コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 少年(仮)真白と怪物騎士団 ( No.9 )
- 日時: 2015/01/12 18:12
- 名前: 妖狐 (ID: e.VqsKX6)
豊かな自然に包まれた和風の屋敷と豪華な城を私は見上げた。そこらじゅうに散らばっている怪奇な生物が眼の端を通っていく。まるで映画の中に飛び込んでしまったかのような場所、ここは異世界。
私は髪の毛についたワカメみたいな藻を取りながらため息をついた。
……これからどうしよう。
池の中に放り込まれ、たどり着いた場所は異世界でした、なんて冗談にもほどがあるだろう。しかも目の前を歩いているイケメンと隣でふさふさの毛を揺らしているケケは最初、私に殺意を向けていたのだ。イケメンの腰に下げている剣が眼に入り寒気がした。この世界は私を歓迎なんかしていない。
その場で考え込んでいたとき、突然、肌を刺すような冷たい水が頭からかぶさってきた。乾いてきた服がまたびしょ濡れになる。
「つ、冷たい! せっかく乾いたのに何するんですかっ」
水がかけられた方を向くとそこには誰もいなかった。周囲を見渡すが水をかけてくるような人物もいない。抗議の矛先に戸惑っていると遠くから冷ややかな声が発せられた。
「まだだな、もう一度」
すると再び水が目の前に迫って来る。体を包み込むように水が渦を巻き、抵抗することもできず私はその場に崩れ落ちた。息が苦しく、足元でぱしゃんと水の跳ねる音がする。
「よし、綺麗になったな」
「……一体何を」
息苦しさと寒さに身を縮こませていると、無表情のイケメンが近づいてきて見下ろすように私を見た。
「洗浄だ。身なりがあまりにも汚らしかったからな。先ほどのままでは着替えられない」
さらりと酷い事言ったよ、この人! 顔が綺麗な相手に汚いと言われるとダメージがかなり大きかった。確かに頭にワカメ乗ってたけどさ……。
だが言葉通り泥や藻が取れた体はお風呂上りのようにさっぱりとして感じられた。洗浄って言葉はあながち間違っていない。イケメンは私から視線をずらして少しだけ首を傾けた。
「仕事中にすまないな、河童」
「こんなこと何でもないですよ。隊長の頼みより優先させるものなど一切ありやしませんぜ」
軽い笑い声が耳に響いた。イケメンの視線の先を振り返ると、井戸から全身緑の生き物が上半身だけ出してこちらを見ている。眼があった瞬間、肝を掴まれたような気分になった。
「うそ、かっぱ……」
居たのは絵本からそのまま出てきたような河童だった。頭上にあるお皿にヌルヌルとした体、大きな目が興味深げに向けられている。
「それで隊長、この小僧はどこから拾ってきたんだい。俺の勘が確かなら世にも珍しい人間とい生物に見えるが」
「かっぱ……っ」
「ああ、これは人間だ。だがいわくつきの故、保護している」
「かっぱだー!」
「五月蠅いぞ、お前」
わなわなと震える私をイケメンが鋭く睨んだ。けれど今の私はイケメンに睨まれても怖くない。なんたって伝説上の生物である河童が目の前にいるからだ。全身けむくじゃらの化け物ケケに会った時も驚いたが、河童は別格だった。初めて有名な妖怪らしい物を見て心が興奮した。
「とにかくこれを着てこい。そのあと、お前の今後を決めるため団長に会いに行く」
どくんと心臓が一つ大きく鳴った。私の今後。それがどうなるのか予想もつかない。まれびとだという理由で保護されているが、実際私は貧弱なだけの生き物だ。誰かの役に立てる自信もない。もしかしたら生死を分ける話になるんじゃないか、と考えた途端血の気が引いた。
何も分からないこの異世界で私が戦える武器など一つもなく、抗えない自分は無力だ。こうして今もなんだかんだでイケメンの世話になっていると言える。
私はこれからどうしたらいいの……?
