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女の子が行った後、ただボーッとしていた僕はふと我に帰る。

……ボーッとしている場合ではない。

部屋に帰ってきてきていつの間にか寝ていた為、夕飯も食べていない。
起きてからはあの女の子の相手をしていたし。
とりあえずコンビニで買ってきた、おにぎりの袋を開ける。
そのおにぎりにかぶりつくと、なんとなく母さんのおにぎりの味を思い出した。

あの楽しかった頃の、頭に執拗にまとわりつく残像がまた、僕の頭をよぎる。
目を閉じると、あの子が無邪気に笑っている姿が浮かんだ。
目を開けると……勿論誰もいない。

兄さんも、父さんも、母さんも、あの子もいない。

ま、当たり前だが。
居たとしても、面倒臭いだけだ。
そう、面倒臭い。

ーー中でも、生身の会話というのは本当に、本当に面倒臭いものだ。

不意に、カバンの中でメールの着信音がした。
ヨロヨロと立ち上がり、僕はカバンの中から携帯を取り出した。

メールは友達からだ。
僕は起動させた携帯の液晶画面を眺め、溜め息をつく。
『聞きたいんだけど』という絵文字の一つもない題名のメールを開いた。

『お前、飯沼のことフったんだって？』

内容はさらに素っ気なかった。
一瞬なんの事か分からなかったが少し考え、思い当たる用件を思い出した。
「飯沼」とは、今日御園さんに渡された、ラブレターの主の事だ。

確か、内容は……
『放課後、図書室に来て』ーー。

「あ……」と微かに声が漏れる。
放課後といえば、御園さんと教室掃除の刑をこなしていた。

『うん、フっちゃった……
　ま、僕ちゃんモテるけど(笑)、女の子と付き合ったことないじゃん？(`・∀・)/』

友達の素っ気ないメールに、ふざけ半分の返信をする。

その時、あぁ、飯沼さんは待っていたのかな……悪いことしたな……と、思った。
掃除の終わった後で良いから、僕の「ノリのいい良いヤツ」という名の為にも行けば良かった。
今日の僕は「ノリのいい良いヤツ」どころか「国語で珍回答をした上に、女の子の事をずっと待たせたバカ野郎」だ。

じっと力なく液晶画面を見つめ続けると、わりと早く返信がきた。

『飯沼が言ってたんだが、教室でお前、かのんと楽しそうにしてたんだってな』

画面に出た「かのん」という単語に、あぁ、メールの主のこいつは御園さんの幼馴染みだったかなーーと、
関係無い事を一瞬考えるが、その一拍後、メールの内容に目を見張った。

『かのんと楽しそうにしてたんだってな』。

御園さんと楽しそうにしてた、か。
……多分、これは掃除中の事だ。

僕が来ないことに腹を立てたーー、もしくは悲しんだ飯沼さんは、帰る途中に見てしまった。
呼び出したあいつは、教室で他のクラスメイト……しかも、自分のラブレターを預ける程の仲の女子と楽しそうにしている姿を。
飯沼さんは深く傷付きーー。

「サイアクだ……」

ここまで仮説を並べ上げ、僕は一人部屋で頭を抱えた。
僕の印象、これからどうなるんだ。
下手したら、この「良いヤツ」とはかけ離れた本性がばれてしまう。

『ええと……れーたんはどうしてこの事を知ってるのかな……？(汗)』

僕は勝手にメールの主をアダ名で呼び、さっきよりもテンション低めの返信をした。

『いや、さっき部活やら委員会やらのヤツらが帰ってる時にな、その事を大声で喚きながら飯沼と松尾がポスターを貼っていたんだ。
　「泉 宅被害者の会」結成だとよ。
　
　あ、あとれーたんって、何だ。 俺の名前はれーたんなんかじゃないぞ』

メールの主ーー、御園さんの幼馴染みの鈴音 玲は律儀にアダ名の事もツッコミつつ、質問に答えてくれた。

ーーしかし、なんだ。
「泉 宅被害者の会」って。
そして、今まで出て来なかった名前が出てきた。

「松尾」こと松尾 恵だ。
この松尾さんもクラスメイトの一人。
他人の情報には疎い僕でも、彼女のことは胸に深く刻まれている。
そりゃあ、新学期の朝早々「カバン忘れたぁ……」と嘆いていれば、流石に「変なヤツとしてインプットされるだろう。
（実際、カバンを忘れた罪で廊下に立たされていたしな……）

学校が本格的に始まると、彼女はさらに目立つ、目立つ。
積極的で、ネバーギブアップの精神を持ち、いつも煩い。
まぁ、とにかく関わると厄介な人だ。

その人が、言いふらしたか……
……確か、飯沼さんも大人しいのとはかけはなれた性格をしていた様な。
じゃあ、僕の不名誉な「女の子をフった話」は学年中にでも広まってしまったのだろうか。

『れーたん、報告感謝。
　僕、どうなるんだろうね(笑)
　拷問磔（はりつけ）とかされるのかなー』

実際(笑)なんて思っていないが、とりあえずメールをハイテンションに返信する。
クソ……っ、なんだよ、「泉 宅被害者の会」って……

まぁ、今日はもう寝るとしよう。