コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: SANDAI ( No.36 )
日時: 2014/10/17 22:59
名前: 墓書 (ID: w.lvB214)






「  僕が君を初めて見た日は、君がふうがと出会った日だ。

そうだ、ふうがは僕の弟だよ。

字は“楓雅”と書くんだ。そう、かえでにみやび。

たいそうな名前だろう。

あの日、僕は楓雅を迎えに行ったんだ。

そこで君と話す楓雅を見て驚いたよ。

普段は誰かと話をするようなやつじゃなかったのに、楓雅から話しかけるなんて…そう思って暫く君とのやり取りを眺めていたんだ。

そしたらね、あいつからビー玉を貰ったとき、君はすごく綺麗に笑ったんだよ。

自分に向けられたものでもないのにね、僕は君に恋をしてしまったんだ。

その時に自覚したわけじゃないんだけどね。

思えばそうだった。

そして、楓雅と君が遊び始めたからまだ帰らなくていいかと思って、ぼんやりとしていたんだ。

気付いたら君たちはいなかった。

今でも…後悔してるんだ。

どういうことかわからないって顔だね。

ごめん…

いや、大丈夫、ちゃんと話すから。

ただ…君にとって、その、良くない話だから…


…言うよ。

楓雅はあの日死んだ。

君と別れたすぐ後にね。

…川に…落ちて…ね。

おそらく、雪に足を取られたんだろうって。

なんで…迎えに行っていたのに…

僕は…僕がちゃんと見てさえいれば…         」



それから、彼は黙ってしまった。

しばしの沈黙が流れる。

「…それなら、ずっと会って…いたのは…」

もしも、楓雅があの日いなくなっていたとすれば、自分があの時まで一緒に居たあの人は誰か…

「楓雅だよ。」

「それは…」

そこで違和感を感じる。

自分はいつ、楓雅の事を彼に話したのだろう。

今更ながら、彼は知らないはずだと気付く。

随分と怪訝な顔でもしていたのか、彼はああと声をあげた。

「楓雅がもう来ないことを君は知らないだろうから、様子を見に行ったんだ。驚いたよ、ちゃっかり二人きりで遊んでるんだから。」

だから君が会っていたのは間違いなく楓雅だ、そう彼は続ける。

「で、ですが、縁談…って言っていたんです。その…ゆ、幽霊…なら、そんな話あり得ないこと、では…ありませんか。」

そういうと、彼は驚いた表情を見せた。

「話してたのか。」

「…?何をですか。」

話が食い違っている。

彼の様子から見ると、もしかして楓雅の『縁談』が何か彼は知っているのだろうか。

「よくわかってないみたいだけれど、楓雅から縁談の話を聞いたんだろ。僕と君の。」

「え?」

桜子の惚けた様子に彼は何かおかしいと感づいたらしい。

暫く考え込んでから、ゆっくりと口を開いた。

「僕がそろそろ相手を決めなきゃいけない時に、楓雅が僕のところへ来たんだ。最初の頃はね、君と楓雅の…逢瀬…いや、その頃はそんなこと考えてなかったかもしれないけれど、それをたまに見に行っていたんだ。やっぱり、楓雅のことも君のことも気になっていたから。けれど、忙しくなって一二年ほどまったく行かなくて。その頃に楓雅に君を頼まれたんだ。」

逢瀬。

その単語に少しドキリとする。

たしかに、いずれか自分にとって楓雅と会うことはそのように思っていた。

慌てて動揺を隠す。

だが、それ以上に気になったことは頼まれた、という言葉だった。

「頼まれた…ってどういうことですか」

その質問で彼は桜子の誤解を確信した。

「そのままだ。君が大きくなって年頃になった。それで、流石の風雅もいけないと思ったんだろう。それに、君と風雅を見ていたことが暴露ていたらしくて、『まだ好きなら、桜子を幸せにしてくれないか』と。そう、言われたんだ。」

思い出すのは最後の日。

彼はあの時、何と言っていた。

誰の、とは言っていなかった。

兄の…とは言っていなかったが、自分のとも言ってはいなかったのではないか。

「その数日後ぐらいに君を偶然見つけてね、神の思し召しかと思って思い切って縁談を持ち掛けたんだ。」

それを自分は受けた。

正確にいうと、楓雅に縁談のことを告げる前には親が既に了承していた。

一応は尋ねられていたものの、自分は「はい」と答えるしかできなかった。

その後、楓雅に会って…彼は縁談が決まったと言っていた。

少しずつ欠片が合っていく感覚。

思えば、あの場所以外で楓雅と会うことはなかった。

いつも二人きりで。

他にも色々思う所はあった。

だから、彼の言っていることは本当なのだろう。

「一度楓雅に聞いたんだ。お前はそれで良いのかって。」

何故か一段と真剣味を帯びた声色に桜子は考えることを一度中断した。

此方を真っ直ぐと見る彼の視線に応える。

すると、ゆるりと彼は目元を綻ばせ、優しく見つめた。

「そしたら、『桜子が幸せならそれでいい』あいつ、そう言ったんだ。」

その瞬間じんわり胸が、心が熱くなった。

楓雅はもう居ないのだという悲しみと想いは同じだったのだという喜び。

その双方がない交ぜになって溢れていく。

やはり、自分は未だにふうがのことが気掛かりだった。

でもそれが、すべて落ち着いたように思えた。

彼は桜子の手を取った。

「だから、僕は君を幸せにする。楓雅の約束を果たすため。そして、それ以上に僕が君を幸せにしたいと願ったから。君が楓雅を好きだったのはわかっている。だけど、僕に君を幸せにすることを許してくれ。僕は、君を愛したい。」

熱い雫が頬を伝う。

心に閉じ込めた想いも何もかも解かされていく。

不意に身体が暖かいものに包み込まれた。

きっと、自分は楓雅を忘れないだろう。

きっと、二人は楓雅を忘れないだろう。

桜子は静かに口を開く。

「楓雅は私が貴方を好きになることを当然のように思っていたようですが」

今は貴方へ向けて

心からの笑顔を浮かべて

「それは本当でしたね」

目を瞠る彼に笑いかけると、たまらないといったようにギュッと抱きしめる手が強くなる。

桜子は身体を寄せる。

彼とすべてを通い合わせた今なら、今までよりずっと二人は愛しあえるのだろう。





窓の外には早い雪が降る。

それを合図とするように、誰にも知られないまま、一つの気配が消えた。

きっとそれは、この冬は桜子の心を凍えさせないと分かったからなのだろう。