コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 夏の秘密 ( No.2 )
- 日時: 2014/12/13 22:54
- 名前: まーにゃ ◆znJHy.L8nY (ID: WoqS4kcI)
◆01 夏の秘密
高校の最寄り駅、改札前で9時に待ち合わせ。改札の向こう側の電光掲示番に映るデジタル時計は、既に9時45分を示していて。俯いてスマートフォンを弾いている桐ちゃんに、皆遅いね、なんて声をかけてみる。声をかけられたことに余程驚いたのか、ばっ、と顔を上げぎこちなく頷かれた。肩にかけたそのヘッドホンは彼のトレードマークともいえるだろう。そして、困った顔でそのコードをくるくると指に絡ませるのは、彼のちょっとした癖なのだと思う。ハルくんがいないと、この子はお喋りが苦手そうなのは前から感づいていたが、あまりの不器用さに私の方が少し驚かされた気分だった。
ハルくんが時間通りに現れないのは、普段の学校生活の遅刻回数からも理解できる。蓮香も、気まぐれで来るのが面倒になってしまったのかもしれない。だけど、純さんまで遅れるなんて、少し意外。礼儀正しくて真面目なイメージの純さんだったから、待ち合わせの10分前くらいには来ていそうな感じがしたのに。何かあったのだろうか。
それにしても、暑い。八月半ばの真夏だから当たり前だけど。此処に向かう途中で貰ったウェットティッシュを使い、首筋を拭いた。冷たくて気持ちが良い。今はティッシュ配りもただのティッシュではなくて、ウェットティッシュなんて贅沢なものを配っているからありがたいな。ふと、ウェットティッシュの包装に書かれた広告が目に入る。“普通自動車免許! 取るならこの夏!”——そのフレーズは赤と黄色な派手な字で広告の半分を埋めていた。
免許か……。
同居しているおばさんには、23にもなるんだから免許の一つくらい持っていた方が便利よ、だなんて言われて教習所に行くことを予てから勧められていた。夏休みはキャンペーンでこんなに安くなっているんだから、そう言って教習所のパンフレットを渡してくれるのも、嬉しい半面正直辛かった。
私は、歳は離れているけど、確かに今を高校生として生きている。本物の17歳に戻りたいとか、そんなことは思わない。でも、今の本当の自分と向き合ったとき、15で中学を卒業してから今までの時間がすっぽり抜けてしまっているような、床が脆く外れたような、そんな虚しさが襲うときがある。だからって現実逃避をしたいという意味でもないし、ずっと誰かを騙したまま生きていくなんてしたくないし、いつかはみんなに本当のことを伝えたいと思っている。ただ、今はその時ではないのを一番理解しているのも私だ。それだからこそ、上手く応えらないおばさんの優しさが辛かった。
「ハル!」
前触れなく隣から弾くような声がしたので、我に帰った。ハルくんと蓮香が二人で学校の方角から此方へ歩いてくる。私たちに向かって軽く手を挙げるハルくんに、飼い主を待つ子犬のような顔をする桐ちゃんが微笑ましかった。
「悪いなー、遅くなって! 昨日学校に遊びに行ったらさ、携帯忘れちゃって。今日朝一で取りに行ったついでに屋上にでたらさ、すっげー気持ちよくていつの間にか寝ちゃって! あ、蓮香はその後たまたま廊下でさっき会ったんだけど。ていうかお前も偉いよな、蓮香。わざわざ図書館に本返しにくるとかさ! この夏休みに! フツー俺だったら休み明けまで借りちゃうし。ま、俺そもそも図書館で本とかあんま借りないけどさ、でもでも——」
いつの間にか寝ちゃって、の辺りから流し流しに聞いていたのだけど、ハルくんの長い話がやっと終わったようなので、そうなんだ、とレスポンスをしておいた。相変わらず彼は良く喋るな。隣で呆れ返っている蓮香に、思わず私も苦笑いしてしまった。
「借りたら返すのが当たり前でしょ。で、斉藤くんはどこなの?」
長くて綺麗な茶色のパーマをさらりと肩から払う仕草をした蓮香が、 気だるそうに問うてきた。
「それが、まだ来ていないみたい。どうしたのかしら」
時計を見ると、10時ジャスト。
数分ごとに気温が上がるこの夏に、外で1時間人を待つことの厳しさとは想像以上だった。ああ、流石にめまいがしそう。コンビニで買ったお茶も、とうに空になっていた。
「そんじゃ、もう先行っちゃおうぜ? 暑っいし」
「え、でもさ……斉藤くん、場所分からなくなったら可哀想……じゃない?」
「まぁ、後でメールでも入れときゃ分かるだろ」
「でも……。そ、それじゃあ僕、ハルの家知ってるし、後から追いかけるよ」
「お前が純のこと待ってんの? 純とあんま話したことないなら無理しなくて良いんだぞ?」
「そ、そう……だけど……」
「じゃあ行こうぜ。こんな所立ってたら茹で蛸になりそ」
「え……でも、ハル……」
- Re: 夏の秘密 ( No.3 )
- 日時: 2014/12/09 00:30
- 名前: 如月胡桃 ◆g2GRl1TqOE (ID: DYDcOtQz)
はじめまして、如月胡桃というものです。こんばんは!
放課後傷舐め合い倶楽部をこっそり読んでて、うわぁセンスあるなぁ好きだなあって思ってました。その作者まーにゃさんの新作という事で見つけた瞬間にクリックした所存であります。
登場人物を見ただけで、やっぱり期待を裏切らないなぁと思わされました。
どのキャラもとにかく個性豊かで、しかも私の好みにストライクなんです(´-ω-`)みんな好きだけど1人上げるなら桐ちゃんです。引っ込み思案な性格で成績優秀、ってのでまず惹かれて、さらにカンニング常習犯という。人間らしいというか、なんか、言葉には表せないけどすごく好きです。ちくしょう私の語彙力がくやしい。
話もハルくん以外全員が秘密を抱えている、というひじょーに興味を引かれる設定で、これからの展開に目が離せないです。
長々と語って失礼しました、まーにゃさんの作品は本当にどれも面白いので、これからも本気で楽しみにしています。ではっ!
