コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 夏の秘密 ( No.22 )
日時: 2014/12/10 15:21
名前: まーにゃ ◆znJHy.L8nY (ID: DIeJh8tY)

◆02 血脈

 泣きながら嗚咽するほのりの背中を、大きくそしてゆっくりとさする。
 困った人だ。
 女というのは、昔から決まって情緒不安定な生き物だ。
 迷っていたと思えば笑いだし、怒っていたと思えば泣きだす。それが女なのだから、いちいち驚いていたらきりがないのは百も承知だ。特に、このほのりという人間は、はたから見て一直線で素直な分、子供じみたところがあるから、どうして怒っているのか、どうして泣いているのか自分自身でも理解できていない可能性が高い。云わば赤ん坊みたいなものだ。そういう人間には下手な励ましは不要だ。ただ同調してあげるだけでいい。そうこうしているうちに、自分自身の力で案外落ち着きを取り戻すものだからな。

「……ありがとう、純さん。もう、大丈夫」
 俺にしがみついていたほのりは、そっと身体をはなし、涙で濡れた顔をふわりと綻ばせていた。さっきまでわんわん泣いていたのが嘘のように、落ち着いた顔付きになっている。こうしてじっくり見ると、ほのりはその性格に似合わずどこか大人っぽい顔立ちをしているように思える。学校へ行けば女なんて腐るほどいるが、その誰よりも、とりわけ大人びている。まるで本当の成人みたいだ。
「そうですか。ほのりさんが元気になったみたいで、良かったです」
 まだ涙で濡れているほのりの頬をハンカチで拭い、微笑む。
「純さんって、ほんと親切ですよね」
「いえ。そんなことは」
「親切ですよ。それに嫌味もないっていうか……どうしてそんなに優しくしてくれるの?」
 少なくとも昼間、こいつの血液をいただいたことの償いではない。

「そうすることに、理由なんていらないですよ」
 もっとものは単純に、そうしていなければいけないから、やっているだけだ。
 そうやって、俺は人に近づいて、人から血液を奪い、己の欲望を満たしていくだけの、醜いヴァンパイアだからだ。
 それは俺が吸血鬼の息子として生まれてきた段階から定められている運命だ。人間と共存し、人間に優しく振る舞い、そして人間を欺くよう身体の芯からプログラムされている。優しくするのは欺くための単なるプロセスに過ぎない。そのように「強いられた思いやり」を本物の思いやりと呼べるかどうかは知らんが、少なくとも俺はお前のために親切心を働かせているのではないことは、事実だ。

Re: 夏の秘密 ( No.23 )
日時: 2014/12/11 00:44
名前: まーにゃ ◆znJHy.L8nY (ID: WoqS4kcI)

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 平静を取り戻したほのりは、ハルくんに謝ってくる! なんて、居間を飛び出していってしまって。つくづくズレた女だと思わされる。少し一人にしておこう、とか、思わないのだろうか。自ら厄介ごとに首を突っ込んでいき、上手くいかなければ動揺する。平たく言えば馬鹿のすることだ。
 だが俺は、そんな馬鹿な人間が嫌いじゃない。
 寧ろ好きな方だ。
 この世に存在する全ての人間が優秀であったら、それは非常に住みづらい世の中になっていると思う。適度に馬鹿が散りばめられているからこそ、優秀な人間が力を発揮できるのだ。そういう面では、馬鹿は世界の潤滑油だ。
 そして、ほのりのような馬鹿な人間がいるからこそ、円滑に血液を頂戴することができるのだから、吸血鬼としてもそんな馬鹿には感謝をしなければならない。

 誰もいなくなり、がらんとした居間に胡坐をかく。窓の外から鈴虫の音が届いてきて、自然とリラックスできるような気がした。
 良く考えれば、こうも長く人間と接したのは久方ぶりじゃないだろうか。これは想像以上に、精神的に疲労がたまる仕事だ。
 思い返せば、そもそも俺がハルに合宿に誘われたのは、ほのりのついでみたいなものだった。ハルは隣の席だったほのりを誘ったついでに、後ろの席だった俺にも声をかけただけの話だ。ほのりを誘ったこと自体気まぐれだったようだから、その気まぐれのついでだなんて、俺に対する思い入れはかなり少ないはず。そう考えるとあまり良い気はしない。まあ、結果として参加すると俺が自分で決断したのだから、ハルを責めるのは筋違いというやつだろう。合宿に参加すれば人間の血液をいただき放題かと思ったのが、運のつきということだ。実際は想定していたよりチャンスはないし、かえって俺が吸血鬼であることを隠す方に労力を使ってしまう。
 しかし明日以降はどうなるかまだ分からないから、ここで見切りをつけてしまうには、まだ早いのかもしれない。「人間」として友達ごっこに付き合うことも、一つの社会勉強だからな。悪いことだけではないはずだ。

