コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 時計台の夢【14】 ( No.69 )
- 日時: 2015/03/31 17:42
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: RnkmdEze)
——携帯のライトに照らされて浮かび上がった顔は見知った顔。
紺色のスーツに身を包んだ恰幅のいい中年男性、そして僕にこの時計台の修理を依頼した張本人でもある緑葉市の市長、黒田成光だった。
「……どうして、ここに?」
僕が警戒しながら発した言葉を市長はつまらなさそうな表情で聞いていた。それはまるで興味津々だった玩具に飽きてしまったかのような子どもの目。もう既にいい大人である人にこの比喩は的確かわからないが、その例えがしっくりきた。
「あぁ、君には失望させられたよ。あと少しで私の理想が実現できたというのに」
「理想? 一体何の話ですか?」
市長は心底呆れたと言わんばかりに嘆息混じりでそう言う。理解できない言語を聞いているようで、頭の中に疑問符が浮かぶ。
どうして市長がこんな時間に、ここに居るのかわからないし、夢とは何の事を言っているんだ? ……わからない? いや待て、待て待て。
頭の中に嫌な考えが浮かぶ。大垣が捕まってから一日しか経ってないこのタイミングで、この時間に市長が時計台に居るなんて、ちょっと出来過ぎではないだろうか。ずっと探していたパズルのピースが揃うように、僕が考えた事が正しければ最後のピースで説明できてしまう。この事件の元凶は身近にあって、それに気付かずに僕はずっと振り回されていた。台本の通り、舞台の上で動く役者のように、僕はずっと手の平の上で踊らされていたんじゃないだろうか。
僕の表情が変わっていくのを見てか、市長が静かに笑い出す。その笑いは、暗い井戸の底から聞こえてくるような悪意に満ちたものだった。
「ふふふっ……あはははっ! やはり君は聡明だよ、水島君。今置かれている状況を瞬時に判断して答えを導きだす。まったくもって、素晴らしい」
「…………理由はなんですか?」
そう問いかけると、市長は顎を撫でてその暗い瞳で僕を見つめる。
「民衆をまとめるにはどうしたらいいと思うかね?」
「……何の話ですか?」
「例えばだ。凶悪な犯人が居たとしよう。そいつは残虐非道をくり返し、周りの人々を恐怖に陥れる。必然的に周囲はそいつを排除しようという気持ちになる」
「だから、一体何の話ですか?」
市長の話の意図がわからずにイライラしてくる。いや、それもあるけれど、さっきから嫌な予感が消えない。だからこんなにも胸がざわつくのかもしれない。僕の苛立った声を聞いて市長は「やれやれ」とでも言いたげに肩をすくめる。
「何事も順序というものがある。そう焦る事もないだろう。……さて、話の続きだが、そいつを排除するために皆一致団結するのだ。つまりこれがどういう事かと言うと——」
市長はそこで言葉を切り、一呼吸置く。そして——
「何事も明確な敵を作る事で、民衆はまとまる。そして、それは今回の事も例外ではない。悪魔という敵を作る事で、民衆をまとめ、そしてその問題を解決した私の地位は揺るぎ無いものとなる。一つ誤算があったとすれば、それは君だ。君が素直に殺されているか、もう少し馬鹿であれば上手くいったものを」
嫌な予感は的中した。当たってほしくなかった。
全ては最初から仕組まれていた事。後悔、憎悪、困惑、様々な感情が混じって、まるで泥の海に心が囚われてしまったかのような感覚、それは深く、どこまでも落ちていく底無しの沼のように。……本当に最低な気分だ。
「だが、案ずる事はない。君はここで永遠の眠りにつける。尊い犠牲をだした痛ましい事件だった、と片付けられるだろうがね」
「……ふざけるな、ふざけるな! お前の勝手で一体どれだけの犠牲がでてると思っているんだ!」
そう途中まで言って、僕は黒田に向かい突進していた。
大垣のように悪魔が相手では無理でも、普通の人間であるなら取り押さえるくらいはできるはずだ。そう思っていたが、黒田は軽業師のごとく僕の突進を難なくかわすと、さらに鋭利な物で切り付けられて僕の右太腿に激痛が走った。
視線を太腿にやるとジーンズは綺麗に真一文字の切れ目が入っており、露出した肌からは大量の血が滲み出ていた。
「私になら勝てるとでも思ったのかい? 残念ながらそれは間違いだ。私は正真正銘人間だが、君にやすやす捕まえられるほど甘くはない」
そう言って、黒田は口角を上げてニヤリと笑った。……本当に最低な気分だ。それでも、黒田を止めれば今度こそ本当に終わる。
覚悟ができたのかもしれない。床に落ちている壊れた鉄製のパイプを拾い上げ、黒田と対峙する。黒田がどんなに武芸に優れようと、どんなに困難な状況だとしても、僕には黒田を止める責任がある。知らなかったとはいえ時計台を動かしてしまったのだから。
「……ふっ!」
リーチのある鉄パイプで横に薙ぎ払うも、黒田は地面スレスレまで身を屈めてそれをかわした。かわされた反動で僕に隙ができるのを黒田が見逃すはずもなく、暗くて細部まではよく見えないが、小型のナイフのような物で僕の左腕を切り付けてくる。今見えている姿はうっすらとだ。暗さに目が慣れてきたとはいえ、速い動きにまでは対応できない。
「ぐうぅっ!」
そして遅れて左腕に走る激痛。思わずパイプを落として利き手である右手で傷口を押さえると、まだ生温かさが残った自分の血液が手の平に絡みつく。
あまり悠長にしていると、出血多量で死んでしまうかもしれない。それにしても、あの体型でなぜあんなにも軽やかに動けるんだ。いくら僕が場慣れしていないとは言え、圧倒されているのは間違いない。何か手はないのか?