- Re: 夏の秘密 ( No.4 )
- 日時: 2014/12/14 00:45
- 名前: まーにゃ ◆znJHy.L8nY (ID: WoqS4kcI)
いかにも暑がってる人みたく右手で緩慢に顔を扇ぐハルくんに、伏せめがちで答える桐ちゃん。そんな二人の、先が見えそうにない会話に割って入ったのは蓮香だった。その顔は明らかに、イラついている。
「ていうかあんた等じれったい! 学くんも、待つなら待つではっきり言いなさいよ! バカじゃないの? 柚野くんに賛成する気ないけどあたしはこんな所突っ立ってられないから。じゃあね」
きっつい言葉を落とし、蓮香が券売機に向かおうと足を踏み出した時だった。
「すいません、1時間10分前くらいに着いたんですが、皆揃いそうな時間まで近くの喫茶店で待機していて。暑いのは好きじゃないので」
汗一つかいていない純さんの突然の登場に驚いたのは、私だけでないはずだ。
***************
ほんとうはあまり乗り気じゃなかった。
いや、あまりというレベルじゃなくて、かなり乗り気じゃなかった。
——2週間の、ハルくんの家での集中合宿。
ハルくんが提案したことだった。合宿という以上勉強するは勿論だけど、単純に夏休みの思い出づくりがしたいという、ハルくんの思い付きのアイデアだった。ハルくんと仲の良い桐ちゃん、たまたま桐ちゃんの隣の席だった蓮香、ハルくんの隣の席だった私、そしてハルくんの後ろの席だった純さんが、今回の合宿に参加することになったメンバーだ。
もともと深いつながりがある5人ではなくて、単なるクラスメートというだけの仲なのだけど、私はみんなのことを嫌いではない。ハルくんは今年の4月に転校してきたばかりで、知り合ってから日が浅いけど、明るくて楽しいムードメーカー。桐ちゃんは、大人しいけど頭も良くて優しい。純さんは、いつも正しくて品があって紳士的。蓮香は第一印象こそ冷たいしドライだけど、可愛いところがあるのも私は知っている。みんな個性があって、私はそんなみんなのことを面白いと思っている。
それだけに、初めは合宿のことを聞いて楽しそうだと思ったし、是非参加したいとも思った。
そう思ったけど……。
私には、秘密がある。
合宿の2週間、隠し通せる自信もない。ハルくんの勢いに負けて合宿に参加することになったものの、憂鬱な合宿になってしまいそうな予感がしてならなかった。
電車に乗って10分程で辿りついた、西東京市の田無町。住みたい街ナンバーワンの吉祥寺から30分程度離れたこの町に、ハルくんの家はあるらしい。駅前には大型のスーパーがあって、カフェや本屋、ファーストフード店にレンタルビデオ屋など、生活に必要そうなお店が軒を連ねていた。ドラえもんのアニメを描いている会社はこの町にあるんだぜ、なんてハルくんが得意気に自慢をしていた。
みんなはどうして合宿の参加を決めたんだろう……。そんなことを考えながら、ハルくんの家を目指し、随分、歩いた。暑さのせいで会話が少なかった為か(1名、喋る子がいるけれど)、その無言の時間が、そっくりそのまま距離に反映されてしまったような気さえした。
よりによって、今年一番の気温になると予報されていた今日という日に、ファッションを重視してレギンスを履いてきてしまったのは失敗だったかもしれない。いや、それよりも、履きなれていないこのミュールを履いてきてしまったことの方が、致命的だった。先程から小指を靴擦れしてしまって、一歩一歩の負担がいつも以上に大きくなっていた。ミュールは、男の子もいる合宿に参加すると聞いたおばさんが、妙に張り切ってしまい、先日靴屋で買ってくれた代物だった。取り付いた赤のリボンが可愛らしく、当初私もひどくこれを気に入った。だけど、こうなることが分かっていれば、履いてこなかったと思う。
目の前を歩いている桐ちゃんが、アボカドの日本名はワニナシだよ、なんていう雑学をハルくんに吹き込んでいる頃、その家は見えた。
「ついたぞ。みんな」
ちら、と振り返りハルくんはそれだけ言った。
その一瞬の表情では何とも分からないが、私が想像していたよりハルくんは家への到着を喜んでいる様子でもないように思えた。もっと、こう……そう、「よっしゃ着いたぜ! これから夏が始まるな、イエーイ!」みたいなノリでくるのかと想像していたから、意外と言えば意外だった。実は、彼も少し疲れてしまっていたのかな……。
いつの日かの会話で聞いていた通り、ハルくんのお家は二世帯住宅で、手入れを怠っていないのが素人目でも十分わかる大きな庭が、そこには広がっていた。
「ただいま、じぃちゃん。友達、連れてきたよ」
玄関の前。ハルくんの視線の先に、バケツと水柄杓を手に下げたお爺さんが、立っていて。
お爺さんはハルくんの言葉に返事をすることはなく、代わりといえば、無言で私たちの顔を舐めるように、一人ずつ順番に見てきただけだった。その目つき一つだけで、ハルくんと性格が似ていないというのを感じ取れてしまう程の威厳だ。眉を顰めた厳しそうな顔つきを崩すことなく、最後尾の純さんまで見終わったら、お爺さんはこれまた無言で頷いて、家の中へ入っていこうとした。
それを阻止してしまったのは、私だった。世話になるため用意したお土産を渡さなければ、そう思ってのことだった。
- Re: 夏の秘密 ( No.5 )
- 日時: 2014/12/09 00:43
- 名前: まーにゃ ◆znJHy.L8nY (ID: WoqS4kcI)
>>如月胡桃 様
コメントありがとうございます!
わわわ、傷なめ合い倶楽部も読んでいただけているなんて、まさに狂喜乱舞……!
一つに集中しちゃうとどうしても方向性を見失いがち(?)になるので、今回は息抜きも兼ねて恐れ多くもスレたてをしてしまいました笑
キャラクターにまで感想を言ってくださるなんて感涙です( ;∀;)
ゆるゆると書いていきますので、是非またお暇なときにでも遊びに来てくださいね^^
- Re: 夏の秘密 ( No.6 )
- 日時: 2014/12/13 23:22
- 名前: まーにゃ ◆znJHy.L8nY (ID: WoqS4kcI)
「あ、ちょ、待ってください! お土産!」
咄嗟のことで、お爺さんの肩を掴んでしまいそうになった。そんな私の手を引っ張って止めてくれたのは、純さんだった。「待て」純さんはそう言っていた。
お爺さんは少しだけ私を振り返り、きつく睨んで、また足を動かし家の中へと姿を消してしまった。めんどくさ、蓮香の吐き捨てるようなつぶやきが聞こえる。私は動揺してしまって、この状況に何一つコメントすることは出来なかった。
「……あ。わ、悪いな、ほのり! お土産は後で俺がじぃちゃんに渡しておくよ、あはは! なんてーかさ、じぃちゃん、俺にも全く関心ないっていうか、前々からそうでさ、いつも一人みたいな、ま、まあでも気にする必要ないから! て、ていうかさ、俺らでお土産食べちゃおうぜー? なにそれ、まんじゅう? 俺こしあん派なんだけど!」
曇ってしまった空気を取り払うように、あからさまに明るい声を出してくれたハルくんの顔は、無理やりつくった笑顔そのものだった。いつも笑顔が絶えない彼に、似合わないその作り笑顔は、人一倍悲しいはりぼてのように見えた。
でも、ハルくんの言葉に、私は間違いを一つ見つけている。
乾ききった玄関前。お爺さんは、間違いなくハルくんを待っていた。とうに水撒きは終わっていたのに、暑い中、ハルくんを待っていた。その手にわざわざバケツと水柄杓を持って。
「ごめんね。お土産、石鹸なんだ」
***********************
ああ。麦茶美味し……。
来たばかりでいきなりじろじろと見てしまうと失礼な感じもしたが、なんとなく周囲が気になってしまい居間を見回す。十畳ほどの和室の中央には年期の入った丸くて大きなちゃぶ台、壁に掛け軸、襖をくぐれば台所がある。そして入り口正面に並んだの障子の向こうには、縁台と、先ほど目にした大きな庭が広がっているようだった。こざっぱりとしていて、余計な物はあまり置いていないようだ。ぬいぐるみやら何やらで飾った私の部屋とは根本的に違った、シンプルで開放的な部屋で、複数人で過ごすには最適な環境に思えた。二世帯住宅のうち東側はお爺さんの家だそうで、立ち入りを禁止されている。西側のハルくんの家——この度私たちがお邪魔させてもらう家は、昔ながらの日本のお家といった造りになっていて、全ての部屋が和室になっているらしい。
二階の空き部屋に荷物を置いた後、ハルくんの提案で、寝る際の部屋割は男3人女2人で別々の部屋、ということに決定した。男の子はハルくんの部屋、そして私たちはその隣の一室を使わせてもらえるようだ。
