コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

彼女と彼の恋人事情【6】 ( No.99 )
日時: 2015/04/27 19:22
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: KG6j5ysh)

 家族が寝静まった深夜、自室の机に向かった陸は、手に持ったペンをクルクルと回しながら美羽と愛莉の一週間後の対決メニューを考えていた。

「うーん、どうしようかな……愛莉ちゃんの実力は見ているから知っているけど、美羽はどうなんだろう?」

 陸はそう呟きながら椅子の背もたれに身体を預ける。
 付き合ってから、それなりに月日は経ったのだが陸は美羽の料理の腕を知らない。
 勝負を公平にするためにも、対決するメニューはどちらにとっても同じような難易度の物にしたいが、美羽の腕前が分からないから中々決まらないのだ。

「美羽、自信がありそうな口ぶりだったよな。いや、もしかしたら勢いって可能性も……うーん、それなら選んでもらう形にしようかな」

 陸はカリカリとメモ帳に対決のメニューを書き込んでいく。
 本当なら美羽に確認してみれば確実なのだが、美羽の性格を知っている陸は聞かない方が良いと考えていた。藪をつついて蛇を出すような真似はしたくないという事だろう。

「それと、材料の在庫も考えて…………よしっ!」

 その日、陸は悩んだ末にようやく対決のメニューを決める事ができたのだった。


 ***


「えっと、対決メニューを発表するね。——テーマは焼き菓子、焼き菓子であれば、何でもOK。各自で選んでもらっていいから」

 翌日の放課後、部室で陸によって対決のメニューが発表された。
 それを聞いた部員達はざわめき始める。愛莉は自信があるのか、頷きながら小さくガッツポーズをした。美羽の方はというと、頭にクエスチョンマークが浮かんでいて、イマイチよく分かっていないようだ。二度三度と瞬きをしながら、陸を見つめている。

「——と言うのも、アップルパイで使った小麦粉やらなんやらが結構余っててね。下手に違う料理にするより、顧問の小田先生にも申請しやすいかなと思ってさ。名目は体験入部者のためって書くから」

 陸が頬を掻きながら少し申し訳なそうにそう言う。
 当然と言えば当然だが、いくら陸がほぼ任されていると言っても、陸が好き勝手にできる訳ではない。必要な物、特別に何かをやる場合などは顧問に申請書を書かなければならない。それが認められて初めて2人の料理対決ができるという事だ。

「桐谷先輩、この勝負、私は自信があります。桐谷先輩はどうですか?」

 愛莉は得意気な表情で隣りに居る美羽に問いかける。
 美羽にとっては簡単な料理ですらハードルが高いというのに、テーマがお菓子になってしまったのだから、難易度は格段に跳ね上がったと言っていいだろう。しかし美羽は——

「もちろん自信あるわ」

 と返した。
 その自信は意地と言う名の根拠すらないものであったが、年下の、しかも陸をたぶらかすそうとする愛莉に『できない』と言うのは、なにより美羽のプライドが許さなかった。

「絶対、桐谷先輩に勝ってみせます!」

「いい度胸ね、泥棒猫の分際で私に盾突いた事を後悔させてあげるわ」

「だ、誰が泥棒猫ですかっ!」

「私の目の前に居るあなたの事よ。……あぁ、ごめんなさい。あなたと猫を一緒にしてしまったらそれは猫に失礼ね、そこだけは謝罪するわ」

「謝罪するところはそこじゃないですっ!」

 段々とヒートアップしていく美羽と愛莉。
 2人の出会い方が悪かったからか、一度火が点いてしまえば、どちらも引くにひけないのだろう。そんな状況を見かねて、陸が仲裁に入る。

「はいはい、そこまで。美羽も愛莉ちゃんも喧嘩しない。それと、勝負が終わったら買っても負けても恨みっこなし、いいね?」

 まるで子供を窘めるような陸の口調に、美羽は拗ねたように陸から顔を逸らす。愛莉は申し訳なさそうに俯いて「……はい、すいませんでした」と素直に謝るのだった。


 ***


 部活終了の時間が近付いていたので、陸は3年生の先輩に戸締りを任せ、職員室に向かう。美羽は機嫌を損ねたのか、陸を待たずに先に帰ってしまっていた。
 そして顧問に終了の報告と申請書を届けて帰る途中、空き教室の窓から射し込む夕日を背に俯く愛莉を見かけた。

「愛莉ちゃん、こんな所でどうしたの?」

「あっ、陸先輩……」

 さっき陸に注意されたのが尾を引いているのか、愛莉の顔は浮かない。
 心配になった陸は愛莉の傍まで行き、同じような体勢で愛莉の隣りに寄り添うように立った。

「……陸先輩、私、嫌な子です」

「うん? 急にどうしたの?」

 愛莉は視線を床に落としたまま呟くような声音で話す。
 それを聞いた陸は優しく愛莉に問いかけた。

「私、周りが見えなくなって、桐谷先輩に自分から突っかかるような事言っちゃって、陸先輩にも部員のみんなにも迷惑かけちゃいました」

 愛莉は、昨日初めて知った陸と美羽が付き合っているという事実にショックを受けていたのだが、勝負に勝てばまだ何とかなるかもという淡い期待を持っていた。それはどうしようもない事実からの現実逃避。しかし元が真面目な愛莉は、言ってしまった後に、すぐに反省し後悔していた。