「残念だが水島くん、チェックメイトだ」
「————くっ!?」
黒田が切りかかってきた瞬間、咄嗟に身体を丸めて床に転がる。
格好はあまり良くないが、それでも回避して生存率をあげるためなら気にしない。僕が求めているのは犬死にではなく相打ち。もちろん、生き残る事にこしたことはないが、このままではそれはかなり厳しい。
「よくかわしたと言いたいが、無様だな。風前の灯とはこの事だ」
「……はっ……はっ、何とでも言え」
……くっ、さっきから目がかすむ。気を張っていないと地面に吸い込まれていきそうだ。これ以上は激しい動きはできない。ならイチかバチか刺されるのは覚悟で捕まえる。頼む……上手くいってくれよ。
「今度こそ、終わりだ」
黒田がそう言うと、高速で突っ込んできて僕の目の前に迫ってくる。僕はそれを避けずに仁王立ちの構えで待つ。そして——その刃を受け止めた。
「ぐっ、……ぐぅぅぅっ!」
その瞬間、腹部に違和感が走り、耐え難い激痛になって襲いかかる。まるで傷口を強引にこじ開けられ、直接熱湯を流し込まれているようだ。痛みのレベルを超えている。気を失いそうになるが、チャンスはここしかない! 黒田の手首を掴み逃がさないようガッチリ固定すると、利き手に力を込める。
「この…………大馬鹿ヤロー!!」
「な、……うぐぅ!」
力の限りの拳を黒田の顔面目掛け叩き込んだ。
黒田が壁に叩きつけられ、動かなくなったところで膝から崩れ落ちる。
もう……限界だ。……あ……そういえば、杏璃と誕生日にどこか行くって……約束……してたなぁ……ごめん……杏璃……ちょっと……無理そうだ……でも……杏璃が無事なら……僕は…………そこで僕の世界は暗転した。
(続く)
- 時計台の夢【15】 ( No.70 )
- 日時: 2015/02/11 19:54
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: RnkmdEze)
「う……んん」
柔らかな光が僕の瞼を刺激してまどろみの中から意識がゆっくりと覚醒していく。ぼやけた視界に飛びこんできたものは白い天井、周囲の状況を確認すると僕は知らないベットの上で寝ていた。真っ白のシーツに枕、白色で統一された同じようなそのベットが僕のベットの横一列に並んでいる。窓際であるこの場所の窓が開いていて、そこから吹き込む涼やかな風が僕の頬を優しく撫でていった。
状況から察するにここは病院だろうか? 自分の身体には包帯がぐるぐると全身に巻きつけられている。頭の中に鉛が入っているように重く、どのような経緯でここに居るのかいまいち思い出せない。まるで思考に靄がかかったようだ。確か、凄い重大な事があったような気がするんだけれども……。頭を捻らせていると病室の入り口のドアが開いた。
「——あっ!?」
「あれ? 杏……璃」
視線が交差すると、杏璃は今にも泣きだしそうなくらいその顔をゆがめる。その顔を両手で覆い隠すようにしたため、杏璃が持っていた綺麗な花が落ちた。そして僕の寝ているベットへと駆け寄ってきた。そのままスピードを緩める事もなく、僕の胸へと飛びこんでくる。
「透さんっ!」
「あ、杏璃、……ぐ、ぐぎゃぁぁ!」
とっさに抱きとめるような体勢にするため、腕を上げた時に激痛が走る。そのせいで衝撃に対応する体勢を取れなかった。多分普段ならどうって事はないだろう。しかし、今回は全身傷だらけのせいで杏璃の抱きついてきた衝撃に耐え切れず悶絶する羽目になるのだった。
***
「そうか……僕は三日も寝てたのか」
「本当に心配しました……このまま目を覚まさなかったらどうしようって」
「心配かけてごめん。杏璃」
全身ミイラ男のようにいたる所に包帯を巻きつけた僕がこれまでの顛末を杏璃に聞いて思いだしていた。市長——黒田が企ていた計画は、現場の状況証拠などから既に明るみに出ていて、今回の事件は大垣と黒田が共謀しておこなった犯行という事になったそうだ。
