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- Re: 少年(仮)真白と怪物騎士団【更新再開!】 ( No.19 )
- 日時: 2015/03/19 16:09
- 名前: 妖狐 (ID: 4mXaqJWJ)
「めい……様?」
私は耳にした目の前の男の名前を呟いた。彼は子犬のような人懐っこい顔をして微笑みを浮かべる。
「明でいいよ、真白」
私はぎこちなくうなづいた。先ほどから胸がうるさいほど高鳴っている。金髪の柔らかい髪に翠色の瞳は魅惑的で一心にこちらを見られているのかと思うと、急に恥ずかしくなった。馬乗りにされている体勢もそろそろ解きたい。
起き上ろうと体を動かすと、明はうっとりとした雰囲気を消して現実に戻ったかのように立ち上がった。
「ごめん、つい勢いで襲ってしまうなんて。痛かったかな?」
困った顔で謝る明に私は慌てて首を振った。こんな優しそうな人がここのトップだなんて信じられない。ケケが近づけないほどの妖気を発しているはずなのに、怖い雰囲気は微塵も感じられなかった。
「ここまで連れてきてくれてありがとう、ご苦労だったね」
明は私を助けてくれたイケメンに笑いかけた。彼は今、目の前で起こったことに驚いた顔をしながら私達に冷たい視線を送る。
「おい、お前ら分かっているのか? 男同士で抱き合うなんて気色が悪すぎる」
ひどく嫌そうな口調を聞いて私は我に返った。そうだ、私は男と偽っていたんだ。少女漫画の主人公にでもなったかのような気分で心をときめかせていた私は、途端に羞恥が湧いてきた。
恥ずかしい。明は男に接する気持ちで来ていたと言うのに、私は乙女のような気持ちだった。駄目だ、勘違いにもほどが過ぎる!
「別にいじゃないか。私は真白を気に入ったのだから」
「だからって抱きつくな。気色の悪いものを見せられたこちらの身にもなれ」
二人が言い合っているうちに、私は自分が男なのだと言い聞かせた。明はスキンシップが過剰なだけなのだろう。私が女だと思っていないからこんなにも親しく接してくれたんだ。この騎士団じゃ女だとバレれば即、首が飛ぶ。忘れないようにしなくちゃ。
私は心に刻み込まれた恐怖を思い出す。でも、もう最初の頃のような強い恐怖は無くなっていた。明なら私を殺そうとなんてしないはずだ。
安堵に胸をなでおろしていると、急に伸びてきた手に髪を優しくなでられた。
「ふふ、綺麗な髪だね。艶やかで黒曜石みたいな輝きだ」
「う……あ……」
驚きでつぶれたカエルみたいな返事しかできない。いきなりの行動に先ほどの戒めを忘れそうになった。
他の女性だったら、一発で惚れていただろう。でも私は男なのだからドキドキなんてしちゃいけない。しちゃいけない……。
「そんなにたじろいで、真白は可愛いね」
ドキドキしちゃうでしょ! 私は胸を押さえて苦笑を浮かべた。
「そ、そんなことないですよ、お世辞にもほどがあります。私……じゃなくて、僕なんてその辺に生えている雑草と同じですから」
「雑草は自分を卑下しすぎだろう」
イケメンが呆れた視線を向けるが私は事実だと思っていた。何の取り柄もなく、人生でほめられた経験も皆無な私は雑草で十分だ。つい数時間前にブスと言われフラれたのだし。
ふと、痛いほどの視線を感じて振り返ると、一人の青年がこちらを見ていた。まだ若くてつり目が印象的な妖怪だ。この視線を私は知っている。彼から咄嗟に視線をづらして手を握りしめた。冷や汗がうっすら浮かんでくる。
この視線は敵意だ。前に大男に向けられたものと同じもの。でも、待って……。