「なんだ、そんな事か」

 陸は俯く愛莉の頭に手を乗せて優しく撫でると、愛莉は気持ちよさそうに目を瞑りながらその心地良さに浸る。

「美羽はあんな感じだけど、本当は凄く優しいんだ。美羽も引くにひけないだけだと思うよ? それに、俺もみんなも気にしてない。むしろ面白そうなイベントだって楽しんでたくらいだ」

 そう言って、柔らかく微笑む陸。
 実際、他の部員は迷惑というより、美羽と愛莉の対決を楽しみにしている。調理部のマスコット的存在の愛莉と、その飛び抜けた容姿と、人を寄せ付けない孤高の存在な美羽。
 花に例えるなら、タンポポとバラ。どちらが勝つのか、皆興味津々なのだ。

「……陸先輩は、いつも優しいんですね。だから——」

 独り言のように、小さな声音で愛莉が紡ごうとしたその言葉は、グラウンドから聞こえてくる運動部の喧騒にかき消され、陸に届く事はなかった。

 (続く)

彼女と彼の恋人事情【7】 ( No.100 )
日時: 2015/04/28 22:18
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: y68rktPl)

「あの泥棒猫、絶対に泣かしてやるわ」

 陸を待たずに学校を出た美羽は、近所のスーパーに寄っていた。
 陸から発表された対決メニュー『焼き菓子』もちろん、様々な焼き菓子を見た事があるし、食べた事もある。が、美羽がそれを作った事などあるはずもない。
 故に、焼き菓子を作ると言われてもピンとこなかったのだ。
 調理室で、愛莉の自信がありそうな顔を見た瞬間、美羽の心は悔しさでいっぱいになり、その心に残った悔しさを晴らすため練習材料を探しにきていた。

「陸は小麦粉とか言ってたわね……色々な種類があるけど、どれでも良いのかしら?」

 棚に陳列された小麦粉を見ながら美羽は呟く。
 小麦粉と一口に言っても、様々な物があり、大抵、お菓子などで使う小麦粉は薄力粉と呼ばれる物である。強力粉と呼ばれる物は主にパンなどだ。何が違うのかを簡単に説明してしまうと、タンパク質の含有量だ。基本的に粉の中にあるタンパク質が多いものが強力粉と呼ばれ、少ないものを薄力粉と呼ぶ。
 つまり、それぞれ作る物によって適した粉がある訳だが、そんな事は知るはずもない美羽は、持っていたカゴに陳列してある小麦粉を手当たり次第に放り込んでいく。

「これだけあれば、安心ね」

 カゴの中で山盛りに積みあがった小麦粉を見て、美羽は満足そうにそう言う。
 何が安心なのかサッパリわからないが、美羽の中では大量にあるというのは安心に繋がるらしい。それは失敗しても大丈夫という事なのか、それとも途中で作る物が変更になっても買い出しに行かなくて済むという事なのかはわからない。
 しかしそんな笑顔も、数分後に大量の小麦粉の重さによって崩れる羽目になるのだった。


 ***


「た、ただいま……」

 玄関に到着するなり、美羽は荷物を無造作に下ろす。
 大量の小麦粉の重さでビニール袋は破れそうになっていた。

「お帰り……って、美羽、その大量の小麦粉は何なのよ?」

 キッチンから玄関に向けて顔を出した葵が、驚きと呆れが入り混じった声音で美羽に問いかける。

「見ればわかるでしょ? 焼き菓子を作るのよ」

 美羽は、ビニール袋の持ち手がくい込んで赤くなった手の平を摩りながら、そう答えた。

「あんたねぇ……どれだけ作るのか知らないけど、パーティーをやる訳じゃないでしょうに。それに、小麦粉は高いのに無駄遣いして」

「練習のためよ。それに問題ないわ、自腹で出したんだから」

「はぁ、絶対にそんな使わないわよ。……今日の夕飯はお好み焼きにした方がいいかしらね」

 葵は愚痴るようにそう呟いたのだった。


 ***


 葵が美羽から薄力粉を少し借りて、本日の夕食はお好み焼きになった。ちなみに昨日のような事態を回避するため、今日は葵が夕飯を担当。
 そして夕食の時間が過ぎると、美羽はキッチンに立ち、調理を始める。その後、数時間かけて美羽がネットのレシピを見ながら悪戦苦闘して作り上げた物を見た瞬間、味見役の拓斗は苦い表情で美羽に尋ねた。

