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- Re: 少年(仮)真白と怪物騎士団【更新3/19】 ( No.20 )
- 日時: 2015/03/22 12:55
- 名前: 妖狐 (ID: ET0e/DSO)
「それじゃあ試験を始めようか。準備はいいよね」
明の白く綺麗な手が私の頬を優しく撫でる。けれど動けば赤い爪が刺さりそうで、私は反論することもできず硬直していた。その間にも大男を一人の残して妖怪たちが引いていく。庭の中央だけ空間が取られ、その周りに妖怪たちは円を作って楽観を始めた。
ここは和風な異世界なんかじゃなくて、地獄なんじゃないか。
「おい、明! 何を考えているのか。今すぐそいつを開放して引き渡せ」
イケメンの声が飛んできて耳にと届く。その声だけで心が震えて安堵の涙が出そうだった。まだ会ったばかりで彼も妖怪なのに、これほど信頼してしまう自分に気づく。ケケもこちらへ焦るように駆け寄ってきた。
「そいつはおいらの弟のような子分でやんす! 傷つけることはいくらケケ様でも許しやっ……」
突然、近づいてきたケケの体がはじけ飛んだ。そのまま地面を転がって庭のすみまで後退する。
「ケケ!」
私は全身土まみれの毛玉になってしまったケケに向かって叫んだ。どこが顔かもう分からないが大丈夫なのか、ケケはゆっくり起き上ってこちらを振り返った。
「なんでやんすか、今の……。見えない壁に激突したような……」
「庭の中央には戦闘用の透明の結界を張ってあるんだ。戦闘中の攻撃がこちらに来て被害が出たら嫌だし、外部の妨害、及び試験者の逃走対策のためさ」
唖然とする私を見つめれ明はくすりと微笑した。その手にはいつのまにか術を組むように一枚の白札が握られている。
そう言い残すと明は大男と私、二人だけを結界の中に残して建物の部屋まで戻ってしまった。そこから椅子に座って、まるで高みの見物だ。
もう誰かが助けてくれる可能性も、逃げる可能性も絶たれてしまったんだと自覚する。私が選択できる未来はもしかして……死のみなの?
「一気にやってはつまらないから、じっくり殺してやるぞ。悪あがきはよせよ、不法侵入者め」
いつの間にか大男が目の前にたちふさがって金棒を担いでいた。頭に角が生え、三つある眼玉がこちらを歪んだ眼差しで見つめている。舌なめずりでもするように私の全身を伝っていく視線が気持ち悪かった。
恐怖が体を支配する。無意識に私は叫び声をあげていた。
「いやだ、やめてよ、こんなのおかしいよ! だって私はただの人間だよ? ついさっきまで学校で誰にも恨まれないように空気になって過ごして、夕方にやるアニメを楽しみにしてた、ただの女子高生なんだよ!? なんで私がこんな目に合わなきゃならないのっ」
「先ほどから何て奇怪な言葉を使っているんだ? あにめやらじょしこうせい……とは何の事だ」
大男が首をかしげた。
「お前がこんな目に合うのはお前自身が弱いからだろう、人間。ただ守られるだけの軟弱者など、ここでは生きていけないんだ」
弱いから死んでしまう。ここは絶対的な弱肉強食の縦社会。
改めて残酷な異世界なんだと思い知らされた。殺されることなどとは縁のない日本育ちの私は、本当はどこかで楽観している部分もあった。だからずっと逃げていればどうにかなると思っていた。でも、もう逃げられない。
どこかで大きな鐘の音が響いた。雷に撃たれたような震えが全身に走る。戦闘開始の合図だ。
「おらあっ!」
声と共に金棒が真横に振ってきた。その衝撃で地面が弾み、私は腰を浮かせる。わざと当てないで追い詰めていくつもりなんだ。
「次は少しかすらせるぜ! まあ、かすると言っても腕の一本くらい壊れるかもしれないがな」
