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コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: KEEP THE FAITH ( No.235 )
- 日時: 2016/07/11 16:52
- 名前: 水無月 紅雪 ◆zW64EWZ0Wo (ID: 5YqwrR3X)
『——そう。あなたの父の部屋の、引き出しにあったから、多分、間違いない』
「わかりました。都合が良いのはどこでしょうか」
『今いる場所、ゼウス。問題ない』
「拒否権ないですね。ゼウスのどのあたりにしますか」
『3日後にゼウスの役所で』
「でっかい方ですね。わかりました。では、御機嫌よう」
詩音は深い溜め息とともに腹部を押さえたという。たまたま同室で資料を貪っていた真白は首を傾げた。
「……千破矢の真似か?」
「いえ、……彼の気持ちを察しただけです」
「感情移入? 君もしかして本読んで泣くタイプ?」
「泣きません」
「ちなみにデジェルとカインさんと兄は無言で泣くし、しばらく止まらない。母は泣かないし、父は『本如きで泣くなんて軟弱な!』って言いながらぼろぼろ泣く」
「そんなことどうでも……お母さん強いですね?」
意外というかなんかもう変な感情移入事情を聞かされ、男全員泣いてるじゃねーかというツッコミを堪え、とりあえず唯一の女性である母が泣かなかったことへコメントを残す。
「僕も泣かないー」
どやあ。そんな感じの言い方ではあったが、無表情な分こいつは泣かないというより泣けないんじゃないかと思えてくる。
「で、そんなことより。さっきの電話は?」
「リンからです。父の日記が見つかったらしいので」
「顔にいらないって書いてあるぞ」
乾いた笑みを浮かべながら詩音が扉に手を掛けた。
「出発は明日。馬車借ります」
「別に構わない。……ひとりで?」
「しばらく“当番”じゃない人って誰でしたっけ」
「あと10回分ほどは僕と豪雷と鈴芽で独占してるからな……」
「みんな暇ですね」
「ちなみに場所は?」
「ゼウス」
真白はああそれなら、と人差し指を立てた。
「どこぞのニートがゼウスに行ってみたいと言っていたぞ」
「いらん……」
*
晩飯の時間を使った議論の末、デジェルと魔王と詩音というわけわからんメンバーで決まった。豪雷は己のシフト(?)を呪ったという。
「では、行ってきます。早くて数日で帰ります。多分」
「気を付けてねーっ!!」
風蘭に見送られながら詩音は馬車に乗り込む。
——この旅が、後にゼノへ大ダメージを与えることになるなんて、誰が思っただろうか。
- Re: KEEP THE FAITH ( No.236 )
- 日時: 2016/07/12 22:53
- 名前: 水無月 紅雪 ◆zW64EWZ0Wo (ID: 5YqwrR3X)
「どうしますかね」
「何が」
「何もなさすぎて……」
今までは待ってましたとばかりに敵がウジャァしてたため、詩音は逆に不安になる。それにはデジェルや魔王ことアステルも同意見だ。思えば蓮が閉じこもってからすぐに一旦故郷へ戻った際もこいつは超絶平和に往復してきた(グラギエスにて敵味方関係なくトラウマの爪跡を残したが)。
「だって、もうゼウス着きますよ? ゲシュテンたちじゃなくても竜人とか盗賊類、出てくるものじゃありませんか?」
「ゲシュテンて」
ついでに言うと詩音のいる場所は盗賊だろうがゲシュテンペストだろうが普通に考えて一番に襲われる位置だ。運転席だもの。
もうゼウスがしっかり見えてるという状況で、はて、と詩音は首を傾げた。
「あんな塔、ありましたっけ」
無駄に高く、重力をある種無視した見覚えのない塔が見える。
もっとも、魔王はグラギエスから外へ出ることが滅多になく、デジェルも魔王軍の頃は景色を見ている余裕などなかったため知ったことではないが。
どぉん、どぉん。そんな音を立てて花火が上がったことを、この頃の彼らは知らない。
*