 
 ——それにしても。
 学は大丈夫なのだろうか。
 ほのりはハルのところへ行ったようだが、ハルよりも、気になるのは学の方なのではないだろうか。彼女はそこまで考えていないのだろうが。
 俺はハルが言っていたほど、学のことを弱い男だと思ったことは無い。単純に差ほどの関わりがないから分からないというのもあるが、それでも、学がここにいる誰よりも地道で努力家なことに間違いはないと思う。そうでなければあれだけの成績を維持すること、そして惜しみもなく他人に勉強を教えてあげることなどできるわけがないだろう。そういう側面を見れば、100%駄目な男という評価はできないかと思う。
 しかしあいつが身体的に軟弱者であることは、誰がどう見ても事実だろう。
 心配するほどまでではないが、気にかかると言えば気にかかる。

 ——カチャ

 ふと、表の縁台の方から物音が聞こえて、咄嗟に立ち上がる。まさかそこに人がいるわけがないだろうが、人間の集団の中に身を置いているという状況から些か神経が過敏になっているようだ。胡坐なんてかいているところを見られたら、作り上げてきた俺のイメージが崩れ落ちるからな。気を抜けない。
 野良猫でも尋ねにきたのだろうか。
 物音の正体を確認するべく、そして外の空気を吸い込むために、居間の障子を勢いよく開いた。

Re: 夏の秘密 ( No.24 )
日時: 2014/12/13 23:51
名前: まーにゃ ◆znJHy.L8nY (ID: WoqS4kcI)

「そこにいたんですね」
 障子を開けた先には、ヘッドホンを耳に当て、縁台の上で膝を抱える学の姿が。
「さ、斉藤くん……!」
 驚いたように目を大きくさせた学は、ヘッドホンを耳からずらして俺を見上げ、身体を硬直させている。身長が182ある俺と比較すると……20と数センチは差がありそうな彼は、こうして見下ろしていると、増々貧弱に見えて、夜の闇に消えてしまってもおかしくないとさえ思えた。情けない。種族は違うが同じ男としてどうか思う。背が低いのは仕方がないが、肉体的にもう少し鍛えたらどうなのだろうか。
「風邪、ひきますよ」
 学はみんなの中にいるのが気まずいからわざわざこんなところにいるのだから、俺にそんなことを言われたからといって、そう単純に部屋に戻ってくることは始めから期待していないが。
 予想通り学はいつにも増した伏し目がちで膝を抱えて、そこから離れる素振りすら見せようとはしなかった。どこかへ消えてくれ、横顔がそんなことを俺に訴えかけているように感じた。
 学の姿を見ていると、幼い頃の自分を思い出す。
 俺もよく、母親からの頭ごなしの説教をうけては、こうして外で膝を抱えて、一人になったことがある。俺の家は縁側もないし、玄関先だったが。そういうときは決まって、科学者そして人間である父親が、くだらない発明品やら冗談やらで、俺を慰めてきた記憶がある。その都度、自分が学生時代に創設した傷なめ合い倶楽部たる謎の集団の話を引き合いに、「誰しも孤独では生きていけない。それは俺のように人間であっても、母さんのように吸血鬼であっても同じ」だなんて、偉そうにものを語っていたのをよく覚えている。迷惑でしかない。別に慰められることなど俺は望んでいないからだ。これだから人間は。そう思った。それと同時に、人間というのは慰められることが大好きな生き物だということも、学習した。

「僕は君のことを羨ましいと思っています」
 学の隣に腰を下ろす。
 俺の発言は、学の顔を上げさせるには十分な意外性があったようだ。
「……斉藤くんが、羨ましがるようなこと……なんにもない、よ」
「学にはハルみたいな親友がいるじゃないですか。僕にはそんな友達は、いないので」
 まあ、ほしいとも思ったことはないが。だがしかし、それでは慰めに繋がらないからな。
 ハルの名前を聞くなり視線を泳がせた学は、そうだけど……、なんて、曖昧な答えを返してくる。やはり、その話題は彼にとってデリケートなところなのだろう。

「学は、どうしてハルと仲良くなったんですか?」
「……べ、別になりゆき……で……四月にハルが転校してきて、話しかけてきてくれて……それで……」
 俺もハルが転校してきた日のことは覚えている。初対面でいきなり俺の瞳の色が紅いことをからかわれて、非常識な人間だと思ったからな。
 話し好きで社交的なハルのことだから、手あたり次第に声をかけていたと思うが、性格的に大きな違いのある学とは逆に馬が合ったのだろう。正直なところ、一年生のうちは友達がいる雰囲気もなく不良に絡まれているだけの男だった学にとっては、ハルが着たことはかなりの転機だったのではないだろうか。

