コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- とある男子校生の日常NEXT【5】 ( No.78 )
- 日時: 2015/03/15 00:34
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: lQjP23yG)
「もういい。兄さんがそんなに嫌なら」
「へ? それでいいのかよ?」
「しょうがないよ。湊さんとデートしたいんでしょ? 適当な理由つけて、これで終わりにするから大丈夫」
葉月は「大丈夫」と言うわりに、とても悲しそうな表情だった。
自分で言っておいてなんだけど、先に約束したのは葉月だ。そりゃ、湊とはデートしたい。もう、今すぐにでも。
けれど、葉月にこんな悲しい顔をさせたまま、俺だけ楽しめる訳もない。理由はどうあれ、葉月は俺を信頼して頼んだんだと思うし……多分。そう考えると、ちょっと無神経だったのかもしれない。
「葉月、俺が悪かった。湊には俺から事情を話して、ちゃんと帰ってもらうよ」
「……兄さん」
俺がそう言うと、葉月は安堵したかのように思えた。湊は大体わかっててやってる感じがするけど、ちゃんとお願いすれば納得してくれるはずだ。うん。
***
「えぇ〜? 何の事かわからないなぁ。私、その子と会ったの初めてだし」
——前言撤回、わかってくれなかった。
俺が事情を話すと、湊は納得するどころか、むしろさらに楽しそうになっていき、このまま俺の彼女(演技)として葉月を浮気相手に見立てた小芝居を続けるつもりみたいだ。小悪魔過ぎるぜ、湊さん。
湊が何を考えているかわからないが、この高層ビルとビルの間を綱渡りしているような緊張感は勘弁してもらいたい。
相変わらず、香奈ちゃんは不信感が一杯の眼差しを俺に向けてくるし、彼は──スマホをいじって、我関せずモードだな。そりゃ、関係ないだろうけど、お前はちょっとは関心を示せ! そして反応ぐらいしろ!
なんか、すげー気まずい。何にも悪い事してないのに、なぜこんな修羅場展開に。濡れ衣感がハンパないんだが。
「そこまで言うなら——誠が決めてよ。本命にキスして」
「えっ? なんだって?」
「聞こえないフリしてもダーメ。本命の彼女にキスだよ。キス」
湊のさらなる混沌を呼び寄せる提案に周り(おもに俺と葉月だけど)がざわつきはじめる。
せっかく鈍感なフリして聞こえないという、スルースキルを発動させたのにあっさり看破されてしまった。っと言うか、あんまりキスキス言うなよ。ドキドキしちゃうから。俺の純情を弄ばないであげて。
「ちょっと、湊さん! どうしてそんな事言うんですか!?」
葉月が顔を赤くしながら湊に詰め寄って抗議するが、湊の表情は変わらない。いや、ますます楽しそうになっておられる! いかん、必死なればなる程、湊の悪戯心に火をつけるだけだ。
ちなみに葉月は、ちゃんと周囲には聞こえないぐらいの声音で話している。
「う〜ん、葉月ちゃんが可愛いから、ついつい意地悪したくなっちゃうんだよね。それに、もしかすると葉月ちゃんにとっても悪くない展開かもよ?」
「な、何を言ってるんですか!?」
湊にそう言われて、葉月はわたわたと手を振って焦る。葉月にとって悪くない展開ってなんだ? 葉月にとってはデメリット以外何もないと思うんだが。さらに湊は葉月に耳打ちをし始め、今度は俺にも聞き取れないように話している。
「あのー、誠さんって二股してるんですか? もし本当なら葉月と別れてくれませんか? 葉月が可哀想です」
ついに耐えきれなくなったのか、香奈ちゃんが俺に近付いてきてそう言った。悲しいくらい冤罪なんだが……むしろ、彼女って妹だし、代理だし、本命とか言ってる湊とは付き合ってないしで、もう本当に俺何やってるの状態な訳ですよ。
「……いや、二股なんてしてないから」
とは言え、そんな事を言えるはずもなく、苦々しい表情でそう答えるのが精一杯。けれど、俺がそう答えると、香奈ちゃんはしぶしぶといった感じで納得してくれたようだ。
「それなら良いですけど……じゃあ、早くあの頭のおかしい女の人追い払って下さいよ。彼氏として、彼女を守るのは当然の義務ですよ」
──あ、頭のおかしい……この子、俺の想い人に何て言いぐさだ。湊は頭のおかしい女の子じゃなくて、悪戯好きで好奇心旺盛な女の子なんだよ! と、言いたいけれど、ぐっとこらえて「わかってるよ」とだけ返す。
視線を香奈ちゃんから湊と葉月に戻すと、どうやら話し合いは終わったらしい。2人並んてこちらに向かってきた。
「えっと、どちらが本当の彼女なのか証明するために、誠にキスをしてもらうという事で合意しました」
「──はぁ!?」
めちゃめちゃ棒読み台詞の湊の言葉で驚愕する俺。葉月は葉月で俯いたまま喋らない。おいっ! 一体さっきの話し合いで何があったんだよ!?
