コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: SANDAI ( No.11 )
- 日時: 2014/09/26 00:51
- 名前: いろはうた (ID: 5obRN13V)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel1/index.cgi?mode
結
*「ああそういえば」
青年の視線がちらりと鶴に向けられた。
「念のため聞いておこうか。
そちらのお姫様は……」
鶴は体を強張らせた。
彼は、なんと言うつもりなのだろう。
「………………………この娘は、おれの想い人だ」
「は?」
鶴は思わず青年の顔を見上げた。
その表情には動揺など見て取れない。
しかし、その言葉を発するまでに不自然な沈黙があった。
「なんだって?」
「想い人だと言っている。
だから、手は出すな」
「千歳、君」
「何度も言わせるな、薫」
鶴は青年を凝視した。
最初は何を言っているのかと思ったが、どうやら鶴をかばうためにそう言ってくれたらしい。
おそらく、この者は関係ないといっても相手は無視するだろうから、という配慮の上の判断のようだ。
そして、この青年の名は、千歳……というらしい。
「へーえ」
薫、という名らしい青年は急ににやにやと笑い始めた。
「いつから想い合ってるの?
彼女のどこに惚れたの?」
間違いない。
薫は、面白がっている。
しかし、千歳はいっそすがすがしいほどに、一切表情を変えなかった。
「何故貴様なぞに答えねばならない」
「いいじゃないか、それくらい」
「……おれの一目ぼれで、いまだ片恋だ」
さすがの鶴もそれには唖然としてしまった。
ありえない。
あまりにも無茶な理由だ。
自分で言うのも悲しいが、容姿にはまったく自信がない。
常に鍛錬に明け暮れていたので、見目を気にする暇もなかったのだ。
明らかに、鶴に気を使ってくれている嘘だが、あまりにもわかりやすすぎる。
「片恋?
しかも一目ぼれ?
君が?」
「それがどうかしたか」
「いや……どうもなにも……君が、か、片恋……」
堪えきれぬ笑いがこみあげているようで、薫はから体を折り曲げてくつくつと笑っている。
明らかに、これが嘘だと分かっているうえで笑っているのだ。
「ああ、おかしい。
くっくっ……まあ、いいや。
興も削がれたし、今日はなにもなしで帰ろうじゃないか」
ひらりと薫が手を振る。
「またね」
殺気はなくなっていた。
彼はそのまま背を向けると、闇に紛れるようにして歩き去って行った。
想像していたよりも薫があっさり帰っていたので、鶴は知れず息を吐いていた。
その姿が完全に見えなくなっても、千歳はしばらく刀から手を離さなかったが、
やがて、こちらを向いた。
「……すまなかったな」
「い、いえ……」
真摯な声に、慌てて視線を千歳に向けた時に、ふと、彼の腰に差してある刀に目がいった。
そこには、榊の葉を模してある家紋が刻まれていた。
鶴が仕えている家の家紋と一致している。
頭を何か重いもので殴られたような衝撃が走った。
(……この方が)
己の全てをささげて守るべき『若殿』なのだ。
「急ぎ、ここを立ち去った方がいい。
おれの付き人が来るやもしれぬ
咎められてはかなわぬだろう」
「……はい」
鶴は頷いて、千歳の目をまっすぐに見上げた。
闇の中でもよく見える、綺麗な浅葱色の瞳だった。
「……つらいのか?」
突然の言葉に、鶴は意図が分からず首をわずかにかしげた。
「今の生活が」
息が止まった。
あまりにも見事に言い当てられて。
千歳はかすかに目を伏せた。
「……すまない。
戦はしばし続く。
いましばらく耐えろ」
もったいなきお言葉、と言わなければならないのに、何も言えない。
初めて、気付いてくれた。
この苦しみに。
千歳は、きっと鶴のことを平民だと思ってそう言っているのだろう。
戦場を舞う一人の女剣士だとは夢にも思っていないに違いない。
だが、それでも、心震えるほど嬉しかった。
「……ありがとう、ございます」
かみしめるようにつぶやき、涙がこぼれぬよう目尻に力をこめる。
「ゆけ。
……くれぐれも見つからぬようにな」
「はい」
千歳は最後にふわっと笑うと、薫と同じようにどこかへ歩いていってしまう。
もう二度と会えないのは、本能的にわかっていた。
鶴は、満月の下、ただその背中を見送っていた。
千歳様。
私は今この時より、貴方様にわが命と剣を捧げます。
この心ノ臓が止まるその時まで。
今日も鶴は戦場に舞う。
ただひとり、あの人を思い浮かべながら。
その心ノ臓が止まるその時まで。
終