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Re: 少年(仮)真白と怪物騎士団 ( No.16 )
日時: 2015/03/21 08:41
名前: 妖狐 (ID: 4mXaqJWJ)

 勢いよく私めがけて金棒が降ってくる。でも足は地面に縫い付けられたように動かず、私はぎゅっと目をつぶった。
 そのとき、やわらかい風が頬を撫でた。同時に刃同士がぶつかり合う音がすぐ横で響く。
「こいつを傷つけることは俺が許さぬ」
 驚いて目を開けた先には、私をかばうように立つイケメンの姿があった。大きな金棒を細い剣一本で止めている。その姿に息をのんだ。
「あ、あなたは第三部隊長! なぜこんな所にいらっしゃるんですか!?」
 大男がいかつい形相から一変、慌てたような顔つきに変わった。金棒をすぐさま引いてその場に座り込む。
「刃を向けてしまい申し訳ございませんでした! この無礼、なんと詫びたら良いか……」
「別によい」
 急にしおらしくなった大男を一瞥(いちべつ)してイケメンは静かに剣を鞘に納める。私はそこで緊張の糸が解けたように座り込んだ。筋肉が無くなったかのようにまったく力が入らない。助かったのだと認識するまでしばらく呆然とした。
「怪我はないでやんすか!?」
 ケケが慌てたように駆けてきた。心配そうにうるんだ瞳を見て、うなづき返す。
「うん……、平気、だよ」
 声が情けなく震えている。けれどひざまついている大男を見て動悸は少しずつ収まっていった。
 改めて目の前のイケメンはすごい人物なのだと思い知らされた。誰もが彼に敬意を払い、その言葉に従う。もし彼がいなければ私は今頃……。浮かび上がった残酷な景色はもう一つの私の未来だったかもしれなかった。
 あまりにも見つめすぎていたのか、イケメンは不愉快そうな顔をしてこちらへ歩み寄った。
「……なんだ、立てぬのか? 仕方がない、しばし支えてやるから掴まっていろ」
 え? と聞き返す間もなく私の体はイケメンによって宙に浮いた。まさにお姫さま抱っこと言われるような体制になる。これが少女漫画の王道とも呼ばれるシュチエーション!
 だが長年夢に見てきたお姫様抱っこに、漫画のように心をときめかせることはできなかった。
「お前、見かけ以上に重いな。これではそのうち床が抜けてしまう」
 そんなわけないでしょ! 無神経な言葉にときめきなんてどこかへ逃げて行った。折角今まで恋愛とは無関係だった私がこんな場面に巡り合っているのに、相手がとても残念だ。
 抗議するように腕を振り回すが、相手は余裕の表情でそれを避けた。ああ、もう悔しい!
「……なぜ、そいつを守るのですか」
 怒りを含んだ声が耳に届いた。大男は鋭い目つきで私をにらみつけている。その眼に心臓を鷲掴みされたような気分になった。
 怖い。
 けれどイケメンの手がしっかりと私を支えてくれている。大男から視線をそらして彼の着物の裾をぎゅっと握りしめた。
「そいつは外部者です。しかも、とても弱い。なぜそんな奴が誇り高き騎士団の敷地内を歩いているのですか!」
 怒りを沸き立たせる大男に、あまりにも冷めた声が発せられる。
「これは客人だ。正当な理由を持ってこの敷地に招かれた」
「でも、そんな異臭のする奴を騎士団の中に入れることは許せません! 我ら第二部隊長も招致しないと……」
「——口を慎め。それはお前が決める事ではない」
 聞いている私まで背筋の凍るような声が彼の口から出た。大男も意表を突かれたように黙り込む。
「我らは用があるので失礼する。ケケ、いくぞ」
「は、はい!」
 心配そうになり行きを見守っていたケケが速足で歩くイケメンを追いかける。私は運ばれなが禍々しい気配を感じ取って彼の肩越しに背後を見やった。その瞬間、鳥肌が全身に立った。先ほどよりも強く焼き付くような憎悪の視線が向けられていた。
 とっさに再び視線から隠れようとしたが、私は動作を止めた。こうして誰かに守られながら逃げるのはずるいんじゃないかと思う。だが考えを巡らしているうちに、いつの間にか大男の姿が見えないほど距離ができていた。