再び金棒が振り下ろされる。私はほとんど反射で転がるように避けると、地面の砂を掴んで大男の顔めがけて投げつけた。砂なんかじゃダメージは与えられない様に思えるが狙ったのは眼だ。案の定、眼に入った砂の激痛に大男は動きを止めた。
「ぐああっ、おのれ人間ごときが!」
分厚い咆哮から、私は一目散に逃げ出す。結界が貼ってあるから逃げ切れはしないが、出来るだけ距離を取りたかった。距離が出来れば金棒は届かないはずだ。
「待て! 今すぐ殺してやるから!」
大男は眼をこすりながら金棒を回して走ってくる。私は結界の端から端まで逃げ回った。履きなれない下駄を脱ぎ捨てて、何度も転びそうになりながら走る。足は石が刺さって血が出るがそんなこと気にしていられなかった。
今はただ動物の本能だけで生きようとしている。死んでしまうと分かっていても素直に殺されたくなんかない。
「先ほどからちょこまかと逃げおって! 男なら正々堂々と戦え!」
大男の言葉に、観客である他の妖怪も同意するような野次を飛ばしてきた。ずっと逃げているから退屈しているのだろう。けれど私は心の中で舌を出した。だって、私は本当は男じゃないから、正々堂々と戦わなくたっていいんだもん。
その時、いきなり足を後ろに引かれた。私は勢い余って派手に転ぶ。足の方を見ると、結界のすぐ外にいた妖怪が伸びた手を結界から抜こうとしていた。
今、結界の中に入ったんじゃないの!? しかも外部の妨害だ。これは戦闘の違反のはずなのに。
混乱が頭の中を駆けまわる。もしかしたら、今のを明に言えば戦闘は中止になるかもしれない。そんな希望を見つけるが、声をあげる前に大男が息を切らしてすぐ近くに立っていた。
「うそ……っ!」
他の妖怪に気を取られていたせいで追いつかれていたことに気づかなかった。立ち上がって逃げようとするが、足が悲鳴を上げて動けない。もう一度よく見ると足は赤くはれ上がり、捻ってしまったんだと分かった。これではもう走れない。
「どうしていつもこうなのよ、なんで私の体は大切なときに使えなくなるの!」
動けと念じても上手く力が入らず、額から汗が滑り落ちた。告白してフラれて逃げようとしたとき、体力不足と運動音痴のせいで上手く逃げられなかった。今思えば、ここまで大男から逃げ切ったことも奇跡に等しいんじゃないか。
「どうやらここまでみたいだな……」
大男はぎらついた目に疲労を残しながら笑みを浮かべた。恐怖と疲れで麻痺した心が、まるで悪役のセリフみたいと、馬鹿なことを考え出す。もしこれが漫画の世界ならどんなに良かっただろうか。この後ヒーローは必殺技を繰り出すんだろうな。
「でも、私に必殺技なんかないし……どうしよう」
呟いて、声が震えているのに気付いた。足だけじゃなく、体が鉛のように重たくて体力も限界だ。いつ壊れてもおかしくないほど、心臓がどくどくと音を立てている。
結界の隅へ大男に追い詰められ、もう前後左右に逃げ場は無くなった。
——もう、死んでもいいかも。
ふと最悪の言葉が脳裏に浮かんだ。消そうとしても動けない体ではただ大男の攻撃を待ち受けることしかできない。本当の本当に死んでしまうのかもしれない。
お母さん、お父さん、親不孝者でごめんなさい。暗くて地味で弱虫な私だけど、二人の事が大好きだったよ。それから一度は恋を叶えたかったな。あと結婚もしてみたかったし、お金持ちにだってなりたかった。それからいつか出来る将来の夢を実現させたかった。
「もう遅いけど……」
危機的状況なのに涙は流れなかった。疲れた脳が感情さえ放り出してしまったのかもしれない。眼を閉じて私は大男の攻撃を静かに待った。
「真白!」
ケケの叫び声が聞こえる。ごめんね、わたしもう無理なんだ。
金棒の金属音がすぐそばで鳴り、風の音で振り落とされるのが分かった。当たれば一発であの世行きだ。
「あっけないな、死ぬことなんて」
心がさび付いたまま、衝撃にぎゅっと手を握る。
——さようなら、それにたくさんありがとう。
そのまま金棒は私を思いっきり叩き潰した。