もちろん、悪魔だなんだという話は出ていないらしい。あそこに駆け付けてくれた杏璃がもう少し遅かったら僕は出血多量で死んでいたかもしれない、という話も聞いた。これも今聞いた話だが、杏璃の家は代々悪魔祓いをやっている家系らしい。杏璃自身はその事に興味がなく、家を継げと言う親の反対を押し切って家を出てきたから家に帰れないという事情もあったみたいだ。しかし今回の件で実家に戻り、両親に相談をした。その結果、杏璃のお父さんが再び悪魔が世に出てくる事がないよう新しい御札で封印をしてくれたのだ。もう一つの疑問であった夢の中での出来事。杏璃がお父さんに聞いたところ、時計台の中には強力な封印がかけられており、その力に反応して感受性が強い人なんかは稀に不思議な事が起きるらしい。僕が体験した出来事はそのせいだったという訳だ。
大垣——悪魔との記憶の共有についても、その力が関係していたと考えられるが明確な原因まではわからない。なんにせよ、二度とあんな体験はしたくないものだ。
「もう無茶しちゃダメなんですからね? 次に無茶したら知らないんですから」
「あはは……肝に銘じておくよ」
杏璃は唇を尖らせて僕に抗議するも、その顔はどこか安堵したような表情だった。それだけ心配をかけてしまったという事だろう。今後こんな事はないと思うが、杏璃の機嫌を損ねるのは勘弁なので素直に反省するのだった。
(続く)
- 時計台の夢【完】 ( No.71 )
- 日時: 2015/02/11 19:58
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: RnkmdEze)
退院するのに諸々の事情もあり一ヵ月もかかってしまった。早いととらえるべきか、遅いととらえるべきなのか、それはわからないが時計台の問題が終わり、目下の問題はクロックの経営状態でもある。なぜならクロックは趣味的要素が強い店であり、言ってしまえば道楽のようなものだ。とは言え、店が儲からなければ経営していくのは厳しいというのは必然な訳でもあり、僕が入院していた期間は店を閉めていた訳で、さらには時計台の修理の報酬をあてにしていたのだがそれも流れた。市長——黒田が捕まり、時計台の修理もできていないので当然といえば当然ではあるが(というか修理はやらないが)僕にとっては八方ふさがりな状況でもあった。
いや、この際僕の事はいい。問題は杏璃の給料だ。従業員である杏璃にだけはなんとしても給料を払わなければいけない。それでなくても杏璃は色々苦労ばかりかけてるっていうのに。けれど、出納帳といくら見つめあっても答えは出そうになかった。
「うっ、んんんぅ!」
リビングの椅子に座りながら軽く伸びをする。
かれこれ三時間くらい色々な計算をしてみたが、まったくといって解決策が出ない。これなら開店休業状態でも店を開けてた方がよっぽど効率的だったかもしれないと思うほどだ。うーん、集中力も切れかかったてきたし少し早いけどお昼にしようかな。
「はい、透さん。コーヒーですよ」
まるで計ったかのような絶妙なタイミングでコーヒーがテーブルの上に置かれた。
「あぁ、杏璃ありがとう」
杏璃が淹れてくれたコーヒーを飲むと、口の中にまろやかな甘みが広がる。普段は甘いコーヒーは飲まないのだけれど、頭を使って疲れていたせいか心地良く糖分が身体に染み込んで疲れがとれていくような気がした。
「何をしているんですか?」
「……うーん、言いづらいんだけど、杏璃の給料の事でちょっとね。あ、でも心配しないで。ちゃんと——」
「私、お給料はいりません」
「えっ? いやでも、そういう訳にはいかないよ」
一点の曇りもない笑顔でそんな事を言う杏璃に僕は少々戸惑ってしまう。
慈善事業でやっている訳ではないし、いくら住み込みで家賃はいらないといっても給料がいらないという理屈にはならないはずだ。というか、それじゃ僕はとんでもないブラック企業の経営者みたいじゃないか。そう考えると結構へこむな。