               ◆

「これから間もなく団長と面会するぞ。いいな」
 イケメンの言葉に私は深呼吸をしてうなづいた。腕から下してもらい、身なりを整える。一体団長ってどんな人なんだろう。想像で浮かんでくるのは、先ほどの大男のような厳めしい相手ばかりだった。また殺されそうになったらどうしようかと尻込みしそうになる。そんな心配を吹き飛ばす様にケケが私の頭をかき回すように撫でた。
「大丈夫でやんすよ! 団長さんは怖い人なんかじゃないすから。むしろ優雅って感じっす」
「うん……」
 務めて笑顔で返事をする。けれど心配はぬぐいきれなかった。大男の視線が脳内にちらつく。
 私は客人と言ってもここでは歓迎されないのかもしれない。イケメンやケケは最初敵意を向けていたがすぐ保護してくれた。けれど大男はいつまでたっても憎悪が込められていた。
 きっと彼らにとって私は体内に入った異様なばい菌みたいなものなのかもしれない。私には彼らが非現実的な生き物に思えるが、相手にとっては私がそうだ。異色の人間という生物に敵意を向ける意識も理解できた。でも、これから先、またあのような敵意を向けられたら、私はどう対処したらいい……?
「……そう怯えるな」
 無意識に後ずさっていた私を見かねたのか、イケメンはそっと私の手を取った。
「そんなに怖いのなら気休め程度だが、護りを授けてやる」
 人差し指で私の手の平に何やら書き始めた。何の変化もないが、微かに手がピリピリと電気を帯びる。
「護り、ですか?」
「俺の妖力を込めた呪文だ。いざとなったとき一度だけ盾のような効果を発動できる。これなら少しは平気だろう」
 向けられた優しさについ目元が熱くなった。こんなの、ずるい。暴君で冷徹な奴かと思えば、不意打ちに優しさをくれる。
「ありがとうございます……っ」
 溢れてきそうな涙を押さえて頭を下げた。呪文を書かれた手が熱を伴ったように熱くて心強い。
 彼からもらったお守りを携えて、私は団長が居ると言う立派な室内へ足を踏み入れた。

 室内に入った瞬間、ぶわっと花びらが目の前に吹き上げてきた。というのは錯覚だったが、それほど華やかで強い力を感じた。部屋の奥に暗幕の垂れ下がった場所があり、その奥にぼんやりと座り込む人物が見える。あれが騎士団のトップ、団長なんだろう。
「急に時間を割いてもらって悪いな」
 イケメンは臆することなく前へ進んでいった。人間の私でも感じる出来るほどの強い力はまるで引力のようだった。自然と頭を下げてしまいそうな雰囲気が漂う。後ろを見やるとケケが全身の毛を震わせながら直立していた。
「お前は無理しなくてもいいぞ」
 動かないケケにイケメンは声をかける。ケケはゆっくりうなづいて数歩下がった。
「え、ケケどうしたの?」
 問いかけるとケケはぎこちない笑みを浮かべた。
「おいらにはとても近づけるような妖気じゃないんでやんす。今まで遠目でしか拝見してこなかったので平気でしたが、こう近いともう……。高等妖怪はすごいでやんすね」
 高等妖怪、その呼び名に私は目を丸くした。妖怪には階級があるのだろうか。
 ケケは疑問を察したのか声を小さくして説明してくれた。
「妖怪には力の差で階級が決まっていて、力が強いほど崇められるような存在なんでやんす。この騎士団では団長や隊長が高等妖怪で、一般の騎士は下級、もしくは中級妖怪の集まりです。騎士団で偉い人ほど力が強いんでやんすよ」
 私は納得してうなづいた。私の生まれ故郷でも平和な国だったが力の差というのは存在した。力の強い者には逆らえない。それが一般的な考え方だ。
「でも真白は大丈夫でやんすよ。人間だから妖怪ほど妖気に支配されることもない」
 行っておいでとケケは私の背中を優しく押した。部屋の奥にはイケメンと団長らしき人物が待っている。呪文の書かれた手を握りしめて、そちらへと足を進めた。
「そこへ座れ」
 澄んだイケメンの声に従って暗幕の垂れ下がっている前へ座った。あたりは薄暗くて頼りげないろうそくが数本置いてあるだけだった。
「こいつがいきなり現れたまれびとだ。知能と能力は限りなく低い」
 説明するような言葉に暴力が含まれていた。事実に近いが、もう少しオブラートに包んでくれたっていいじゃないか。恨めし気な眼を向ける私を無視して彼は言葉をつづけた。
「始めは始末しようとしたが、招かれし者としてここへ連れてきた。名は……」
「ましろ」
 イケメンの言葉を遮った声に私は弾かれたように暗幕を見つめた。優しくて甘いような声が再び耳に届く。
「真白、だろう。名は存じているよ。私は君がここへ来た時からずっと会いたいと思っていたんだから」
 名前を呼ばれるたびに電流がぴりっと頭を駆け巡る。どこか懐かしい声の相手を一心に見つめた。暗幕があって姿は確認できないが、相手がゆっくりこちらへ手を伸ばすのを感じる。
「会いに行こうとしたが、そちらから出向いてくれて嬉しい」
 暗幕の奥にいる人物を見たかった。この世界に来てから初めて自分を必要としてくれる人物に出会えたのだ。姿勢を崩して前に身を乗り出したとき、いきなり暗幕がひるがえった。
「明様、いけません!」
 誰かの静止の声が聞こえる。だがめくれ上がった暗幕から出てきた人物は勢いに乗ってこちらへ飛び出してきた。
「待ちわびていたよ、真白」
 ふわりと抱きつかれそのまま後ろへ倒される。驚いて見上げた先には、この世の者とは思えない色気漂う男性がうっとりとこちらへ微笑んでいた。