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Re: 雨降り、えちゅーど。【吹奏楽部】 ( No.12 )
日時: 2014/08/18 16:28
名前: 夕衣 ◆Q9Ii4rWFeg (ID: VI3Pf7.x)

私は、オーディションを行うということよりも21日だということに反応した。
ああ、 汐乃がかわいそう……

「……えっ!?」
「ほんとですか!?」

真緒先輩と帆佳ちゃんも驚いた様子だ。
なにそれ、聞いてないって。

「うん。試験範囲は自由曲のどこかで、当日の朝発表されるんだって」
「まーじでー……」

詳しく聞くと、1年生は課題曲をやるらしい。先生の意地悪。

自由曲には低音パートにも高音の旋律があったり、テンポ128、8分の6拍子で八分音符があったり木低しか伴奏がいないところだってある。
課題曲のマーチのほうが絶対よかった。

「……なんで自由曲なんですか…」
「まんべんなく練習しておいてね、できないとこは特に」
「…はい」

私はしぶしぶ頷いた。




***




その日から毎日、私は朝練のときに猛練習した。出るところはほとんど予測がついていたからだ。
でも、ぶっちゃけオーディションなんて私の中では二の次だった。
それよりも大切なことがあった。


オーディションの1週間前、その日の午前中の合奏が終わると、先生は言った。

「最後に、上条さんからお話があるそうです」

私はその内容を昨年の3月から知っていた。聞いたとき、頭がフリーズしてしばらくなんにも考えられなかったのをよく覚えている。

汐乃が、前に出た。



「突然ですが、今月の、21日に、茨城県に、引っ越すことになりました」

次の瞬間、周りが少しだけ動揺した。隣と顔を見合わせている人もいる。
汐乃も緊張しているのか、一語一語区切って話していた。

「だから、コンクールは、一緒に出られませんが、県大会に出場できるように、心から、祈っています」

汐乃の言葉一つ一つに思わず涙が出そうになった。そのとき真緒先輩が悲しそうな顔をしてこっちを見たから、慌てて笑って返しておいた。

「短い間ですが、これからもよろしくお願いします」

ぱちぱちぱち。
1音は、しんみりしたムードに一瞬だけ包まれたがすぐにお昼モードへと切り替えられ、みんなが教室を出て行っていった。




「そっかぁ、もうあと1週間か……」

そう。バスパートの2、3年は事情を知っていた。まだ1年生が動揺を隠しきれない様子だった。

「ほんとは、単身赴任でも良かったんですけど……」
「え、じゃあ何で!?」
「いろいろめんどくさいから」

めんどくさい。それだけの理由で引っ越してしまう上条家はある意味すごいと思った。

「ウチだって、ほんとは雨莉と離れたくなかったよ。もちろん、先輩とかクラスのみんなとも」

今にも崩れそうな柔らかい笑顔を浮かべ、 汐乃は言った。私はうっすら浮かんだ涙を隠すようにして 汐乃から顔を背ける。最後くらい、笑ってなくちゃ。
そのほうが汐乃だって嬉しいに決まってる。

そのとき、ガラガラっと教室のスライドドアが開いた。そこにはトランペット担当の依織、愛称『いーちゃん』が顔を覗かせていた。

「汐乃、引っ越すってほんと!?」
「うん…黙っててごめんね」
「や、そんな謝ることじゃないけど……びっくりした」

汐乃はそのままいーちゃんとのおしゃべりに教室を出ていってしまった。



「…………よし」

汐乃の姿が見えなくなったのを確認した湖鈴先輩は、汐乃について話を始めた。

「明日、みんなで『さざなみランド』行くじゃん。そのときに、なんか汐乃ちゃんにサプライズしない?」

『さざなみランド』とは、近くにあるテーマパークのことだ。私自身も行ったことがないので、とっても楽しみにしている。
もちろんそれは、男子の先輩含めパート全員で行くことになっている。だけどチューバの海道先輩は、用事があって来れないらしい。

「いーね! やろーよ!」
「楽しそうじゃん!」

真っ先に賛成したのはユーフォニアムの奈都子先輩だ。金管低音のパートリーダーであり、副部長も務めている。

だけど、あの汐乃にサプライズなんてしたところで気づくか分からない。何せあの子ちょー天然だから。

結局全員が賛成し、作戦も立てられた。
明日、どうなるのかなぁ……