差ほど仲の良いわけではない蓮香と二人きりというのに戸惑いが全くないというわけでもないけれど、嫌というわけではないので頷いた。もしかしたら、皆も私と似たような理由で賛成しているのかもしれない。蓮香は部屋割を決めるのが面倒くさくて、桐ちゃんはハルくんの提案だから異論なし、純さんは皆の意見を尊重した、というところだと思う。
「ハル、お昼ご飯どうするの?」
其々、荷物の整理をしたり、雑談をしたりで各々の時間を過ごしていたころ、不意に桐ちゃんが時計を目にしながら言った。もうこんな時間なのね、呟いた蓮香が、読んでいた文庫本を閉じた。つられて私も時計を見ると、短針と長針は丁度12の上で重なっていて。
「くくくっ。まーなーぶー! その質問を俺はずっと待ってたぜー?」
先程から一人で何やら作業をしていたハルくんが、突如として不気味な笑い声をあげたもんだから、思わずどきっとした。それ以上に、ハルくんに向けられた蓮香の冷ややかな視線に気づいてしまって、更にどきっとさせられた。あはは……。
「なんなのよ、突然。気持ち悪いわね」
「じゃーん! これを見ろ!」
蓮香のバッサリ切り捨てるような台詞もお構いなしにニヤりと笑ったハルくんは、竹ひごの束を高い位置に掲げて、得意気にそれを私たちに見せつけてきた。
「飯の調理は毎日2人組みを決めてやってもらう! ペアの決め方はこの5本の竹ひご! 2本だけ黒が混ざってるから、それを引いた奴がその日の食事当番な! 運悪ければ毎日当番になるぜ? スリルあって面白いだろ、あはは!」
なるほど、それでさっきからこそこそと、その竹ひごのクジを作っていたのか。
ハルくんを見ていると、面白いか、面白くないか、が彼の全ての行動の基準になっているように思える。どちらかと言うとつい平穏ばかり追いかけてしまう私にはない、その思い切りの良さがちょっぴり羨ましくも思える。
「良い案ですね。クジで決めてしまえば文句のつけようがないですし」
「お、純! やっぱり話が分かるなあ。んじゃお前から早速、ほら、引け」
「え、僕から、ですか? まあ、良いですけど」
テンポよく(というより若干強引に)事を運んでいくハルくんに、流石の純さんも戸惑いがちにクジを引く。「あ」この場の全員が声を揃えた。純さんの引いたクジの先端に、黒の墨が染み込まれていたからだ。
これが、ハルくんの言っていた外れクジか。っていうか、トップバッターにしていきなり外れだなんて、純さんちょっと可哀想な気が……。
「いきなり外れかよ。じゃ、純、今日は頼んだぞ。後で案内するけど、冷蔵庫に冷やし中華の材料が入っているから。今日は初日だし、夕飯の材料は食事ペア以外の3人で買いに行くから。つーことで、もう一人の食事当番さっさと決めようぜ」
とか言って全部外れなんじゃないでしょうね、呟きながら呆れ顔でクジを引いたのは、蓮香だった。大丈夫、外れはちゃんと2本だけだから。ハルくんのその台詞に誤りはなくて、蓮香の引いたクジは赤のインクで色付けがされていた。
「桐ちゃん、お先にどうぞ」
「えっ、あ……広井さん、先どうぞ」
「ううん、桐ちゃん先に引いて良いよ。私は後で大丈夫」
「そ、そんな、悪いよ。やっぱり、広井さん、お先にどうぞ」
これ以上このやり取りを続けたら、蓮香に怒られる。察した私は、それじゃあごめんね、それだけ言ってクジを引いた。譲ったつもりが、桐ちゃんに譲ってもらってしまい、結果は——
「あ、外れ!」
「はい、じゃあもう一人の当番は、ほのりに決定な! んじゃ、よろしく頼んだぜー」
すぐに、純さんと目があった。
よろしくお願いします、彼は優しく微笑んでいた。
- Re: 夏の秘密 ( No.7 )
- 日時: 2014/12/09 13:36
- 名前: らい (ID: KtwqslFV)
初見失礼します
他作品のようにスペースがなく、文章ばかりで
読むのに疲れそうと思って読み始めましたが、とてもお上手で。
最新話までサクッと読めました。
登場人物が読んでいるうちに整理されていき、初めの登場人物を読まなくても把握できました。
ほのりちゃんの秘密がどういった形で周りに知られるのか気になりますね。
一人一人がしっかりキャラがありブレマセンねw
拙い文章ですみません。
箇条書きみたくなってしまいましたw
これからの更新期待しております。
- Re: 夏の秘密 ( No.8 )
- 日時: 2014/12/09 18:31
- 名前: まーにゃ ◆znJHy.L8nY (ID: oOaw6UvZ)
>>らい 様
傷なめ合い倶楽部共にコメントをありがとうございます!
少しでも読みやすいように言葉のテンポなどを考えておりましたので、比較的ノンストレスで読んでいただけたようで安堵しております。
ほのりは最後まで秘密を隠し通せるのでしょうか……!
登場人物たちにとって「隠し事をする」ということの意識の変動を、物語の進行を通して書いていけたらなと思っています^^
感想を言っていただけてとても励みになります。
是非またこちらの方にも遊びに来ていただけたらなと思います!
- Re: 夏の秘密 ( No.9 )
- 日時: 2014/12/13 23:39
- 名前: まーにゃ ◆znJHy.L8nY (ID: WoqS4kcI)
くじ引きで食事担当が決まってから、蓮香たち三人はすぐに夕飯の材料の買い出しへ行ってしまった。午後にかけて増々気温は上昇していくだろうから、これ以上暑くならないうちに、ということだった。確かに、ここへ来るまでも既に相当暑かったわけだし、賢明な選択だと思う。
取り残された私と純さんは、出かける直前にハルくんが案内してくれた台所へ入り、冷やし中華の具だけ取り敢えず先に用意しておくことになった。
この家の人は日頃あまり料理をしないのか、台所の電球は切れかかっていて、薄暗い。それだけでなく、換気扇はあるものの窓がないため、開放的な居間と対照的にじっとりとした嫌な空気が漂っていた。恐らく隣にいる純さんも同じことを感じただろうけど、人の家に文句をつけるのは常識的にどうかと思うし、純さんは常識的だから、そういうことを言わないのだと思う。蓮香あたりだったら、ずばりと文句を言いそうな気もするけれど。
「それじゃあ、純さん。早速野菜、切っちゃいましょうか!」
冷蔵庫から野菜を取り出し、台の上へ移す。
純さんは、人と違って瞳の色が紅い。もしかしたら、外国の血が入っているのかもしれない。背も高くて、さわやかで、安心できるから多くの女の子の憧れだと思う。本気で純さんを好きな子も、きっとたくさんいのんだろう。そんな純さんと二人で料理を作るなんて、なんとなく嬉しい。
「いえ。ほのりさんは座っていて結構ですよ」
そう言ってきた純さんは、無理やり私を近くの椅子まで引っ張って、優しい顔で微笑んでいた。
……へ?
いきなりのことで整理がつかず、まぬけにも「ストン!」と尻餅をつくように椅子に腰を落としてしまった。
これは彼の親切心なのだろうけど、私だってクジで決まってしまったのだから、全てを純さんに丸投げしてしまうのは気が引けてしまう。それに仮にも女なのだから、男の子に料理を全部やらせて、隣で黙って座って見ているだけなんて、いけないと思う。いや。それとも純さんは、私みたいなアホ女には、料理なんてさせられないとでも思ったのだろうか。だとしたらショック……。私だって、これでも一応、趣味程度だけど台所に立ったりしているのに。
それに。純さんには、さっきのお礼もまだしていない。ハルくんのお爺さんの肩を掴みそうになったとき止めてくれたこと。あのとき純さんが止めてくれなければ、ハルくんのお爺さんを怒らせてしまっていたかもしれない。もっと気まずい空気にしちゃっていたかもしれない。純さんが止めてくれたから、今こうやって合宿もスタートできたのだから、感謝しなきゃいけない。
「やっぱり私も手伝います!」
悶々とするのは耐え切れない。純さんがボケっとしているうちに、彼が今まさに用意をしていた包丁を強引に奪い取ってしまった。(危険なので良い子は真似してはいけません)
……痛っ!
勢い余って手の甲を少しだけ切ってしまったけど、流れるほどの血はでていないから、見て見ぬふりをしておいた。
「あっ……」
「私も当番なんですから! 手伝わせてください!」
ちょっと口調を強くしてしまったせいか、純さんは驚いた目を見せていた。
無理やり包丁取り上げちゃって、悪いことしちゃったな……。で、でも、純さんだって一人で作るって決めちゃって、ちょっぴり悪いんだから、お互い様! うん!