「なっ……ッ、っ?!」
注意、別に敵に襲われたわけではありません。
「あー、今日、祭りでしたっけ」
ぼんやりとそんなことを考えながら詩音はデジェルとアステルへ目を向ける。
魔王はむしろ日光がきついらしく、祭りなんて二の次のご様子。デジェルは——硬直していた。
もうやだ、さっさと用事済ませたい。
「詩音っ、なんだ、これっ?」
「祭りですね。落ち着いて下さい」
「これが祭り……っ? ……すごい、初めて見た」
そう言って、目を輝かせている様子は真白に似ている——氷族は全員こんなものなのだろうか。
「襲撃を想定して早めに出たのですが、杞憂でしたからね。屋台にでも行ってみましょうか。時間はまだありますし」
丸一日ほど。
とにかく馬車は預けておこうと、宿へチェックを入れに行く。
塔を見上げると、ところどころ鉄の棒が飛び出しているのがうかがえる。簡単に壊せそうだな、あれ。
宿から出ると、クリーム色のもふもふとぶつかる。この年齢の男子にしてはひょろい体格ではあるが、それでも向こうの方が小さく、もふもふは小さい悲鳴を上げて尻もちをついた。
「っと、すみません。大丈夫ですか?」
「いたた……、大丈夫です。こちらこそ……ッ?! あ!!」
「うげっ」
明らかに表情を崩した詩音と、逆にぱあっと笑顔になる少女。後ろにいたアステルとデジェルはわけがわからない。
「覚えてる?! アタシのこと!」
「いえ全力で忘れました。今」
「今!? アルマだよっ! 思い出してッ!!?」
エルフ特有の耳をわんこのようにぱたぱたと振る少女——アルマ・ソウル。詩音は伸ばしていた手でアルマを無理矢理起こした。
「はーい覚えてますよーアルマさーんお久しぶりですねぇ元気そうでなによりですー」
「棒読み!!」
「で、ゼウスには医者としてですか?」
「切り替え早いねっ?! えぇっと、うん。今治療が終わって、お祭り堪能してから帰ろうかなって」
「ぼっちで?」
「そうだよぼっちだよぉ!!」
ぱたぱた、恐らく無意識に耳を動かしながら詩音と会話をするアルマは心なしか楽しそうだった。
- Re: KEEP THE FAITH ( No.237 )
- 日時: 2016/07/14 18:43
- 名前: 水無月 紅雪 ◆zW64EWZ0Wo (ID: 5YqwrR3X)
「ところで、前一緒にいた人たちは?」
粗方溜め込んでいた何かを叫んだアルマはふっと詩音に尋ねる。そう言えばあの時のくそったれオオカミと自分の仲間が一緒に旅してるなんていう現実に気付いた詩音は一瞬真顔。
「……今日は私と、この後ろのやつらだけです」
「へぇー……。なんか、すっごく……あれだね」
大変そうだね。
ジャージに角隠しのキャップを被ったオタニート魔王と、操られていたとはいえ元魔王軍の闇堕ち要員だ。負のオーラビンッビンである。
年下の少女に同情の視線をおくられた詩音はたまったものではない。だって不可抗力なんですもの。言わばこいつら護衛だもん。
「まっ、呪いも解かれてるっぽいし良かったよ! この前の薬使った?」
「使ってないです。多分日向辺りが持ってるはずですが」
蓮が持ってたら多分クリスタルの中ですねーなんて思いながら塔を見上げる。
「……、あの塔、いきなり建ったんだって。従業員っぽい人以外で中に入って戻って来た人がいないとかなんだとか。でかいからわかんないだろうけど、郊外にあるんだって」
「従業員……?」
「うん。従業員っぽい人。青いつなぎの」
「ノンケでも食っちまう人たちの塔とか絶対無理です」
「そっち!?」
塔を見上げながら両手を顔の前でクロスさせる詩音に、アルマは慌ててツッコミを入れる。一方デジェルは空を見て、アステルとともに宿へ入って行った。塔で妨げられていて太陽を拝むことは出来ないが、誰がどう見ても橙色である。
「もしかして、邪魔しちゃった?」
「微妙ですね。ジャージじゃない方が初めての祭りでやや興奮気味だったので少し屋台でも見ようかという話をしていたところだったので」
「んんんん……」
「まあ明日は私1人で充分なので、良ければ一緒にまわってやって下さい」
