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Re: Sweet×Sweet ( No.49 )
日時: 2016/01/01 23:35
名前: 左右りと (ID: dB4i1UE/)


【始まりの鐘】


 傷つけた。
 あの時の、彼の表情を思い出すと涙を流してしまう。

 悪いのはわたしだった。きっかけもわたしだった。ほんのちょっとの我慢が、積み重なって、気づけば限界をとうに超えていた。
 苛立ちを声に含ませて、突き放すように言った言葉は、彼の琴線に触れたようで。そこからは売り言葉に、買い言葉。言いたい言葉と、言った言葉は食い違い、言ってはいけない言葉を言ってしまった。
 
 もう終わりにしよう、そのつぶやきに我に返った時には遅すぎた。
 釈明も、言い訳もできない、完全に崩壊したあと。




 それから、もう1年。
 街並みが変わるより、ずっと速く人は変わっていく。それは、わたしにも彼にも当てはまっていた。
 彼とは連絡を絶っていたが、友人伝いに話をたまに聞く。わたしと別れてすぐ、恋人ができたらしい。それは傷む痕を癒すためだけのもののようだ、と友人は言っていたが実際のところはわからない。
 
 わたしも変わった。実家に戻ったのだ。
 都会で生活するのは、とても疲れる。遥かに高い人口密度と、たくさんの思い出の所為で、息をするのも苦しい。

 実家暮らしをつづけていると、都会での出来事が、すべて夢のように思える。彼と逢ったときのこと、それから一緒に住むようになって、別れるまでの——短い時間。わたしは、ううん——わたしたちは、確かに幸せだった。
 





 そして今、わたしはまた都会にいた。正確に言うと波音の聞こえる海辺のチャペルの前。

 友人伝いに、彼が結婚すると聞いたのだ。わたしに伝えたら良いか、相談されたそうだ。そしてそのことをわたしに教えてしまった、友人。なかなかに酷い話だ。
 

 中ではもう、式が厳かに執り行われているのだろう。
 わたしたちが、着くことのできなかった場所。そこに、彼はわたしの知らない人と経っている。そう思うと、胸が千切れるように痛くなる。
 どうしようもないことなのに、どうにかしたい。わかっているのに、わかっていない。まだ、現実だと理解できていないのか。

 なんども深呼吸をして、つんとする鼻をすする。深呼吸をしているはずなのに、気管の途中で閊えているようで、苦しさが消えない。
 涙をこらえて、わたしは背を向けた。
 海辺を歩き出す——波音と風音しか聞こえない。









 鐘の音が、聴こえた。
 繰り返される、幸せの音——それは始まりの音。

 胸のわだかまりが、消えていくような気がした。
 息を胸の奥まで吸いこむ。そして、吐き出す。
 


「そっか……よかった」

 想像したより、ずっと固い声が口から滑り落ちた。
 



「…………よかった」