目の前にあるきゅうりを切ろうと意気込んだところ、純さんが何か言った気がしたが、よく聞こえなかった。空耳かな? 純さんを見ると、彼の視線はどこか定まっていなかった。
「それじゃあ私、野菜切るので、純さん、卵つくるのお願いしても良いですか?」
「……あ? え、ああ……」
先程から妙に落ち着きがない純さんに卵をお願いすると、これまた余所余所しい返事が戻ってきた。どうしたって言うんだろう。急に。もしかして、冷やし中華好きじゃないのかなあ? いやいや、そんなまさか。
切れかかった電球特有の音と、換気扇の音、それと野菜を切るまな板の音だけが響き渡る。話しかけても、どうも会話が続かず(というか純さんがあまり聞いてくれない)、淡々と時間が流れた。薄暗い部屋でこうも静かだと、先程まであんなに暑かったのが嘘のように、涼しくなってくる。涼しくというより、冷ややかといった方が正しいだろうか。
私は、暗い場所が嫌いだ。こういうところにいると、昔見たアニメを思い出す。
「小さい時に放送していたアニメなんですけどね、主人公がお友達とトランプをしていたら、突然停電になってしまったっていう話があって」
無言になると怖いので、気づいたらそのアニメの内容を口にだしていた。
純さんは聞いているのか分からないけど、私は話を続けた。
「そうしたら、その主人公、暗闇でお友達に首を噛まれて、殺されてしまったんですよ」
当時幼かったというのもあるけど、アニメの内容に衝撃を受けて、泣いてしまった程だった。だからこそ今でも記憶に焼きついて消えない。そんな怖い記憶も、純さんと共有できたら、少しは怖くなくなるかもしれない。そんな期待も少しあった。
「なんとそのお友達、実は吸血鬼だったんです……!」
あっ!
手元が狂い、切っていたトマトの赤い汁が、純さんの顔に向かって飛び散ってしまった。
「わっ、ごめんなさい!」
慌てて布巾を取ろうとした瞬間だった。
ガチャン!
天井の方から重たい機械音がしたと思ったら、切れかかった電気が完全に切れて、換気扇まで働くのを止めてしまったのだ。「て、停電?」突然にして光を奪われ、思わずどきりとした。
何も、あのアニメを思い出した直後に停電にならなくても……勘弁してよ。
「純さん、大丈夫ですか?」
どういうわけだか、その質問に返答はない。
そしてこれが、私の意識の最後となった。
- Re: 夏の秘密 ( No.10 )
- 日時: 2014/12/09 19:16
- 名前: まーにゃ ◆znJHy.L8nY (ID: oOaw6UvZ)
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——お姉ちゃんなんて、死んじゃえ!
真っ赤に目蓋を腫らした妹のほのかに、力いっぱい枕をぶつけられたところで、夢から醒めた。
ぼんやりと霞む目に、だんだんと天井の木目の色がはっきりと映ってくる。涼しい風が頬を横切った。扇風機、だろうか。身体には薄いタオルケットが一枚かけられていて、その柔らかさには懐かしさを覚える程であった。一方身体は、海水を吸った砂を纏っているみたいに重くて。上半身を起こすことすら難しく感じた。
額にひんやりとした感触を覚えて、手で触ってみる。それは冷水に濡れたタオルであった。
「あ……ひ、広井さん、目……覚めました? 暑さで、気を失ってたんだよ」
「ん……桐ちゃん……?」
やっとの思いで身体を起こすと、夕飯の買い物に出かけたはずの桐ちゃんが、私の顔を覗き込んでいて、心配そうに、それでいて安心したようとも取れる笑顔を見せてきた。タオルケットをはだけさせようとすると、まだ安静にして、と言われてしまった。
私……どうしちゃったんだろう。確か、純さんとお昼ご飯を作っていて……。
お昼ご飯……?
「あああああ!!!」
冷やし中華のイメージが即座に浮かんできて、この夏一番の大声が出てしまった。そのせいで桐ちゃんは動悸でも走らせてしまったのか、胸に手を当て咳き込み始める。どうしたの、急に。そう聞いてきた彼は、涙目だ。
「ご、ごめん! 冷やし中華、作り途中なの思い出して! お腹空いたでしょ? 今すぐ作るから……っ!!」
そういえば、くじ引きでご飯作りを担当することになり、純さんと冷やし中華を作っている最中だったんだ。純さんから包丁を取り上げて、野菜を切っているときに停電になったところまでは覚えているのだけど、それ以降のことが全く思い出せない。
とにもかくにも、早く手伝いに行かないと、純さんに迷惑がかかってしまう。それに、皆だってお腹を空かせているはずだ。こんなところで寝ているわけには——。
「落ち着いて。斉藤君が作ってくれて、もう皆食べたから……」
「え?」
時計を見ると、既に時間は15時を回っていて。そこで初めて、私が2時間以上も寝てしまっていたという事実に気がついた。
結局、私は純さんに任せきりにしてしまったのか。
「斉藤くん何も怒ってなかったし、気にすることないよ」
桐ちゃんは気をつかってそう言ってくれたが、それでもやっぱり少しショックだった。夕飯は必ず、美味しいご飯作らなくちゃ。まだ思うように力の入らない拳を握って気合いを入れた。
「そう言えば、他のみんなは?」
「あ……ハルは食後の運動って言い出して……結構前にテニスに行ったんだ」
斉藤くんを無理やり連行してね。一拍空け、桐ちゃんは苦笑しながらその言葉を付け加えた。純さんも、すっかりハルくんのペースにのみ込まれつつあるんだなあ……ははは。
「蓮香も一緒に?」
「いや、前田さんは……居間で、僕が貸したCDを……聴いてて……」
その返事は予想外だった。桐ちゃんが無類の音楽好きだというのはハルくんから聞かされていたから知っていたし、蓮香も学校の休み時間によく音楽を聴いていたのを見たことがある。でも二人ってCDを貸し借りするような仲だったっけ? お昼を食べているときに、音楽の話題でも膨らんだのだろうか。
案外この合宿は、元々そんなに接点のない人同士が仲良くなるきっかけにも、役立っているのかもしれない。ハルくんと純さんも、よく考えれば、そうだ。
「ふうん。私が起きなければ、蓮香と二人きりだったのに。お邪魔だったかな? あはは」
「へ!? いや、そんなこと……っ」
慌てた様子で赤面する桐ちゃんに、心が和んだ。
「ごめんごめん、冗談。さーてと、私も何か軽く食べようかなー」
からかわないでよ、と、珍しくちょっぴり不満そうにする桐ちゃんを尻目に笑って、私は荷物を纏めた部屋へ向かうことにした。
健康保険証……もっとしっかり隠しておこう。
今回はこの程度で済んだけど、もし何かあったときに、病院に届けるとかで保険証を見られてしまったら大変だ。
当然ながら誕生日も記されてしまっているそれを、どこに隠そうか。廊下を歩いているとき、そのことで一杯だった。
- Re: 夏の秘密 ( No.11 )
- 日時: 2014/12/09 19:51
- 名前: まーにゃ ◆znJHy.L8nY (ID: oOaw6UvZ)
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ここに隠せば大丈夫かな……。
健康保険証を、鍵つきの日記帳の最後のページへ挟む。両親が死んだ苦しみが少しでも和らげばと思い始めた日記だったが、毎日つける習慣が未だ抜けなくて合宿にまで持ってきてしまったのが、役にたった。財布に入れておいたままでは何かの拍子に見つかってしまいそうでもあるけど、鍵のついたこれに隠せば見つかることはそうそうないだろう。できるだけ、予想できる危険は予め避けておきたい。なにしろ、これから2週間みんなと暮らすのだから。
「ほのりさん、起きたんですか」
「わっ! 純さん!?」
突如背後から聞こえた声に、心臓が突き抜けそうになった。
首の骨でも外れそうな勢いで振り向いた私に、そんなに驚かないでくださいよ、と、純さんはあっけらかんとした様子であった。
び、びっくりした……。まさか保険証隠しているの、見られてないよ、ね……?
「なななな、な、なんか、見ました!? 私、別に何も隠したりしてないですよ!!」
「は、はい?」
「そそ、その、テテ、テニスはもう帰ってきたんですね!」
「……ほのりさん?」
「あっいや! てっさっ、さっき、あの、本当ごめんなさい! 夕飯はちゃんとやる、夕飯!」
「いえ。気にしないでください。それより——」
「あああああ! 蓮香と桐ちゃんなら別の部屋にいます!」
「いや、そうじゃなくて、今、何も隠したりって——」
「あああああ!! それ、いえ、なんでもない! それ間違いです! その、そう、コマネチ! コマネチの練習していて、あっ、見られちゃったかなぁー、なんて! あはっ、あはは!」
どきどきと脈打つ鼓動はそう簡単に落ち着きを取り戻せるはずもなく、起きたての身体には強い刺激だったようでめまいすら覚えた。ごまかす為に、咄嗟にかなり苦しい言い訳をしたが、自分が上手く笑えているのかどうかも判断することはできなかった。純さんはというと、鳩が豆鉄砲をくらったような顔で、こっちを見ていて。
やっぱりこの言い訳は無理がありすぎたか……?