「えっ、断ったら——目に威圧がッ!! でっでも負けなああああ腕掴まれたああああああッ!!!!!」
明日の予定を話して就寝。本来なら睡眠なんてほぼ必要ない彼も、なんとなくでしっかり睡眠時間を確保しました。
「今日の夕方には戻りますので、夕食の時間に宿で待ち合わせです。私がもし帰って来なかったら放置の方向でお願いします」
「了解した。……もし俺たちが帰らなかったら?」
「そんなこと……あるんですかねぇ。いかがいたしましょうか?」
「アルマさんがいるから、救助を要求する」
「承りましたー」
- Re: KEEP THE FAITH ( No.238 )
- 日時: 2016/07/16 17:15
- 名前: 水無月 紅雪 ◆zW64EWZ0Wo (ID: 5YqwrR3X)
リンとの挨拶を軽くすませ、例の物を見せてもらう。
「日記、ですか」
「そうみたい。中身は見てないけど。ここで読む?」
触れた瞬間呪われそうな禍々しいデザインの分厚い日記を抱え、詩音は役所を見渡す。
「外で読もうと思います。……人多いですし」
「そう。私は別の仕事があるからここでバイバイ」
「わかりました。わざわざありがとうございます」
「ここまで来たのはあなた。私はゼウスで仕事のついでに渡しただけ」
礼はいらないと真顔で言い切り、リンは流れるように出て行ってしまった。取り残された詩音は本と役所の扉を交互に見つめ、溜め息を吐く。
「おも……っ」
*
「じゃーん」
「……なんだ、これ?」
「あなたが最初で最後に殺った人物の日記です」
「えぇっと……、……あ。お前の親父か」
「体で言うとあなたの父でもあるのですが」
沈黙。
「ってかお前ここ数日来てなかったじゃねェか。何してたんだよ」
「馬と戯れておりました。昨晩は何故か無性に疲れてまして」
「……? とにかくその日記なんだな?」
「はい。その通りです。ものわかりが良いって素晴らしいですよね」
笑顔で目の前の机に分厚い日記を置くと、シルアの頭の上に青い鳥——シアンが着陸する。羽をバサッと広げながら「ピィ!」と鳴いたその姿は、さながらドヤ顔のようだったという。
「で、この日記がなんだ? 呪われてんの?」
「呪われてはいないようです。昼間から宿でこんな本持って寝てるんですからさっさと進めさせて下さい」
「あっはい」
「リンがこれを渡してくれたのですが、どうも1人で見る気にはなれなくてですね」
「実質ぼっちだけどな。所詮俺はお前でしかないし」
「……それはどうでしょうね?」
向かい合って笑っていても、こんなに違う。顔はどちらも同じく詩音。それでも2人にはじわりと個性が滲み出ていた。
「まあ、良いぜ? 俺も興味はある」
「へー」
「……逆に無関心な感じ? 酷くね?」
どぉっせい。そんな掛け声を心の中で唱え、詩音は片手で表紙を捲る。
『——妻の命と引き換えに息子が生まれた。紫苑色の虹彩の。』
- Re: KEEP THE FAITH ( No.239 )
- 日時: 2016/08/06 14:50
- 名前: 水無月 紅雪 ◆zW64EWZ0Wo (ID: 5YqwrR3X)
今回の任務は町の壊滅。そんな事を出来る訳がない。
この組織の目的はそのようなつまらない事ではなかった筈だ。無論断った。私は組織を抜けるだろう。
詩音に迷惑を掛ける訳には。
時々、玩具を破壊して笑みを浮かべる詩音を見る。こころなしかエーテルに異常を感じる。
命を狙われる。想定内ではあったがここまでとは。下手をすれば詩音の命も危険だ。否、既に危険そのものだ。
出来る限り外出は控えて欲しい。雷獣の友人が出来たらしい。笑顔が増えたことは嬉しく思うが、始末しなければ。
これ以降日記を書くことはないだろう。
私はゼノの元幹部。危害のない組織と思われがちだが真実は違う。ゼノという神を信仰するそれは、魔王と月黄泉。
これを手に取った者は我が息子へ伝えて欲しい。
愛している、と。
「……」
「……」
「? 血反吐を吐けば良いの? ですか?」