「……何だよ、コレは?」

「アップルパイよ。リンゴを買うのを忘れてて、中身は何も入っていないけれど」

「……それはもうアップルパイと呼べねーし。しかも、何でいつも色が真っ黒なんだよ? 頼むから、せめて焼き加減くらい見てくれよ」

 拓斗は懇願するように美羽にそう言う。
 どうやら昨日の味見がよっぽど堪えたみたいだ。

「パイはよく焼いた方が美味しいって、ネットにも書いてあったわ」

「いやいや、限度があるから! いくら料理初心者でもわかるだろ!」

「うるさいわよ、つべこべ言わずにサッサと味見しなさい」

 美羽はそう言うと、切り分けたパイを強引に拓斗の口の中へ押し込む。
 すると、咀嚼する間もなく拓斗は苦悶の表情に変わった。まるで毒でも盛られたかのように口を手で押さえたまま、苦しむ。それは強引に口の中へ押し込まれたからではなく、そのなんとも形容し難い独特の味に。美羽の手前、吐き出す事もできない拓斗は、極力味わないよう噛まずに飲み込んだ。

「……こ、こんな事を続けていたら、お、俺は死んでしまう……まだ彼女もできてないのに、姉ちゃんに殺される」

 拓斗は床に寝転がったまま、生命の危機を感じていた。
 そんな拓斗を後目に、美羽の方は実験に失敗した科学者のように冷静に分析を始める。

「やっぱり、リンゴを入れなかったのが原因かしら? それとも——」

「美羽、何で急にお菓子なんて作ってるのよ?」

 その様子を見かねた葵が美羽に問いかける。

「……悔しかったからよ」

 美羽は昨日と今日の出来事を思い出すように、その表情に悔しさを滲ませた。


 ***


「なるほどね、これで美羽が突然料理を始めた理由がわかったわ」

 テーブルを挟み、向かい合うようにして座った美羽と葵。
 美羽がこれまでの顛末てんまつを話すと、葵は合点がいったように頷く。
 ちなみに拓斗は、願ってもないチャンスとばかりに一目散に自室まで退散した。

「ねぇ、お母さん、私にお菓子の作り方を教えてよ。勝負まで一週間もないのに、この状態じゃ勝てないもの」

 美羽のお願いに、葵は少し困ったよう表情を浮かべる。

「うーん、そうしたいのはやまやまなんだけど、お菓子はそこまで得意じゃないのよね……やっぱり、陸くんに教わるのが一番じゃない?」

「……陸に、私が? そんなの無理よ」

「どうして? 彼氏なんでしょ? それに陸くんなら喜んで教えてくれるんじゃないかしら」

「それはそうだけれども、私にもプライ——」

 美羽はそこまで言いかけて、言葉を呑み込む。
 このままひとりで練習を続けるより、陸に教えてもらえれば効率的ではないかと美羽は思い始めていた。それに、愛莉に負けてしまう事を思えば、陸にお願いした方が数倍良い、とも。
 この日、美羽は胸の中で陸に料理を教えてほしいと、お願いする事を決意するのだった。

 (続く)

彼女と彼の恋人事情【8】 ( No.101 )
日時: 2015/04/30 22:04
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: wGslLelu)

「美羽、それは無理だよ」

 翌日の放課後、美羽は陸の部活が終わるのを待って、一緒に帰る事に。
 夕闇の中、並んで歩きながら美羽は、昨日の夜決意した通り、陸に「料理を教えてほしい」と頼んだのだが、陸は迷いもせずにそう即答した。

「なっ——ど、どうしてよ? もしかして、あの泥棒猫の肩を持つの?」

「違うよ。それと、愛莉ちゃんね。2人の勝負の日は俺と3年の先輩、それに1年の子で審判役をやる事になったんだ。だから、美羽の手助けはできない。不公平になるからね」

 陸のハッキリした拒否の姿勢に美羽の心は焦り始める。
 自らが想像、予想していた言葉とは真逆の返事が返ってきて、完全に美羽の頭の中は真っ白になっていた。だが、当然と言えば当然かもしれない。陸は美羽が全く料理ができないなど思っていないのだから。

「……美羽? 大丈夫? とにかく、そういう訳だから正々堂々勝負して。それに、きっと美羽なら俺に教わらなくても平気だと思うからさ」

「…………」


 ***


「あの、美羽? ここ俺の家なんだけど?」

「……知っているわ」

 美羽は自宅に帰らず、放心状態のまま陸の家までついて来ていた。
 陸は途中で何度も「帰らないの?」と問いかけていたのだが、美羽は「そうね」と頷くだけで、頭に入っていない状態、そして現在に至る。