不安が足元から溢れるように体を包み込んだ。イケメンに渡された衣服を胸に強く抱きしめる。逃げ道はないんだ。
それでも逃げるように屋敷の一室へお邪魔して濡れた服を脱いだ。女だとばれないように素早く着替える。もしかしたら胸でばれちゃうかも……と思ったが心配なかった。そうだ、私はまな板だった。
着物のような和服に悪戦苦闘しながらも着ると腰の帯を強く結ぶ。そうすることで今にも押せば崩れてしまいそうな恐怖心を少しでも抑えたかった。
死にたくなんてない。けれど私は無力だ。一人で生きていくこともできないし、もう帰る家も待ってくれる人もこの世界にはいない。
涙が濁流のように瞼の裏まで押し上げてきた。けれど私は唇を噛みしめ必死に堪えた。泣いたって何も変わらない。私が今しなきゃいけないのは、生きることだ。
「わあ、結構似合ってるでやんすよ」
着替えた私を見てケケはにこりと笑った。和服だから動きづらいが褒めてもらえると嬉しい。制服は使われてなさそうな押入れに入れさせてもらった。
「そういえば隊長、さっき言ってた『まれびと』ってなんでやんすか?」
首をかしげるケケに私は肩を揺らした。まさに私が一番聞きたかったことだ。怖くて聞けなかったが自分がなぜ保護されたのか分からなかった。
イケメンは眉間にしわを寄せると難しそうな顔で答えた。
「まれびととは書いて字のごとく稀なる人のことだ。お前が池に落ちてこちらの世界にくるなど、まずあり得ぬ。誰かに突き落とされたのなら、そ奴が意味あってお前をここに送ったのだろう。ならば我らは害を加えず保護しなければならないという事だ」
「意味があって私はここに来た……」
その言葉に少しだけ救われるような気分になった。私に使命があるなら、それを成すまでは死なないんじゃないかて思えてくる。それになによりイケメンの口から害を加えないと言ってもらえた。
「私……じゃくて僕、今すぐ死なないんですね」
「当たり前だ。なんだ、我らがすぐさまお前を殺す情けのない奴とでも思ったか?」
いや、現に出会った時、殺そうとしてきましたよね。言葉にすると睨まれそうなのでやめておいた。ふいにイケメンが私を見つめる。
「我らは害を加えない。だが、あいつらにそれができるかどうか……」
「え?」
「……何でもない。参るぞ」
疑問を強引に打ち消してとっとと歩き出す。慌てて後を追おうとすると、背後から呼び止められた。井戸から出た河童がこちらに近づいてくる。
「おい小僧。この先気を付けるんだぞ。我らのように奇妙キテレツなものを見慣れてる奴らもいるが、以上に反発的な奴らもおる。騎士は気性の荒い若僧が多いからな。もし身の危険を感じたときは、お前自身で己を守るのだ」
真剣な眼差しの河童に息をのんだ。いざとなったとき私は……自分の身を守れるのだろうか。
◆
「大丈夫でやんすか? うつむいたまま歩くと転ぶすっよ」
ケケが覗き込むように顔を寄せてきた。頬にあたる毛にくすぐったさを覚えて微笑みながらうなづく。だけどきっっと説得力はないんだろうな。私の頭の中は混乱していた。死なないと安心したのもつかの間、河童の意味深げな言葉が脳内に引っかかる。
落ち着かせるよう深呼吸を繰り返しながら歩いていると、イケメンがちらりとこちらを見やった。
「先ほどから息が荒い。静かにしろ」
暴君な様子に恐怖が一瞬消えて腹が立つ。だがぎこちない言葉がイケメンの口から漏れた。
「まあ、お前は見るからに弱そうだが、生き物はそう簡単に死ぬものではない。大丈夫だ」
私は眼を瞬かせた。前を歩いているので表情は見えないが、声がほんの少しだけ和みを持っていた。今までの冷徹な様子とは明らかに違う。……もしかして、安心させようとしてくれているの?
まさかの不意打ちに頬が火照ったのを感じた。ケケの小さな笑い声が聞こえる。
「隊長、不器用なんすね」
「黙れ。お前の毛をすべてむしり取るぞ」
「ええ! 止めてください。俺から毛を取ったら何が残るんすか」
全身毛むくじゃらのケケは嘆く。穏やかな雰囲気に心が和み、心がふわりと軽くなった。けれど、それを一気に壊す嵐が唐突にやってくる。
「お前、一体どこのどいつだ!」
鼓膜を破るような轟音が耳に届いた。衝撃で弾かれるようにそちらを見ると遠くで巨人のような妖怪が振動をたてながらこちらへ向かってくる。手には金棒を持っていて、眉が吊り上っていた。
「異様な香り。お前のような化け物は見たことがないぞ」
野太い声が頭上から降ってくるようだった。化け物に化け物扱いされると存外傷つく。巨人はみるみるうちに近づいてきて目の前に立ちふさがった。圧倒的な大きさと威圧に息をのむ。
「お前、騎士団の者ではないな。この身の程知らずな狼藉ものめ、この場ですり潰してくれる!」
憤慨するような雄たけびと共に金棒が降ってきた。その場で動けずに硬直しているとケケに力いっぱい押し飛ばされる。派手に転がりながら廊下を移動すると、先ほどまでいた場所は金棒によって木がえぐられていた。あそこにいたら骨ごとぐちゃぐちゃに叩き潰されていただろう。
顔が蒼白になっていくのが自分でもわかった。巨人から湧き上がるのは殺意のみ。殺すことに躊躇はない。私がほのぼのと生きてきた世界とは真逆だ。
河童の声が脳内に響く。もし身の危険を感じたときは、お前自身で己を守るのだ。
だけど、私は……。
「危ない!」
ケケの声が聞こえた。頭上を見上げると再び巨人が金棒を持ち上げている。振りかざせば自分に直撃するであろう。あれが当たったらものすごく痛いんだろうな。心は冷静なのに足が地面に縫い付けられたように動かなかった。本当に私って貧弱で意気地なし。
「駄目だ、逃げてっ!!」
遠くで切羽詰まった叫びが聞こえた。だが肉体を貫いて電光のように駆ける恐怖が体を支配している。指一本動かせず、ただ目の前の金棒を見ていた。
——私はとても無力だ。