コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 少年(仮)真白と怪物騎士団 ( No.3 )
- 日時: 2015/03/03 12:32
- 名前: 妖狐 (ID: 4mXaqJWJ)
「隊長、こいつ死んでますかね?」
「……いや、息はある。だが人間だ。仕留めておいた方がいいかもしれぬな」
「に、人間!? ほえー、初めて見やした。これが世の中で最も貧弱と言われる生物……」
頭上で話し声が聞こえる。私はおぼろげな意識の中、ゆっくりと瞼を開けた。なんだろう、目の前にいるのは熊と冷たい雰囲気のイケメン……?
「うわっ、こいつ目を覚ましやしたぜ! どうしましょう、殺りますか?」
熊が私を見て驚きの声を上げた。やる? やるって一体何を……。
少しずつ神経が脳に伝わり始める。伝わってきたのは体の寒さと、言葉の意味を理解した恐怖だった。
「——っ!」
反射的にその場から逃げるように後ずさった。虫でも殺すような無邪気な質問に心が震えた。この人たちは私を殺そうとしている!?
「おお、動いた! なんだか体が細くてすぐに折れちまいそうですね」
興味津々の声と共に熊がのそのそと近づいてきた。伸ばされる手に声にならない悲鳴を上げる。毛むくじゃらの手には大きな爪が生えていて、今にも切り裂かれそうだった。私は必死に転がるようにして逃げた。
「一体、なにを……!」
距離を取って相手を確認したとき、言葉を失った。今まで熊と思っていた生き物は全身に毛が生えた化け物だったのだ。口が大きく開かれ、緩い着物を羽織っている。不気味さに鳥肌がぶわっと立った。
逃げなきゃ……! 捕まえられればあの鋭い爪で、牙で殺される。防衛本能がサイレンを鳴らし、私は全身を恐怖でおののかせながら立ち上がった。
だが不自然な体の重たさにふらつく。自分の身体を見渡してみると水浸しで泥があちらこちらに飛び散っていた。最悪の格好だ。池に落ちたので濡れてしまったのだろうか。そのとき、ゆっくりと誰かが近づいてきて強引に私の顎を上げた。
「お前、名はなんと申す?」
無表情のイケメンと目が合った。目元の赤い刺青が妙に色っぽい。整った顔立ちと華やかな雰囲気は好みだったが、掴まれた顎に爪が食い込み痛かった。
「痛いっ……!」
「名を聞いているのだ。早く申せ。じゃないと今すぐこの場でたたっ斬る」
本気の目だった。人であることは確かなのに、毛むくじゃらの化け物より恐ろしいと感じる。私の声はどうしようもなく震え、今にも腰が抜けそうだった。
「ま、ましろ」
「そうか。ではましろ、今すぐ俺に斬られるか、人間界へすぐさま帰るか、どちらか選べ」
選択を迫るように相手は腰にある剣へと腕を伸ばした。一歩でも動けば、ばっさりと斬られるのだろうと確信するが、私は質問に答えることができなかった。だってその二択はどちらも選べない。
「人間界へ帰る方法なんて知りませんっ……! 私、池の穴に落とされて、気付いたらここにいたんですから」
むっとイケメンが眉を寄せた。探るように私の顔を見つめてしかめ面で尋ねる。
「池に落とされたとは、誠か」
「は、はい、本当です」
睨みつけられる視線に怯えながら、逃げずに見つめ返して答えた。ここで視線をずらしてはいけない気がしたのだ。するとイケメンは大きくため息をつき、顎を掴んでいた腕を下した。怒気も消えうせる。
「……なら、致し方ないか。おいケケ、こいつを保護するぞ。こいつは招かれたまれびとだ」
「本当でやんすか!? こんなひょろっちい棒切れのような生き物が?」
なんてひどい言い草だ! 私は反発的に言い返そうとしたが、のそりと近づいてきた化け物に気おされ息を飲み込んだ。
「おいらの名は毛羽毛現(けうけげん)。周りからはケケと呼ばれてる。よろしくな」
大きな手が前に差し出される。フレンドリーな仕草に呆気にとられた。先ほどまで殺すと口にしていたのに、冷徹なイケメンの一言で掌を変えるように接してくる。怪しくてケケと名乗る化け物を見つめていると、相手はしびれを切らしたのか引き寄せるように私の手を掴んで握りしめた。
「ここで分からないことがあったらおいらに聞け。手助けしてやる。なんたっておいらは隊長の右腕になる予定のデキル部下だからな」
毛で覆われた顔から微かに見える目が可愛らしく笑った気がした。毛むくじゃらの手は思っていたより柔らかく温かい。その温もりは殺意と違って複雑な気分になった。どこまで信用したらいいのか分からない。