絶対絶命とも思ったとき、だった。
「っ、くく、くくく……はははは!」
純さんが堪え気味にくすくすと笑い始め、やがて遠慮なく笑ってきたのだ。そしてそれのみならず、私の頭に手を乗せて、くしゃくしゃと髪を撫で回してきたときた。いつもの純さんらしくないこれには、まるで狐につままれたような気分になった。
「な、なんですか急に、そんなに笑わないでくださいよ、もう」
「あははっごめんなさい、つい、面白い子だなぁ、って」
変に疑われた様子もなさそうだし、良かったのだけど……。それにしても、そんなに笑わなくても良いじゃない。まあ、結果オーライか。
「とにかく、貴女が無事なようで、良かったです」
優しい声を出す純さんは、もういつもの紳士的な彼に戻っていて。彼の真剣な目を見たときに、一斉に顔が熱くなった。コマネチ練習してる、とか、純さんに思われてしまった。嘘を隠すための嘘とはいえ、もう少しまともなものを考えられなかったのか、私は!
「それじゃあ、ハルもシャワーを浴び終わる頃だろうから、交代してきますね」
部屋を去るときの振り向き際。「練習、頑張ってください」なんて、ちょっぴり悪戯に笑って八重歯を見せてきたものだから、ますます恥ずかしくなった。
- Re: 夏の秘密 ( No.12 )
- 日時: 2014/12/09 20:14
- 名前: まーにゃ ◆znJHy.L8nY (ID: oOaw6UvZ)
******************
台所へ向かうべく一階に降りつつ、先程の純さんの悪戯っぽい顔が浮かぶ。それを振り払いながら、溜息をついた。ああ、本当、もう少し可愛い言い訳をすれば良かったな……。そもそも言い訳をすること自体がよくないことなのに、その内容に対して後悔しているなんて、かなりずれていると自分でも思う。それでも、あの言い訳はあまりにも最悪だったと、冷静になった今思わざるを得なかった。
「……」
階段を降りきり、暫く考えごとをしながら、冷たい廊下を歩く。その間どこかへ意識が散歩に出かけてしまっていたのだけど、不意に居間から出てきた誰かとぶつかり、目が覚める。
蓮香だ。
ぶつかったときに、蓮香が持っていたのであろうCDが廊下へ落ちて蓋が開いた。
「わっ、ご、ごめんね蓮香。ぼーっとしていて」
「いえ。大丈夫よ」
それより具合はもう良いの、CDを拾いながら聞いてきた彼女に、完全復活です、なんてわざとらしく元気な声で答えた。
「それが桐ちゃんに借りたっていう噂のCDね。良い曲だった?」
オレンジや黄緑を基調とした奇抜な柄のそのCDジャケットは、ショップやテレビのCD売上ランキングリストに並んでいたのを見たことがない。もしかしたら、マイナーなものなのかも……。
「学くんって幽霊みたいなくせに意外と良い趣味もってんのね」
薄く笑いながら言った蓮香のその台詞は、私の質問への答えの代わりだろう。どうやら蓮香はこのCDが気に入ったらしい。率直にそう言わないところが、彼女らしくてどこか微笑ましいかった。
さてと。
純さんがシャワーから戻ってきてしまう前に、夕飯の下ごしらえを始めなくては。昼食のときにはみんなに迷惑をかけたから、今度は私が美味しいご飯を作ってお詫びしなくちゃいけない。
またあの薄暗い台所へ一人で行くのは少し気が引けるけれど、そんなことを言っている場合ではないはず。
「夕飯こそは私もちゃんと作るから、たのしみにしててね」
蓮香に言い残して台所へ向かおうとしたときだった。
「あのさ」
突然手を掴まれたから、驚いて足を止める。
「大丈夫なの? あんた」
訝しげな顔を見せる蓮香の質問の意味が分からず、首を傾げた。具合のことを言っているのかな。でもそれなら、さっき言ったはず……。
「具合のこと? 本当にもう大丈夫。心配かけてごめんね」
「違うわよ。斉藤くんの話」
純さんの話?
溜め息混じりに言う蓮香は呆れたような顔つきである。
「あの人、やっぱ何か変よ」
「純さんが? 特に私はおかしいと思わないけど……」
確かに、昼食作りをしているときは何だかそわそわしていて、いつもの純さんらしくはなかった。だけどさっきの純さんは、優しくて親切な、いつもの彼にもどっていたのを私は知っている。蓮香のいう、変、とはなんのことを言っているのか良く分からなかった。
「まったく……。貴女みたいに、素直すぎるやつが狙われんのよ」
「狙われる、って?」
「殺されたりして」
蓮香の真顔を見たとき。
まるで背中とシャツの隙間から氷の塊を落とされたような、冷たく、身の凍る感覚が一瞬にして全身を走った。
動揺して、視線が泳ぐ。
どうして、この子はそんなことを言うのだろう。
どういうつもりで言っているのだろう。
楽しくも、悲しくもない、その顔にある気持ちは何なのだろう。
「冗談よ」
口元だけ笑った蓮香は、それじゃあ夕飯期待してるわ、それだけ言って二階へ向かって歩いて行ってしまった。
……冗談、か。素直にそう思わせてくれる様子を見せない蓮香の後ろ姿に、私はただ立ちすくむだけで、未だ薄い寒気が消えなかった。
- Re: 夏の秘密 ( No.13 )
- 日時: 2014/12/09 20:41
- 名前: まーにゃ ◆znJHy.L8nY (ID: oOaw6UvZ)
桐ちゃんに看病され、純さんに秘密を見られそうになり、蓮香におかしなことを言われ——この流れを辿り、そろそろハルくんに会いそうな気がしていたが、早速予感は的中してしまう。
蓮香が私のもとを去ったすぐ後に、今まさにシャワーから出てきたばかりのハルくんがずいずいと近づいてきた。
——殺されたりして。
蓮香に言われた強烈な一言をハルくんも近くて遠い場所から聞いていたらしく、彼女と仲が悪いのか、とか、喧嘩をしているのか、とか、女の争いを繰り広げているのか、とか、色々心配をされたのでソフトに否定しておいた。
決して蓮香と仲が悪いと思ったことはない。だけど、仲が良いとも言い切れない。
私は彼女のことをそれほど良くしらないし、知る機会もあまりなかったから。きっと彼女も私のことをそう思っているだろう。それは、蓮香だけに言えたことではない。純さんや桐ちゃんのことだって、深く知っているというわけではないのだから。そう、ハルくんのことだって、知らないことだらけだ。
みんなの距離を縮めて思い出をつくるための合宿、とハルくんは言うけれど、本当のところ、思い出をつくれるのか疑問がのこる。そもそも思い出ってつくろうと思ってつくるものなのかな。
みんなと仲良くなりたいけれど、そこにいつも引っかかるのは“秘密”のことで。
みんなを騙し続けている私に、みんなと仲良くなる資格なんて、あるのだろうか。それを考えると、適当にやり過ごした方が良いのか、なんて考えすら浮かんできてしまって。それは、この合宿を企画したハルくんに傷をつけるような行為で、居た堪れない。
私は、何がしたくて高校へ入学したのだろう。何がしたくて、この合宿へ来たのだろう。
「そーだ! 良いこと考えた!」
パチン、と指を弾きながら、ハルくんがにんまりと笑う。
「みんなの家に家庭訪問に行こうぜ! 仲間の家族を知ることも大事じゃん? 本人が恥ずかしくて言えない失敗談とか、おもしろいこと家族が教えてくれるかもしんねぇよ?」
何を言い出すかと思えば、とんでもないことで。それはもう、爆弾を投下されたようなもので。蛇の巣に蛙をプレゼントするようなもので。
——あなたと同じ歳の妹がいる私の家に、どうして招待できるのだろう。
続けざまにハルくんが嬉しそうに、嘗て目の前を通り過ぎたことのあるという純さんの家(豪邸らしい)の話をしている。
その頃私は、どんな言い訳をして断ろうか必死に考えていたのだけど。
また、言い訳か。
- Re: 夏の秘密 ( No.14 )
