コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 少年(仮)真白と怪物騎士団 ( No.2 )
- 日時: 2014/12/04 21:02
- 名前: 妖狐 (ID: W2jlL.74)
■第一章 妖怪はすぐ隣に
「ごめん、君はちょっと地味すぎて無理かな。ていうかその恰好なに? ウケ狙い?」
人生初であり、自分の命を懸ける覚悟でした一世一代の告白の返事が、これだ。
目の前にいるそこそこ美少年だがナルシストで有名な相手は悪気もなさそうに笑っていた。
「えーっと、名前なんだっけ? 白っぽい名前で……ああ、真白ちゃんだ」
髪の毛をくるくる指に巻きつけながら流し目をよこす。今まで大好きだったはずの彼が心底阿呆に見えた。
「ってなわけで、悪いんだけど他あたってね? 僕は地味専じゃないからさ」
最悪だ。
私は彼の無礼な言葉に怒るよりも鈍器で頭を殴られたような衝撃を受け、その場を走り去った。けれど走っても走ってもなかなか相手との距離が離れない。それはショックで体に力が入らないためか、単に自分の運動神経が鈍すぎるためなのか。なんでこんな時まで自分は駄目な奴なのだろう。
「もう、やだっ!」
溢れる涙と共に息を切らせてやっと学校の敷地から出た。相手が付いてきていないのを確認して糸が切れたようにその場へ倒れ込む。
地味。
それはまさに私を表すにふさわしい言葉だった。その一言で私という人間がいかに目立たず長所がなく十人並みの顔を持っているかが分かる。
「やっぱり無理なんだ……」
いくら自分が凡庸だとしても他の人のように恋ができると思っていた。けれど現実はそんなの無理だよ、と淡い期待を吹き飛ばす。
昔から何をやってもダメだった。運動をしても上達するより前に怪我をしまくり、勉強に精を出してもまったく知恵熱を出す。加えて、自分の容姿がどこかの妖怪大図鑑に出てきそうなほど無気味であった。
長い黒髪に顔を埋め尽くす前髪、そして生まれつきの悪すぎる視力を補う厚い眼鏡。幼い頃は気にしなかったが、今は鏡を見る事すら嫌いだ。けれど好きで妖怪じみた容姿をしている訳じゃない。理由があるんだ。
止まらない涙を無理やり制服の袖でぬぐったその時、突然何かが思いっきりぶつかってきた。
「ぎゃっ!」
一体何が起きたの!? 慌てて吹き飛ばされそうになった眼鏡を押さえてそちらを見る。
「うわ! なんでこんな所にうずくまってるんだ、馬鹿野郎!」
野太い声の罵倒が近くで降り注いだ。相手がこちらへぶつかってきたのになんて言い様だ。けれど幹のように太った体を持つ男性を目の前にして言い返せるわけもなく、私は貧弱な心をすぼませて謝った。
「す、すいません。こんな道の真ん中で失恋して自分の長所も見つけられず、うずくまっててすいません……」
「そ、そうか、お前も大変だったんだな。いや、こっちも悪かった」
あれ、意外と優しい。どこかのヤクザのような面持ちだが根っこは良心を持っている彼に好印象が生まれる。だが彼の身なりに私は眉を潜めた。
全身真っ黒だ。加えて顔を覆うマスクをつけていて、眼と口と鼻しか見えていない。まるで刑事ドラマに出てくる強盗そのものじゃないか。
え? ちょっと待って。まさか彼って……。
「こらー、止まれ! 無駄な逃亡はやめろ。これ以上逃げ続けると銀行強盗による強盗罪と公務執行妨害罪で逮捕するぞ。大人しくしろ!」
謙遜とたくさんの足音が近づいてくる。私は眼を限界まで開いて男を凝視した。
「あなた、銀行強盗したんですか……?」
弱弱しい声で尋ねる。お願いだから違うって言って! なにかの間違いか、大掛かりなドラマの撮影だって。けれど現実はやっぱり私をあっけなくつき離す。
「……だったらなんだ」
男の背中から殺気が揺らいだ。先ほどまでは優しい人だなんて思ったが今は恐怖で喉が引きつる。いつの間にか腰が抜けていて、彼のぎらつく視線から逃げることはできなかった。男はゆっくりと懐から大きな刃物を取り出す。研ぎ澄まされた刃物はこの場に不釣り合いなほど綺麗だった。
「い、いや……やめて!」
声が震え、視界が涙の幕でゆがむ。こんなことはありえないんだ。私はその辺に転がっている凡庸な女子高生で、明日も明後日も同じ日々を繰り返すんだって思ってた。けれどこんな簡単に悲劇は襲い掛かってくるものなの?
恐れが心臓を飲み込み、がくがくと足が小刻みに動いていた。もう逃げられないと悟る。
「ごめんな」
「え?」
一瞬、彼の瞳が懺悔で細められた。けれどすぐさま殺気を漲らせて強引に私の腕を引く。抵抗することもできず、私は弾むように彼の腕の中へ納まってしまった。
——ひやり、と首元へ刃物があてがわれる。
「おい、お前ら止まれ! じゃないとこいつがどうなってもいいんだな!?」
やっと追いついた警察たちが驚くように私を見た。一般市民である私が人質になってしまった今、彼らは安易に手が出せない。
いやだ、いやだ。私はこんなところで死ぬわけにはいかないんだ。今日だって今までずっと見続けてきたアニメが夕方から放送される。前回、主人公が敵にやられてしまって絶体絶命のピンチなんだ。主人公がどうなったのか見届けるまで死ねない!