「そのかわり、今日も明日も明後日も……ずーっと、透さんの傍に居たいです。ダメ……ですか?」
ところどころで間を置きながらも、そう最後まで言い切った杏璃の瞳は不安げに揺れていた。——それって、捉えようによっては遠回しな告白なのでは? いや、いやいや、それは自意識過剰というやつだよな。多分、ずっと一緒に仕事したいという意味だろう。
「うん、僕も杏璃が居てくれると助かるし、そう言ってくれるのは嬉しいよ」
無難な回答——というより、模範的かつ今の僕の心境を嘘偽りなく伝えたはずなのに、杏璃はとても不機嫌そうにジト目で僕を見つめながら頬を膨らませた。なんでだ? 何か気にするような事を言ったんだろうか? そんな事を考えていると、テーブルの反対側に座っていた杏璃が席を立ち、一歩、また一歩と僕に近づき距離を詰めてくる。
「透さんの鈍さはもはや犯罪ですね」
「待て、僕の何が鈍いって——んむ!?」
——衝撃的だった。杏璃が両手で僕の顔を挟むようにして固定すると、そのまま杏璃の柔らかな唇が僕の唇と重なった。その瞬間、まるで禁断の果実を食べてしまったかのように脳の感覚が痺れていく。触れるだけの幼いキス。けれど、それは今までのどんな経験より衝撃的で鮮明に脳内に焼き付いていく。一体どのくらいの時間そうしていたのだろうか。数分だったかもしれないし、数十秒だったかもしれない。時間の感覚すら麻痺して、僕の頭を真っ白に上書きしていく。ゆっくりと離れていく杏璃の顔を見て少し寂しさを感じた。
「……透さん……コーヒーの味がしました」
「……そりゃ、さっき飲んでたし……」
俯き加減で頬を朱色に染めながら杏璃は恥ずかしそうにそう言った。
平静を装いながら返事を返すが、気の利いたセリフ一つ返せないし思い浮かばない。自慢じゃないけれど、この手の経験は皆無に等しい。例えるなら子供にお酒を飲ませるようなものだ。僕の鼓動はさっきから警報のように早鐘を打っていて、とてもじゃないけど平常心になどなれないくらい動揺していた。
「……私の気持ち、伝わりましたか?」
杏璃の問いかけに僕は言葉を発さず頷きだけで返す。
「じゃあ……私と付き合って下さい」
杏璃の精一杯勇気を振り絞ったであろう、その告白に僕は無意識のうちに首肯していた。
***
「ここに用ですか?」
「うん、退院したら寄っておきたくてね」
杏璃と正式に付き合う事になった翌日、僕は杏璃と一緒に中央公園の時計台へとやって来ていた。季節は秋から冬へと変わろうとしている。昼下がりの公園も肌寒さが増し、徐々にではあるが冬の足音が聞こえてきていた。来る途中で買ってきていた花を事件のあった場所へと捧げる。目を閉じて、亡くなった人達へと冥福を祈る。それが終わると僕は天を仰いだ。
「透さん……その、こんな事を言うのは酷かもしれないんですが、元気出して下さい」
隣りに居る杏璃に視線をやると、不安そうな表情で僕を見つめていた。杏璃に心配をさせるためにここへ来た訳じゃない。だから杏璃には笑っていてほしい。大丈夫だという事をアピールするためにも普段通りに接しないといけないよな。そう思い、杏璃の頭を撫でる。『心配はいらない』という意味を込めて。クロックの事は二人で力を合わせて頑張ろうという事でひとまず落ち着いた。杏璃には引き続き迷惑をかけてしまうかもしれないが、少しずつでも負担を減らしていきたいと思っている。
これで全ての事態は収束したのだが、やはり完全に晴れやかな気分になる事はできない。失った命は戻らない。どんなに願っても、どんなに頑張っても、過ぎてしまった過去の時間を巻き戻す事は叶わない。人生はゲームと違い、リセットもセーブもできない。それでも僕に何かできる事があるのかと問われれば、それは忘れない事。この出来事を忘れずに、過去を活かして未来に繋げる為に、僕は今僕にできる事を一生懸命やっていく。——僕の大事な人と共に。
〜END〜