「うーん……上がってく?」

 陸が困ったように笑いながらそう言うと、美羽は表情を変えないまま頷いた。


 ***


 全体が落ち着いた色合いで纏められた陸の部屋は無駄な物がない。陸の性格的なものなのか、整頓された部屋は年頃の男子とは思えないほどで、生活必需品を除くと、机の上にノートPC、辞書が数冊、本棚には料理関係の本がズラリと並んでいるくらいだ。
 美羽は勝手したたるなんとやらで、ソファーに深く腰を掛けると、大きな溜め息をつく。

「どうしたの、美羽? 帰る途中から元気がなかったみたいだけど」

 心配した陸がそう言うと、美羽は覇気のない瞳で陸を見つめ返した。

「……別に、何でもないわ」

「そう? とりあえず、お茶でも淹れるよ。少し待ってて」

 そう言って陸が部屋から出ていくと、美羽はソファーから立ち上がり、陸のベットにダイブする。そして枕に顔を埋めたまま、電池が切れたかのように停止。

「陸のバカ陸のバカ陸のバカ陸のバカ陸のバカ」

 かと思えば、念仏を唱えるように抑揚のない声音で呟き続ける。
 どうやら、陸に断られた事が相当にショックだったらしく、美羽は自分でもよくわからない奇行に走っていた。

「……この枕、陸の匂いがするわ」

 美羽は枕に顔を押し付けたまま呟く。そして顔から身体の方へと枕を移動させ、抱き締めた。

「ふぅ、なんだか陸に抱き締められているみたいで落ち着く…………少し、癖になりそう」

 頬を赤らめ、うっとりとした表情の美羽のその様子は、傍から見ると変態のようだが、これは代償行動というものなのだろう。陸に教えてもらえるはずだったのに、それが叶わなかった。
 その代わりとして、陸の枕を抱き締めて心を満たしているという事だ。

「お待たせ、アップルティーでも大丈夫かな————って、美羽、何してるの?」

「こ、これは、違うの! ちょっと疲れが溜まっていて、それでその」

 扉を開けて入ってきた陸は美羽の姿を見て、少し驚いたように美羽に問いかけた。
 いつもは冷静な美羽も、さすがにマズイと思ったのか、わたわたと両手を振りながら必死に弁解しようとする。

「あぁ、そういう事だったのか。大丈夫? 疲れているなら、好きにベットを使ってくれて構わないよ」

 陸は納得がいったように優しく微笑む。
 その微笑みを見た瞬間、美羽の心臓が大きく跳ねた。美羽は勝手な嫉妬と、悔しさで意地を張り、さらに嘘までついたと言うのに、陸は純粋に心配してくれる。その事が美羽は嬉しかった。ベットから立ち上がると、その笑顔に吸い込まれるように美羽は陸の胸へと飛び込んだ。

「おっとと、どうしたの美羽? 何かあった?」

 急に飛び込んできた美羽を、陸はティーカップを乗せたトレー片手に器用に抱き留める。

「……ごめん、陸。嘘なのよ、私が料理できるなんて。本当は、全然できないわ……家で練習もしたけど、結果は散々」

 自嘲気味の美羽のその言葉に、陸は黙って耳を傾ける。
 付き合ってから美羽が陸にこんな風に、素直にお願いしてきたのは初めての事だった。

「今更になって、あんな約束してしまった事を後悔しているわ。でも負けたくないの……だから、お願い、陸。私に料理を教えて——」

「……そっか、正直に話してくれてありがと。……確かに、それじゃハンデがあり過ぎたね。うん、俺で良ければ美羽に教えるよ」

 美羽の想いが通じたのか、そう言って陸は美羽の頭を優しく撫でる。
 しばらくの間、陸と美羽はそれ以上言葉を交わさず、2人の間には静かな時間が流れていった。

 (続く)

彼女と彼の恋人事情【9】 ( No.102 )
日時: 2015/05/01 20:28
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: MHTXF2/b)

 休日、美羽は料理を教えてもらうため、まだ陽が昇ってから間もない時間に陸の家に来ていた。
 美羽は前回と同じくソファーに腰を掛け、陸が淹れた紅茶を啜る。カップから果実の甘い匂いがふわりと香り、その光景は美羽の容姿も相まって、さながら映画のワンシーンのようだ。

「それで美羽、作る物なんだけど——」

 そう言いながら、陸は本棚から一冊だけ本を取り出す。
 その本には様々なお菓子のレシピが載っている、いわゆる料理本というものだ。

「工程がなるべく複雑じゃなくて、アレンジもできる物が良いと思うんだ」

 陸は美羽に見せるように本を開きながら、パラパラとページを捲っていく。その音と連動するように開け放した窓から春風が入り、カーテンをバタバタと揺らしていた。やがてページを捲る陸の手が止まる。