「それじゃあ、今度は学がハルに話しかけてみたらどうですか」
「えっ」
「ほんの小さなきっかけが大切。君たちはなりゆきで仲良くなったんです、なりゆきで仲直りもできるはずですよ。二人に何があったのか僕は聞こうと思いませんが、君たちが拗れているのは見たくないんです。ほのりさんも、蓮香さんもそれは同じかと」

 事実ほのりは、お前たちがきっかけで泣いていた。
 蓮香はどうだか知らんが、学にとっては例え嘘でも蓮香の名前を出した方が効果覿面だろう。

「そっ、そんなもの、かな……」
「ええ。そんなものですよ。明日の予定も決まっていないし、学からハルに提案したらどうですか。きっと喜びますよ」
 人間というやつは本当に世話が焼ける。
 学は照れくさそうにはにかむと、そうしてみるよ、なんてお礼の言葉もつけて返していた。これしきの会話で素直にそう思えるのなら、始めからこんなところで膝を抱えるな。なんて純粋なやつなんだと思い知らされた。

Re: 夏の秘密 ( No.25 )
日時: 2014/12/12 13:57
名前: まーにゃ ◆znJHy.L8nY (ID: WoqS4kcI)

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 寝室の壁に背を凭れかけ、小説を読んでいる。22時、寝るには少し早い時間だ。それに俺は自分の枕じゃないと寝つきが悪いタイプだから、今宵は長くなるだろう。同じ部屋に人間が二人もいるのだから尚更だ。俺の隣でぐーすか寝ているこの犬(ビーフ……だったか)が羨ましい。
 ブラウン管のテレビでスーパーファミコンの対決に興じているハルと学を視界にやると、思わず鼻で笑ってしまいそうになった。ハルが負けすぎていて哀れに思える。

 学は俺のアドバイス通り明日の予定をハルに提案したらしく、関係を修復できたようだった。ハルも学と険悪になることは望んでいないだろうし、彼らにとって仲直りをするのは、他者が想像するよりも大分簡単なことなのだと思う。そう、上辺だけはな。
 一見解決したように思えるが、根本的なところでは何も変わってはないない。
 ほのりが定期試験の話題を出したときの学とハルの動揺は、普通ではなかった。二人に「何か」があったことは明らかだ。その「何か」について話し合うこともせず目を逸らし、取りあえず険悪なのは気持ち悪いからといって、上辺だけ仲直りをしたようなものだ。俺はそれでも構わないと思う。所詮人間というやつは上辺の付き合いの連続だ。本当に分かり合えることなどないのだから、今をなんとかやり過ごせていれば上出来ということだ。

「なあなあ、お前らは、好きな人とかいないの?」
 ゲームはもう良いのか、電源を落としながら突如としてハルに質問をされる。
 困ったように学に視線を送られて、先に回答してくれ、とでも言わんばかりのそれには溜息がでた。
 どうして俺が人を好きにならないといけないんだ。基本的に吸血鬼は吸血鬼しか愛さないように遺伝子上に組み込まれている。俺の母親が異端なだけだ。

「どうでしょうか。どうしてそんなことを聞くんですか?」
「決まってんだろ〜、合宿だからだよ」
 理由になっていない。
「そうですか。ハルはどうなんですか」
 海賊が仲間を増やしながら旅をする漫画や、落ちこぼれ忍者が里のトップを目指す漫画、高校生探偵が小学生の姿になってしまった漫画——そんなようなもので溢れかえっているハルのこの部屋を見る限り、彼は全体的な思考が若干子供っぽいのかと予想できる。漫画がたくさんあるからといって、必ずしも子供じみているとは限らないが、少年漫画しか置いていないという点がどうも怪しい。これはハルの日頃の言動とも照らし合わせた俺の評価だ。そんなハルが一丁前に女に興味があるとは、思えないのだが。
「俺? 俺はいないよ」
 いないのであれば周りに聞くな。
「なあ、学はどうなんだよ、実は彼女がいるとか」
 困惑する学の肩に腕を回し、にやりと笑っているハル。
 彼にそんなことを聞いてどういうつもりなんだ。どう見ても彼女がいるわけがない。「冴えない・モテない・パッとしない」の三拍子が揃っているような男に、わざわざ質問するようなことではないだろう。学が可哀想だ。