- 日時: 2014/12/09 20:47
- 名前: まーにゃ ◆znJHy.L8nY (ID: oOaw6UvZ)
「蓮香も家大きそうだよなー、なんとなく金持ちそうな気するし? でも実はアパートで猫と二人暮らしとかもクールで似合うなー。高校生でそんな生活してるの映画の中だけの話かな? でも蓮香なら有り得るよな、映画のモデルとかに使われそうな感じするし! あと、学の家は何回か行ったんだけどフツーって感じだな。でもあいつの姉ちゃんがスッゲー美人で! なんと、手作りクッキーくれたんだぜ!? 作りすぎちゃったから、とか言ってあれは絶対に俺のために焼いたんだな、うん! ほのりは、一軒家に住んでるんだっけ?」
楽しそうに語っていたと思えば、突然の質問に不意をつかれた。
考え事をしていたせいで、何を尋ねられたのか良くわからない。困惑していると、ハルくんは不思議そうに私の顔を覗き込んできた。
「ほのり? 大丈夫か?」
「ごめんなさい、ちょっと、悩み事っていうか、考え事していて……。で、でも大した事じゃないの! 今晩のご飯は固めと柔らかめ、どうしようかな、って。あはは……」
ハルくんの返事はない。楽しそうな表情とは一変して、神妙な顔つきへと変わる。話を聞いていなかったこと、怒ったのだろうか。居間から時計の秒針の音が響いてくるような、そんな感じがした。
「よし!!」
静寂を破ったのは、ハルくんの方であった。
ハルくんは意を決したかのようガッツポーズをとり、直後私の肩へ両手を乗せてきた。その乗せ方はお世辞にも優しいとは言えず、お米でも入ったリュックを一気に背負ったような負担がかかった。
「俺は決めた!! 絶対に、お前を笑わせる!!」
真直ぐすぎる瞳で見つめられ、逸らすこともできない。硬直、とはこう言うことをいうのかと感じざるを得なかった。半乾きの髪が彼の目に少しかかっている。シャンプーの香りが、通り過ぎた。
「お前が何を抱えてるのか知らないけど、絶対に俺がなんとかしてやる。時間かかるかもしれないけど、必ず。……だから、お前は気にしないで良いよ」
一度肩から手を離され、再び肩へ手を置かれる。今度は、思い切り乗せるのではなく、軽くぽんと叩くような具合で。
そして、にっー、と笑ってこういった。
「ここには、友達がたくさんいるんだからな!」
ハルくんが立ち去ったあとも、早まった鼓動が収まりそうもなかった。
困った、な。
- Re: 夏の秘密 ( No.15 )
- 日時: 2014/12/09 21:23
- 名前: らい (ID: KtwqslFV)
この作品、勝手ながら投票してしまいました
感想は何度も上げると他の方が読みにくくなるので、2回目以降はやらないようにしているのですが。。
耐えられませんっ
登場人物読んでからもう一度読んだのですが
こうすると、一人一人の気持ちになって読めるのでハラハラしますね
個人的には蓮香さんの秘密の理由が楽しみです
無理はせず、けれど更新が続くことを望みます!
(返信不要でし^^)
- Re: 夏の秘密 ( No.16 )
- 日時: 2014/12/09 22:39
- 名前: まーにゃ ◆znJHy.L8nY (ID: oOaw6UvZ)
>>らい 様
訪問ありがとうございます^^
いやいや、例え一言のコメントだったとしも読んで下さっている方がいるのが分かるのと分からないのでは、執筆意欲も雲泥の差ですので! 本当にありがたいです!
蓮香はある意味キーポイントにもなっているので、今から構想を練り上げたいと思います^^
ぜひまた気が向いたときに遊びにくてください!
- Re: 夏の秘密 ( No.17 )
- 日時: 2014/12/09 22:41
- 名前: まーにゃ ◆znJHy.L8nY (ID: oOaw6UvZ)
******************
私、隠し味にリンゴを入れたカレー、好きなんですよ。純さんとそんな会話をしながら、ぐつぐつと煮立つカレー鍋を覗く。台所の電球が切れかかっていたことをハルくんは知っていたらしく、夕飯の材料と一緒に新しい電球を買ってきてくれていたおかげで、今回は快適に調理が進んでいた。
昼食の時は迷惑をかけたから、純さんがシャワーから出る前に下ごしらえを一人で進めていたために、カレーは予定よりも少し早く完成しそうな勢いであった。
ほのりさんって、料理上手なんですね。味見をした純さんは驚いたようにそう言っていた。これでも一応女子なんだから、当然ですよ。なんて、ちょっぴりおどけてみせたものの、内心は凄く安心していた。コマネチ事件のせいで私の女としての株がガタ落ちした今、カレーくらい美味しく作って名誉を挽回しないと、これから先純さんと目も合わせられない。それに、みんなにも心配かけてしまったし、お詫びとお礼の気持ちも十分に込めたつもりだ。
「それじゃあ、カレーもできましたし、みんなに声かけに行きましょうか」
「そうね。じゃあ、リビングに行きましょう」
鍋の火を止め、台所を後にする。
あとは、盛り付けるだけね。みんな喜んでくれたら、嬉しいな。
*******************
「おー! もう夕飯できたか!? テニスしたし、めっちゃ腹減ったー!」
私と純さんの登場をかなり待ちわびていたらしきハルくんが、読んでいた海賊漫画を勢いよく閉じて立ち上がる。周囲には巻違いの何冊かの漫画が散らかっていて、その様子から随分とくつろいでいたことが予想できた。元々漫画は居間に置いていなかったはずだから、夕飯を待つにあたって別の部屋からわざわざ持ってきたのだろう。そこまでして読みたいとは、余程この漫画が好きなのだろうか……。
「他の二人はどこですか?」
リビングの散らかりようについては華麗にスルーしてみせた純さんが、核心をついた質問を投げかける。そう、蓮香と桐ちゃんの姿がないのだ。夕飯が完成しても全員が揃っていないのでは、意味がない。
「それがさ、蓮香のやつ、本屋行くって言って出かけたらしくて。それっきり全然帰ってこないから、学が心配してさ、大分前に迎えに行ったんだけど……。遅いな、あいつら……」
段々心配そうな表情になっていくハルくんを見て、私も不安になってくる。
ここのところ、この近辺で良くない事件が起きていると、耳にしたことがあるからだ。不良に絡まれただとか、ひったくりにあっただとか、痴漢にあっただとか。二人が巻き込まれていたとしたら、夕飯どころではない。
「電話はかけてみたの?」
「ああ。さっき。でも繋がらなくてさ……」
下を向いたハルくんは、一呼吸おいて話を続ける。
「俺も一緒に迎えに行くって言ったんだけど、学のやつ、一人で平気って言うからさ……。よく考えたら、仮に何かあってもあいつが一人で蓮香を守れるわけねぇよな……。蓮香が学を守るならまだしも。今頃二人まとめてボコボコにされてたり、変な場所に誘拐されてたり……うわ、なんで俺、学と一緒に行かなかったんだろ、やっべぇじゃん……!」
話しているうちに事の重大さに気がついたのか、狼狽したハルくんは無作為に走り出し、居間をあとにした。二人を探しに行くつもりだろう。落ちていた漫画を踏みつけ、滑って転びそうになっていたが、そんなのはお構いなしといった様子であった。
「ハルが言うほど、学は弱いんですかね」
「え?」
ハルくんのテンションと比較すると、驚くほど落ち着いた様子の純さんが、苦笑しながら言ってきた。てっきり純さんも心配していると思ったのに、さりげなくその心配を裏返すような言葉に、上手い返事が見つからなかった。
「……仕方ない。僕も、ハルの後を追いますね。ほのりさんは、ここで待っていてください。蓮香さんと学が帰ってくるかもしれないので」
私の言葉も待たずにゆっくり歩き出してしまった純さんの背に、気をつけてくださいね! と、浴びせた。