「だからこの、パウンドケーキが良いと思う」

「パウンドケーキ?」

 美羽はそう言って、少し首を傾げた。

「うん、イギリスの代表的なお菓子で、パウンドの由来はポンド、基本的に使う材料が1ポンドずつ、からきているんだ。今は少しずつ変わってきているみたいだけどね」

「へぇ、陸ってば物知りなのね」

「ははは、これでも部長だから。で、このプレーンのパウンドをベースに、美羽の入れたい果物なんかを入れれば、アレンジもできて良いんじゃないかな」

 陸の提案に美羽は感心したように頷く。
 実際、陸が言うように、パウンドケーキはシンプルな調理工程故にバリエーションも多く、紅茶、アップル、バナナ、カボチャ、レーズンなど、様々なアレンジが可能だ。
 そのしっとりとした食感には紅茶が良く合う。一つだけ欠点を言うとすれば、カロリーだろうか。バターや砂糖を大量に使うため、どうしてもカロリーが高くなってしまうのだ。

「そうね、陸がそう言うなら、さっそく挑戦してみるわ」

 美羽は空のカップをテーブルに置くと、陸とともにキッチンへと向かった。


 ***


 陸の家のキッチンは、美羽の家に比べてかなり広い。
 対面式のキッチンに、広く設計されたシンク、備え付けで火力が強いガスオーブンに、家庭用だが高機能のオーブンレンジ、整った環境である事は間違いないのだが、美羽にとって、多機能過ぎる物は猫に小判だ。
 さておき、美羽はカボチャのパウンドに挑戦すると言って、陸の家に丸々一個しかなかったカボチャを切る事になったのだが——

「か、硬いわね。こんなに力を入れているのに……」

 カボチャを半分にしようとするが中々切れない。
 美羽は焦れてきたのか、包丁を一度離し、自らの頭上に大きく掲げる。そして勢いをつけたまま、一気に振り下ろした。

「——あいたっ!」

 硬いカボチャを真っ二つにしたのはいいが、勢い余ってまな板まで貫通。
 そしてその衝撃で、乾いた音を立てながら木のまな板の欠片がクルクルと宙を舞い、陸の額にヒットした。なお、大変危険なので、絶対に美羽の真似をしてはいけない。

「あっ、ごめんなさい! 陸、怪我はない?」

「あはは……大丈夫、でも美羽、危ないから包丁をそんな使い方したらダメだよ」

 陸は額をさすりながらそう言う。
 まるでファンタジー世界のモンスターを倒すかのような、美羽の見事な一撃。RPG風に言うのなら、会心の一撃というやつだろう。だが、ここにはモンスターなど居ない。
 あるのは、物言わぬカボチャだけ。その後、何回かチャレンジした結果、美羽に刃物を持たすのは危険という事になり、硬いカボチャではなく、刃物を使わない紅茶のパウンドに変更する事になったのだった。


 ***


 2人が共同で調理する事、約1時間。
 基本的なお菓子作りの基礎から、ワンポイントテクニックまで、陸は熱心に教えていた。

「紅茶の茶葉は、よくすり潰しておく事。これを丁寧にやる事で、出来上がった時の食感と風味が良くなるから」

「わかったわ」

 小さなすり鉢に紅茶の茶葉を入れて、美羽はそれを細かくすり潰していく。
 最初は不慣れな手つきをしていた美羽だが、陸の指導のおかげか、始めた時に比べ見違えるほどに動きが良くなっていた。

「じゃあ、それをさっき作った生地に混ぜて、型に流し込んだら、あとは焼くだけだ」

「長い道のりだったわね」

 美羽は茶葉と生地を混ぜ、クッキングシートを引いた型に生地を流し込むと、その場で型を持ち、上から下にトントンと軽く落とす。こうしておく事で中に空気が溜まるのを防ぎ、焼き上がった時に空洞ができないようにするのだ。
 それが終わると、美羽は予め余熱をしておいたオーブンに型を入れて、温度を設定した後、タイマーを動かし焼き始めた。

「うん、後は様子を見ながら待機だね。俺はその間に洗い物をやっちゃおうかな」

「いいわ、私が洗い物するから」

 陸が洗い物をしようとするのを制して、美羽はそう言った。

「そう? あぁ、ちょっと待って美羽、手が粉だらけだ。それじゃ袖を捲れないね」

「——えっ?」

 陸は美羽の背後に回り、後ろから抱き締めるような形で美羽の袖を捲る。
 必然的にゼロ距離での陸の体温と、美羽の首筋に陸の吐息がくすぐる様にかかり、そのくすぐったさに美羽は悶える。

「暴れちゃダメだよ美羽、もう少しで終わるから」

「……ち、ちょっと……近い、近いわよ……それに、そ、そんな耳元で囁かれたら……」

「ほら、じっとしてて。上手くできないから」

「……陸……本当に、ダメだって…………私……うぅ……」

「はい、終わったよ。って、美羽? どうしたの?」

 陸が身体を離すと、美羽はガックリと膝から崩れ落ちた。
 そして荒くなった呼吸を整えながら、陸を恨めしそうに見つめる。この日、陸の天然という破壊力に美羽は恐怖したのだった。


