コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: SANDAI ( No.57 )
日時: 2014/12/16 16:29
名前: 墓書 (ID: w.lvB214)




「ラハナ…」

先程まで黙っていたムスルが呼び掛ける。

「俺は…やはりお前を行かせたくはない。兄としても、男としてもだ。暫くお前が囚われていたというだけでも、自分を許し難いというのに…。」

語尾の震えがムスルの思いの強さを物語っている。

しかし、ラハナは首を振った。

「ムスル兄様。私は帰れません。」

「…っ!!けれど、ラハナ…!!!」

「兄様は私ばかりでなく、国のことも考えなければなりません。それに、兄様の気持ちに私は答えることは出来ないのです。…やっぱり、私にとって…ムスル兄様は兄様なんです。」

「…!!…そ、うか…。だが、俺は兄としても…」

そう食い下がるムスルだが、やはりダメージは大きかったらしい。

辛そうに表情を歪め、口を噤む。

「…終わったか?」

二人が何も言わないのをみて、イェリは問う。

「あと、少しだけ…。兄様、大丈夫。きっと彼は悪い人じゃないから」

ふわりとラハナは微笑んでそうムスルに告げた。

「何を…ラハナ。こんな状況で…そんな訳がないだろう!」

「いいえ、私にはわかるんです。いえ、共に過ごすうちにわかるようになったんです。」

別に直感でそう思ったわけではない。

一つ一つの動作に表れるイェリの性格、言葉の端に見える気持ち。

それらから、ラハナはイェリがけして悪人ではないことを確信していた。

むしろ、敵で無ければ好意を覚えさえしただろう。

「だから、大丈夫。取り敢えず、今は兄様は一人で国に帰ってください。手紙を送りますから。」

ラハナをじっと見つめるムスル。

そこに確固たる決意を感じ、溢れ出る感情をぐっと堪えた。

「…何かあってからは遅いんだぞ。」

「大丈夫、今までもそうでしたから。」

その言葉を聞き、ムスルはスッと息を吸い込んだ。

そして、

「オレン=イェリ!!」

唐突に名を呼ばれ、イェリはムスル見やる。

「ラハナを信用して、私は国におとなしく帰る。だが!!貴様を信じたわけでも、ラハナを人質としてずっと差し出すことを了承したわけでもない。妹には絶対手を出すなよ!!!」

「兄様!!」

最後の一言に思わず動揺するラハナだが、イェリは少し眉を動かしただけであった。

「お前ら兄妹は、俺をなんだと思っているんだ…。しかし、まぁ、そうだな。その言葉に容易には頷くことは出来ぬな。」

「何…?!!」

予想外の言葉にムスルもラハナも絶句する。

「人の気持ちに絶対は無いからな。…もう、面倒だ。おい、外へ連れて行け。どうせ、何かしら用意してあるのだろう。しっかりと帰ったかだけを確かめて、あとはもう休んでいい。」

「は、ちょ、おい!待て!このままでは帰れないぞ!どういうことだ!離せ!ラハナ!」

「えっと、…手紙出しますね!」

収拾がつかないと思ったのか、ラハナはムスルに向って手を振る。

さっきのイェリの言葉は気になるが、今はどうこうということもないのだろう。

「ちょ、待て…!おい…!!!」

両腕を掴まれ、遠ざかるムスルの声がだんだんと小さくなって行き、何も聞こえなくなってから、イェリは大きく息を吐いた。

「…お前の兄はまったく。アレで本当に王子なのか?」

「普段はもっと兄様らしく、冷静なんです。まぁ、少し熱い性格はしていますが、あんな兄様は初めてです。」

どうやら、周りにいた家来も全員いなくなったようだった。

すると、イェリは思い出したようにラハナの方を見て、口を開く。

「そうだ。お前はいつからあんなふざけたことを思っている」

「ふざけた…?」

キョトンとイェリを見ると、呆れたように再び溜息を吐かれた。

「俺が悪い人では無いと、甘ったれた事を言っていただろう。まったく、わけがわからない。」

そのままブツブツと何か言うイェリを見て、ラハナは微笑んだ。

「言動を見たらわかりますよ。それに…」

「それに?」

「貴方は言っていたでしょう。」

今度はイェリが不思議そうに、ラハナを見た。

「何をだ。」

「大切なものを人質に取られると人は容易に動けなくなると。それを、その人を思うがゆえに。…それは、貴方自身がそうだから…ですよね。あの言葉を聞いてから、貴方の事をずっと観察していました。貴方の大切なものが何か気になったんです。」

「趣味が悪いな…」

嫌そうな顔をするイェリ。

それを見て、ラハナはくすりと笑う。

「使用人や家来に労いの言葉をかけていたり、窓から貴方が孤児院施設の子供と遊んでいるところも見かけました。貴方はこの国が、この国の人々が大切なんですよね。もし、大切な人がひどい事をされたとしたら、その気持ちがわかるからこそ、貴方は私に酷いことはできなかった。そうでしょう?」

自分の考えをすべて告げ、ラハナはイェリを見る。

暫くイェリは黙っていたが、ゆっくりと口を開いた。

「…まぁ、否定はしない。俺はこの国を命を掛けて守ると誓った。もしも、民が襲われ、乱暴に扱われれば、冷静ではいられなくなるだろう。だが、お前をひどく扱わなかったのは、別にそのためだけでは無い。」

予想外の返答に、ラハナは再びキョトンとした。

それなりに自信があった考えなのに、何が違うのだろう。

考えを巡らせるが、さっぱり思いつかない。

「それは…どういう事ですか?」

「言わぬ」

即座に返答するイェリ。

あまりの早さにラハナは驚いた。

「え!ここまで言っておいて?」

「言う必要はない。早く部屋に戻れ、もう直ぐ夕食の準備が整うだろう。それまでに髪でも整えておけ、ぐしゃぐしゃだぞ。」

「え、あ!!うそ、兄様のバカ!!」

こんな姿で他の人の前にいたなんて、と髪の毛に手をやりラハナは慌てる。

手櫛であらかた整え直し、イェリに軽く礼をして小走りに部屋へと戻っていく。

その姿を後ろから眺め、イェリは小さく呟いた。

「…もう少し、アピールをわかりやすくするべきかもしれんな」

ラハナの髪に飾られていた花を思い浮かべ、今度は手ずから飾ってやろう、そう思うのであった。





end.