コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: SANDAI ( No.58 )
- 日時: 2014/12/16 16:35
- 名前: 墓書 (ID: w.lvB214)
いろはが趣味に走るなら、俺だって走るんだ。
でも、こういうのっていいと思いませんか?
【羽衣】【花弁】【香】
起、
*或る日の昼下がり。
一人の青年が縁側に腰を下ろし、前庭の花を眺めていた。
朝方に降っていた雨は既に上がっており、葉に残る雫が光を反射して煌めいていた。
濡れた香が鼻腔を擽る。
いつもならばそろそろ猫が餌を強請りにくるのだが、一向に現れる様子はない。
仕方があるまい、気まぐれな猫のことだ。
そんな日もあるだろう。
ぶらぶらと足を遊ばせると、足元の石に下駄の歯が当たって小気味良い音を奏でた。
どうせなら、このまま出掛けてしまおう。
あとで猫が来た時に、と彼は手に持っていた鰹を石の横に置いた。
着物の裾が少し濡れてしまったが、歩いていれば乾くだろう。
念のためにと傘を手にとって、裏口から通りへと足を向けた。
数分ほど歩くと、団子屋の小母さんが店の腰掛けを外に出しているのが見える。
「おや、榊さんとこの息子さんやないの。お出掛けかい。」
彼に気づいたようで、小母さんから声を掛けてきた。
「こんにちは。雨、止んで良かったですね。」
「ほんまにね。どう、寄ってかへんか?」
「いえ、今はお腹も空いてないんで、帰りにでも寄らしていただきます。」
「そうかい、気をつけや。」
小母さんと別れ、暫く歩く。
何か足りないものはあっただろうか、と思いを巡らせていると、ふと入ったことのない細道を見つけた。
暫く考えてから、少し入ってみようと思い立つ。
未だ、何を買おうかも決めていないし、ぶらぶらと探検してみるのも楽しいかもしれない。
そうして、奥へと足を進めた。
−−−−にゃあ
猫の鳴き声がして、視線を向ける。
「…なんや、こんなとこにおったん?」
その声の主は、いつも家にやってくる三毛猫だった。
長い尾をくねらせて、スリスリと身体を彼の足へとすり寄せる。
「なんも持ってへんよ、置いてきてしもうた。」
そう言いつつ、彼はその場にしゃがみこみ猫の背を撫でる。
少し濡れた感触がして、もしや雨のせいで来れへんかったんかもしれんと心の内で思った。
彼が立ち上がると、猫はくるりと周りを回ったあと、てくてくと先に進む。
そして立ち止まると、にゃあと一声鳴いて彼を見上げた。
「ん、一緒に行ってくれんの?せやな、案内して貰おかな。」
彼はくすりと笑い、猫について行く。
ひと気のない石畳の道を一人と一匹だけが歩いていた。
機嫌の良さそうな猫につられて暫く歩く。
周りを見ると先は長屋が続いていて、所々には赤い提灯が吊り下げられていた。
店はあっても、どれも閉まっているようだ。
「…どないしたんやろ、今日なんかあったやろか?」
不思議に思っていると、ふと香木の匂いに気づいた。
「…なんかええ匂いやな。」
再び鳴き声がして猫を見ると、一つの建物に入っていくところだった。
「あ、待ってや。」
慌てて後を追うが、はたしてここは店だろうか。
少し戸惑いながら隙間のあいた引き戸に手をかけると、先ほどの匂いが増してどうやらここからの匂いだったのだと気づく。
と、ガチャンと何かが割れた音がして思わず戸を引いてしまっていた。