「やめろ頼む」
粗方読み終えた実の息子の感想に色々と恐怖するもう1人の人格。だが主人格様も語彙力が微妙に足りていない。
「はああそういう感じでしたか……、ふむ。へえ、ゼノの狙いは魔王と蓮ですか……、困りましたね」
「お前なぁ……」
読んでいる間もBGMのようにピーピー鳴いていたシアンは軽く音を立てて窓から飛び出した。
部屋が妙な静けさに包まれる。
「もう、いないんです。この世には。今ここで生きていることが大切なのです。今の私にとって」
「……あっそ」
閉じた本を一瞥し、シルアは詩音に向かって笑みを浮かべる。
「そんなお前に悲報だが、祭りメンバーがピンチだぜ」
「は? 抉り出すぞ貴様」
「俺お前に教えてやった身!?」
「関係ないでしょう」
「理不尽ッ」
本当に理不尽なマジギレである。
*
「……おい、起きてくれ」
目の前で揺れている薄緑の髪の毛。少年は深緑の目を薄く開く。
「起きた」
「見たらわかる」
埃が溜まっている。薄暗く、上にある窓から橙色の光が差し込んでいる。背後にはすやすやと眠りこけている少女。腕と足が縄で縛られていた。
「ここは?」
「どこでしょーか☆」
「……」
地面を叩く。薄い。声が聞こえる。物音も。
「建物の、少なくとも一階ではない……か」
「真面目に解析しないで……?」
「えっ? すみません」
デジェルは小首を傾げる。魔王ことアステルは半ば諦めの表情で溜め息を吐いた。
- Re: KEEP THE FAITH ( No.240 )
- 日時: 2016/08/30 20:38
- 名前: 水無月 紅雪 ◆zW64EWZ0Wo (ID: 5YqwrR3X)
「やばい今更ながら緊張して来た」
「遅いですね。状況がいまいちわかりません」
「あれだよ、誘拐」
「アルマさんみたいな可愛らしい少女ならまだしも、俺みたいな不良もどきと老人顔負けの年齢のわりに童顔の魔王を誘拐するあたり意外と本当に従業員に食われるんじゃ……」
「わざとかよそれわざとかよッ?!」
色んな意味で。
「とにかく状況を整理しましょう。はい、どうぞ」
「オレっ?!」
「俺は覚えてません。アルマさんは起きません。どうぞ」
「君の中にオレが覚えてない可能性はないの!?」
「だって魔王だから」
「それ偏見! 偏見だから!!」
「で、覚えていますよね?」
「ねえそれ凄い威圧だよね。覚えてるけど。教えるから、ね?」
たかが10代の男子に劣勢な魔王。
まわりを一旦見渡してから、アステルは少し声の音量を下げて話し始めた。
「さっき、祭りに行っただろ。あの帰りに……」
「気配もなく?」
「気配もなく」
「青つなぎこわっ」
「そっちかぁー」
始まりも終わりも知らない謎のコントが繰り広げられるなか、部屋に奇妙な音が響いた。
音の方へ視線を向けると、——青いつなぎ()の男が1人。デジェルの隣でアステルが空気を読まずに「あいつらマジ作業員みたい」とぼやく。
「気分はどうだ?」
「空気がまずい」
ひとコマに纏めると「スパーン」と効果音が付きそうなほどにきっぱりと言い放ったのはデジェル。男もこれには呆然とするしかない。何せ男にとってこれはデジェルとの初コンタクトである。
なんだよ空気がまずいって。悪かったな。と。
「き、聞いて驚け! 我らがゼノの目的を教えてやろう!」
人差し指をデジェルとアステルの間の空間に向け、男はポーズを決める。
「それは、ゼノの元幹部の息子、西園寺詩音を始末すること!! そしてもう一つはッ魔王・イザヨイヒナタと何か知らんけどツクヨミレンも始末することだ!!! お前らはいわば人質だあ!!!」
沈黙。
もはや始末しか目的にないうえに、盛大に勘違いをしている。あえて口には出さずにデジェルとアステルは考え込む。
「声も出ないか!!」
「声は出る」
「そうですかこの野郎ッ!!」
ガッチャンと錆びれた扉を勢いよく閉め、男が視界から消える。
「何しに来たんだあいつ」
「目的を教えて震え上がらせるため的な」
「ツクヨミなんとかと魔王(笑)はグラギエスにいるから問題ないですね。真白様がいますし」