私は決死の思いで体を激しく動かした。腕からどうにかして逃げようともがく。
「お、おい! 止めろ‼ お前それ以上動くと本当にこれで切りつけるぞ! 死にてえのか!?」
ふふん、私だってやるときはやるんだからね! 今日のアニメは録画してないんだから見逃せないの!
男はまさか弱腰な私が暴れるなど微塵も思っていなかったのか、驚いたように力を抜いた。その一瞬を見逃さずに腕の拘束を解くと警察側へ向かって一直線に走る。
わたしだって本気になればできるんだ。勝利を確信したとき、頭が引き裂けるよう痛みが襲ってきた。
「逃がすか、この野郎!」
長い髪を捕まれ引き戻されてしまう。あまりの痛みに引っ込んだ涙がぶわっと溢れ出た。絶対何十本も髪の毛が抜けただろうと予測される。けど、私の戦う気力は失われていなかった。
「甘く見ないで!」
叫ぶと普段鞄の中に入れっぱなしのレター用ナイフを取り出す。祖父から外国の土産にもらって一度も使用していないナイフは見事にするどかった。
「な、なにをする気だっ!?」
ひるむ相手に構わず、私は自分の髪をナイフで切り付けた。ふっと頭が軽くなるような感覚と共に身体が自由になる。私はしにものぐるいでその場から駆け出した。
「あ、ちょっと君、こっちへおいで! 保護するから!」
遠くで警察の呼ぶ声が聞こえるが、男から逃げる事しか頭にない私は足を動かすことに精一杯で方角を定める事なんてできなかった。
動け、私の足。
生まれて初めてというほどスピードは加速して、一瞬私は風になったかのように錯覚した。
世界の音や匂いが全て遠くに感じる。ただ、ここから一刻も早く逃げるんだ。そのことしか考えず私は全力疾走した。
◆
「真白、あなたは髪を短くしてはいけないのよ。髪は腰より下に伸ばしなさい。でないと髪で押さえていたあなたの力が外に漏れてしまう」
幼い頃、何度も母に言い聞かされた言葉が甦る。内容はよく分からなかったが自分が髪を切ってはいけない事だけはしっかり理解した。そして生まれて16年間、ずっとその約束を健気に守り続けてきた。
けど、ごめんなさい。私は約束を破ってしまった。
肩で楽しそうに揺れる短くなった髪をそっと触った。胸が罪悪感で痛むのに、どこか清々しい気持ちになる。何か重たい物が背から降りたような感覚だ。
それにしてもここはどこだろう? 私は辺りを見渡して自分の記憶を探った。けれど道を選ばず走ってきたため見当がつかない。強盗からは逃げられたようなので、ほっと息をついた。
「おや、お前さん、ざんばら髪ダネ。まるで戦国時代の落ち武者だ」
唐突にしわがれた声が足元からかけられた。今まで人の気配などなかったのに唐突に現れた人物に、私はそこから飛ぶように後ずさる。すぐ近くに小さなおじいさんが立っていた。
一体いつからそこに居たのだろう。静かに鳥肌が立つ。
「ひゃっひゃひゃ、若いもんは元気だのう。……おやや? お前さんの、そのざんばら髪はもしかして……」
ふいに、じっとおじいさんが小さな眼で見つめてくる。確かにナイフでばっさり切っただけの髪は不ぞろいで綺麗ではないだろう。
「そ、そんなにおかしいですか?」
もしかして前より酷い容姿になってしまったのだろうか。びくびくしながら尋ねるとおじいさんは思いつめた顔をほころばせた。
「いや、大丈夫サ。お前さんの顔はべっぴんだしの。髪型なんて関係ない」
「べ、べっぴん!」
それは世に言う美人を表す言葉だろうか。自分とは違う世界の言葉だと認識していたので、初めて言われた言葉に舞い上がってしまう。
「や、やだおじいさん! そんなに褒めたってなにも出ませんよ、もう」
私は頬を緩ませて言うとおじいさんは優しく笑った。
「本当じゃよ。お前さんはあの方に随分似ておる。気になるならあの池を覗いて、自分の姿を見てみい」
おじいさんの指差した方には小さな池があった。公園におまけ程度に添えられている物だ。さっそく見てみようと足を傾けるが、疑問が湧いて振り返った。
「あの、あの方に似てるっていったい誰に似てるんですか?」
振り向いた瞬間、強い風が体へ押し寄せた。木々が大きく揺れて木の葉の嵐が起きる。思わず目を閉じて腕で顔を覆った。
「そのうち合うだろう」
耳元でそっとおじいさんの声が囁いたように感じた。風が収まってから顔を上げるとおじいさんの姿はもうそこになかった。
「あれ、どこにいったんだろう……」
探すけど見当たらない。仕方なく私は池へ向かって自分の姿を見つめた。
いつもの重たい髪がすっかり無くなっている。私だけど私じゃないみたいだ。うーん、おじいさんに言われた通り実は私ってべっぴんなんじゃ……。いや、そんなわけないな。
人は急に変われないものである。それでも軽い心に微笑んだとき、ぐにゃりと池が歪んだ。ゆっくりと波紋が広がってぽっかりと池に穴が開く。
「なに、これ……!」
黒くて底のない穴だ。私は吸い込まれるように穴を覗き込む。すると後ろから持ち上げるように体を押された。
「ちょ、待って! そんなことしたら落ちるっ」
バランスを取ろうと後ろへ下がるがもう遅かった。転がるように大きな穴へ落ちる。
「い、いやーっ!」
なんて日なのだろう。今日は失恋して、人質にされて、おまけに得体の知らない穴に突き落されるだなんて。きっと今日は悪運に憑かれた日なんだ。
私は黒い穴にすっぽりと飲み込まれていった。