コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: SANDAI ( No.44 )
- 日時: 2014/11/01 09:44
- 名前: 墓書 (ID: GlabL33E)
小走りに遠ざかる足音。
物理的にも心理的にもキコが俺から離れていく証のようで、耳を塞ぎたくなる。
けれど、きっとこれが最後だからと手をギュッと握りしめて、キコが俺の感覚から消えるまでその音に縋ろうとした。
扉が開く音ともに聞こえたのは小さな悲鳴。
それは何かに驚いたかのように聞こえて、ハッとした。
兄貴と鉢合わせたのかもしれない。
もしかしたら、また乱暴なことをされるかもしれない。
あんな風に突き放して、放っておけばいいのに、衝動に駆られるがままに部屋を飛びたした。
たった数メートルだというのに息が上がる。
おそらくキコと兄貴が居るだろう玄関の手前の扉の陰で息を整え、チラリと様子を見る。
「…あの野郎…」
向こうには届かないほどの小声で思わず悪態つく。
そこに居たのはキコと兄貴と、それから派手な化粧をして兄貴の腕に絡みつく女だった。
「柊哉ぁ〜?この女だぁれ?お姉さぁん?」
甘ったるくて吐き気さえ催しそうな声で女が兄貴に話しかける。
キコは状況をいまだに理解できていないのか、腕を縮こませ黙ったままでいる。
それを幸いにと思ったのか兄貴は人を馬鹿にしたように鼻で笑った。
「前の女だよ。」
ビクリとキコの身体が揺れる。
兄貴が重ねて何かを言おうとしたのを見てこれ以上聞かせてはいけないと思った。
ガンッと押し退けたドアが壁に叩きつけられ大きな音を立てる。
三人の視線が此方へ向いたが、気にすることなく真っ直ぐキコの元へと向かう。
濡れた瞳を見て、あの日、出会った日を思い出した。
あの時のように手を掴んで引き寄せる。
そのまま外へ連れ出そうとすると、兄貴が後ろからおい、と声を掛けてきた。
「てめぇ、また…」
「このクソ野郎が」
後で何を言われようが気にするものか。
どうせくだらない事を言うのだろうとわかっていたから、途中でぶった切って外へと飛び出した。
気付いた時には小さな公園にいた。
鉄棒と砂場とベンチがあるだけの公園。
横にはちょこんと地蔵様があって五円玉が置かれていた。
あのまま走って、走って、休まずに走って、ようやくここで足を止めた。
二人の荒い息が重なる。
手を繋いだままである事に気付いたが、今更離す気にはなれない。
…いや、むしろ離したくない。
そのまま手を引いてベンチへと向かう。
そこでキコも手を繋いでいる事に気付いたのか、握力が弱くなるのを感じて、逆に手に力を込めた。
「彰哉くん…?」
訝しげにキコが俺に話しかける。
「キコ…大丈夫か?」
そう尋ねると、先程の様子を思い出したのか顔がゆがむ。
「兄貴の言ってた事って…本当?」
きっと何も聞かれたくないだろう事はわかっていたのに聞いてしまう。
何も知らなければキコに何も言えないからという事もあったが、ただ知りたいとも思ったのだ。
「…はじめてきいた」
ならば、兄貴の嘘か。
もう実質別れたようなものである気がするが、答えを聞いて落胆する。
キコはまだ、あいつが良いのか。
キコを見ると顔を俯かせている。
「キコ…」
一つ息を吸い込んだ。
「俺じゃ、ダメなのか。」
「え…」
ガッと顔を持ち上げたキコは惚けた顔をこちらに見せた。
と、同時に震えていたキコの手が止まるのがわかった。
「まだ、あの最低野郎がいいのかよ…なんで俺じゃねーの。」
確かにスペック的にはあいつの方が上だ。
けれど、そんな事が気にならなくなるほどキコに対する想いは強く、キコを大切にできる自信があった。
ゆらりと体を傾け、キコの肩に頭を置く。 
「まだ、あいつが好き…?」
キコと触れる部分から俺の気持ちが伝わればいい。
「…わからないよ…。もうわけわかんない柊哉のことも、自分のことも、彰哉のことも。」
「俺のことも?」
こくりと頷く。
はらりと落ちる涙を見て、心底ハンカチを持っていないことを悔いた。
ところで、キコは俺の何がわからないというのだろうか。
只今の俺の感情はある意味で単純なもので占められているというのに。
「…キコが好き。それだけだ。」
そう言ってもっと身を寄せる。
キコは何も言わなかった。
ただ、ほんの少しだけ。
ほんの少しだけこちらへ持たれかかるのを感じて、胸が熱くなった。
end