「あの子はヤバいわ、頭の中がお花畑のまま敵陣に突っ込むイメージしかない。そして無傷と返り血で帰還」
「それこそ偏見ですね。で、問題は詩音ですけど」
「戦闘要員としてはあまり働かないからなぁ。前に1回やらかしたせいで」
「あぁ、そう言えばそんなこともありましたね。正直抉れた石畳にしか目が行きませんでした」
「ノーコメント」
- Re: KEEP THE FAITH ( No.241 )
- 日時: 2016/08/30 23:41
- 名前: 水無月 紅雪 ◆zW64EWZ0Wo (ID: 5YqwrR3X)
冷たい。埃のにおいがすぐ近くにある。
うっすら目を開くとそこには胡坐を掻いて座るアステルと、体育座りをしているデジェルの姿があった。
「どういう状況?!」
「やっと起きた」
「おはようございます。気分はどうですか?」
「……空気がまずい」
*
「えっ、一大事じゃないの、それ!?」
「これがあいつの求めていた反応か」
「そうだこの状況一大事だ本当だ」
「何言ってんのこの人たち怖い!!」
一通り状況を理解したアルマの一言が牢屋のような部屋に響く。そう、これが普通の反応……のなかでもけっこう冷静なものだ。
「さっきは凄まじい勘違いをしてたけど、もしかしたら何かの罠かもしれないし、気をつけないとな」
「それでいうとあいつらも馬鹿と見せかけて強い可能性もありますね」
「あー、某真白ちゃんみたいに?」
「真白様は馬鹿じゃないです」
精神的にはだいぶおこちゃまですよ。言いかけた言葉を飲み込み、アステルは錆びついた扉へ目を向ける。
いきなり真剣に悩みだしかけた空気にアルマは一瞬おいて行かれるが、ふと疑問が浮かび上がる。
「そう言えば、アステルさん。すっごく強いって聞いてたんですけど……。この縄くらい自力で破れるんじゃないですか?」
「そう思う? オレも思った。でもね、オレちょぉっと制御が苦手でさ。たまーにやっちゃうんだよね、どかんって」
「ど、どかん……?」
「うん。辺り一面吹っ飛ぶ程度のどかん」
「それどかんで済むの!?」
「ドクロとかキノコとかが作れそうなどかんにはなる!」
「そんなの求めてな——」
遥か下の方からかなりの轟音が響く。こころなしか悲鳴も聞こえた。扉の向こう側からも慌ただしい足音が聞こえてくる。「敵襲」だの「単身」だの、やや不穏な単語とともに。
「何、今の……?」
「まさか詩音とかじゃ」
「えぇっ? さすがにシオンさんはそんな無茶しないと思う……思いたい」
「まあ、他に考えられる人が今は俺たちの記憶の中に存在しませんからね」
「だとしても無謀だよ……。最悪どかんに巻き込まれるしかないよ」
「めちゃくちゃ不穏ですねそれ」
「とにかく万が一に備えて作戦でも立てとくか」
*
一方その頃遥か下——1階では、まあ見事なまでに大惨事が始まろうとしていた。
後に被害者は口を揃えて述べたという。
——「あれはアカン」、と。
- Re: KEEP THE FAITH ( No.242 )
- 日時: 2016/09/22 15:00
- 名前: 水無月 紅雪 ◆zW64EWZ0Wo (ID: 5YqwrR3X)
「まったく、久々に探知なんてしますよ」
ベッドに本を放り、詩音は指を鳴らす。
楽しい祭りの後に何があったというのだろう。魔王か、魔王なのか。馬鹿なの? 等々、盛大に八つ当たりの罵倒をしながら今まで手を覆っていた手套を脱す。
——発見。
「……郊外じゃないですかやだー」
アルマの言葉を思い出し、部屋で独り文句をこぼす。まさにあの塔だ。わかりきってはいた。風貌が既に怪しかったし、鈴芽が青いつなぎを下僕にしたという話は既に聞いていた。
手袋を床に叩きつけ、とても元領主の息子とは思えない舌打ちを決めてから詩音は宿をあとにした。
*
街はまだ祭りだの花火だので賑やかだ。老若男女様々な種族が行き来する道を下に、詩音は思考する。
シルアがアステルらが大変だと伝えてくれたのは良いが、何故それを察知できたか。それはもう、見当もつかないため放置。強いて挙げるなら「シルアだから」だ。今までもそのようなことがあったためもはやどうでも良い話である。