「おぉ〜、楽勝ですね誠さん。葉月にキスすれば、あの頭のおかしい女の人は諦めるって事ですよ」
香奈ちゃんは嬉しそうにそう言う。
「…………」
──ぜ、全然楽勝じゃねぇ。
俺はこれまでの生きてきた中で、最大の選択を迫られようとしていた。
(続く)
- とある男子校生の日常NEXT【完】 ( No.79 )
- 日時: 2015/03/19 19:00
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: G1aoRKsm)
——え、選べる訳がない。
仮にだ、これはあくまでも仮にだが、俺が湊を選んだとしよう。そうなれば、葉月の面子は丸潰れ。友達に嘘をついて彼氏と言っていたのに、実は違った(本命ではない)という最悪の結末になる。さらには、そこから芋づる式にバレて、相手役が自分の兄だという不名誉な事を知られてしまう可能性があるかもしれない。なんせ同じ学校だからな。
しかしだ、葉月を選んだとしよう。
兄である俺が妹を選んで、さらにはキスまでしたというシスコンを通り越して変態——いや、もはや鬼畜の域に達してしまう。そうなったら、香奈ちゃん達は誤魔化せても、湊と付き合える可能性はゼロになる。そして、家族会議が始まる。どちらを選んでも、俺の未来は暗い。
「…………」
うおぉっ! 何でこんなに修羅場ってんの、俺? 今日って、葉月の彼氏代理して、平穏無事にデートが終わる予定だったじゃん!
頭を抱えたくなるが、取り乱してしまっては怪しまれてしまう。極力、平静を装いながら脳内で解決策を全力で模索する。
「あのー、何でそんなに躊躇ってるんですか? そりゃ、人前じゃ恥ずかしいのかもしれませんけど、葉月を守るためですよ?」
俺の後ろに居る香奈ちゃんそう言って、不信感を募らせていくのがわかる。そりゃそうだろうけど、こっちにも事情ってもんがあるんですよ。それは死ぬってわかってる場所に、自ら飛び込むような行為な訳で。
「何してるの、誠? ちゃんと私が本命だって証明してほしいな」
今度は前に居る湊が煽るようにそう言う。だが、口元は緩みかけていて、今にも笑い出しそうな勢いだ。
いやいや、悩んでる元凶は湊のせいだよ? 何でそんなに楽しそうなのさ? ドS過ぎるだろ。それとも、俺が約束を断った仕返しなんだろうか。
葉月を見ると、相変わらず俯いたまま一言も喋らない。葉月ならこの状況に抗議してもおかしくないと思うが、下手に動けない理由でもあるのか?
