コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Sweet×Sweet ( No.44 )
日時: 2015/09/11 19:00
名前: 左右りと (ID: XaDmnmb4)
参照: 参照700&


【雛菊】

「美味しかったです! あとお花ありがとうございました!」

 わたしはそう言って、お店のドアを閉めた。
 今日は、凛と学校帰りに、パフェの美味しいお店探しをしていた。
そして、見つけた【喫茶店EGG】という、不思議と落ち着くような雰囲気のお店。リニューアルオープンしたばかりで、真新しい店内だけど、どこか昔からここにあるような感じ。
 わたしは、また今度来よう、と心の中で決めた。

「ね—凛?」

 わたしは、特に言うことも考えずに凜に呼びかける。

「ん? どうした」

わたしのことをちら、と見下ろした凛は、優しげな顔をしている。そう言えば、と昼間のことを思い出す。

『凛くんって怖そうだけど、かっこいいよね!!』

 クラスの女のコが話していたのが、聞こえてしまった。
 凛が良い評価をされるのは、幼馴染としてうれしいことなはずなのに、やっぱり胸が痛んだ。凛はそりゃ、かっこいいし、運動できるし、勉強だって得意な方だ。そんな凛が、モテないはずがない。女のコが放っておくはずがないんだ。むしろ、今まで告白してきた女のコの話が出ないことの方が、不思議なんだ。
 そう思うと、今自分が凛の隣にいることが、不思議に思えた。自分の想いを伝えることもせず、かといって離れもせず、わたしはズルいんじゃないか。


「どうした、瑞葵。具合悪いのか?」

 名前を呼んだまま、黙り込んでしまった私の顔を、凜は心配そうに覗き込む。
——わたしは、彼女でもないのに。凛の隣にいる資格が、ある……?

「……瑞葵!? ど、どうした?」

 心配そうな凜の顔は、驚きと戸惑いの混ざった顔に変わる。どうしたんだろう? わたし、そんな変な顔してんのかな。

「……どうも、しないけど?」

「どうもしなくないだろ! なんで、泣いてんだよ」

 珍しく声を荒げた凛が、わたしの顔を無理やり上に向かせる。凛の大きな掌が、頬に触れて恥ずかしい、そんな考えと同時にまた訪れる、不安。

「おい、瑞葵聞いてるのか? なんで泣いてる……おい、な、泣くなよ!!」

 凛がさらに慌てて、ようやく自分の頬に何かが伝っていたことに気づく。視界もぼやけて凛の顔の輪郭がゆがむ。凛に気持ちを伝えたら、こんなふうに輪郭もわからないくらい遠くに行っちゃうのかな。

「うぅ…………凛っ……やだよ、わたし……凛と一緒に、いたいっ……!」


*


 喫茶店EGGなる店から出ると、3月にしては少し暑い日差しが肌を灼いた。なぜかお店の人にもらった花をいじりながら歩き出し、はたと思い出す。

『その花、雛菊というのです。花言葉が素敵なのでもしよければ』

 にこやかに笑った店員は、たしかそう言ったはずだ。花言葉……?
 俺は少し、気になってスマホを取り出し、検索してみる。

【雛菊の花言葉:無邪気、お人よし】

 確かに、さっきの店員は俺たちに花なんてくれたから、お人よしだけど。そのことが言いたかったのだろうか。
なんとなく、他のページも見てみる。一個下のページをタップすると、さっきとは少し違った花言葉が。

【花言葉:———】

「ね—凛?」

花言葉を読もうとしたとき、隣からつぶやくように小さな声で瑞葵が言った。若干うつむき加減の瑞葵の表情は、わからない。だが、あまり明るいようには見えない。

「ん? どうした」

 そう返事をするが、その先の言葉はどれだけ待っても来なかった。不審に思って瑞葵の顔を覗き込む。驚いたような顔をした瑞葵が、少しさびしげな色を纏った瞳で俺の事を見返した。

「どうした瑞葵。具合悪いのか?」

 そう問うても、ただただ俺の事を見るだけで返事はない。喋れないほど具合が悪いのかと考えていると、突然瑞葵の目に涙がたまった。それはすぐに表面張力を失うと、瑞葵の目からこぼれた。

「……瑞葵!? ど、どうした?」

 瑞葵が泣くところなんて、小学校中学年くらいのころ以来だろうか。すっかり狼狽えてしまった俺は、だらしなく声をあげる。

「……どうも、しないけど?」

 自分が泣いていることに気づいていないのか、瑞葵は心底不思議そうに首を傾げた。

「どうもしなくないだろ! なんで、泣いてんだよ」

 自分にしては珍しく声を荒げてしまった。いきなりの大声にびくっと肩を揺らした瑞葵がおびえた表情をして、俺は無意識に瑞葵の頬を両手で包んだ。しかし、瑞葵の涙はさらにあふれ出す。

「おい、瑞葵聞いてるのか? なんで泣いてる……おい、な、泣くなよ!!」

 完全に慌てきった俺は、どうしようもなく瑞葵の顔を覗き込むことしかできない。
 瑞葵はようやく自分が泣いていることに気づいたのか、一瞬顔を歪めると、次の瞬間——

「うぅ…………凛っ……やだよ、わたし……凛と一緒に、いたいっ……!」

「………………っ!!」

 暑い、いや……熱い。熱過ぎる。
 空気が一気に熱を持ち体中に貼りついたように感じる。さっきまで、少し暑いくらいだったのに、何故。

「凜……わたし、もうやだよ! こんな、こんな関係、嫌なのっ」

 熱暴走したコンピューターさながら、フリーズした脳は、すぐには動いてくれない。だが、それでもなお瑞葵は、叫んでいる。

「わたし、凜が女の子に、かっこいいとか、頭いいとか言われると、うれしいよ。でも、うれしさよりも、悔しさとか、妬ましさとか……黒い感情が湧き上がって来て、自分のことも嫌いになっちゃうくらいに!」

 あぁ、俺の馬鹿。なにフリーズしてんだよ、こんな大事な時なのに。瑞葵が、本心を打ち明けてくれているのに!!

「わたし……わたしは、凛のことが——」


 いつから、だろうか。瑞葵と、俺が友達以上の関係のまま平行線を進み始めたのは。
そして——。この瞬間を、待ち始めたのは。


「——好き」


 本心を表す言葉たちから、目を背けたのは。