彼が考えていたこと。それは——「ゼノ(断定)は撲滅」である。
「えぇっと、ああ、あれですね」
遊び半分に旋回しながら目的の塔の前に着地する。
塔に出入り口のようなものはない。探せば隠し扉的なものは見つかるだろうが、残念ながら撲滅を始めとした物騒な言葉で頭を埋めているキチガイにとって扉の有無など小さな問題である。
「お邪魔しまーす!!」
「「「ぅえええええええええええ!??!」」」
石製の建物を蹴破りダイナミック入場。内側にいたやつらにとっては吃驚仰天なんてそんな可愛らしい言葉では説明できない恐怖に駆られたことだろう。
——“元幹部、西園寺の息子”という情報しか知らないゼノのなかに、高らかに「お邪魔します」なんて叫んで分厚い壁の一部を蹴り飛ばした野郎が目的の西園寺詩音だなんて想像できた人物は1人でもいただろうか。
「む、おかしいですね。これで最低5人は潰す予定だったのですが」
現在被害者0人。
「……まあいいか。どうせ殺人は無理だし。あ、シルア出ます?」
瓦礫の上でひとり、口元に指を当て、くすくす笑いながら嘲るようにこれから否応無しに参加させられるギャラリーを見下ろす赤紫の双眼。
吸血鬼様による生き地獄の幕開けである。
- Re: KEEP THE FAITH ( No.243 )
- 日時: 2016/09/22 16:40
- 名前: 水無月 紅雪 ◆zW64EWZ0Wo (ID: 5YqwrR3X)
下からのオブラートに包むとどっかんばったんといった音に、アルマは完全に戦慄していた。
「ねえ何の音なの?! こわっ!!」
「それはねー……なんだと思う?」
「わかんないから聞いてるんだよ? 馬鹿なの?」
「罵倒されたつらたん」
アステルがしゅんとする。彼はもう数えるのをやめる程度の年齢だが童顔のため、身長次第では完全なるショタになりうる。合法ショタが出来ないこともないという意味でもそうとうな危険人物だ。
その一方でデジェルは扉のすぐ前で聞き耳を立てていた。
「……何してるの?」
「いや、先程からやけに静かだな、と、思いまして」
「下からもう誤魔化せないレベルで悲鳴と破壊音が響いてるけど」
「この階が、です。下に全員行ったんですかね。警備もなしなら本当に馬鹿軍団ですよゼノ」
「あー……」
確かにそうだと呟き、アルマもデジェルの隣に座る。集中しているせいか先ほどよりも下の轟音が耳に響くが、扉越しには物音ひとつ聞こえない。
「今なら逃げれる……?」
「出れるだろうな。鍵は掛かっていない」
確かに扉は勢いよくしまったが、鍵は掛けられていなかった。錆のせいでたてつけは凄まじく悪いが。
「え、何。出るの? やめといた方が良くない?」
「そうですか。……なら、待機の方向で」
「あと2人とも。オレは扉から離れることをオススメするね」
「ふぇっ? なんで? チャンスだよ!?」
一度頷いてから指示通り扉から距離を置くデジェルに、アルマは不満をぶつけた。アステルは扉を指差しながら口を開く。
「だって——」
ガタン。鈍い音をたてて扉が外側から破壊される。
「——外は危ないよ?」
*
「疲れたので交替してもらえませんか?」
豪雷の持つ刀に似た形状の黒い刀を振り回しながら、詩音は頬を膨らました。数秒後に舌打ちをしながら目の前の階段を駆け上がる。上がりきったところを待ち伏せで襲ってきた影を斬り付けながら溜め息を吐く。
「46」
一度に来る襲撃者数も減った。そろそろ頂上なのではないかと推測しながら辺りを見る。一階と比べるとだいぶ狭く低くなった部屋。すぐ上からは何やら声が聞こえてくる。絶対手抜きだろうという構造に再び舌打ちをすると、詩音はすぐそばの階段をゆっくりと上った。
刀を杖の代わりに突き立てて上りきると、角の向こうから少女の声が響いた。「やめて」と。
詩音はほんの一瞬顔を顰めると、声のした方向をおもむろにのぞき込んだ。
- Re: KEEP THE FAITH ( No.244 )
