コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: Sweet×Sweet ( No.18 )
日時: 2015/05/04 16:00
名前: 左右りと (ID: e22GBZXR)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs/index.php?mode



「年々女子の制服のスカート丈が短くなる傾向にありますが、スカートを短くすることの意味が理解できません。意味不明です。複雑怪奇です。笑止千万です。珍妙奇天烈です。労力の無駄です。短くするための時間を勉強に捧ぐべきです——」

 俺は手に持ったハンガーにぶら下がるワンピースを紗瑛の首元に当ててみる。……うん、似合わなくもないかも。

「——だからわたしはそんなもの着ません」


 俺たちは近くにあったショッピングモールの洋服店にいた。まだ肌寒い季節だが、女子のファッションは先取りが重要。故に春っぽいパステルカラーで店内は溢れていた。

 俺はこれまた春っぽい、桜色のワンピースと、パステルイエローのシフォン素材のシャツに白のスカートのかかったハンガーを両手に立っている。紗瑛にはどちらが似合うだろうか?

「わたしにどちらを当てて見ても、洋服が可哀相なだけです。だからやめてください。それにそれを買ったとしてもわたしは一回たりとも来ませんから、お金の無駄遣いになります。だったらワンフロア下のアイスを奢ってください」

「よし、ワンピースにしよう!」

「あなたの耳はおもちゃですか!?」


「すみませ—ん、試着お願いしま—す!」

 店員さんは制服を着た俺らを少し訝しげに見ながらも、そういうと笑顔で対応してくれた。さすがは接客業、ばっちりの笑顔だ。

「ま、ままま待ってください。わたしは着ません。着るのは彼です。彼は性別こそ男ですが、女装という奇怪な趣味を持っていて——あぁぁぁぁあああ!! たすけ——」

 紗瑛のそんな悪あがきとも取れる断末魔をあげる紗瑛を、笑顔で試着室へと連れて行く店員さんに若干の恐怖感を覚えつつ、俺も笑顔で紗瑛を見送る。








「わ、わわわわ……私は生足をさらすとショック死してしまうという特性を持っていましてですねッ!?」

「わたしの親はとても厳しくて制服以外のスカートを穿くことを許してくれな——」

「私はひらひらしたもの恐怖症でしてぇぇぇえ!! 恐怖にほらっほらっ! じんましんがぁああ!!!」


*


「なんか、弱いものいじめしているみたいな気分だなぁ」
 試着室の外。待っている人のために設置された椅子に腰かけて、中から聞こえてくる命乞いのような悲鳴から逃れるように耳を塞ぐ。なんか、ごめん……。


——シャアアッ——

「お……お待たせしましたぁ…………」

 ニコ、というよりはニタァといった表現が似合いそうな笑顔に変わってしまった店員さんは、ちょっぴり疲れた表情で外に出てきた。

「なんか、ごめんなさい……」

 申し訳なくなってそう謝ると、店員さんは少し困ったように笑って、ごゆっくりと、と店内に戻って行った。さて。

「紗瑛?」

「………………」

「出てきてよ」


*


「なんか、ごめんなさい……」

 カーテンの向こうからそんな声が聞こえる。店員さんの笑顔が恐ろしいものになってしまったことに対して謝っているのか……。そんな気遣いができるなら、わたしにもして欲しいものだ…………いろいろと。

「紗瑛?」

 ひぐっ! のどから声にならない声が漏れる。どうしよう、どうしよう、どうしよう……!? 今すぐ脱がなきゃっ……!

「出てきてよ」





 チラ、とカーテンの隙間から覗き見る。いったいどんな表情で待っているのか、少しだけ、気になったのだ。でもきっとそんなのは、口実。あまり今の自分の格好に自信はないのだけれど、それでも…………見て欲しかったのかもしれない。だから……


——シャア——


 外の声に気づけなかったのだ。


「一緒に行きましょっ!!」

 そういって、頼人が女の——とても綺麗な——人に連れて行かれるところなんて、見たくなかった。

——シャアアッ——


*


「……あの」

 『出てきてよ』そう言ったすぐあと。自分に声をかけられているなんて気づかなかった。だけど、クンと服を引っ張られる感覚にそちらを向くと、とても綺麗な女の人たちが俺の事を見ていた。

「あの、よかったらお茶でもしませんか?」

 逆ナンだ、そう気づくのと女の人たちが俺の腕に腕をからめて強引に引っ張るのは同じで。踏みとどまれずに出口へと進んでしまう。そんなとても悪いタイミングで……

——シャアアッ——

 カーテンの開く音。慌てて振り返ると、自分が選んだワンピースを着ている紗瑛が立っていた。桜色のワンピースは細身の紗瑛によく似合っていて、長いふわふわの髪の毛も相まって人形のみたいで可愛い。だけどその表情は、驚きと、悲しみと、悔しさと、少しのやっぱり、といったいくつもの感情が入り混じって歪んでいる。

「……あ、彼女いる系? マジないわー」

 さっきまでニコニコと笑顔を浮かべていた女の人たちは、紗瑛をみるなりそう言って離れていく。自分たちから誘って来たくせに、と思うが今はそれどころではない。

「あ、さ……紗瑛…………に、似合ってんじゃん、ソレ」

「………………」

「あ、さっきの人たち……? いや、なんかお茶でもしよう、ってさ。断ろうと思ったんだけどむやみに断れなくてさ……」

 どこかで、聞いた気がした。言い訳をする分自分の評価を下げる、って。多分今の俺もそうだ。誤解を解こうとして、どんどん自分を貶めている。いや、それだけならいい。自分の評価なんてとっくに最低だ。だけど、この言い訳は……

「…………黙れ」

 紗瑛を傷つける——。

 そう気づいたのは、彼女が苦しげそう言ったすぐあとで。どうしようもなく言い訳をしていた俺は、いつもと違った口調の紗瑛に驚いていた。彼女の表情は前髪のせいで、よくわからない。

「さ……紗瑛」




「なんて、冗談です」

 なんと言えば、許してもらえるか、と考えあぐねていた俺に、さっきとは打って変わって明るい声が聞こえた。その声はいつも聞いてる紗瑛の声で、視線を上げると少し不機嫌そうな紗瑛がワンピースの裾を持って文句を言っている。

「やっぱりこんな可愛い服は、わたしには似合いません。これは風見頼人、あなたが着るべきです。なので、着替えてきます」

 さらっと恐ろしいことを言う。そんなところも変わっていない。そのままでいい、と止める間もなくカーテンが引かれる。
紗瑛は、気にしていないのだろうか……? さっきのは本当に冗談で、ふざけていた、とか……?



「おまたせしました。さて、着替えてください」

 にこり、と怪しい笑みを浮かべた紗瑛は、ワンピースを俺に差し出した。

「いやいやいやッ!! 着ないから!!」

「フフッ、わかっていますよ。それじゃ、戻りましょうか、学校に……」


 珍しく笑った紗瑛に——今日何回目だろうか?——驚いていた。だから、気づくことができなかった。学校に、と悲しげにそうつぶやいたのを。


*

(続く)