「とりあえず母屋に行くか。その身なりじゃ大変だろう」
イケメンが和風の建物へ向かって歩き出す。ケケに手を引かれるまま、ついていこうとしたとき、唐突にイケメンが振り返った。
「そういえばお前、女じゃなかろうな」
問いかけに首をかしげた。その後、羞恥と怒りで心が染まる。この人は私を男だと言いたいのだろうか。
いくら冴えない私だってその質問は傷ついた。制服のスカートだって履いているし、どこからどう見ても女性の顔立ちをしているだろう。男に似ているなんて一度も言われたことはないし、間違われたこともない。イケメンの言葉は失礼極まわりないものだった。
「ひどすぎです! 私はちゃんとしたおん……」
「そうですって、酷すぎますよ隊長」
声を遮るようにケケがからからと笑い声を立てた。ああ、毛むくじゃらだけどちゃんと私が女だって分かってくれている! 私は自信を少し回復してイケメンを睨みつけた。ふふん、どうだ、さすがに女なんて間違えているのはお前だけだぞ。けれどケケの続けた言葉に耳を疑う。
「どこからどう見てもこいつは男じゃないすか! 女はもっと色香があって綺麗でやんすよ。こいつは胸板も平らですし」
貧乳でどうもすみませんでした! 私はケケを思い切り睨みつけた。けれどそれを華麗にスルーしてケケは笑い続けている。行き場のない怒りをどこにぶつけたらいいのか困惑した。
「それもそうか。悪い、変な質問をした」
そこであっさりと引き下がらないで! 納得して欲しくなかった。私は傷ついた心を押さえながら、仕方なく女であることを言おうとした。このまま男だと思われるなんて心外だ。
「あの、私は男でなくおんな……」
「お前男で良かったなー!」
だから男じゃないってば! また言葉を遮る呑気なケケの口をふさぎたくなった。あれ、でも男で良かったってどういうこと?
首をかしげた私にケケは満面の笑みで説明してくれる。
「ここは女人禁制の洗礼された騎士団本部だぞ。女が万が一でも入れば大騒ぎになる」
さあっと血の気が引いた。やっと斬り殺されそうになるのを免れたのに、性別だけで危機にさらされるとは思わなかった。
「……もし、女性が入ってきたらどうなるんですか?」
「すぐさま首が吹っ飛ぶな、そりゃ」
笑みを絶やさないケケの表情とは真逆に言葉は恐ろしいものだった。イケメンが訝しげにこちらを見る。
「なんだお前、先ほどから青い顔をして。まさか男ではないのか……」
「男です! 生まれて十六年間、男として生活してまいりました! こんな貧弱な体系の私っ……じゃなくて僕が女な訳ないでしょ! ははは」
私は必死で取り繕った。もうこの際、男でも女でもいい。生きること、それが一番大事だ。役に立たないプライドなど捨ててしまえ。
イケメンは圧倒されるようにうなづいた後、神妙な面持ちで腕を組んだ。私に向けられる目線はまるで珍獣でも見る様なんですが。なぜ?
「男なら問題ない。……それよりお前は感情の抑揚が激しい奴だな。先ほどは怯えていたのに、今は笑うのか」
「面白いでやんすね」
ケケが人懐っこく体を寄せてきた。毛がくすぐったくて身をよじる。相手は見たこともない化け物なのに心はほだされつつあるのが不思議だった。
——私は一体どこへ来てしまったのだろう。
空を見上げれば見たことのある青い風景に少しだけ安堵する。空を飛んでいた奇妙な生き物は見なかったことにするが。
持っているものは自分の命だけの何もわからない世界で、私は、腕を引かれるまま歩き出した。
*
「侵入者でございます、明様。ただいま騎士と第三部隊長が対面している様子」
「第三部隊長が? へー、またあいつは厄介ごとを引き受けたんだね。昔からそういう性質だからなあ」
優雅な微笑が甘い吐息と共に漏れる。控えるように報告した女のような顔立ちの騎士は、自分の主につい見惚れた。だが妙な胸騒ぎに不快な顔をする。
「明様、異様な気配が致します。災いが近づいてきているのかもしれませぬ」
「君も感じるかい。だが惜しいことにはずれだよ」
「どういうことですか?」
「この気配は災いを呼ぶものじゃない。災いを転換させ、幸福を吹き散らす、いわば台風の目だ」
「……それは邪なのでしょうか」
渋い顔つきの騎士に男は楽しそうな微笑みを浮かべた。豪華な椅子から立ち上がり、長い裾をはためかせる。
「邪でも幸でもない。今はまだ無知の行くあてがない力だ。……それでは稀なる侵入者を迎えに行こうか」
「はっ」
男と騎士は薄暗い部屋を出て侵入者の元へと足を向けた。