本当は私も一緒に、二人を探しに行きたい。だけど全員で外へ出たら、純さんの言うとおり、もし二人が戻ってきた時に入れ違いになってしまう。それを避けるためには、私が留守番をしているのが最良だから。
窓の外を見ると、日は殆ど落ちていて、紺と橙の混ざった空がそこにあった。
- Re: 夏の秘密 ( No.18 )
- 日時: 2014/12/09 23:07
- 名前: まーにゃ ◆znJHy.L8nY (ID: oOaw6UvZ)
*******************
殺されたりして。
みんなの帰りを待つ間、私の中には、蓮香に言われたその言葉がぐるぐると渦巻いていた。
悪い人に、殺されたりして。
いつしか私の中では、蓮香の言葉がそんな風にアレンジされていて。シルエットだけの桐ちゃんや蓮香が悪い人の手にかかる光景がもやもやと浮かんで、顔をぶんぶんと振って嫌な想像を払いのけた。
大丈夫。変に心配しすぎだ。きっとすぐに帰ってくる。私が慌てふためいていても仕方がないじゃないか。
「あ……」
ハルくん、携帯忘れてる……。
それに気がついたのは、ハルくんと純さんがこの家を出て行ってから10分程経ってからのことだった。自己主張の少ない黒色のそれは、散らかった漫画の山に紛れて、ひっそりと持ち主の帰りを待ち構えているようであった。取り敢えずこんなところに落ちていると、踏んでしまったら大変だから、テーブルの上へ移動させておいた。
ふと、ハルくんの携帯についていたストラップに目が止まる。
男子が持つには少し可愛すぎるくらいのペンギンのマスコットは汚れていて、大分前からつけていたことが一目で分かる使用感であった。大切な物なのだろうか……? 彼女、にもらったもの……とか? いやいや、ハルくんのことだから、ただ何となくつけたものの、取り替えるのが面倒くさくなって、ずっと付けているだけかもしれない。それにしても、こう汚れてしまっていると、ペンギンも可哀想だな……。
「きみ。洗って、あげようか」
返事がもらえるはずもないが、ペンギンに話しかけてみて、携帯からそっとストラップを外した。洗面台は確か居間を出て直ぐだったはず……。
「……広井さん、みんなは?」
ペンギンを洗面台へ連れて行こうと振り返ったとき。
飛び込んできた姿に、呼吸が止まりそうになった。蓮香が、そこにあるのだ。
「っ、れ!!」
「は?」
「れれれれ、蓮香!? いつの間に帰ったの!? まさか、幽霊!?」
「何言ってるの。さっきから声かけてんのに、貴女が気づかなかったんでしょ」
眉間に皺を寄せぶっきらぼうにつぶやく彼女の態度からして、どうやら、本物の蓮香らしい。もし皆がこのまま帰ってこなかったら——なんて心配事をしていたせいで、彼女が帰ってきた物音や声にも気がつかなかったようだ。
彼女の帰宅を知って、次に気になるのは、当然、彼のことである。
「桐ちゃんは一緒なの? 無事なの?」
「学くんも一緒よ。ま……ちょっと無事とは言い難いけど、ね」
目線だけドアの方角へ移した蓮香は、心底呆れたような溜息を一つ落としていた。
「……ただいま、帰りました」
遠慮がちの声と同時に開いたドアの向こうには、何故か全身びしょ濡れで頬に切り傷をつけた桐ちゃんの姿があった。その腕に、ふわふわの動く物体を抱えて。
……子犬?
- Re: 夏の秘密 ( No.19 )
- 日時: 2014/12/10 00:44
- 名前: まーにゃ ◆znJHy.L8nY (ID: oOaw6UvZ)
「ちょっと、どうしたの! びしょびしょじゃない! 怪我もして!」
「あの……色々あったんだ……ははは」
困ったように、控えめに笑う桐ちゃんに抱えられた子犬が、わん、と元気に一吠えした。
****************
蓮香は本屋の帰りに、近くの公園で小さな子供たちの遊びの相手をしていて、気づかないうちに携帯の充電が切れていたらしくて。そして迎えに行った桐ちゃんが、公園にいた蓮香を見つけたところまでは良かったんだけど……。
そのすぐ後に、二人は公園の高い木の上に乗せられてしまった子犬を見つけたらしく。恐らくこの近辺の不良の悪戯だろう。子供たちからの期待と不安の目に耐えられなくなった桐ちゃんが、運動なんてまるで駄目なのに、木に登って子犬を助けようとしたんだとか。子犬はなんとか救出できたけど、案の定、肝心の自分が木から落ちて、そのときに顔に怪我をしたらしい。しかもそれにとどまらず、木から落ちた衝撃で、せっかく捕まえた子犬を離してしまったようで。驚いた子犬が近くの噴水まで猛ダッシュした挙句溺れてしまって、慌てて助けようと桐ちゃんが子犬の元へ駆け寄ったら、携帯が水没してしまったんだとか。
ハルくんが電話をかけてもつながらなかった理由がそれとは……。
桐ちゃんはテストの点数もいいし、良い子なんだけど、ちょっとドジというか、やっぱりどこか頼りない。
「この子犬ね……首輪してないし捨て犬だろうから、最初は警察に届けようとしたんだけど……。そんなことしたら保健所に連れて行かれる、って前田さんが……」
子犬を撫でながら、桐ちゃんがちらちらと蓮香の顔を見る。そうしているうちに蓮香と目が合ってしまったようで、桐ちゃんは、ばっ、と視線を逸らしてそれっきりだった。
そんな桐ちゃんにイラついたのか、蓮香は不機嫌そうに前髪を掻き分ける仕草をとっていた。
「そ、そっか! 蓮香、優しいじゃーん! この子犬を助けたかったんだねー!」
このまま蓮香にウザがられているだけでは、あまりに桐ちゃんが報われない。わざとらしい気もしたが、できる限りの明るい声を出してこの場の空気を塗り替えようと努めた。だがそんな努力も虚しく、別に犬を助けたかったわけじゃないわよ、と、しれっとした猫のような顔で一蹴されてしまった。
「そんなになってまで学くんが助けた犬を、殺されたくなかっただけよ」
つんとした態度を貫き通していた蓮香だったが、その台詞にきつい何かは感じられなくて。本当に、素直じゃないんだな、この子は。そう思わざるを得なかった。
「早くお風呂入りなさいよ。風邪ひいても私のせいにしないでね」
桐ちゃんから子犬を奪い取った蓮香は、吐き捨てるようにそう言っていた。
- Re: 夏の秘密 ( No.20 )
- 日時: 2014/12/10 00:51
- 名前: まーにゃ ◆znJHy.L8nY (ID: oOaw6UvZ)
****************
「…………それにしてもだな」
最後の一口のカレーを食べ終え、スプーンを皿の上に手放す。談笑していた其々の声は弾かれたように止まり、皆がハルくんへと注目の視線を向けた。
「どうするんだよ、この犬は!」
わん!
ハルくんへの返事をするかのように、子犬が吠えた。その鳴き声に更に困った顔をしたハルくんが、子犬の頭を撫でながら、あぁ、と何とも言えない呻きを漏らす。
「ここで飼えないの?」
項垂れるハルくんはお構いなしに、温度の低い声で蓮香が問う。枝毛でもチェックしているのか、手に持った自分の毛先だけに視線は注がれていた。
「まあ最悪のところ俺はね、いいんだよ、飼っても」
「ハル、犬は嫌いじゃなさそうですしね」
只管に子犬の肉球を押しているハルくんに便乗して、純さんが反対側の肉球を押していた。
「ああ。でも悪いけど俺は責任もって飼える自信もないんだ。それ以上に、じぃちゃんが何て言うかなんだよなぁ……。っていうか他のみんなは飼えそうにないのか?」
ふと、今朝見たハルくんのお爺さんの姿が思い浮かぶ。
……確かに、あの様子だと快く賛成してくれるというのは、考え難い。だけど、私の家は妹が動物のアレルギーだから、代わりに飼ってあげるというのはできないだろう。他のみんなは、どうかな……?
