよね」

 よっちゃんは、少しふてくされたような口調でそんな事を言う。……うぅ、そんなつもりじゃないのに。

「青葉さーーん!」

 ひときわ大きな声で私を呼ぶ声が聞こえてきて、その声の方へと視線をやると、そこには五十嵐くんが立っていた。校門の入り口に自転車を停めて爽やかな笑顔で私に手を振っている。もしかして待っててくれたのかな?

「ほらっ、旦那が呼んでるよ。早く行ってあげなよ」

「……で、でも」

 よっちゃんに促されるが私は躊躇してしまう。さっきのふてくされる様子から見て、ここでよっちゃんを放置して五十嵐くんの所へ行ったらこじれるんじゃないかな。
 そんな私を見てよっちゃんは肩をすくめながら、ため息をついた。

「ほらっ、せっかく五十嵐くんと付き合えたんだから行かないと。そうだなぁ……私には香織の普通の小麦粉で作ったパンを今度食べさせてくれたら許してあげる」

 そう言って、よっちゃんは屈託のない笑顔を浮かべる。多分、私に気を遣わせないように言ってくれてるんだろうけど。こういうところ、やっぱり優しいなぁ。
 そのお言葉に今回は甘える事にして、私は五十嵐くんのところへとやや駆け足で急ぐ。

「ご、ごめんね、五十嵐くん。おはよう」

「うん、おはよう青葉さん。よっちゃんさんはよかったの?」

「よっちゃんさんて……ふふっ。さんはいらないんだよ? 五十嵐くん。今度パン作るって事で納得してもらえたよ」

「そっか、俺も青葉さんのパン食べたいな。今度よかったら作ってくれない?」

「うん、もちろんだよ」

 私にとって、五十嵐くんと付き合うきっかけになったのがあのパンだった。
 あの出会いがなければ、今こうして五十嵐くんの隣りを歩く事はなかったかもしれない。
 あの小麦粉に恋の効果があってもなくてもそれは変わらない。色々な事があったけれど、そのきっかけをくれた事に私は感謝している。だからきっと——

「青葉さん?」

「あっ、ごめんね。ぼーっとしてて」

 私にとって、あの小麦粉で作ったパンは恋を叶える魔法のパンなんだ。

 〜END〜