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Re: 少年(仮)真白と怪物騎士団 ( No.1 )
日時: 2015/01/02 00:05
名前: 妖狐 (ID: W2jlL.74)

 
 ——すべて夢の中の、そのまた夢の事だと思っていた。
  摩訶不思議で突拍子もない異形の住む世界、すべて——



 
■序章

 鮮やかな血が飛び散った。足があっという間に赤く染まっていき、体が重心を崩して傾く。
 私、死ぬのかな。
 唸りを上げる獣の咆哮(ほうこう)を聞きながら、私は呆然とその場に座り込んだ。足は使い物にならず、正面には赤い血を塗りたくったような大きな口が迫ってくる。今すぐにも獣の牙が私の身体を切り裂こうとしていた。
「——真白、死ぬな!」
 突然、闇を切り裂く閃光のような鋭い声音に叱責され、放心していた意識が急激に上昇した。
 ましろ、私の名前が力を持って体内で弾ける。そうだ、私は真白。何にも染まることのない真っ白な色の強き自分を持てと、両親から授けられた名前を持つのが私。
 辺りは炎で包まれ寸伝の所まで口が近づいてきていた。けれど次の瞬間、流星のように目の前へ駆け抜けた彼は、大きな剣を獣めがけて振り下ろした。ギャーと耳障りな奇声を発しながら獣の肢体が二つに割れる。それでも尚、血肉を削がれながら襲い掛かろうとする獣を彼は見やり、私の体を担ぐように持ち上げた。
「勝手に死のうとするな、真白。俺はお前が死ぬのを許した覚えはない。あとで恐怖に震え、この地を涙の淵に沈めるほど落涙(らくるい)して良いから、今は歯、食いしばれ」
 高圧的な態度で、だけどとびきりの甘い微笑を浮かべる意地悪な人。彼の言葉に否を唱えることはできないんだ。
 瑠璃色の長髪をなびかせ長衣が翻(ひるがえ)る。彼は絶体絶命の危機的状況に置かれながらも生き生きと輝いていた。彼の存在を感じて静止した心臓が息を吹き返すように鼓動する。なんて、大胆で強引な人なんだろうか。
「俺がお前の怪我をした足代わりになってやる。だからあの化け物に止めを刺せ」
 風のように駆ける彼の視界の先には暴れ狂う獣の姿があった。巨大な姿に総毛だつようだったが、高飛車な彼と一緒ならもう何も怖くなかった。
「……分かりました。私が仕留めます」
 決意を固めて左手に持った剣を強く握りしめる。光を放ち始めた刃先に彼は色っぽい笑みを浮かべた。
「そうだ真白、後で反省文、三百枚書けよ。勝手に死のうとしたおしおきだからな」
「さ、三百枚!? 無理です。私を不眠症にでもするつもりですか!」
 獣を目の前にしながらの緩い会話に、緊迫していた空気が一変してほどける。
 ああ、もうなんて暴君様なのだろうか。私はこの人に振り回されてばかりだ。抗議の眼を向けるが、面白がるように彼は私を見返す。
 うう、この顔はずるい。目元に神秘的な赤い刺青を入れ、優雅に微笑む彼は世に言う絶世の美丈夫だ。怒っていることも忘れ、私は彼の腕の強さと抱かれているんだという現状に鼓動が高鳴ってしまう。
「なんだ、俺に見惚れているのか? 戦闘中に呑気な奴だな」
「あなたに言われたくないです!」
 意地悪な笑い声を聞きながら私は雑念を払って剣先を獣へと定めた。一気に彼は私を持ったまま加速する。手のひらがじりじりと焼けるような熱さを保ちながら、眩しいくらい光を放つ剣を大きく振り上げた。
 彼が私に死ぬなと言ったんだ。だから、だめだめ、私はこんなところで死ねない。
 だったらまずは激しい炎を突き抜け、荒れ狂う悪しき獣を倒してみせようか。