心なしか、子犬が不安そうな目をしているように見えた。
「私のうちは妹がアレルギーで飼えないの……」
「ああ、それじゃあ犬は厳しいよな」
「あたしは何かと家をあけること多いから、毎日散歩できないかも」
「うん、それじゃあ犬は厳しいよな」
「うちは既に猫がいるので」
「そっか。それじゃあ、犬は厳しいよな」
「あ……僕は、マンションだから……ごめんね、ハル」
「だよな。それじゃあ犬は……って、ああ……」
連続の残念な解答に、ついに返事をするのも嫌になったのか、頭を抱えて黙り込んでしまった。皆で顔を見合わせる。やっぱり、この子犬は警察に連れて行くしかないのだろうか……。
誰もが気を落とした時だった。
「っ、よし! しょうがねぇ! 俺が、明日朝一でじぃちゃんに何とか頼んでみるわ! その代わり、今日は、なんとかバレないようにしよう。これは俺たちだけの秘密だ」
吹っ切れたのか明るい様子で言ったハルくんの言葉に、再び部屋に光が灯ったかのように、皆の表情も明るくなった。おまえ、ここに住めるんだよ。子犬の頭を撫でる蓮香は、珍しく穏やかに笑っていた。
「ね、ね! 名前、決めようよ!」
飼うとなれば、まず名前よね。みんなが、子犬にどんな名前を付けたいのか興味を持ちつつ、意見を募った。
**************
食後の休憩も終わったことだし、合宿らしく、各々夏休みの課題に手をつけてから1時間程が経過した出来事だった。
「せっかくの合宿1日目に勉強なんて気が乗らねぇよ。な、ビーフ!」
わん!
ハルくんとじゃれながら、高い声で鳴いた。
「……一応翻訳しますが、牛肉ですよ」
「当たり前だろ。良い名前じゃんか」
苦笑、いや、それを通り越して、確実にドン引きしながら言った純さんの翻訳は、ハルくんの心には響かなかったらしい。どういうセンスしてんのよ……蓮香の呟きも虚しく、ビーフの鳴き声にかき消されていた。ビーフ……か。私の考えた「プリン」の方が、可愛らしい名前で良かったと思うんだけど……。まあ、くじ引きでそう決まったのだし、それに飼えるようにハルくんがお爺さんに頼んでくれるわけだし、仕方がないか。
「ね、ここ教えて」
ビーフの名前騒動は余所に、先程からつまずいていた数学の問題の解き方を、桐ちゃんに尋ねる。嫌な顔せず応じてくれた彼は、優しく丁寧にそれを教えてくれて、つまいづいていたのが嘘のように答案を埋めることができた。
「ありがとう。さすが学年トップ、やるじゃん!」
褒めたつもりで言ったものの、そんなんじゃないよ、と彼らしくない少しきつい口調で返されてしまったことに驚きは隠せなかった。けなしているわけでもないのに、どうしたというんだろう、一体。
直後ハルくんと目があったが、すぐに逸らされてしまった。何なんだろ……。
- Re: 夏の秘密 ( No.21 )
- 日時: 2014/12/10 00:32
- 名前: まーにゃ ◆znJHy.L8nY (ID: oOaw6UvZ)
「ごめんね、何か気に触ること言っちゃったかな?」
大人しい子が怒ると怖い、と聞く。きっと桐ちゃんもそれに当てはまるのだろう。怒るとまでいかなくとも、若干様子がおかしかったのが気になり、顔色をうかがった。
「いやっ、そんな……広井さんは何も悪くないよ。僕こそ、本当にごめんなさい……ちょっと、疲れてるのかも」
目も合わせず、消え入りそうに言う姿からして、もういつもの彼に戻ったということが分かった。 やっぱり、さっきのは何かの間違いだったのだろう。課題も切りの良いところまで進んだので、パタリとノートを閉じた。
「それなら良かった。でもさっきのは、ふざけてたとかじゃなくて、ちゃんと本心だからねー? だって桐ちゃん、この前の定期試験でさ——」
また、クラス1位だったじゃない。
そう、言おうとしたときだった。
「ほのり!!」
突然大声で名前を呼ばれて、口を噤んでしまった。ハルくんだ。
何よ急に、びっくりするわね。蓮香はだるそうに文句を口にしていたが、私は何も返すことができなかった。ハルくんの表情が、この上ないほど必死であったからだ。
「ほ、ほのり……ア、アボカドの日本名は、ワニナシなんだぜぇ?」
……。
まさか、それを言うために、大声だしたの? そう言わんばかりに部屋中が一瞬の静寂に包まれた。
小さな、虫の鳴き音が聞こえる。今日は、夏なんだ。
「……ご、ごめん、僕ちょっとトイレ……っ」
吐き気でも催したのか 、蒼白な顔をした桐ちゃんが立ち上がる。口元を抑える彼の目は潤んでいて、苦しそうなのが一目瞭然であった。介抱しようと咄嗟に立ち上がろうとしたが、そんな私よりも早く動き出したのが、ハルくんだった。
「おい、学——」
ハルくんが桐ちゃんの右手を掴む。
「うるさいな、離せよ!!」
そこには、ハルくんを拒絶する桐ちゃんの姿があって。
本当にそこにいるのが桐ちゃんなのか信じられないくらい思い切り手を払いのけられてしまったハルくんは、ただ呆然とそのままの形で立ち尽くしていた。自分のしたことに動揺しきってしまったのか、どこかおかしい桐ちゃんは、この場から逃げるように部屋を飛び出して行ってしまった。
「追いかけないで良いんですか?」
「…………良いんだよ、あんなの」
ドアの方を一瞥したハルくんは、直ぐに私たちへ向き直って、へらりと笑った。
違う。ハルくんは笑っているけど、笑っていない。
きっと、ものすごく傷ついている。
あんな風に拒絶されて、しかもその相手が普段から大人しくて優しい桐ちゃんだなんて、傷つかないはずがない。
こうなってしまったのは、きっと私の発言した言葉に原因があったんだ。何が駄目だったのかは分からないけど、私がそれを言うまでは、普通であったのだから。仲の良い二人が、突然こんなことになるなんて、どう考えてもおかしい。
……いや。本当にこれは、突然、なのだろうか……?
「ねぇ。もしかして、ハルくん、桐ちゃんと何かあった……?」
「あ? 別に、何もねえよ。心配すんな」
「でも……さっき目があったとき、変に逸したでしょ?」
何かがあったのなら、教えてほしい。絶対に私を笑わせる、とハルくんが言ってくれたのなら、私も、ハルくんを心から笑わせてあげたい。そんな偽りの笑顔じゃなくて。傷ついている顔なんて、みたくない。
「だから、何もねえって言ってるだろ……!」
「っ……う、嘘よ、二人とも絶対なにか隠してる! 急に大声で名前呼んでまでして私を黙らせて! 私はただ、定期試験の話を——」
話が拗れる程、身体が熱くなっていう事をきかない。
何かを隠しているのは、私も同じなのに。最悪だ。本当に、最悪だ。
「ッ……学は何にもやってねぇよ! 俺は、あいつを信じてるんだ! お前らは疑うかもしれねぇけど、俺はあいつを絶対に信じてる、あいつは悪くない! そうだろ、俺!」
ハルくんの怒鳴るだけ怒鳴った言葉の最後は、自分自身に向けられたようなものに変わっていて。
自分の部屋で頭冷やしてくるわ。バツの悪そうに吐き捨てたハルくんは、ビーフを抱いて立ち去って行っってしまった。
「……居心地、悪る。お風呂行ってくるわ。じゃあね」
ばたり、と閉められる扉の音がする。蓮香が、出て行ったのだろう。
私は下を向いたまま顔をあげることができなかった。気を抜いたら、自分の情けなさに泣いてしまいそうだった。そうなったら、また純さんを困らせる。泣くなんて、卑怯だ。そう思う程、崩れてしまいそうだった。
「……ハルにはハルの焦りがあって、学には学の悩みがあって、貴女には貴女の想いがある。上手くいかないのは、当然ですよ」
ふと、頭の上が暖かくなって、顔をあげる。優しく頭を撫でる純さんが、居た。
「蓮香さんが出たら、お風呂に入って、温まって、眠ってください。きっと、ほのりさんの夢では皆が笑っています」
張った糸が切れたように、純さんにしがみついて、泣いた。
何かを隠すのも、隠されるのも、夏も、妹も、私も、なんだか辛いものが込み上げて、何に泣いているのか分からなくなるほどに。
純さんの暖かさは、優しい笑顔は、ハリボテでないと良いな。背中をさすられながら、思った。