- 日時: 2016/09/22 18:48
- 名前: 水無月 紅雪 ◆zW64EWZ0Wo (ID: 5YqwrR3X)
「47」
ぽつり、小さく呟く。声は下卑た笑いに掻き消された。
「よォ氷兵さん! 庇ったは良いがお前がやられてんじゃ意味ねェだろうがよォ!!」
「やめてよ!! デジェルさんは悪いことしてないでしょ!!?」
「はァ? 悪いことォ? お前、なんも知らねェんだな?」
「は?! 何が!」
3人のうち1人がデジェルの胸倉を掴んで壁に押し付けているのが見えた。既に不快でしかない。もう1人がアステルと、ぎゃんぎゃんと抗議するアルマの腕を捕らえているのが見える。あと1人が——現在詩音の足元に転がっている。
「おい氷兵クン? 何か言ってやったらどうだァ?」
「……」
「チッ、だんまりかよ! つまんねェやつだな!! じゃあ教えてやるよ!!!」
にぃんまりと口角を歪めると、デジェルを押さえている男は高らかに叫んだ。
「こいつは魔王軍のイヌだ!!! ——もう、何人もこいつに殺されてるんじゃねェか?」
「ッそれは——」
言葉を遮るようにデジェルの首を絞める。
「——確実にないですね」
直後、ビー玉程度の大きさの黒い玉が男の頭部に命中する。床に着地しながら咳きこむデジェルを一瞥し、詩音は銃のような形の黒い影を下ろした。
今まで2人を捕まえてニヤニヤと笑みを浮かべていた男は一瞬で顔面蒼白。奇声を発しながら詩音へ突っ込んでくるものの、デジェルが投げたガラクタに躓いてスライディング。不謹慎だが凄まじくダサかったというのは魔王様の閑話休題。
「はい残念」
「お、まえ! 何者だ!?」
「貴方方のお目当て、西園寺詩音です。父がお世話になられたようで?」
終始営業スマイルを張り付けている詩音には誰もが恐怖したことだろう。語尾とともに極端に首を傾げることでそれはもう尋常じゃない程に凄まじいことになっていた。
「デジェルは殺人なんてしてませんよ。その点ではむしろ私の方が危険人物でしょうね。親殺しですし」
親殺し。そう言いながら表情だけを変える。凍り付くような無表情。
「消えろよ、ゼノのイヌ」
*
「3人ともお疲れ様です。大丈夫でしたか?」
「オレは迂闊に手を出せないから、少し物足りなかったというか、自分の無力さを痛感したというか」
「自分の弱さを改めて感じさせられたな。もう少し早めに気付けたら良かったな、と」
「デジェルさんって魔王軍だったんだね!? ってなったかなぁ。シオンさんの登場と帰り道で誰も死んでなかったところにビビった」
「ふふ。殺傷は苦手ですからね」
ぼそりと「邪魔者は潰しますけど」と呟いたのを聞き逃さなかったアルマは一言。
「君は変わってしまったんだね」
夜空に打ち上げられた花火を見上げるのであった。
49人生還。報告書には、「西園寺息子マジパネェ」とだけ書かれていたとか。
——西園寺の息子は危険だ。絶対近付くな。
そんな噂がゼノの中で広まったことを詩音本人は知らない。
- Re: KEEP THE FAITH ( No.245 )
- 日時: 2016/09/22 19:02
- 名前: 水無月 紅雪 ◆zW64EWZ0Wo (ID: 5YqwrR3X)
おまけ。→お祭りの時の彼ら。
デジェル「え、その、アルマさんそれって……?」
アルマ「ふぇ? あ、これ? リンゴ飴! 美味しいよ!」
デジェル「りんごあめ」
アルマ「うん。いちご飴もあったよ?」
デジェル「いちごあめ」
アルマ「その隣にはトウモロコシとホルモンが」
デジェル「トウモロコシとホルモン」
アルマ「あそこにはかき氷と水あめもね!」
デジェル「かき氷と水あめ」
アルマ「一番手前にはわたあめがあったよ! 多分お土産用の位置だね」
デジェル「わたあめ」
アルマ「自動販売機!」
デジェル「自動販売機」
アステル「食べ物ばっかだな……(カステラ頬張りながら)」
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