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Re: その身体に、甘い牙痕をつけて。 ( No.5 )
日時: 2014/09/26 19:14
名前: 覇蘢 (ID: caz/iih5)



すべてが、私に絶望させる。

自分が犯した罪と、悲しみに歪んだ彼の姿……
幾度となく思い出しては
やはり『死』こそが唯一の幸福だろうと思う。

けれど、そのたびに彼の手が
私を現実に留まらせる。
呆れているだろう、でも決して私の手を離さなかった。

そうやって、何度でも彼の手に縋って
私は、今日も生きているーー



なつめ……」

朝の日差しに目を覚まし、
無意識に彼の名前を呼んだ。

いつもなら「どうした」と返事があるのに
今日は時計の音が響くだけだった。

「棗……?どこ?」



あわてて身を起こす。
そこは見慣れた場所ーー彼の家なのに
ただ、彼だけがいなくなっていた。

胸の内がざわめいて、苦しくなる。
まるで母とはぐれた子供のようだと、
心の片隅で自分を嘲笑った。

ともかく、家の中を探す。
広くもないこの家の中に、彼の姿はない。



「外……?まだ安静にしていなきゃいけないのに」

病弱な彼では、それほど長い間
外の空気を吸うのは自殺行為だ。
それなのに、どこへ……?

彼の姿を探して、私も外へ飛び出す。
早朝の住宅通りは深い霧がかかっていて、
おぼろげな視界の中で彼を探し求めた。



「棗!棗……!」

しばらく周囲をまわっていると、
ふと、家の扉が開閉される音がした。
ーー彼が戻ったのだろうか?

私も急ぎ家に戻る。中に入ると……
探していたなつめの背中が見えた。



彼はトントンと軽やかに包丁の音を響かせて
朝食の支度をしている。

いつもの朝と同じ光景。
私には過ぎるほどの、幸せな日常。

何も失っていないことを確認するように、
その背中を、後ろからそっと抱きしめた。

「ん……どうした、小雪こゆき

「おはよう、棗」

「……ん。はよ」

彼の背中に頬をよせ、そのぬくもりに
やっと安堵の息をつく。
私も幼稚になったなと苦笑いした。

「こんな朝から、どこに行ってたの?」

「えっ、それは……えっと……」



「言えないほど後ろめたい用件なの?」

「…………」

無言は肯定だろうか。
抱きしめていた腕を解き、少し身体を離す。
それでも彼は、こちらを振り向かなかった。

そんな姿に、黒い感情が押し寄せる。



「何、隠してるの?」

「…………」

「私に言えないようなことしてるの?」

「小雪……それは……」

「棗に隠し事されると……つらいよ」



死にたくなるーー
そう付け加えれば、彼はきっと
どんなことでも話すだろう。

逆らえない脅迫の言葉に、私の望むものを与え
この胸を満たしてくれるはずだ。
……だからこそ、今はそれを使いたくない。

「どうしても、教えてくれないの」



彼の意志で話して欲しい。
そう思って、もう一度だけ確認する。

「話せないことではないけど……」

ためらいがちな口調に、不安が煽られる。
もしや、私との生活に不満があるのだろうか。

愛想をつかされる理由ならたくさんある。
私ではない方が彼を幸せにできるということも
重々承知している。



だが、実際に拒絶されたら
私は果たして……正気を保てるのか?

ーートン

彼は包丁を脇に置いた
未だにこちらを向かずに、しばし黙る。
固唾を呑んで見守っていると……

「……コレ」



「えっ……」

何か包みのようなものを渡される。
彼を見つめたまま、困惑する。



「病弱な俺のこと、いつも支えてくれて感謝してる。ありがとうございます……」

「……ええと、棗?」

「お前はいつも『死にたい』言うけど、死なないでずっと俺のそばにいてほしい。そのくらいお前の事大切だし、こらからも大切にしていく自信あります」



二人きりで生活を始めてから私は
死にたいという言葉を何度も口にしてきた。
もともと自殺しようとして、助けてくれたのが棗だ。

「お前を抱きしめて体温を感じる時、ああ俺の好きな小雪はここにいるんだっていつも実感する」

「う……ん」



何か弾けたように目尻から雫が流れ落ちる。

「ずっと、俺のそばにいて」

渡されたのは綺麗に光る指輪。

涙でグチャグチャな顔を手で隠す。

「小雪、こっち向いて」

ブンブンと顔を横に振ると……
私の手を彼は掴んだ。

「…………!?」

引かれるままに、唇が重なる。
軽く触れ合うだけの、一瞬の出来事だった。



少し顔を背ける彼を、まじまじと見つめる。

なんて愛おしいんだろう。

その身体を、抱きしめずにはいられなかった。

「ありがと……う、棗」

           ✧*。End✧*。



■病弱な彼と自殺願望少女

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『生きる』ことがどんなに儚いものか、尊いものか伝わってくだされば嬉しいです。by.覇蘢