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- Re: 少年(仮)真白と怪物騎士団【3/22更新】 ( No.22 )
- 日時: 2015/03/25 16:14
- 名前: 妖狐 (ID: ET0e/DSO)
遠くで騒がしい声と行きかう足音が聞こえる。地面に倒れ込んだまま、うっすら目を開けると空の限りない青が目に染みた。
耳鳴りとひどい頭痛に私は顔をゆがめる。その中で、興奮したように話す妖怪たちの声が能に入ってきた。
「どっちが勝ったんだ? 二人とも倒れているぞ」
「大男に決まっているだろう。あんな小僧が勝つわけがない」
「だが待てよ、あいつは今、大男の首筋を叩いていたのだぞ。大男も泡を吹いて気絶してるじゃないか」
あちらこちらから疑問の声が飛び交う。私は頭痛が徐々に納まっていくのを待ってから、ゆっくりと腰を上げた。こんな広場の中央でいつまでも倒れている訳にはいかない。多少ふらつきながら、どうにか立ち上がる。 辺りを見渡して始めに目に飛び込んできたのは倒れたままの大男と、唖然とした妖怪たちだった。
「あれ……私一体なにをしたんだっけ」
強い衝撃を受けて記憶が一部もやもやと薄くなっている。必死に記憶をたどると不思議な光の力が湧きあがったことを思い出した。それから自分のとった行動すべてが映像のように思い出される。
「もしかして、私……勝っちゃった?」
首を傾げた途端、妖怪たちが弾けるように叫び声をあげ、騒ぎ出した。庭全体が大混乱の渦に包まれる。
「ありえないぞ! あいつは人間だ! 一体なにをしたって言うんだ」
妖怪の視線が私に強く突き刺さる。中央に立ったまま、私はどうしたらいいのかも分からず硬直していた。すると突然、うるさいほどの鐘の音が庭中に響き渡った。けたたましい音に妖怪たちは驚いて建物の方を振り返る。鐘を鳴らした妖怪は使命を果たしたと言わんばかりに明の傍へ寄って頭を下げた。
「うるさい、静かにしなさい」
明の静かな圧力に妖怪たちは焦るように黙り込む。それを見て明はにっこりとほほ笑んだ。
「よろしい。それにしても素晴らしい戦いだったよ、真白。私が予想してた以上の力だった」
響きのいい明の声が耳に届く。優雅に笑みを浮かべる顔を私は睨みつけた。私を本気で殺そうとしたくせに、今度は手をひっくり返したように褒めるなんて卑怯者だ。
明へ沸き立つ怒りを感じていると、おどけるように明は扇を口元へ当てて、眉を下げた。
「そんなに怒らないでおくれ。実は今の試合、君が自覚してない力を目覚めさせるためのものだったんだ。獅子の子落としって知っているだろう? ライオンが我が子を強くするために崖から突き落すやつ。あれと同じさ。窮地に立たされれば君の力も目覚めると思ったんだ」
「ふざけないでください!」
私はつい叫んでいた。こんな風に人をもて遊ぶような奴だとは思っていなかった。彼相手にドキドキした自分が馬鹿らしい。明はすっと目を細めて歩み寄ってきた。
「ふふ、案外、怒った顔も好きだよ?」
熱い言葉が送られてくる。けれど眼は冷たい色を宿したままだった。彼に表と裏の顔があるのを私は知っている。ほかの妖怪たちの前だから本性は隠しているんだ。以前、ケケが団長は優しい方だと言っているのを思い出した。でもそれは表の顔だったんだ。近づく明を警戒しながら私は後退していく。
「逃げるのも無理はないか。君にこんなに傷を与えてしまったのだし」
いきなり腕が伸ばされ、私は逃げようと後ろへ足を引いた。けれど先ほど捻った足が急な動きに悲鳴を上げる。痛い! 顔をしかめると、頬へ明の手が当たっていた。
「っ! 何をするつもり……」
「ごめん」
私は驚きに目を見開いた。すぐに嘘の演技だと理解するが、あまりにも悲しそうな明の表情が判断を鈍らせる。彼は私の頬を二、三度優しく撫でた。すると、ぱっと頬にあった切り傷が消える。
「治癒だよ。私は治癒系の妖怪ではないから、これくらいしか治せないけど、せめてものお詫びだ」
これは、演技。そう言い聞かせても、もうどれが明の本当の表情なのか分からなくなってしまった。心が戸惑うようにぐるぐる渦を巻いている。逃げなくなった私を見て、明は息をついた。