 ***


「うん、美味しい! よく出来てるよ!」

「そ、そう? ま、まぁ、私に掛かればこれくらい、たいした事ではないわね」

 陸の素直な感想に、美羽は照れ隠しにそんな事を言う。しかし赤らんだ頬までは隠せないようだ。ちなみに、パウンドケーキは通常、焼きたてではなく少し冷やしてから食べるものである。

「これなら、対決の日も大丈夫だよ。断言できる」

「……り、陸……き、今日は、本当にその……あ、ありがとう」

 少し俯きながら恥ずかしそうにそう言う美羽の言葉に、陸は一瞬驚いたように目を丸くするが、すぐに柔らかく微笑んだ。

「ふふっ、どういたしまして、美羽」

 始めた時は高かった太陽もいつの間にか傾いており、空全体をオレンジ色に染め上げていた。

 (続く)

彼女と彼の恋人事情【完 前編】 ( No.103 )
日時: 2015/05/03 14:23
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: Ft4.l7ID)

 その日の調理室は空気が張り詰めていた。
 ついに迎えた美羽と愛莉の対決当日、どこから聞き付けたのか調理部以外のギャラリーもかなり集まっていて、部室の入口や窓には生徒達で人の山ができている。

「部長〜、あの人達放っておいて良いんですか? なんだか凄い視線を感じて嫌なんですけど」

「うーん、仕方ないね。勝手に部室に入ってくる訳じゃないし、外からの見学ならこっちとしては何も言えないかな」

 問いかけられた1年生の部員に、陸は苦笑しながらそう返す。
 一方、愛莉は親友の梓が今日の審判役になったという事で、梓と話していた。

「まさか、部員じゃない梓ちゃんが審判役だなんて思ってもみなかったよ」

「驚いたでしょ〜。何を隠そう、私が草壁先輩に無理言ってお願いしたのです、ぶい」

 そう言って、梓は得意気にピースサインを作る。
 少し緊張して表情が強張っていた愛莉も、梓の笑顔を見て頬が緩む。

「わざわざありがとね、梓ちゃん」

「えっへへ、どういたしまして! そんな事より愛ちゃん、桐谷先輩に勝って、草壁先輩とデートしよう!」

「えぇっ、それは無理じゃないかな? ……陸先輩、彼女いるし……しかも、その、桐谷先輩だし」

「あぁ、やっぱりそうだったんだ。でも大丈夫! そこは私にお任せだよ! それにね愛ちゃん、恋は戦争なのだよ」

 梓のドヤ顔をしながらの決め台詞に、愛莉は一抹の不安を覚えつつ、曖昧な相槌を打つ。

「あはは……よくわからないけど、無茶はしないでね。——ごめん、私ちょっと飲み物買ってくる」


 ***


 徐々に盛り上がる中で、本日の主役である美羽は、部室の隅でひとり所在なさげに佇んでいた。調理部の中で美羽の知り合いは陸だけ、しかしその陸は忙しいため、話す相手も居ない。
 陸に教えてもらった日から、自らもしっかりと練習をしてきた美羽だが、当日になって、不安が胸の中を支配する。

「……私らしくないわね」

 美羽はそう静かに呟きながら、胸の中の不安を取り除くように深呼吸をした。


 ***


 同時刻、桐谷拓斗は姉である美羽が通う学園の校門の前で迷っていた。
 美羽が陸の家に行ってからというもの、拓斗が味見するお菓子は日に日に美味しくなっていって、一体どんな手品を使ったのだろうと疑問に思いながらも、姉の料理に真剣に打ち込む姿を見て、今日の対決を弟として気になり、気が付けば自然と足がここに向かっていた。

「……やっぱ、中に入るのは抵抗あるよな。つーか俺、別に姉ちゃんが心配で見に来たわけじゃねーし」

 誰にも聞かれていないのに、セルフツンデレを披露する拓斗。
 校門前でひとり言をブツブツと呟く中学生は、先ほどから出てくる生徒達に奇異の視線で見られている。

「……あっ」

 遅れながらも、その視線に気付いた拓斗は意を決して門を潜った。
 勢いに任せてズンズンと進む。と、そこまでは良かったが、初めて来た校舎のためか、拓斗はすぐに迷ってしまった。

「調理室ってどこだよ? それより俺目立つな……」

 学年が違い、制服も違う拓斗はここの校舎では目立ってしまう。
 拓斗は自分が場違いな所に居る気分になって焦り始めていた。その前に部外者が許可なく勝手に他校に入ってはいけないのだが、今の拓斗はそんな事を考える余裕はない。

「あれ? 君、どうしたの?」

「うわぁぁ! すいません! 俺、姉に会いに来たんです。本当にそれだけなんです」

 唐突に背後から掛けられた声に、拓斗は目を瞑りながら振り向きざまに謝った。

「だ、大丈夫? 落ち着いて。お姉さんはどこに居るかわかるのかな?」

 その優しげな声音に拓斗がゆっくりと目を開けると、そこに居たのは飲み物を買いにきていた愛莉だった。愛莉を見た瞬間、拓斗の身体中に強い電流が流れたような感覚が駆け巡った。

