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Re: 少年(仮)真白と怪物騎士団【3/21更新】 ( No.21 )
日時: 2015/03/22 12:57
名前: 妖狐 (ID: ET0e/DSO)

 金棒が私を叩き潰す、はずだった。
 けれどいつまで経っても衝撃は来ず、静寂だけが辺りを包む。つぶっていた目を恐る恐る開けると、複雑な文字の模様が一面に散らばっていた。それが盾として金棒の動きを止め、包み込むように真白を守っている。
「文字に守られている……?」
 唖然としたとき、ふと、イケメンの言葉が頭をよぎった。
『これは俺の妖力を込めた呪文だ。いざとなったとき一度だけ盾のような効果を発動できる』
 咄嗟に手を見る。そういえば以前、彼は怖がる私の心を少しでも楽にするため、手に呪文を書いてくれたんだ。その呪文は発動したためか、手から消えていて私を守ってくれたのだと分かった。
「なんだ、これは! お前はただの人間じゃないのか」
 大男が面を食らったように文字の盾を見つめる。だが文字は役目を果たしたようにぱっと一瞬で消えてしまった。使えるのは一度だけだからだ。その時、切羽詰まったような声が耳に響いた。
「もうやめろ! これは隊長である俺の命令だ!」
 大男の動きが止まる。だが明は愉快な笑い声をあげた。
「無理だよ。だってこの戦闘は団長の僕が命令して行っているんだから。階級が下の君にはどうにも出来ない」
「ふざけるな、あいつは貧弱な人間なんだぞ! 人間とは壊そうと思えば簡単にくずれてしまうほど脆い生物だ。遊びにもほどが……」
「遊びじゃないよ。それに簡単にくずれてしまうなら、この世界では生きられない。君もよく知っているだろう?」
 イケメンは返答に詰まったように口を閉じた。そしてすぐに私の方をするどい視線で睨みつける。
「おい、お前はなぜ休んでるんだ! もっと動いて、もっと考えろ。生きたくないのか!」
 休んでるんじゃなくて、追い詰められてるんです! 体力が限界で動けないんです! 反論したいが声がかすれて乾いた息が漏れるだけだった。でも不思議と鼓動が少しずつ高まっていく。彼の視線、言葉一つでなにかが溢れてくる。
 私は今まで逃げてばっかりいた。弱いと自分を決めつけ、それを言い訳に戦おうとしなかった。初めて大男に襲われた時も情けなく突っ立っているだけだった。
 私を守るために抗うイケメンの声と、必死に結界の傍に寄ってくるケケの姿を見える。
 ——ずっと守られ続けるの? 
 守られるのはきっと楽だろう。何もしなくても生きられるということは幸せだ。
「でも……それじゃあ、駄目なんだ」
 私は眼を大きく開いた。甘ったるい自分の考えに嫌気がさす。
 私は今までの人生でいつも逃げていた。自分を卑下して、落として、楽な道を探していた。辛いことを避けて通る道は、私に優しくて心地が良かった。
 だけど今なら分かる。それがいつか自分の身を滅ぼすことが。そして今の自分が何を成せばいいのか。
「私の命なんだもの、自分で守ってみせなきゃ!」
 体力が限界だからなんだ、追い詰められたからなんだ。私はまだ死んでない。手足があって五感も働いて、脳も動いている。まだ、戦える。
 だから考えろ、考えろ、考えろ。
 私はどうしたら自分を守れる、どうしたらこの大男に勝てるのか。私は……——強くなりたい!
 どこかで鎖が千切れるような音がした。しめつけられていた感覚が無くなり、ふわりと宙に浮いたような気分になる。だがそんな感覚も、頭上で響く大男の叫び声にかき消された。
「お前がいくら足掻こうが、俺には勝てない。これで終わりだあーっ!」
 次の瞬間、今まで見たことのないくらいの早さで金棒が唸りを上げながら私の頭上に振ってきた。もう前後左右、どこにも逃げ場はない。でも、考えることを放棄しようと思わなかった。残り二秒で私は死んでしまうかもしれないけど最後まで諦めたくないんだ。
「……見えたっ!」
 必死に頭を動かして見つけた答えへと、私は体を丸めて大男の股の間へ転がり込んだ。そこはたった唯一の逃げ道だ。
 いきなり大男の股下へと消えた私に、拍子をつかれて相手の反応が遅れる。目の前に広がった大男の無防備な背中に私は思いっきり飛び掛かった。
 熱くて、強い何かが全身から噴き出るような心地がする。心臓が焦げ付きそうなほど激しく脈打った。自分の息遣いと、筋肉の動き、風の流れが細かく察知できる。今までに感じたことのないほど五感が研ぎ澄まされ、エネルギーが満ちてくるのが分かった。
 これなら勝てる!
 右手に力を集中させて、大男の首筋へと当てに行く。ありったけの強さで力任せに首筋を叩くと、なにかが弾け飛ぶように飛び散った。それに跳ね返されるように私の体も吹き飛ぶ。
 これは……光? 気がつくと光の渦に飲み込まれていた。その隙間から見えるのは前のめりに倒れていく大男だけで、私も強い目眩に襲われてそのまま体を放り出す。
 地面に叩きつけられ、私は激しくせき込んだ。苦しい、苦しいけど、どうしてか今はただ、解放感が心に満ちていた。