「真白は本当は強い力の持ち主だったんだね。君の力があまりのも大きすぎて私の結界は耐えられずに破れてしまったんだから」
明の手には燃えた白札が握られている。慌てて結界の貼ってあった空間を触ると、そこにはもう見えない壁はなかった。
「どれだけの才能を秘めているのか、私は君に興味が湧いたよ。それでは約束通り、君を騎士団の一員として迎え入れよう。もう殺したりはしないから安心してね」
そんなの信じられない。抗議の声を上げようとしたとき、一人の青年が明の傍に駆け寄った。ずっとお付きとして明にくっついていた青年だ。彼は忍者のように音もなく明の傍に座り込んだ。
「私はもう行くね。このあと仕事があるんだ。楽しい試合をありがとう、真白」
頼むよ、鈴蘭。そう明が小さく呟くと鈴蘭と呼ばれた青年がうなづいて立ち上がった。その時、一瞬だけ視線が交じり合う。険しい目つきのまま、彼は顔をそむけ巻物を取り出す。白い煙が上がったかと思えば、そこにはもう明と青年はいなかった。
◆
明がいなくなった後、急に緊張の糸が切れたように感じた。
「疲れたあ……」
私はその場に座り込む。冷や汗が背中を流れていて、ぺったり張り付いた着物が気持ち悪かった。
「真白! 無事でやんすか!?」
ケケが毛むくじゃらの身体を揺らして近寄って来る。ケケの柔らかい毛を触って癒されたい衝動に駆られ、思いっきり抱きついた。意外とふわふわの羽毛のようなさわり心地を持つケケの毛は格別だ。
「最高の癒しだよ、ケケ……」
「なにするんすか、くすぐったいでやんすよ」
ケケがふわりと笑う。もふもふを堪能すると、今度は安堵が押し寄せてきた。
ああ、私、生きてるんだ。
「……ねえケケ、勝ったよ、私」
「はい、やりましたね、真白! でもあのとんでもない光はなんだったんでやんすか。おいらは眼が回ってしまいやした」
「分からないの。私にもなにがなんだか……」
ケケを撫でる手を止めて、私はうつむいた。なぜあんな強い力が出たのかまったく見当がつかない。本当にあれは私の力だったんだろうか。私はただの人間のはずなのに。
「もしかして、私がここへ来た理由はこれなのかな……?」
問いかけを口にすると、背後から返答が聞こえた。
「そうかもしれないな。明もなにかしら知っているようだから」
振り返ると、長髪のイケメンがすぐ目の前に飛び込んできた。すぐさま護りの呪文のお礼や、勝利の喜びを伝えたいのに、なぜか言葉が詰まった。たった少ししか離れていなかったのに、とても懐かしい気持ちが湧き上がる。溢れる想いを必死に言葉にしようとするが、その前にイケメンは私を見て呆れた表情を浮かべた。
「まるでボロ雑巾だな。折角、河童に綺麗にしてもらったのに、お前は汚れるのが上手なようだ」
悪態まみれの言葉にむっとする。けれど聞き慣れた毒舌に安心してしまった。
あらためて自分の姿を見直すと大変なことになっていた。全身、土まみれで服の隅は破れ、下逃げる途中に下駄を捨ててきたため、裸足のままだ。
「すいません、貸してもらった服をこんなに汚して、下駄まで紛失してしまって……」
「謝るな、別に問題はない。お前はもう騎士団の一人だから、気を遣わなくていいんだ」
イケメンの言葉にうなづいた拍子に涙が零れ落ちた。戦っている時は涙なんて出なかったのに、終わったら出てくるなんて変だ。こんな温かい涙、知らない。
「俺の所へ来い、真白。騎士団の第三部隊、隊長である羽鳥がお前の世話を見てやる」
「はとり……」
初めて聞くイケメンの名前に心が脈打った。羽鳥の目が涼しげに細められる。
「まずは足の手当てだ。それから建物の案内と、お前が住むことになる第三部隊の寮へ連れて行ってやる。ついて来い」
「え、ちょっと待ってください!」
さっと背中を向けて歩き出す羽鳥を私は慌てて追いかけた。足は痛むが、不思議と歩けた。気持ちが弾むように軽くて、羽が生えているような感覚だ。
ここは、とても残酷で理不尽な異世界。平和な日本とは違って、すぐ隣に死があって常に恐怖にさらされる。
でも希望はちゃんと、この胸の中にあるから、私は突き進んでいくんだ。
(第一章 終)