「……は、はひぃ、ち、調理室に居ると……思うんです」

 声が裏返って途切れ途切れになりながらも、頑張って絞り出した言葉。
 その言葉を聞いた愛莉は、拓斗に優しく微笑んだ。多分、愛莉にとっては自然な笑みを浮かべただけなのだが、拓斗はその笑顔に一瞬で心を奪われた。

「そっか、そこならちょうど私も行くとこだから一緒に行こうか」

「……は、はい! ど、どこまでもついて行きます!」

 それは、純情な少年の恋心が今ここに芽生えた瞬間だった。


 ***


 愛莉が拓斗を連れて戻ってくると、陸は軽く咳払いをしてから、美羽と愛莉に向かって話し始めた。
 拓斗は愛莉にお礼を言うと、名残惜しそうにしながらも離れ、美羽に見つからないようにギャラリーに紛れて様子を窺う。どうやらこっそり見守るつもりらしい。

「よし、じゃあそろそろ始めるよ。部活時間の都合上、制限時間は1時間半。片付けなんかもあるからね。俺を含んだ審査員3人の票数が多かった人が勝ち……それから、勝負ではあるんだけど、勝ち負けは関係なく、楽しくやろう」

 陸の言葉に、美羽も愛莉も表情が引き締まる。
 そしてついに、2人の対決がスタートした。

 (続く)

彼女と彼の恋人事情【完 後編】 ( No.104 )
日時: 2015/09/22 22:48
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: /48JlrDe)

 フライパンの上で薄い生地を何枚も焼く愛莉。
 焼き上がった生地はバットに移し、それが終わるとまた生地を焼き始める。

「草壁先輩、愛ちゃんは何をやっているんですか?」

 少し離れた審査員席と書かれた場所で、梓が陸に問いかける。

「あれは、見た感じクレープ生地だね。何枚も焼いているから愛莉ちゃんが作ろうとしているのはミルクレープかな」

 ミルクレープは薄いクレープ生地を何層にもして、その間に生クリームや果物を挟んだケーキだ。これもアレンジでジャムなどを使っても美味である。

「ほへぇ〜、愛ちゃん凄い」

「うん、時間を考えて、オーブンを使わないという選択も良いね。さすが愛莉ちゃんだ」

 一方の美羽は、練習したパウンドケーキの生地を着々と作っていく。
 美羽の方はオーブンを使うので、時間制限のあるこの対決では、それまでの工程をどれだけ短縮できるかにかかっている。

「部長、桐谷さんは何を作っているの?」

 今度は、審査員のひとりである3年の部員が陸に問いかける。

「美羽は、パウンドケーキです」

「へぇ、材料を見ると、紅茶のパウンドかしら? 桐谷さんもやるわね」

 そう言って、感心したように頷く。
 陸はその反応を見ながら、少し微笑んだ。少し前まで、まったく料理のできなかった美羽。その美羽が今は部員達にも褒められるくらいになっている。その事が陸は嬉しかった。
 そうこうしている間に2人の作業は佳境に入っていく。

「うんっ、後は冷蔵庫で冷やせば完成」

 そう言って、一足先に全行程を終えた愛莉は一息つく。
 美羽の方も後は焼くだけになっていたが、そこで誰もが想像していなかった事が起きた。

「きゃあっ!」

 型を持ってオーブンに向かう途中、躓いて持っていた型が斜めになり、床に生地を全て零してしまった。

「……あっ……あぁ、生地が……」

 無残にも床に広がった生地を見て、美羽は言葉を失う。
 それを見ていたギャラリー達も次第にざわつき始めた。既に制限時間の半分は過ぎてしまっている。今から作り直しても、間に合わない可能性が高いのだ。

「……せっかく、せっかくここまで頑張ってきたのに……」

 しゃがみ込んで俯く美羽の瞳に、うっすらと涙が滲む。
 その様子を見ていた陸が美羽の元へ駆け寄ろうとした時、ギャラリーの中から大きな声が飛んできた。

「諦めんな! せっかく、あんだけ頑張ってたんだから、最後まで諦めんな!」

 どこか聞き覚えのある声音に驚く美羽だったが、その声の主は言いたい事を言うと、駆け出していってしまった。その証拠にリノリウムの床を蹴る音だけが聞こえてくる。

「……美羽、最後まで頑張ってほしい。大丈夫、美羽ならできる。それに、俺もついているから」

「……陸」

 先程の声の主に遅れながら、美羽の元に駆け寄った陸は美羽の背中を優しくさすりながらそう言う。その言葉に反応するかのように美羽は立ち上がると、再び同じ作業をやり直すのだった。