そんな俺の思考を遮るように肩をポンポンと叩かれた。
「男気、大事」
「お、おまっ……」
振り向けば、香奈ちゃんの彼が居た。
無表情で何を考えているかわからないが、俺が驚いたのは彼が「ちす」以外の言葉を喋った事だ。思わず「お前、普通に喋れるんじゃん!」と、ツッコミしそうになったが寸前で止めた。
端から見れば、俺は優柔不断の二股野郎と思われているんだろうか。まったくもって事実無根なのに、悲しくなってくるな。捏造怖い。
「……にい——誠」
葉月が一度「兄さん」と言いかけてから、言い直して俺の名前を呼ぶ。
さっきからずっと俯いていた葉月が顔をあげると、その瞳は不安げに揺れていた。きっとこの状況をどうしたらいいのかわからなくて、不安になっているのだろう。——うっ、やっぱり葉月にこんな不安そうな顔をされるのは苦手だ。それに、葉月はもっと強気で、俺を罵るくらいの元気がなきゃ。
本当に残念だ。湊とのこれからの関係の可能性を潰すのは本当に残念だが、俺は自分の事より葉月の事を何とかしてやらなきゃと思った。だから俺は——
「葉月、俺が好きなのはお前だ。だから、他の誰かを好きになるなんてあり得ない」
葉月の目の前まで近付き、肩に手を置いて顔から火が出そうなくらいクサい台詞を言う。これならキスをしなくても問題はない。
今この場で俺を殺してくれっ! と言いたいが、まだ死ぬ訳にいかない。この後が重要なんだから。羞恥心を必死で抑え、そのまま葉月の柔らかな手を取る。
「さぁ、もう帰ろう。これ以上、俺達のデートの邪魔されたら困る」
「ひ、ひゃいっ……か、香奈! また学校で!」
「はいはーい。今度ゆーっくり聞かせてよね」
「男気っす」
香奈ちゃんの嬉しそうな声と、珍獣——もとい、彼の言葉を背中で聞きながら俺達は駆け出した。ちなみに湊の顔は見れなかった。どんな顔をしてるか想像しただけで俺は……うぅ、今は考えないようにしよう。
***
「……はぁ、はぁ。ここまで来ればもう大丈夫だろう」
「……そ、そうだね」
ショッピングモールを出て、駅前まで戻った頃にはすっかり日も暮れて、空が茜色に染まっていた。膝に手をついて一息つくと、葉月と手を繋いだままだった事に気付く。
「……あっ、悪い」
「……う、ううん、別に」
妙に気まずい雰囲気になりながら手を離すと、一瞬だけ葉月が寂しそうな表情をした。夏の夕暮れ、駅前は人で溢れていて、せわしなく流れていく。ここで立っている俺達はどこか不自然で、まるで俺達だけが時間から切り離されたようにも感じた。
「……兄さんは、良かったの? 湊さんを選ばなくて」
「まぁ、今回は葉月と約束してたんだし、それに湊は面白がってやってる感じだったしな」
それを差し引いても、今回の事で湊と恋人になるという可能性は詰んだんじゃないかと思うが、敢えて葉月に言う必要はないだろう。気に病んでほしい訳じゃないしな。葉月は「ふーん」と興味なさそうに言いながらも、どこか嬉しそうだった。
「じゃあ、もし兄さんが彼女できなかったら私がなってあげてもいいよ?」
「それはそれは、とても光栄な事だな」
一歩、また一歩と家路に向かって歩きながら、そんな冗談を言い合う。
夕日に染まった葉月の綺麗な髪が動く度に揺れていた。
「兄さん」
俺の少し先を歩いていた葉月が足を止めて振り返り、俺を呼ぶ。
「何だよ?」
そして──
「ありがとう。兄さんの事、大好きだよ」
その瞬間、夕日に照らされた葉月の笑顔はキラキラと輝いていて、不意打ち気味のその笑顔に不覚にもドキッとしてしまった。そのまま葉月は踵を返すと、ひとり駆けだした。恥ずかしかったんだろうか?
でも、葉月があんな事を言うの初めてだな。嬉しさと恥ずかしさが入り混じった気持ちが込み上げてくる。
色々と大変な一日だったけど、葉月にお礼を言われて、うざがれてたり嫌われてると思っていたのに、大好きと言われて、今日の全てが報われたような気がした。
「……たまには妹孝行も良いのかもしれないなぁ」
そんな事を考えた、ある夏の一日だった。
〜END〜