私は頭を捻らせた。何かが違う。今まで気づかなかったけれど、敵意以外の気持ちがこの部屋中に散らばっているような気がした。集中してその正体を探ろうとしたとき、突然思考が切られた。
「真白、少しでいいから君の力を見せてくれないか?」
明の言葉に首をかしげる。私はなんの特技もない凡人なんだけど。私の様子を見て明は一瞬眉を潜めた。
「隠しているのかな? 君の力だよ。こちらの世界に来てから何か違和感を体に感じただろう。湧き上がるような何かを」
「……いいえ。とくには」
否定すると、また一瞬だけ明が真顔になった。すぐ笑顔に戻るが先ほどの優しい雰囲気が薄れていく。再び違和感を感じた。もしかして、この違和感は明から発せられるものなのだろうか。
「おかしいな……。髪が短いから、封印はもうとっくに解かれているはずなのに」
微かな声が耳に届いた。近くにいてやっと拾えるような声だ。その中に交じっていたのは舌うち……? 私は急に不安に駆りたてられて、一歩その場を退いた。彼が舌打ちなんてするはずない。でも……何かが妙なんだ。この違和感も、薄暗い部屋も、明自信も。
後ずさる私に気づいた明はゆっくりと近づいてきた。
「どうしたの、真白?」
優しい笑みが向けられる。伸ばされた手を私は無意識に振り払っていた。
「……どうした、小僧。腹でも痛いのか?」
イケメンが私の異変に気付いたのか近寄ってくる。すがるようにそちらへ足を向けると、明に腕を掴まれた。
「なんで逃げるんだい。私がこんなに優しくしていると言うのに」
さーっと血の気が引いていった。明のかぶっていたお面が音を立てて崩れるのを感じる。
「力がないだって? そんなはずないよ、君からは途方もない波長を感じる。でも君が自覚もなく使えないのだと言うのなら、もう必要はないかな」
握られた腕が痛かった。長い爪が肌に食い込んで赤くはれていく。
「い、たい! 離してください!」
「おい、何をしているんだ」
訝しむ様子でイケメンが声を上げた。けれどすっかり笑顔の消え去った明はイケメンを無視して私を引きずるように部屋の奥へ連れて行く。
「君はもう無用なんだよ。だからただここに置いておくことはできない。生きたいのなら試験を受けるんだ」
しゃべり方すら冷たく変わってしまった明に、私は必死に抵抗した。
「いやっ、……試験ってどいうこと!?」
「この騎士団の一員になる試験だよ。ここで生き残れるのは力ある者だけだから」
奥まで行くと、そこにあった障子を一気に開ける。眼に飛び込んできた光景に私は息を飲み込んだ。
建物に囲まれた広いには端から端まで妖怪がいた。姿かたち様々な異質の妖怪が一斉にこちらを向く。足がすくみそうになるが強引にその中央まで連れられて行った。乱暴に放り出され、勢い余ってその場に尻餅をつく。
「ちょっと、いきなり何を……!」
「黙れ。人間」
横から大きな妖怪が言葉を制した。そちらを向いて言葉を失くす。誰か嘘だと言って。
「君には今から一対一でこの妖怪と戦ってもらうよ。それが試験だ。戦いに勝てば騎士団の一員にしてあげる。けれど負ければ不法侵入で死刑だ」
無理だ。勝てるわけがない。だって私は弱いもの。武器なんて持ってないし、扱えもしない。それに、この妖怪は……。
「よう、先ほどの礼、たっぷりさせてもらうぞ。お前を正式に叩き潰せるのだからな」
廊下でいきなり襲ってきた先ほどの大男が笑みを浮かべた。敵意でぎらついた目が今にも攻撃したそうにこちらを見つめている。明も面白そうな表情をしていた。
こんな大男と直球で戦ったって勝てっこない。けれど勝てなければ死刑だ。
「たす、けて……」
声は虚しく空気に溶けた。
ここに私を助けてくれる人は、誰一人いない。