「そ、そんなの、いないよ」
「本当かあ? 蓮香とか、昼飯でも夕飯でも仲良く喋ってたじゃん」
 その指摘に分かりやすく耳まで赤くした学は、別に彼女は普通の知り合いだから、といった旨の言い訳を一生懸命言おうとしていたが、噛み過ぎていてよく聞き取れなかった。
 仲良くかどうかは分からんが、確かに蓮香と学は喋っていたことには喋っていた。だが、喋っていたからといって、蓮香が学に気があるかどうか判断するのは難しい。何故ならば、俺やハルやほのりも蓮香と喋っていたし、学とも喋っていたからだ。しかし蓮香は、俺やハル、そして他の全てのクラスメートに対して苗字で呼称しているのに対し、学にだけは、どういうわけだか「学くん」という呼び方をしているところを見ると、何かしら学を特別視しているとも言えなくはないと思う。全て憶測だから断言はできないが。
 いずれにせよ学が蓮香に惚れているのは確実だろう。これだけ分かりやすいのだから。

「お前って本当に分かりやすくて、おもしれーよな! 俺、お前のこと応援してるから」
 慌てる学を面白がるハルは、やはり子供じみた表情をしていた。

「てことで純、このことは俺たち三人の秘密だぜ?」

 ——秘密。
 また、変なものを背負わされてしまった。
 そんなんじゃないんだって、と、横で必死に弁解をする学を尻目に、ハルは満足気に笑っていた。

Re: 夏の秘密 ( No.26 )
日時: 2014/12/13 01:02
名前: まーにゃ ◆znJHy.L8nY (ID: WoqS4kcI)

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 駄目だ、ぜんっぜん眠れねー。うとうとすらしねーよ。

 窓の外は薄らだが既に明るくなってきていて、携帯で時刻を確認すると、丁度5時を過ぎたところであった。
 これはもう徹夜決定というやつだな。
 こんなことなら家から枕を持参すれば良かった。俺はオーダーメイドの全そば殻枕でないとどうも具合が悪い。それにこの布団は俺には固すぎる。
 眠れないことで気が立っている俺には、気持ちよさそうに眠っているハルと学の姿は恨めしい以外の何物でもなく、イラつきを抑えきれずに舌打ちをつく。畜生、これだから人間は。
 冷たい水でも飲みにいくために布団から起き上がり、できるだけ足音を立てないよう部屋を後にした。


「……あら、斉藤くん」
 台所には先客がいたらしく、水の入ったコップを片手に、面倒くさそうに俺の名前を口にした。
「蓮香さん。どうしたんですか、早いですね」
「どうもこうもないわ。眠れないのよ」
「そうですか。僕も、どうも寝付けなくて」
 失礼します、断りを入れて、蓮香を横切り蛇口を捻る。体育館の床と靴が擦れるように、きゅ、と音を立てた水道から、冷たく透明の水が線のように流れ出た。それをコップに汲んで、少しだけ口に含んだ。
 横目に蓮香をやると、ぼうっと遠いところを見つめて、ざっと前髪をかきあげる仕草をしている。彼女のそのアンニュイな様には思わず見入ってしまいそうで、彼女を視界から追い返し、水を飲みほした。
 吸血鬼である俺が学のように蓮香を好きになることはないが、単純に血液や身体が欲しくなることは多々ある。要は人間の男に性欲があるのと同じ話だ。しかし、今日、いやもう昨日だが、ほのりから血液を頂いたばかりで、すぐに蓮香の血を貰うということはできない。吸血にも体力を使うからな。我慢をしないと、身体に響く。

「回りくどいの嫌いだから単刀直入に言うけど。あんたさ、昼間、広井さんになにかしたでしょ」

 ……。
 つい先ほどまで虚ろな目をしていたと思っていた蓮香が、いつの間にか俺を酷く睨み付けてきて離さない。
「なにかとは」
「さあ? 自分の胸に聞いてみれば」
「変ですね。僕は何も疚しいことはしていないですが」
「あんたみたいの一番ムカつくんだよね。どうせ全部が茶番のくせに。言えばいいじゃない、広井とヘンナコトしたって」
「何を勘違いしているんですか? 言っている意味が良く分かりませんね。言いがかりでしょうか。少し、疲れているんじゃないですか?」
 攻撃的な女は好きじゃない。俺の素顔に土足で近づこうとは中々挑戦的な人間だ。
 しかし、いつどこでどのようにして蓮香に感づかれた? ほのりが告げ口をしたというのは考えられない。何故なら吸血をされた人間は、そのときの記憶を失うようになっているのだから。だとするならば、何故分かった?
「……そうね。少し、疲れていることにしておくわ。ごめんなさいね」
 こいつは少々厄介なことになったかもしれない。