 ***


「結果を発表するね。美羽、1票。愛莉ちゃん、2票。この対決は愛莉ちゃんの勝ちだ」

 陸は結果発表しながら2人に拍手を送る。美羽の最後の作り直しがパウンドケーキを冷やす時間を無くし、結局それが差をつける形となってしまった。
 実際にあそこで美羽が零すことなく、ちゃんと冷やせていれば結果はどうなったかわからなかっただろう。

「……負けたわ、それと、これまであなたに色々失礼な事を言ってしまって、ごめんなさい」

「い、いえ、その今回は棚からぼた餅と言いますか、桐谷先輩が作り直ししなかったら、わかりませんでしたから。それに、私の方こそ先輩に色々失礼をしてしまって……」

 美羽は負けたというのに、清々しい気持ちで愛莉に話しかけていた。
 愛莉は愛莉で美羽にそんな事を言われると思っていなかったのか、恐縮してしまう。
 そんな2人の様子を微笑ましく見守っていた陸に、梓が何か含んだような笑みを浮かべながら話しかける。

「草壁先輩、約束忘れてませんよね? 愛ちゃんが勝ったら——」

「それはもちろん覚えているけど……愛莉ちゃんは本当にそれで良いって言ってたの?」

「それはもちろん! ちゃ〜んと、確認も取ってますから」

「そう? なら良いんだけど」

 何やら不穏な事を言い出した梓だったが、ひとまずこれで美羽と愛莉の対決は無事終了したのだった。


 ***


「陸、ほら、ちゃんと食べてくれないと困るわ」

「美羽、ひとりで食べられるって……それに、毎日パウンドばっかりじゃさすがに」

 美羽と愛莉の対決から数日が経ったある日の休日。
 陸の家へと来ていた美羽は、部屋で陸を座椅子代わりに、自らが作ってきたパウンドケーキを陸に食べさせる。ほぼ毎日作ってくるパウンドケーキに、さすがの陸も困惑した表情を浮かべていた。と言うのも、前回大量に買った小麦粉が余っているという理由もあるらしい。

「あら? 彼女が作ったお菓子を食べられないと言うの?」

「そういう訳ではなくて……」

 そんな傍から見たら幸せな2人の押し問答に、割り込むかのようにインターホンが部屋に鳴り響いた。

「あれ? 誰か来たみたいだ。ちょっと見て来るよ」

 陸はそう言って、部屋から出ると玄関に向かう。

「はいはい、今開けますよ」

 陸が玄関の扉のロックを外すと、そこに居たのは見慣れた少女、瀬川愛莉だった。

「こ、こんにちは、あの、今日は1日よろしくお願いします!」

 愛莉はそう言って勢いよく腰を折り、頭を下げる。
 陸は一瞬、何の事だと考えた後、すぐに思い出した。

「そうだ、今日だったよね」

 数日前、梓に頼まれた愛莉の願い事。
 勝利者への賞品が陸なのだが、具体的な事は決めていなかった。梓は愛莉の代理という事で愛莉のお願い(梓が勝手に考えた)を陸に頼んだのだが、その内容が——

「はい、陸せん——ううん、お兄ちゃん」

「……ねぇ、愛莉ちゃん、本当にこんなんで良かったの?」

 そう、期間限定で陸の妹になるという事。
 今日はその初日だったのだが、美羽が朝から押しかけてきたせいか、陸はその事を失念していた。

「うぅ……やっぱり少し恥ずかしいです……」

 陸に問いかけられた愛莉は顔を真っ赤にして俯いてしまう。
 実際には、梓のゴリ押しで決められたので、愛莉本人が強く望んだ訳ではない。
 梓曰く『恋人になれないなら、妹になるしかないでしょ』と愛莉に言ったそうだが、果たしてこれは何の意味があったのか疑問だ。

「……ふーん、お兄ちゃん、ね」

「……美羽?」

 陸に背後から掛けられた声音は、辺りが凍り付くのではないかと心配させるほどの冷気を帯びていた。

「えぇ、別に怒ったりしないわ。陸がロリコンでシスコン願望がある変態だとしても、私は全然怒ったりしないわ」

「いや、既に怒ってるから。というか、事実を曲解して俺を変態認定するのはやめてほしい」

「あの、何で桐谷先輩に、お、お兄ちゃん……は怒られてるんですか?」

「愛莉ちゃんも火に油を注がないでもらえるかな! しかも恥ずかしいなら言わないで」

「りぃぃくぅぅ!」

「ちょっと待った美羽、落ち着いて!」

 そんな休日の賑やかな時間が流れていく。今回の件で、陸と美羽の関係は少しだけ前進した。それは、ほんの少しの歩み寄り、長い階段の一歩目を踏み出しただけなのかもしれない。
 その後、美羽は調理部に入って陸とともに部を盛り上げる事になり、愛莉に一目惚れした拓斗も、美羽が通う学園に受験する事になるのだが、それはまた別の話である。
 さておき、陸の嫌疑はしばらく晴れそうにないのだった。

 〜END〜